専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記   作:すごいぞ!すえはら

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第119話 愛宕雅枝の監督奮闘記『直接交渉』

 

 神戸の高級マンション。

 整理整頓され品よい家具が並べられたソファーの上で、溶けかけたアイスクリームのように寝そべる1人の雀士がいた。

 

 一巡先を見る者、園城寺怜。

 

 全国のアマチュアの頂点にして、高校麻雀界を席巻したかつての教え子は、高校時代と変わらない様子で竜華にお世話をされながら、平和にソファーで牌譜を見ていた。

 

「怜は相変わらずやな……」

 

「あえて、この体制で牌譜を見ることで集中力が高まるんや」

 

「そう、あえてね」

 

 ソファーから落ちないか不安になるような体勢で、体を捻りながら牌譜を見ている怜だが何故か自信満々なので、雅枝はツッコむのをやめた。

 とりあえず、健康面に不安がなさそうで元気にやっているようなのでなによりである。

 同性として嫉妬してしまいそうになるほどのシミ1つないきめ細やかな肌と、サラサラの髪質は健康の証だ。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう」

 

 竜華が手慣れた手つきで紅茶を淹れてくれたので、お礼を言ってから雅枝はティーカップに口をつけた。

 

 緑茶のような爽やかな渋みと、花のような甘い香り。

 

 雅枝はあまりの美味しさに、ふぅとため息をついて、ソファーの背もたれに体を預けた。

 自分のマグカップに紅茶が注がれたのを確認してから、怜はモゾモゾと動きながら寝転がるのをやめて、ソファーに座りなおして紅茶を飲み始めた。

 

「なかなか、おいしいわ。サンキューや」

 

「ふふっ、どういたしまして」

 

 怜は何度か紅茶に口をつけてから、ローテーブルの上にティーカップを戻してから言った。

 

「膝枕してもらいながら話聞くで!」

 

「ちょ!? それでええんか」

 

「監督やし、まあ大丈夫やろ」

 

 竜華は、少し申し訳なさそうに雅枝のことを見てから、怜の頭を優しく膝の上に乗せた。

 7年前の千里山女子高校時代の日常がここにはある。

 

——やはり、怜のことは竜華に任せて正解やったな。過ちを繰り返したが……最後の最後で、私は正しい選択ができたということか。

 

 高校時代。麻雀に取り憑かれたように命を削り輝く闘牌をする怜のことを、止められなかった責任は自分にあると雅枝は感じていた。

 個人戦を優勝し病院のベッドで眠る怜の前で何度も何度も謝った。

 だからこそ、意識が回復するなりすぐに麻雀がしたいとせがむ怜の姿を見た時には、戦慄してしまった。

 指導者として明らかに止めなくてはならないはずなのに、この期に及んで雀士としては、怜に麻雀をさせたいと思ってしまっている自分にも雅枝は腹が立った。

 怜を麻雀から切り離さないといけないと、涙ながらに訴える竜華の愛情が、怜のことを救ったのだ。

 女子高生1人に彼女を背負わせるのは、荷が重すぎると思っていたが、周囲の大人よりもずっと竜華は強かったし、怜のことを大切に想っていた。

 

 想いというものは本当に尊い。

 

 雅枝はノスタルジックになりそうな気持ちを切り替えて、契約の話を切り出すことにした。

 

「昔は千里山の監督をしていたが、今は横浜で監督をしている」

 

「知っとるで」

 

「また、怜と一緒のチームで麻雀がしたいんや。プロ入り後は横浜を選んで欲しい」

 

 雅枝がそう言うと、怜はうーんと言ってから目を閉じて、膝枕の上でゴロゴロしながら考え込んだ。

 

「横浜は宮永さんおるからなぁ……」

 

「ん? 宮永は大将で怜のことは先鋒でエースになってもらおうと考えているから、競合することはないぞ?」

 

 いつ出番があるかわからない後続よりも、3日ごとのローテーションで運用される先鋒の方が怜の身体への影響は少なくて済むだろう。

 その守備力の高さから怜は、守護神適正としては高いものを持っていると思うが、宮永ほどの適正はない。

 未来視による高い適応力を活かせる千里山時代と同じ先鋒こそが、怜のベストポジションだと雅枝は考えていた。

 

「宮永さんはライバルやから、同じチームでやるのは違和感あるんや」

 

「同じチームでも、個人戦では敵同士だ。麻雀は個人競技やからな。もしかして、仲が悪かったりするのか?」

 

「いや、この前一緒にご飯食べたしそういうこともあらへんけど……」

 

 雅枝は煮え切らない怜の態度に少し焦りを覚えて、竜華のほうにちらりと目をやると感情が読み取れない無表情で色々と考えを巡らせているようだった。

 

「大将よりも先鋒の方が怜の体への負担は少なくて済むんじゃないかと思う」

 

「たしかにそういう部分はありますね」

 

「運営委員会側から、怜の契約で年俸制限がかけられるかもしれないという話は聞いているか?」

 

 雅枝がそう言うと、怜はキョトンとした顔をしていたが竜華は落ち着いた様子で「はい」と答えた。

 おそらく年俸や条件などの細かい話は全て、プロ雀士である竜華がしているのだろうと雅枝は思った。

 

「それで決まるのかはまだわからないが、プロ試験編入者に年俸制限が導入された場合でも、横浜にはその倍以上だす準備がある」

 

「それはありがたい話ですけど、具体的には?」

 

「そもそも単年契約にしない方法で、一年目の年俸を二年目に転嫁しながら、一年目にもインセンティブを設けようと思っている」

 

「たしかに、その方法だと制限には抵触しませんね」

 

 運営委員会側が後日、契約内容について調査するとも思えないし、雀団側に公表する義務が発生するようにも思えないので締結さえしてしまえばいくらでもやりようはある。

 

「なあ、竜華? どういう話なん?」

 

「んー? 話すと長くなるけど、お金に関することやし、怜は気にせず好きなチームを選んでええからね」

 

「わかったで」

 

 不思議そうにしている怜に竜華がそう説明しているのを見て、竜華さえ説得できれば何とかなりそうだと雅枝は思った。しかし、同時に怜を説得するよりも契約内容に詳しそうな竜華を説得する方が骨が折れるとも感じていた。

 

「逆に怜たちのほうからは、条件があったりするのだろうか?」

 

「強い人と麻雀したいで!」

 

「そこはトップリーグは、日本最高峰のプロリーグやし大丈夫や。体調の兼ね合いもあるが、オフに海外に遠征することも横浜は許可しているし」

 

 ものすごく漠然とした怜の質問に、雅枝はそう回答した。

 

「おーヨーロッパ行けるやん! 欧州選手権の帰りにドイツのソーセージ食べたいで!」

 

「とりあえず、まずは日本に目を向けてくれ……」

 

 自由奔放な怜の発言に頭を抱えながらも、そういえばこういう奴だったなと雅枝は、思い直した。

 

「体調面のサポートはどうでしょう?」

 

「そこは問題ない。メディカルトレーナーが一人一人検査しているし、生活の面でもサポートはいくらでも受けられる。私が監督をしているうちは無理もさせないしな」

 

 方向音痴すぎてまともに移動も出来ない宮永でも、普通に遠征に帯同して麻雀ができているのだから、そのあたりはあまり不安に思っていない。それに最近は迷ったらすぐに、タクシーを呼ぶことを徹底させている戦略が功を奏している。

 

「そんな悪い条件やあらへんけど……怜、どうする?」

 

「まだ、少し考えさせて欲しいわ」

 

「今日来たばかりだし、すぐに結論をというのは求めてないさ。横浜のスカウトはもう接触しているよな?」

 

「はい、その経由でまた連絡させて頂きます」

 

 そこまで話したところで、雅枝は自分のカバンの中でスマートフォンが鳴っていることに気がついた。

 こういう場だし切っておけば良かったと、思ったが時すでに遅しである。

 

「あ、全然出ても大丈夫ですよ」

 

「ああ、すまないな」

 

 竜華がそう言ってくれたので、雅枝はカバンからスマートフォンを取り出すと、あまり連絡をとることのない相手の名前が表示されていた。

 

 〜着信中〜

 瑞原 はやり

 

 電話がかかってくる心当たりがあまりないので、応対しようか悩んでいると携帯の呼び出しが切れてしまった。

 

「お、切れてしまったか」

 

「かけ直さなくて大丈夫ですか?」

 

「あーせやなぁ……また後でかけとくから大丈夫や」

 

 雅枝は携帯をキチンとマナーモードにしてからカバンに戻した。

 

「あとは練習施設の資料とか……スカウトの方から貰ってるかもしれへんけど、置いとくから」

 

「ありがとうございます」

 

 竜華が渡した練習施設の資料を一生懸命に寝転んだまま読んでいるあたり、怜が興味を持ってくれたようでひとまず雅枝は安心した。

 セーラもいるし、横浜には怜が落ち着いて麻雀ができる環境が整っている。焦ることはない。

 

 怜を獲得して今季横浜を優勝する夢を抱きながら、雅枝は大阪の自宅へ帰路についた。

 

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