北関東最大のメガロポリス、大宮。
日本の中心地である大阪と神戸にしか住んだことのない都会人の怜としては、とんでもない田舎に来てしまったと思ったが、25歳のお姉さんなので、記者の前では、交通の便が良く落ち着いていて過ごしやすそうな印象と答えておいた。
瑞原監督と一緒に駅からスタジアムまで歩いてみたが、低層ビルばかりで大宮駅とスタジアム以外に大きな建物が全くない。
都会かどうかなどチーム選びで特に考慮していなかったが、実際に足を踏み入れてみて田舎特有の環境に絶望した次第である。
何より、さいたま県民とかいう東京の属国にすらなれないような哀れな県の住民になってしまったことで、怜は心に深い深い傷を負ってしまった。
「チームでわからないことがあったら、なんでも相談してくれ」
「はい、ありがとうございます」
一通りチームメイトや関係者への挨拶を終えると、渡辺さんが選手控え室まで案内してくれた。
白を基調とした小綺麗な控え室内には、ロッカーだけでなく試合状況を確認できる大型のモニターに、ソファーと仮眠ベッドまでついている。
「固いなあ、おい。もっとリラックスしていけよ」
「あ、ほんま? じゃ、遠慮なくリラックスさせてもらいますわあ」
渡辺さんの許可も出たので、怜はパンプスを適当に脱いでスーツのまま、ベージュのソファーの上に寝転んだ。
スプリングが少し固いが生地は悪くないので、総合するとまあまあと言ったところだろうか。
「滅茶苦茶リラックスしてるな……おい」
「色々歩いたから、疲れたで」
怜の変わりようを見て、渡辺さんは少し驚いたような顔をしていたが、一度目を閉じると何故か納得したように、怜の対面のパーソナルソファーに腰掛けた。
「悪かったな」
「ん、なにがや?」
渡辺さんは頭をボリボリと掻いてからそう謝ったが特に思い当たるフシが怜にはなかったので、ゴロゴロし続けておくことにした。
心当たりがないのに謝られるのは、居心地が悪い。
「あ、せや! 牌譜とかって見れたりするんやろか」
「ああ牌譜か、インターネット繋がってるから公式HPでダウンロードするやつも多いが、練習試合のものなんかは職員に言えば、用意しておいてくれる」
「ほんま? 練習試合も見れるんか!? それならあとで用意してもらうわ」
「ああ、それがいいだろう」
非公式戦の牌譜を見れるのはありがたい。プレッシャーがかかっていない非公式のプロの闘牌は見ていて面白い。普段と全然違うプレースタイルだったりすることもある。
「でも、その前にお風呂入りたいわあ……」
「シャワーは付属しているし、大浴場とサウナもあるから好きに使ってくれ」
「おーやっぱプロはすごいやん」
ソファーの上でゴロゴロしながら疲れを癒しながら、なにをしようか考えていると渡辺さんが目を逸らしながら言った。
「……目のやり場に困る。ところで、前の雀聖戦予選の対戦だが覚えているか?」
「あー覚えとるで、たしか絹恵ちゃんと鶴田さんも一緒やったな」
ゴロゴロモードへの苦言を呈されたので、怜は体を起こして、ソファーの肘掛けにもたれかかるように座った。
「見逃しからツモを選択された時は、久々に思い出したよ。味な真似をされたと思ったが、得点差を優先させたんだろ? 園城寺は肝が座っている」
「その時はそう思ったんやけど……でもあれはミスやったな」
「は?」
渡辺さんがこちらの方を振り返って、目が合ったと怜は感じたが、三白眼なので焦点があっているのかわかりにくい。
「渡辺さんと鶴田さんが火力あるプレイヤーやし、ツモ選択せずに素直に絹恵ちゃん沈めておいたほうが、結果的にリスクとらずに良かったなあ思ってな。その後、鶴田さんに軽く和了されたし、流れを過信しとったかな」
小瀬川さんに稼ぎ負けた時ほどではないが、若干心残りではある。麻雀は気の緩みや小さな判断ミスが後々のプレーに影響を与えたりするので、ミスはしないにこしたことはない。
「やっぱ直で話してみないと、わかんねぇもんだな。麻雀強い奴っていうのは……お嬢様だと思ってたよ」
「お嬢様やで」
神戸という都会から大宮に来たお嬢様だという自負があるので、怜は渡辺さん発言を訂正しておくことにした。
お嬢様という響きはなかなか悪くない。
「いいや、なんでも。私は高校時代から恵まれるんだ、チームメイトには。よろしくな園城寺」
「よろしくお願いします」
「おう、牌譜は連絡しとくわ」
渡辺さんはそう言って席から立ち上がると、少し乱暴な所作で控え室の引き戸を開けて、廊下へ消えていった。
渡辺さんは選手会の重役だというから、少し構えて対応していたが、なんのことはない。ただの麻雀が好きな麻雀選手だったということに怜は安堵した。
「んーでも、挨拶疲れたなぁ……というか、神戸から大宮遠すぎやろ……汗かいたしとりあえず、大浴場行って————っ」
怜はゴロゴロしながら、そこまで独り言を言うと心の中のリトル竜華がふわふわと登場したので、思わず身構えた。
——こ、これ……よく考えるとチームメイトとかに会う可能性あるやんな……お風呂一緒に入るとか浮気やろ言い出すかもしれへん。
竜華に浮気認定なんてされたら、今までの全ての努力が水の泡になる可能性があるので大浴場に行くのは、竜華に電話で相談してからにしようと怜は思った。
温泉旅行中のマッサージですら許してくれなかったくらいなので、念には念を入れておいた方がいい。
控え室に備え付けられたシャワーで済ませてしまうことも考えたが、熱くて広いお風呂にのぼせるまで入った方が、リラックスできることは間違いない。
そうなると、怜にできることはもう1つしかない。
「うーん……全然うごけへんなぁ」
座面が狭いことと硬いことが若干の不満だったが、住めば都という言葉もあるようにソファーに1度寝転んでしまうと、起き上がることは途方もなく困難になってしまった。
「ま、ええか……どのみちできることもあらへんし」
怜はそう言ってから、狭いソファーの座面で何度も寝返りをうって過ごしていると、コンコンコンと入り口のドアをノックする音が聞こえた。
「はーい、どなたですか?」
怜がそう気怠げに返すと、ドアが開けられて見慣れたメガネ姿の後輩が入室してきた。
「あ、園城寺先輩。お久しぶりです、牌譜お持ちしました。牌譜のリストも持ってきましたので、興味があれば言ってください」
「おーサンキューや」
理解が追いつかなかったので、怜は体を起こして船Qから牌譜を受け取った。たしかに大宮の資料の印が押されている。
「あれ? ふなQがなんでいるんや?」
「あ、私これからはこういう者になりましたので」
船Qが両手で名刺を差し出してきたので、怜はなんとなく両手で名刺を受け取って券面を眺めやった。
ハートビーツ大宮
編成部 第1記録室
室長
船久保 浩子
「スコアラーの方はあんまり経験がないですけど……精一杯やらせてもらうので、これからもよろしくお願いします」
怜は牌譜と名刺と船Qの笑顔を3回ほど眺めやってから、呟くように言った。
「どうしてこうなったんや……」