専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記   作:すごいぞ!すえはら

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第125話 初登板とプロの洗礼

プロ麻雀トップリーグ

副将戦 第1半荘 東2局 

恵比寿 小瀬川 白望 126,900

松山  安福 莉子  118,600

大宮  大星 淡   86,300

神戸  片岡 優希  68,200

 

 調整ルームのモニターに映る大星さんの姿を横目に見ながら、怜は牌をジャラジャラと触り各選手の牌譜を卓に広げて眺めやった。

 

「大星さん次第やなぁ……」

 

 怜は、背もたれに体を預けてそう呟いた。

 先鋒の白水さんの炎上から始まった試合だが、次鋒の渡辺さんの追いつかない程度の反撃や、神戸が勝手に崩れはじめた事もあって、トップの恵比寿とそこまで大きな差は開いていない。

 3万点という点差はあるものの、大星さんの得点力を考えれば充分に逆転は考えられる。

 

 大宮の調整ルームは、麻雀卓が綺麗に正方形に4つほど並べられており、卓の横には物を置くためのカウンターが備え付けられている。1人でも調整がしやすいようにという配慮だろう。

 

「園城寺先輩、今日準備されてるんですね。少し意外でした」

 

 隣の卓にいる絹恵ちゃんから、そう声をかけられたので、怜は牌譜から目を離さずに応じた。

 

「んー、せやなぁ。監督が作っておけって言うとったから、出番あるんちゃうかな」

 

 調整ルームにいるのは、怜と絹恵ちゃんと玄ちゃんの3人なので結構な人数である。誰が登板するのかは、試合展開次第ということなのだろう。

 

「逆転したら、玄ちゃんが大将になるやろからその時はよろしく頼むで」

 

「おまかせあれ! 私が華麗にセーブをあげて見せますのだ」

 

 自信満々に胸を張って答える玄ちゃんに怜は一抹の不安を覚えたが、今年のセーブ失敗はないのでおそらく大丈夫だろう。

 このタイミングでなぜ自分が調整ルームにいるのか不思議だと思った怜だったが、試合に出て麻雀出来ればなんでも良いので、あまり気にしないことにした。

 炎上した後ベンチに戻ってきて謝罪した白水さんを一瞥もせずに、ケアルーム送りにした瑞原監督の様子を見て、素直に従わないとヤバそうだと思ったのもある。

 千里山時代の経験から、怒らせたら怖い人は本能的にわかるのである。

 

 小瀬川さんの牌譜を入念にチェックしていると、試合経過を確認するモニターからワッと歓声が上がった。

 麻雀の強い方の二条泉こと、大星淡さんのドヤ顔が映し出されている。

 萬子の混一色を絡めた綺麗な跳満和了だ。

 

「あ、かなり近づきましたね! 逆転もあるんじゃないですか!」

 

 明るい声色とは裏腹に、絹恵ちゃんの表情は暗い。

 この和了で絹恵ちゃんの登板の機会は、完全になくなってしまったということなのだろう。レギュラーが決まっている高校麻雀とは異なる厳しさに、怜は身が引き締まる思いがした。

 

プロ麻雀トップリーグ

副将戦 第1半荘 南3局

恵比寿 小瀬川 白望 120,900

大宮  大星 淡   114,300

松山  安福 莉子  110,400

神戸  片岡 優希  54,400

 

 試合途中でタイムアウトがかけられ、瑞原監督と大星さんがなにやら話している様子を見て、怜は自分が登板するだろうなと思った。

 裏向きに置いた牌を神経衰弱の要領で2枚揃えて調整をしていると、慌てた様子で船Qが調整ルームに入室してきた。

 

「園城寺先輩、リリーフです」

 

「ん……せやろな、今行くで」

 

 怜は立ち上がって調整ルームを出ると、ゆったりとしたペースで船Qについて行く。船Qの歩くペースが速いので、着いていくのが少しシンドイ。

 ベンチに到着すると、足早にふりふりの衣装を着た瑞原監督(34)が近づいてきて、怜に言った。

 

「はやや〜。大星さんが登板したばっかりだけど、どうしても今日は勝ちたいんだ! 初登板だけど頑張ってね」

 

「はい、精一杯やらせて貰いますわぁ」

 

 瑞原監督は、船Qから受け取ったラインマーカーのたくさん引かれた牌譜を怜に見せながら、いくつか簡単に要点を指示する。

 もう3人の直近の牌譜は頭に入っているが、試合前に要点を掻い摘んで確認してくれるとありがたい。大きな見落としをせずに済む。

 指示をせずに選手の傾向だけを話すあたり、瑞原さんはプロ麻雀の監督さんなんやなぁと怜は他人事のように思った。

 

 怜がこれからどうしすればと悩む暇もなく、あれよあれよと時間が流れて、気がついたらリリーフカーに乗せられて雀卓があるステージの階段下まで来ていた。

 怜の到着を待つ3人の雀士を見上げてから、一歩ずつ階段を登る。

 

 麻雀の舞台はすぐそこにある。

 焦ることはない。

 

 階段を登り終えた怜は、卓につく前に1つ挨拶をした。

 

「あ、よろしく頼むで」

 

プロ麻雀トップリーグ

副将戦 第1半荘 南3局

恵比寿 小瀬川 白望 120,900

大宮  園城寺 怜  114,300

松山  安福 莉子  110,400

神戸  片岡 優希  54,400

 

 スタジアムの電光掲示板の表示が切り替わるのを確認してから、怜は卓に向きなおった。

 牌と牌の擦れる音が止まり、配牌が上がってくる。

 

 見事な五向聴で、全く上がれる気配が見えない。

 

 大星さんの能力の影響を一人だけ受けているような錯覚に怜はとらわれたが、気を取り直して慎重に他家の和了の目を気にしながら闘牌を続けていく。

 最下位の片岡さんをアシストして和了させようと怜は試みたが、南場クソザコウーメンの名は伊達ではなく、安福さんにあっさりと安手を和了される未来が見えた。

 

ツモ 700、1300です。

 

 安福さんが牌を倒してそう申告した。

 高校時代の印象はほとんどなかったが、実際に相対してみると、なかなかの本格派だ。有効牌を集めてくる速度が速く他家に聴牌気配がないときには一直線に和了を目指してくる。

 

 そして続く第1半荘のオーラス。

 イマイチ流れに乗り切れないまま、配牌を眺めやるとまたしても期待が出来そうにない。

 怜は中張牌から切って他家に揺さぶりをかけるように工夫してみたが、特に効果はなかった。

 回避不能の小瀬川さんの満貫和了の未来が見える。鳴いてズラしても、結局和了されてしまうため意味がない。

 

ツモ 2000、4000

 

 小瀬川さんがそう言い終えると、ステージの照明がパッと明るくなって、ハーフタイムに入った。

 

「だるっ…………」

 

 神戸、松山の両選手が慌ただしく立ち上がってベンチからの指示を受けているのを尻目に、気怠げに背もたれに体重を預ける小瀬川さんの姿を見て、怜は妙な親近感を感じた。

 

——それにしても、何もできへんかったなぁ……牌の流れは掴めへんし、途中から入って結果出すの無理あるやろ。

 

 自分で食べるのがダルいのか、新子さんに、チョコレート味のエネルギーバーを給餌される小瀬川さん。

 咽せないかと心配になったが、本人は余裕そうなので大丈夫なのだろう。

 

「あの、食べますか?」

 

「食べるで」

 

 卓の横にエネルギーバーの袋を持っている絹恵ちゃんに怜はそう答えた。

 自分でパッケージを剥くのはダルいので、期待の籠った目で絹恵ちゃんのことを見つめると、パッケージを剥いてエネルギーバーを手渡してくれた。

 受け取らず無言で口を開けると、少し呆れた様子で絹恵ちゃんは、怜の口元にエネルギーバーを持っていって食べさせてくれた。

 人のスタイルを見て学習したが、これはなかなか良いかもしれない。ほとんど体を動かさずに食べることが出来る。 

 

「じゃあ、がんばるで」

 

 エネルギーバーを飲み込んでから怜は絹恵ちゃんにそう言って、体を起こした。いつの間にか全員が卓についている。

 モグモグタイムも終わり、気持ちの切り替えも済んだので、第二半荘ではしっかりと得点していきたい。

 

プロ麻雀トップリーグ

副将戦 第2半荘 東1局

恵比寿 小瀬川 白望 127,600

大宮  園城寺 怜  111,600

松山  安福 莉子  111,100

神戸  片岡 優希  497,00

 

 第2半荘はいきなりの親番でここで抜け出したいと思った怜の気持ちに応えたのか、二向聴の絶好の配牌が卓から上がってきた。

 怜がどんな手に育てていこうかと悩んだのも束の間、上家の片岡さんが元気よく叫んだ。

 

「リーチだじぇええええええ!!!!!」

 

——今まで気配が完全に死んでたのに、東場だからって今くることないやんけ。

 

 ズラそうとしてもズラせない。

 展開が速く分岐も選べないので、そのまま和了させるしかない。

 

ツモ!!! 2000、4000だじぇ!

 

 この勢いをつけた片岡さんの和了を許したのが良くなかったのか、ズルズルと彼女に展開を引っ張られて良いところのないまま東4局まで来てしまった。

 無意味な鳴きを混ぜて強引に流れを変えていかないといけないかもしれないと、怜が少し焦り始めたところでやっと運に恵まれた。

 配牌で上がってきた牌を自然に切っていくと早い巡目で2巡先に和了が見えた。一発もついて跳満。

 全く工夫のない麻雀だが、たまにはこういうのもないとやっていられない。

 

リーチや!!!

 

 リーチ棒を綺麗に立ててそう宣言した。ここは誰にも鳴かれないことはわかっている。

 ツモってきた牌を右側のフチに優しく当てて、表向きに晒してから手牌を倒す。

 

 リーチ、一発、ツモ、平和、断么九、ドラ。

 

 裏ドラが乗っていないことをしっかりと示してから、怜は落ち着いて点数申告をした。

 

3000、6000です。

 

プロ麻雀トップリーグ

副将戦 第2半荘 南1局

恵比寿 小瀬川 白望 120,600

大宮  園城寺 怜  117,100

松山  安福 莉子  103,100

神戸  片岡 優希  59,200

 

 手牌を卓に投げ入れて、電光掲示板で得点状況を確認する。イマイチ冴えない麻雀だが、それほど悪くない点差で南入することが出来た。

 登板時とあまり状況が変わっていないような気もするが牌の流れも見えてきたので、焦らずに差を詰めていきたい。

 

 南場は恵比寿の小瀬川さんが積極的に動いてきて、意地でも逆転されたくないという気迫を感じた。

 何も介入しないとあっさりと小瀬川さんに2副露されてしまい、和了までたどり着かれてしまうので、出来うる限りで妨害する。

 

ツモ 1000、2000です。

 

 小瀬川さんの動きを怜が牽制していると、その隙をついて安福さんに安手を和了された。怜自身の和了の目はあまりなかったので、親被りになってしまったが、これは悪くない。

 続く南2局は、安福さんの親番となったが、和了した流れが続くこともなく、ジリジリとした展開が続き流局となって親が流れた。

 

プロ麻雀トップリーグ

副将戦 第2半荘 南3局 1本場

恵比寿 小瀬川 白望 122,600

大宮  園城寺 怜  114,100

松山  安福 莉子  106,100

神戸  片岡 優希  57,200

 

 南3局。怜のもとに上がってきた配牌は悪くない。白が重なっており特急券になるのは、この点差だとありがたい。

 しかし、山もマダラながらにかなり見えるようになってきた。あえて1枚目の白はスルーしてあくまで門前に拘って、怜は手作りを進めていく。

 役牌を鳴いて手を作ってしまうと選択肢が狭まって、未来視が生きないことがある。なにより、大きい手を和了するほうがずっとずっと楽しい。

 

「リーチや!!!!!」

 

 怜がリーチ棒を立てて勢いよく宣言すると、その宣言牌の九筒を小瀬川さんがポンして巡目をズラされた。これでルートに乗る。

 

ツモ! 2100、4100

 

 一発消しをされたが、満貫は確保してトップに躍り出る。かなり手こずってしまったが、なんとか起用してくれた瑞原監督には応えることが出来た。

 

プロ麻雀トップリーグ

副将戦 第2半荘 オーラス

大宮  園城寺 怜  122,400

恵比寿 小瀬川 白望 118,500

松山  安福 莉子  104,000

神戸  片岡 優希  55100

 

 オーラス。怜は小瀬川さんを徹底的にマークして、他は大きい和了さえ許さないようにすれば良いと考えていたが自分の手牌が上がってきた瞬間これが、和了していることに気がついた。

 1巡目に安福さんが捨てる中をポンすれば4巡先で片岡さんから出和了できる。

 随分とあっさりした終了に怜は少し気持ちが下がったがこれも麻雀かなと思い直して、ミスなく最後までルートを辿って牌を倒した。

 

ロン 5200です

 

プロ麻雀トップリーグ

副将戦 〜終了〜

大宮  園城寺 怜  127,600

恵比寿 小瀬川 白望 118,500

松山  安福 莉子  104,000

神戸  片岡 優希  49,900

 

 悔しそうに俯く片岡さんを眺めやって、怜は勝ったことを実感した。麻雀の終わりはいつも呆気ない。

 今日の副将戦の麻雀は掴みどころがなく、フワフワと落ち着かないなかで、気がついたら終わっていた。初登板というのもあるが、あまり納得が出来る内容ではないなと怜は思った。

 

——あれ? せやけど……これ、このあとどうしたらええんや?

 

 副将戦は終わったが、大将戦にそのまま登板する可能性もあるし、勝手にベンチに帰るとなんだか怒られそうである。

 そもそも、帰り道がわからない。

 

——あかん……どうしたらええんや。

 

 キョロキョロと周りを見渡してみても、頭を掻きながら引き上げていく小瀬川さんや、席にお行儀よく座っている安福さんなど様々である。

 とりあえず、よくわからないので安福さんと同じようにお行儀よく座っていると、ベンチから瑞原監督と玄ちゃんが歩み寄ってきた。

 

「はやや〜お疲れ様〜初登板、緊張したでしょ〜でも、バッチリだったよ⭐︎ミ」

 

 満面の笑みで瑞原監督は両腕を握ってグータッチをせがんできたので、怜もあわせて両手をグーにしてタッチした。

 

「降板やろか?」

 

「うんうん、お疲れ様。しっかりケアして明日に備えてね」

 

 たしかに、1万点ほどリードも出来たので守護神に交代するのが、セオリーだろうと怜は思った。

 

「わかったで、玄ちゃんよろしく頼むで!」

 

「おまかせあれ!」

 

 ドンと胸を張った玄ちゃんに席を譲って、怜は瑞原監督と一緒にベンチへと引き上げた。

 

「園城寺先輩、お疲れ様でした! 初登板、良かったですね」

 

「いや、微妙やろ」

 

 ふなQからアイシングの用具を受け取って指先を冷やしながら、怜はそう毒づいた。南場の途中からというのは、どうしても感覚が狂う。

 また、同じような登板機会がありそうなので、他のプロの映像を参考にして試合に入っていきやすいようにしておこうと怜は思った。

 

「あ、恵比寿は藤白さんかぁ……僅差なら負けてても守護神使うんやな」

 

 三尋木さんがまだ試合に出ていないので、てっきりそちらが出てくるかと思ったが、どうやら違うらしい。

 大将戦は東1局、東2局と玄ちゃんがドラを占有していること以外は、平凡な展開が続いているように見えるがどうにも雰囲気がおかしい。

 藤白さんの能力は玄ちゃんも把握しているはずなのだが、牌の確認作業が妙に手早いような気がしてならない。

 怜は瑞原監督の方をチラリと見たが、あまり気にしてはいないようなので、思い過ごしかもしれないと思い直した。

 

「あ、ふなQ。今日の副将戦の牌譜もうでとる?」

 

「もちろんですよ。印刷してありますさかい」

 

「お、サンキューや!」

 

 ふなQから牌譜を受け取ろうと怜が手を伸ばした瞬間、ベンチの試合状況を写すモニターから割れんばかりの大歓声が響いた。

 

 藤白七実、親三倍満出和了である。

 

 無表情の藤白さんを撮っていても仕方がないのか、顔を真っ青にした玄ちゃんの映像がドアップで映し出されている。

 藤白さんの綺麗な筒子の清一色に、当たり前のように筒子を切って聴牌をとった玄ちゃんの様子を見て怜は確信した。

 

——あ、これ完全に錯覚しとるわ。

 

 笑顔のままこめかみをブルブルと震わせる瑞原監督が慌てて、調整ルームにいる絹恵ちゃんを引っ張り出して、タイムアウトをとったが時すでに遅しである。

 

 一切の情け容赦なく藤白さんに、延々と毟られ続ける絹恵ちゃんの虐殺ショーを鑑賞しながら、怜は呟いた。

 

「やっぱ、玄ちゃんってカスだわ」

 

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