専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記   作:すごいぞ!すえはら

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第126話 大浴場と二条泉さんのライバル

 夜10時。

 もくもくと湯煙が立ち込めるハートビーツ大宮の大浴場で、怜はお湯の中で足をパタパタと動かしながらお風呂を満喫していた。

 

「あ〜ええ湯やなぁ〜入団した価値あったわぁ……」

 

 ホームでの3連戦が終わり、明日の移動日を前にして疲れをとっておこうと怜は長めの入浴を楽しんでいた。

 ハートビーツ大宮の大浴場は、大きな湯船だけでなくジャグジー、水風呂、ドライサウナも完備されているため、なかなか充実したお風呂ライフを送ることができる。

 

「やっぱ、大浴場行けて良かったやんなぁ」

 

 心の中にいるリトル竜華が煩いので、駄目と言われないかビクビクしながらお伺いを立てたがあっさりとOKが出た。

 チームの大浴場を使って身体のケアをするのは、麻雀選手としては当たり前ということらしい。そのあたりの浮気判定の基準はどこにあるのかと、怜は聞きたくなったが藪蛇は嫌なので言及するのは避けた次第である。

 体も温まってきて、湯船の中で怜がご満悦で目を閉じると、ガラガラと大浴場の入り口の引き戸が開けられる音がした。

 

「あ、園城寺さん……お疲れ様です」

 

「ん……お疲れ様やで」

 

 ヘアクリップで束ねられたピンクの髪と、すごいものをおもちのシルエット。ハートビーツ大宮の先鋒ルーキー、原村さんだ。

 同期とは言っても年齢も入団した時期も異なるので、あまり親近感はない。チームメイトというより、ドラフトで話題になった美人の雀士さんという印象を怜は持っていた。

 今日は先鋒登板していたが、可もなく不可もない闘牌内容で勝ち負けつかずとなっている。

 髪と体をさっと洗い終えた原村さんは、テクテクと迷いない足取りで、水風呂に向かっていってそのままジャポンと体を浸けた。

 

「ちょっ……原村さん、寒くないんか!?」

 

「え? ああ、寒いですよ?」

 

「な、なんでそんなことしとるんや……」

 

「冷たいお風呂から入って、その後に温かいお風呂に入る。それを繰り返すことを交代浴というのですが……血流が促進され疲労回復や自律神経の調整で、通常の温浴よりも優位に働くということが、アメリカの最新研究で明らかになっています」

 

「ほーん、なるほどなぁ……」

 

 体が冷えて明らかに身体に悪そうだが、原村さんの言うことがそれっぽいので、怜はとりあえず納得しておくことにした

 水風呂から上がった原村さんが掛け湯をしてから、怜の向かい側の浴槽の段差に腰掛けた。

 それにしても、ものすごいものをおもちである。

 

「今日は登板されなかったのに、こんな時間まで……練習ですか?」

 

「ん? なんか、牌譜とか見てたけど……特に練習とかはしてへんな」

 

 怜がそう答えると、原村さんは少し怪訝な顔をした。雀団が大宮におうちを用意してくれたらしいのだが、スタジアムから移動することが面倒なので一切使っていない。

 本拠地にいる間は、選手控え室に生息していれば良いことに怜は気がついたのである。資料はだしてくれるし、大きなお風呂もついていてフカフカのベッドもある。その上、遅刻の心配もないので朝もゆっくりで大丈夫である。

 時間まで決まっているのか、大浴場の時計を気にしながら、慌ただしく水風呂と湯船を往復する原村さん。

 牌譜の印象から怜は彼女のことを特徴のない性格なのかなと思っていたが、実は結構面白い人なのかもしれない。

 

「二条泉さんがライバル視しとったけど、原村さん的にはどうなんや?」

 

 怜がそう問いかけると原村さんは水風呂から出た頭だけをこちらに向けて答えた。

 

「二条? ああ、神戸の二条さんですか? 大学時代に何度か対戦したことがあります。上手ですよね」

 

「やっぱ対戦しとるんか。原村さんってインターミドル制覇しとるやろ? だから、千里山高校の時から泉は意識してるんや。世代最強は私だって」

 

「……インターミドル、昔の話ですよ。でも、同世代ですし負けたくないですね。誰であろうと負けたくはありません」

 

「ほーん、ええこと言うやん」

 

 感情のないようなデジタル打ちの原村さんだが、内面にはなかなか熱い思いがあるようだった。

 原村さんは水風呂から上がるとヘアクリップを一度外して髪に手櫛をあてた。さらさらとしたピンクの髪の先から、水滴がぽたりぽたりとタイル張りの床の上へと落ちていく。

 

「そういえば、原村さんは高校は清澄高校やったな。宮永さんと同じところやん」

 

 怜がそう言うと髪を梳かす原村さんの手が止まって、肩がビクッと跳ねた。

 

——あ、コレ……地雷踏んでもうた。原村さんの前で宮永さんの話とかあかんやん。

 

「そ、そうですね……」

 

 原村さんは目を伏せると、ギクシャクとした動作でヘアクリップで髪を纏めて湯船に浸かった。

 

「清澄高校でのインターハイは、私が台無しにしてしまって……臨海のMegan Davinが相手だったんですけど、そこで点棒がなくなってしまって……それで、私はしばらく麻雀から離れていたので、咲さんとはそれっきりですね」

 

「え? 久となんかあったわけちゃうんか?」

 

「え? 部長ですか?」

 

 言っている事がわからないとキョトンとしている原村さんの様子を見て、怜は前々から聞いていた話と違うなと内心焦りを感じていた。

 

 久のことを巡って宮永さんと原村さんが痴情もつれを繰り広げたという話は、なんだったのだろうか?

 

 なお、その話は全て怜が勝手に境遇を創造したものなのだが、人に何度か説明しているうちに、怜の中で真実になってしまった次第である。

 

「園城寺さんは部長とお知り合いだったんですね。知りませんでした」

 

「あーせやなぁ……獅子原さんと一緒に北海道旅行した時に会ったんや。泉もいたんやけど、竹井さん美人やから赤くなってたわ」

 

「そうなんですね。部長も色々とあったみたいですし、二条さんと付き合ってみると良い影響があるかもしれませんね」

 

 そう可笑しそうに言った原村さんの様子を見て、怜はやっと自分の持っている前情報がガセネタであることに気がついた。

 

「園城寺さんは麻雀から離れていた時期がありましたけど、麻雀を辞めようと思ったこととかってあったりしますか?」

 

「んーないなぁ……体調しんどいから止められて辞めてた感じやし。辞めたいと思ったことは一度もあらへん」

 

 竜華に監禁されて強制的に麻雀辞めさせられてましたとも言えないので、怜はそうボカしながら答えた。

 

「強いですね……私は駄目でした。団体戦で……取り返しのつかないようなミスをして、清澄を敗退させてしまって」

 

「うちも千里山は自分のせいで敗退させてもうたから、少しだけ気持ちはわかるで」

 

 怜はそう言うと原村さんは一度目を伏せて、湯船の透き通ったお湯を眺めやってから言葉を続けた。

 

「でも、それでも麻雀が好きで大学で復帰してプロになることも出来ました……それで、最近咲さんに会った時に言われたんですよ」

 

「原村さんが麻雀を続けていてくれて良かったって」

 

 原村さんは、じっと目を閉じて言葉を紡ぐ。

 その言葉を怜は黙って聞いていた。原村さんは私の返事を期待していないだろうと、怜は思った。

 

「咲さんは私の手が届かないような雀士になりました。だから……私も————って! 園城寺さん大丈夫ですか!?」

 

「んーせやなぁ……少しのぼせてもうたわあ」

 

「顔、赤いですよ」

 

「大丈夫や、熱いお風呂好きやから。大丈夫」

 

 怜はヨロヨロと立ち上がって、脱衣所まで避難すると心配そうな顔をした原村さんがついてきてくれた。

 手早くバスローブを身に纏ってから、怜は扇風機の前の椅子に陣取った。

 

「ふぅ……やっぱりお風呂上がりは気持ちええなあ」

 

 怜がそう言うと原村さんは少し呆れた様子で紙コップに入れたお水を持ってきてくれた。

 

「せめて、水分補給くらいはしてください……というより、こんなにのぼせるまで入っちゃ駄目ですよ」

 

「ん、サンキューや。こんなに気持ちええのにあかんの?」

 

「それは、体を守ろうとして脳内麻薬が出ているだけなので……」

 

「はーなるほどなぁ」

 

 色々と理由づけをする原村さん面白いなぁと思いながら、怜は紙コップに口をつけた。

 

 心地の良い冷たさが喉の奥をつたい、火照った身体の体温で溶かされて消えていった。

 

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