専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記   作:すごいぞ!すえはら

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第130話 大宮の守護神としあわせいっぱいホテルデート

 

 横浜ロードスターズ、地下駐車場。

 試合後のヒロインインタビューや、アイシングを済ませてスタジアムを後にする頃には、夜10時を過ぎてしまっていた。

 ハートビーツ大宮の社用車のセダンの扉がパタンと開いたので、渡辺先輩と大星さんに続いて怜は後部座席に乗り込んで一息ついた。

 

「選手全員、同じホテルなのにバスで帰るわけやないんやな」

 

「んー、帰る時間バラバラになるからねー。自分が登板してないのに、他の人待ってるの嫌でしょ?」

 

「なるほどなあ」

 

 怜の問いかけに、大星さんは親切にそう答えてくれた。登板後のケアの状況や試合後練習をする選手のことも考えると、みんなで一緒に宿泊先に帰るというのは現実的ではないらしい。

 セダンが地下駐車場から地上へと続く坂道を上りきると、無数のフラッシュの光が車を包み込んだ。

 大勢の報道陣やファンが車の前に入ってこないように、警備員さんが頑張って腕を広げている。

 

「めっちゃ撮られとるけど……こういうもんなんか?」

 

「ああ、今は社用車だがプロ麻雀選手の車を撮りたいって奴もいるしな。プロ麻雀は人の目もあるし、あまり変な行動はするなよ……というより、おまえ大宮でもそうだっただろ?」

 

「大宮ではスタジアムの外に出たことないから、わからんかったわ」

 

「……大宮のスタジアムはお前の家じゃないんだが」

 

「たくさん控え室あるし、ええやん。大きいお風呂もついとるし」

 

 怜の主張が通ったのか、渡辺先輩は少し呆れた様子で特にそれ以上言及することなくネクタイを緩めた。

 

「今日のトキの麻雀はよかったね。危なげなくって感じでさー、神戸の荒川を一番気にしてたの?」

 

「んー意識してた訳でもないけど、負けの可能性があるとしたら荒川さんやし。普通に上手いわあの人。でも、大星さんが結構稼いできてくれたから、あまり困らんで済んだで」

 

「ふっふっふっ、そこはまあ大宮の大エース大星淡ちゃんだからねー」

 

「あーえらい、えらい」

 

 気を良くした大星さんがえっへんと胸を張っていたので、怜は彼女の頭を雑に撫でておくことにした。

 

「あ、そうだ! せっかく勝ったんだし、ホテルでパーっとシャンパンでも開けようよ! レストランの部屋を1つ借りてさあ」

 

「うちはお酒は飲めへんで」

 

「えー、じゃあ琉音センだけでいいや」

 

「わたしは、ついでなのかよ!?」

 

「もうお腹ペコペコだしねー、軽食だけじゃ満足できないよね」

 

「まぁいいけどよ、金は半分だせよ。おまえの方が稼いでるんだから」

 

「えー、琉音センから見たら私は大宮ではたった1人の高校の後輩だよ? もっと慈愛の心をもってさー」

 

「渋谷もいるじゃねえか!?」

 

——白糸台ってほんまにこんな感じなんや……ええんやけど、良い雰囲気やしなぁ。びっくりするわ……

 

 怜は、白糸台のフレンドリーな上下関係に少しばかりカルチャーショックを受けた。

 大星さんに出来るということは、麻雀の弱い方の二条泉(神戸)にも出来るということなので、思い切って藤白さんに同じ態度をとらせてみようと怜は思った。

 怜がそんなことを考えていると、いつの間にか宿泊先のホテルの駐車場に到着したので、車を降りてホテルのラウンジで部屋の鍵を受け取る。

 

「園城寺はいいのか? メシまだなんだろ? 奢ってやるよ」

 

「あ、いえ……ありがたい申し出ですけど、軽く牌譜を見てから早めに寝て、明日に備えたいので」

 

「ああ、そうか。その方がいいかもな」

 

「じゃあ、トキ、また明日ね! おやすみ〜」

 

 特にそれ以上誘うこともなく、レストランの方に大星さんと一緒に消えていった渡辺先輩は本当に良い先輩だなあと怜は思った。

 ほとんど人のいないプリンスホテル横浜のラウンジを抜けて、エレベーターに乗って41階の自室へと向かった。

 試合の興奮がまだ少し心の片隅に残っていたが、明日も試合があるので早めに寝ようと怜は思った。部屋番号が朝出た時と変わっていないのは、手間がなくて助かる。

 ホテルの廊下で、怜はジャケットからゴソゴソとフロントで貰った鍵を取り出してから、ドアを開けた。

 

「ただいまー、って誰もおらへ……」

 

「ふふっ、おかえり。今日は大活躍やったなーごはんにする? それともお風呂?」

 

 当たり前のように満面の笑みで部屋の玄関までお出迎えに来てくれた竜華に、怜は引き攣った笑みを返した。

 

「な、なんで……うちの部屋おるんや?」

 

「びっくりした? 一緒の遠征先やし、怜が寂しくないようにって思ったんや」

 

「そ、そか……」

 

 竜華はボーダーのTシャツに薄めのお化粧とラフな格好のように見える。しかし、試合中の竜華はベンチでバッチリとメイクをしてスーツを着こなしていた。

 だから、竜華は試合後に一回お化粧を落として着替えを済ませてから、ずっとこの部屋で待っていたことになる。

 

「……お風呂沸いてるん?」

 

「うん、一応沸かしといたわ。スタジアムでシャワー浴びてきたん?」

 

「せ、せやなー。竜華おるならもっと早く帰ってくれば良かったわ」

 

 怜はジャケットを竜華に預けて、パーソナルソファーにとすんと腰掛けた。

 

——お、大星さんとごはん行かないで、ほんまに良かったわ……日付回ってから帰ってきたら絶対不機嫌になるやろこれ

 

 純白のテーブルクロスの上に置かれたルームサービスのクラブハウスサンドイッチを見ながら、怜は冷や汗を流した。

 竜華は、怜のジャケットにブラシを当ててから、ハンガーにかけてクローゼットにしまった。

 

「もう、チームには慣れた? 移動とかもあるし大変やろ? 疲れてへん?」

 

「結構、慣れてきたわ。チームも良い人ばっかりやし、毎日麻雀出来て楽しい」

 

「ふーん?」

 

 竜華から冷たい目で眺めやられて、怜の背筋が凍った。結婚生活も長くなると、もうわかるのである。相手がご立腹であると。

 

「怜、ちょっとこっちに来て?」

 

「う、うん……」

 

 竜華がなにに怒っているのかはわからなかったが、下手に刺激すると取り返しのつかないことになるので、怜は大人しくソファーから立ち上がって、大きな窓ガラスの側にいる竜華の隣に寄り添った。

 

「ほらほら、夜景めっちゃ綺麗やん!」

 

「せ、せやな」

 

 竜華が指差す先には、まるで、星空と地面を逆さまにしてしまったかのように、真っ暗な夜空とキラキラと光る街並みが映っていた。

 

「高校時代の合宿の時もこうやって2人で夜景を見たの憶えてる?」

 

「おぼえてるで」

 

「7年前、いや、もう8年間になるやろか……その時と同じように、一緒に夜景が見られてうち幸せなんよ……だから、次の7年後も怜と一緒に夜景を見たいんや」

 

「せ、せやなー。また見たいなー」

 

「ん? 怜も同じ気持ちでいてくれるん?」

 

「も、もちろんや」

 

「じゃあ、なんで、こういうことするん?」

 

 冷たい視線のまま竜華は、一枚の写真を取り出して怜に差し出した。

 絹恵ちゃんから、エネルギーバーを食べさせて貰っている怜の姿が写っている。

 

「い、いや……別にこれくらいええやろ」

 

「え?」

 

「な、なんや……」

 

「ええとか悪いとかやなくて、どうしてこういうことするのかって聞いとるんやけど?」

 

「そ、そう言われてもパッケージ剥くの面倒でちょっと絹恵ちゃんに甘えてもうただけやし……」

 

「ふーん」

 

 目が笑っていない笑顔でそう詰問されて、絹恵ちゃんから食べさせて貰った不注意を、怜は本気で後悔したが、後の祭りである。

 

「ほ、ほんまにそういうんやないから、うちは竜華一筋やから」

 

「あ、ほんま? 嬉しいわあ。じゃあなんでこのブスメガネからあーんして貰って、怜は喜んでるんやろか?」

 

——ひ、人のことブスとか言うのやめーや。

 

 その言葉が喉のまで出かかったが、怜はすんでのところで思いとどまった。絹恵ちゃんには悪いが、擁護したという事実だけで竜華の逆鱗に触れることが、300%を超えてくる(一度激昂されてから、後日2回以上怒られる)ので黙っておくことにした。

 

「そ、それはほんまに不注意やったから、気をつけるわ。もうせーへん」

 

「ほんまに?」

 

「ほ、ほんまのほんまやで! 竜華のこと不安にさせたくあらへんし!」

 

「ふふっそっか……それは良かったわあ」

 

 竜華はそう言ってから、怜の髪を優しく撫でつけた。顔が緩んで嬉しそうにしているので、とりあえずのところは、なんとか乗り切れたかもしれへんと怜は思った。ブラウスが冷や汗でベトベトになってしまった。

 

「ふふっ、久しぶりに怜と一緒に過ごせて、嬉しいわあ。なにかうちにして欲しいこととかあらへん?」

 

「せ、せやなぁ……」

 

 竜華に特にして欲しいことなどないし早く帰ってもらいたいのだが、はっきりとそう伝えるわけにもいかないので、怜は目線を逸らした。

 

「あ! お腹空いてへん? 試合後なにも食べてへんやろ?」

 

「う、うん。少しお腹空いたわあ」

 

「ふふっ、そう思ってサンドイッチ頼んでおいたんや」

 

 ダイニングテーブルに竜華と二人で寄り添うように座る。

 綺麗な三角形に切り分けられたクラブハウスサンドイッチの串を持って、竜華は優しく怜の目の前に差し出した。

 

「はい、あ〜ん」

 

「あ、あーん」

 

 怜は頑張って大きなお口をあけて、少し大きなクラブハウスサンドイッチを一口で食べた。味はほとんどよくわからなかったが、怜は必死に美味しそうにモグモグすることに、全力を尽くした。

 

「おいしい? あ、トマトこぼしてるやん……しょうがあらへんなあ、もう」

 

 竜華はそう言って、ナプキンを手に取ると幸せそうに怜の口元を拭った。

 

「なかなか美味しいわあ」

 

「あ、ほんま? ポテトさんも食べる?」

 

「う、うん……」

 

 竜華は、クラブハウスサンドの横に添えられたポテトを一本ずつ怜の口元に運ぶ。

 

「怜、あ〜ん」

 

 嬉しそうな竜華の声を聞きながら、怜がクラブハウスサンドのお皿の方をチラリと見ると、付け合わせのポテトが山盛りになっていることに気がついた。ホテル側のサービス精神に、怜は少し目眩がした。

 怜の意思を無視した無慈悲な往復が何度も繰り返されてから、竜華はルームサービスの冊子をダイニングテーブルの上に広げて言った。

 

「ふふっ、今日はうちが全部食べさせてあげるから、ゆっくり身体を休めてね。他にも食べたいものとかあるやろ? あ、飲み物も好きなの頼んでええんやで^^」

 

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