専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記   作:すごいぞ!すえはら

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第132話 弘世菫と人工の天才 後編

 

「母がお父さんと結婚したのも、それが目的だと私は思ってるし」

 

「そ、それは誤解じゃないか? 直接そう言われたわけじゃないんだろう?」

 

「まあ、そうだね……でもお父さんの母、私のおばあちゃんになる人は、会ったことはないけど協会に麻雀の牌譜が残っていた。結婚する前のお父さんは、お金に困っていたみたいだったし」

 

「…………そうか」

 

 今まで無感情に話していたのに、結婚の話になって少し暗い顔になった照の顔を見て、菫は小さくそう言って頷いた。

 

「まあ、それはいいんだけど……生まれた2人の子供は、幸いどちらも健康な女の子だったから手筈は順調だった」

 

「具体的にお母さんは、照にどんな教育をしたんだ?」

 

「子供の頃の記憶って、はっきりしないことが多いけど……麻雀をしていたこと以外の記憶はあまりないね。起きている時間の半分以上は、麻雀をしていたんじゃないかな? 色々な人と打ったよ」

 

 どこか他人事のように話をする照を見ていて、フツフツとした怒りが菫の心の内に湧いてきた。

 自分の子供をなんだと思っているのか。

 

「学校はどうしてたんだ?」

 

「ずっとホームスクールで、小学校はほとんど通わなかったから、わからないや」

 

「な、なあ……」

 

「ん? どうしたの菫?」

 

「それって虐待じゃないのか!? 常軌を逸してるぞ! 義務教育だろ!?」

 

 菫が激昂してそう言うと、照は困ったように眉を寄せてから目を閉じて言った。

 

「当時はそれが普通だと思っていたから……それに、麻雀で勝つとたくさん褒めてもらえたし」

 

「……それを虐待と言うんだよ」

 

「それは知らなかった」

 

 照はクランペットを口に放り込んでから、不安そうに菫のことを見つめた。

 

「菫、やめとこうか? 面白い話じゃないでしょ?」

 

「いや……最後まで聞かせてくれ」

 

 菫が感情を抑え殺して、落ち着いた声でそう言うと照はホッとしたような顔をした。

 

「同年代には、麻雀が濁ると言われてほとんど対戦する機会がなかったから、大人と打つことが多かったんだ」

 

「その大人は強かったのか?」

 

「強かったけど……今思うとゆったりと構える欧州的な古い雀風の人が多かったと思う」

 

「麻雀が偏ったりするんじゃないか」

 

「うん、だからアメリカに行った時はすごく戸惑った」

 

「…………そうか」

 

 唐突に出てくる外国の話にももう慣れてきたので、菫は深く尋ねることをせずに続きを促した。

 

「そうした環境で咲と私は麻雀の実力をつけていったんだけど……打ち方は結構違っていた」

 

「ん……ほとんど、同じ練習をしていたんだろ?」

 

「そう。それでもプレイスタイルの違う2人の選手が生まれた。咲は攻撃が上手で、私は守備が得意だった」

 

「え? それって逆じゃないのか?」

 

 菫は咲ちゃんより守備の上手な雀士は見たことがないし、照の連続和了をはじめて見たときにはその破壊力に度肝を抜かれた。

 

「私は火力が出なかったから……昔の咲は結構おっちょこちょいなところもあったし。普通は長所に合わせた雀士に育成するんだろうけど、母はそうはしなかった」

 

「どうしてなんだ?」

 

「母は完璧を求めていたからね。オールラウンドに麻雀ができなければ、世界のトップには立てないと……だから、咲を守備的な選手に、私を攻撃的な選手に育て上げたんだ」

 

「すごいな……そんなことが可能なのか」

 

 咲ちゃんの天才的な守備能力が後天的に習得したものであると言われて、菫は驚いた。それが努力で身につくものであるとは、到底思えない。

 

「賭けだったのかもしれない。でも、その試みは上手くいって咲と私は劇的に上達した。あとはひたすら実践を積み重ねて……相手が初対面でも絶対に負けられなかったから、照魔鏡の能力も身についたし」

 

 そこまで言うと照は、ギュッとスカートの裾を右手で握りしめた。その右手に菫はそっと手を重ねる。

 

「辛かったな」

 

「…………私は、そうでもない。辛かったのは咲の方」

 

「咲ちゃんが? なかなか勝てなかったのか?」

 

「いや……咲はいつも勝っていたよ。泣き崩れる対戦相手や、激怒する女の声を一身に浴びて……それから母の狂気のような賞賛に、だんだんと消耗していった」

 

「酷いな……だいたい、泣くのはともかく麻雀に負けて相手に激怒するなんて、人としてどうなんだ」

 

「お金を賭けていたからね」

 

 なんでもないことのように付け加えた照の一言に、菫の中の怒りの感情が再燃する。

 

「勝てば対戦相手が傷つくし、負けると母に怒られるという環境で、咲は勝ちもしないし負けもしない麻雀を身につけるようになった」

 

「それが、プラスマイナスゼロってことか」

 

「そう。咲は母にどれだけ言われても、プラスマイナスゼロを辞めなかった。はじめは娘の才能に狂喜乱舞していた母親も、次第に落ち込んでいったよ……私が最高の才能を潰したと言ってね」

 

「酷い話だ……」

 

 そこまで咲ちゃんのことを追い込んだことの後悔が、娘の感情に配慮したものではなく、ただただ麻雀の教育にのみ向けられていることに、菫は強い憤りを感じた。

 

「母はそれでお父さんと別居して、咲と距離を置くことにしたんだよ。私は母に、咲はお父さんと一緒に暮らすことになった」

 

「咲ちゃんを切り捨てて、照を教育するためか……」

 

 菫がそう呟くと、照は小さく首を横に振った。

 

「いや。母の目的はあくまで咲だったよ。私が御しやすいから引き取っただけ……母は、咲が立ち直るきっかけを与えたかったんだよ」

 

「どうして、そう思うんだ?」

 

「だって、私とお父さんと一緒に咲が穏やかに過ごすことが出来たとしたら……麻雀を再開してくれないかもしれないでしょ?」

 

「母はプラスマイナスゼロをする咲に冷たく接して、咲の前では私のことを溺愛しているようにしていたけど……関心のほとんどは咲の方にあった」

 

「……クズだな」

 

 菫がそう吐き捨てると、照は苦笑いをした。

 親友の親を悪くいうことに後味の悪さがのこる。しかし、照の母親は混じり気のないクズだと菫は確信した。こんなやつは、許しておいちゃいけない。

 

「麻雀も辞めていたんだけど……白糸台に進学して、また麻雀をはじめたんだ。菫のおかげだよ」

 

 照に真っ直ぐに見つめられて、菫は思わず目を逸らした。

 

「咲と私とあとは親戚の子が1人……いや、この話はいいや。とにかく、同世代と麻雀をしたことなんてほとんど経験がなかったし……あれだけ嫌になった麻雀も……菫や渡辺先輩と打って、楽しいという気持ちを取り戻せた」

 

「ありがとう、すみれ」

 

「ま、まあな……うん、照の役にたてて良かった」

 

 菫がなんとかそう返事をすると、照は嬉しそうに頬を緩めた。いつもの照の雰囲気に戻ってくれたことに菫はホッと一息ついた。

 

「事情はわかった! 話してくれてありがとう。咲ちゃんと仲直りできるといいな」

 

「うん」

 

 照はそう返事をしてから、菫のぶんのティラミスにフォークを突き刺してから、口いっぱいに頬張った。

 

「悪いのはおまえの両親だし、やっぱり咲ちゃんと一度話をした方が良いと思う。照から誘って応じてくれないなら私から……」

 

 菫がそこまで言いかけると、照から和やかな雰囲気が消え去って、一瞬のうちに剣呑とした空気がラウンジを包み込んだ。

 思わず口をつぐんだ菫が、再度口を開く。

 

「な、なんだよ……」

 

 照は答えることなく、頬張ったティラミスをモグモグと嚥下してから言った。

 

「駄目だよ、それじゃあ。雀聖戦で勝たなくては意味がない」

 

「意味がない?」

 

「そう、咲は母の作り上げた最高のプレイヤーだから。その咲に勝って……はじめて私は、母の呪縛から逃れることが出来るんだ」

 

 照の剣幕に押されて、菫は思わずソファーに座ったまま後ずさってしまった。それを照に冷酷な瞳で眺めやられて、菫は耐えようのない罪悪感に苛まれた。

 

「勝ったものは全てを手にし、負けたものは全てを失う……私は咲に勝って、連鎖を断ち切って絶対に咲を取り戻してみせる」

 

「まっててね、私がなんとかするから」

 

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