「おもちパブに行くですのだ!!!」
試合後の大宮のロッカールームに、見事先鋒完封勝利を果たした玄ちゃんの陽気な声が高らかに響く。
ドヤ顔の玄ちゃんのその手には、瑞原監督から渡された金一封が握りしめられていた。
「おまえそればっかだな……ほかにもう少しバリエーションないのかよ!?」
「じゃあ、おもちパブに行った後に、違う店にも行きますね」
「お? どこに行くんだ?」
玄ちゃんの持つミチミチに札束が詰まった封筒の厚さを指で測りながら、渡辺さんが玄ちゃんにそう問いかけた。
「そうですねぇ……おもちパブに行って、それから焼肉を食べて、お風呂屋さんに行くですのだ!!!」
「おおおおおおおおおおおお」
欲望をデラックスにした玄ちゃんの発言を聞いて、大星さんが期待のこもった目で玄ちゃんのことを見つめる。
「淡ちゃんも一緒に来る?」
「イエスサー、先輩についていきます!」
「ふっふっふっ苦しゅうない苦しゅうない、付いてまいれ付いてまいれ」
可愛く敬礼する大星さんの肩を玄ちゃんはポンポンと叩いてそう言った。
完全にあの封筒いっぱいに詰まった監督賞の一万円札を、全部使い切るつもりである。
試合前の青い顔はどこへやら有頂天になった玄ちゃんに、尊敬と親しみの視線を大星さんが寄せる一方で、原村さんは中学時代の先輩を遠巻きにゴミを見るような目で眺めていた。
「園城寺さんも一緒にどうですか?」
玄ちゃんから誘われたが、黙っておもちパブに行ったら、竜華に人生を終わらされても不思議ではないので、怜は断ることにした。
園城寺怜は、見えている地雷は踏まないのである。
「いや、うちはやめとくわ。先約があるし……」
「それは残念ですのだ」
怜に断られて少し残念そうにした玄ちゃんだったが、すぐに気を取り直すと玄ちゃんは仲間を引き連れて、ロッカールームの外へと消えていった。
「ふふっ松実さんは相変わらずですね」
にっこり笑ってその様子を見守っていた福路さんが、呟いたので怜はビクッとした。福路さんの場合、顔では笑っていても内心騒がしい玄ちゃんに、ブチギレていても不思議ではない。
「いつも、あんな感じなんか?」
「いえ、いつもより少しだけ浮かれていましたね。なんと言っても完封ですし……」
「そ、そか……」
「この調子で次も勝ってくれると、嬉しいですね」
そう言って福路さんは優しく微笑んだ。玄ちゃんと福路さんではプレイスタイルが違いすぎて、全く同ポジションを争う心配がないのでそう言えるのだろう。そういう腹黒でしたたかというか、性格の悪そうなところが福路さんの強さを支えているのだろうと怜は思った。
「玄さん…………どうして……」
先輩の変わり果てた姿になにやらショックを受けているらしい原村さんのことは、先約もあるので放っておくことにした。
怜は福路さんとの話を終わらせて、指のアイシングを外すと、足早にロッカールームを出た。
❇︎
試合後の横浜市内。
薄暗い焼肉屋さんの店内で、タン塩が焼ける様子をじっと眺め、今か今かと待ち構える1人の女がいた。
大根キムチを皿の上に積み上げし者、園城寺怜。
そのひとである。
怜がお肉が焼けるまでの間、角切りの大根キムチを一生懸命積み上げているのを尻目に、竜華とセーラは会話を進めていた。
「セーラと会うの久しぶりやな、裕子さん元気にしとる?」
「ん……ボチボチやな。おかげさまで変わりあらへん。レーコは、日々成長してワガママになっていっとるけどな」
「そら、良かったわあ」
「よくあらへんわ! 真夜中に麻雀牌でドミノしたいって騒ぎ出すんやぞ!」
「あはは……裕子さん今は働いてへんのやっけ?」
「ん、せやな。休職中やけど……まあ、もう俺が稼いでくるから、働かんでもええのにな。遠征多いし」
「たしかに子供が小さいうちは、両親が家にいたほうがええとか言うしなあ。側にいてあげたほうがええで」
昔のことを思い出すように竜華はセーラにそう言ってから、机の上に散らばっている大根キムチを紙フキンでさっと片付けた。
怜がジェンガのように積み上げてきた大根キムチタワーが、崩壊した次第である。
「ときー、食べないのに遊んだらあかんで?」
「焼肉屋来たら、コレしないと始まらないんや!」
「おまえ、藤白さんと行ったときは一切そんなことせーへんかったやんけ!?」
竜華にそう怒られて弁明した怜だったが、セーラに痛いところをつかれてしまい押し黙り、金網の上をじっと見つめる。
タン塩の表目に、赤い肉汁がうっすら浮き上がっていることを確認した怜は呟いた。
「ん、これもうひっくり返したほうがええんちゃうか?」
「あ、ほんまやな……」
竜華はそう言って、菜箸でお肉をひっくり返した。その様子を見ていたセーラが少し呆れた顔をした。
「甘やかしすぎやろ……高校卒業したのに、いつまで怜シフトするつもりなんや」
「うちは、高校時代だけやなくて小学校の頃からずうっと怜シフトや!」
「せやなー」
竜華の話は半分聞き流しつつ怜は、竜華が盛り付けてくれたタン塩を頬張る。口一杯に牛さんの旨みが広がって、怜は幸せな気分になった。
「今日の松実は、半端やなかった。俺が登板してる時やなくて良かったわ」
「まあ、たしかに調子ええ時に当たったらと思うとゾッとするわあ」
「そこはアレや、ダヴァンじゃなくて俺なら勝ったるって言うところやろ」
怜がタン塩を食べながらそう茶化すと、セーラはビールをぐっと飲んでから口元に手を当てて考え込んだ。
「たしかにそうやな……いつから、こうなったんやろ? 竜華は?」
「ん? うちはプロ入りした時からかな?」
「せやなあ……プロ麻雀かぁ」
そう寂しそうに呟いたセーラの背中が小さく見えた。少し気まずい雰囲気になったので、怜は竜華に頼んで、上カルビを焼いてもらうことにした。
お肉とタレの焼ける良い匂い。うっすらと白い煙が昇っては消えていくのを、怜はじっと見つめた。
「泉とふなQも来れば良かったのになあ、忙しいん?」
「ふなQは誘ってみたけど忙しそうやったで? 泉はどうなんや?」
「んー……そろそろゆみが復帰するから焦ってるんちゃう? いい傾向やから、今日は声かけないでおいたわ」
「なるほどなあ……」
竜華の話によると、エミネンシアではウィッシュアートを除いた先鋒2枠を巡る熾烈な競争が巻き起こっているらしい。
「そもそも椿野と加治木ゆみがダメになって、この間まで先鋒1人もおらんかったイメージあるんやが? 野依さんまで先鋒でやってたやろ?」
「あはは……あれは全然駄目やったな」
セーラの鋭い指摘に竜華は苦笑いをした。
加治木さんの名前がでてきたので、怜はそのことを尋ねることにした。
「加治木さん、調子ええん?」
「んーせやなあ……故障者リストから一軍登録されたし、そろそろ実戦なんちゃう?」
「二条泉さん、最後の先鋒かあ……」
「なんで、泉が負ける前提やねん!?」
怜の呟きにセーラがそうツッコミを入れた。しかし長年、二条泉さんをウォッチしてきた怜にはわかるのである。
水が流れるような掴み所のない流麗な加治木さんの麻雀を水の呼吸と例えるとすれば、火力もなく、真っ直ぐに振り込みに向かう二条泉さんの麻雀は、いわばクソザコの呼吸である。
「でも、泉やろ? 今の状態悪い椿野さんにも負けそうやん?」
「うーん……」
ネガティブな雰囲気になる怜とセーラの前で竜華は小さく手を叩いてから言った。
「はいはい、泉も頑張ってるんやから悪く言ったら可哀想やで?」
「たしかに、そうやな」
怜はオレンジジュースをストローで飲みながら、竜華の言葉に同意した。
雑魚だからといって成長しないということではない。今は小さくとも次第に力をつけて、月をも食らう大魚に成長することもある。
「なあ、竜華」
「ん? どうしたんや」
話すのに夢中になって、消し炭のようになってしまった上カルビを指差して怜は言った。
「これ、まだ食べられるやろか?」