——園城寺選手、今日は記念すべき2セーブ目となりました。おめでとうございます。ご感想は?
『はい、ありがとうございます……素直に嬉しいです。はい。チームも2位に浮上ということで……勢いもあると思います』
——今日は、プロ入り後初のマイナス収支となってしまいましたが、その点についてはどうお考えでしょうか?
『うーん……せやなぁ……状況が状況でリードがあったので、チームの勝利を優先させました。三尋木プロも調子が良さそうでしたし』
——プロ麻雀の試合も慣れてきたといいますか、手応えを感じているのではないでしょうか?
『いえ……毎回違う雀士と麻雀が出来て嬉しいという反面、慣れというのはないですね。3試合目やし……全試合初登板という気持ちでやっていきたいです。はい。』
——素晴らしい三連勝でした。大宮のファンに向けて、なにか一言お願いします。
『はい、えー……精一杯やらせてもらいますので、応援のほどよろしくお願いいたします』
監督室のテレビ画面に映るかつての教え子の姿を見て、雅枝はふぅと一つ小さなため息をついた。
「あっという間に守護神に定着したな、怜のやつ……まあ、今日も強かったか」
恵比寿の三尋木咏、佐久の服部叶絵、松山の沖土居蘭と一流どころの面子が並んだ中で2万点差のリードをキッチリと守り抜いた。最終的な収支こそ3000点のマイナスとなってしまったが、綺麗に仕事をやり遂げて見せた。
麻雀のわかっていない記者からは、マイナス収支によるセーブを評価しない声があがるかもしれない。しかし、三尋木の和了ラッシュを殆ど動揺した様子もなく捌いてみせたあたり、怜の実力は間違いなく本物だといえる。
「こういう選手なんだよなぁ……うちに欲しいのは」
相手関係に関わらず、常に安定して活躍をしてくれる選手ほど、監督にとって使いやすい存在はない。
高い実力を持っていても、和了の早いハイペースの展開に対応出来ない揺杏や、収支の差が激しい初美は、やはり使いにくいものである。
「怜がうちに来てくれればなぁ……」
逃した魚は大きいとは、まさにこのことである。
大宮は怜が加入して、松実玄が先鋒に回ったことで全てが上手く噛み合い始めている。
資金力のある恵比寿に行かれるならまだしも、大宮が獲得に成功したということは、雅枝にも獲得の可能性はあったということになる。
「でも、大宮ほど雀団のバックアップも受けられてへんしなぁ……結局は私の頑張りというより、チームのやる気やん」
千里山高校に多額の寄付をしてくれただけではなく、自分のところにまで金銭を持ってきた上、ふなQまで神戸から引き抜いてしまった瑞原さんの手腕に雅枝は舌を巻いた。
そこまで出来るのは、瑞原さんの実力もさることながら、フロントの全面的なバックアップがあってのことである。
横浜にはそれがない。
資金力のある恵比寿を出し抜いて獲得するだけの体力がチームにある。この差はとても大きい。
「ま、まあ……獲得競争はどうせ勝てなかったやろ。家もリフォームできて、洋榎も実家が綺麗になって喜んでたしそれでええか」
「昔の教え子というだけで、来てくれるっていうのは無理があるやろし……」
怜に勧誘を袖にされてしまったのは、仕方のない面が大きすぎるので、気持ちを切り替えて雅枝はチームのメンバー表と順位表を眺めることにした。
横浜ロードスターズは首位の座こそ維持しているものの、3連勝で2位につけているハートビーツ大宮との勝ち点差は、ほとんど無くなってしまっている。
「マズイ……」
大宮の松実玄に完封された試合などは天災だと思って諦めるしかないのだが、それを差し引いてもここのところ勝ちに見放されている。
先鋒で試合を作ることが出来ても、上手く誠子と宮永の勝ちパターンまで繋ぐことが出来ず敗北するというパターンがあまりにも多い。
有り体に言えば、例年通り横浜ロードスターズの中継ぎは崩壊していた。
「揺杏が、もう少し活躍してくれればええんやけど……」
欧州選手権でベスト16に輝いた揺杏が、恵比寿の新子なんかにチンチンにされて良い訳がないのだが、現実問題として速い展開にされると勝てないので、注意深く状況にあわせて使っていかなくてはいけない。
「良いタイミングで使おうと思っても、すぐ相手の選手交代されるしなぁ……どないせい言うねん」
揺杏に対応され速攻型の雀士に変えられても、こちらの戦力が充実していれば揺杏を降板させれば良いだけなのだが、今のロードスターズの戦力ではそれが許されない。
揺杏を降板させれば、やえか霜崎という死の2択を迫られることになる。
特定状況下で輝くタイプは、戦力の充実したチームでの方が活躍できることが明白なので、監督として良い環境を提供できないことに雅枝は歯痒さを感じていた。
「速い展開が苦手なのも、使っていった中でわかったことや……揺杏なら使ってればそのうち改善するやろ。うん」
監督というものは、常にどっしりと構えて選手も見守っていくものだ。
弘世だって我慢して使っていって、その才能の花を開かせたのだから、すぐに結果を求めてはいけない。
「欧州選手権でベスト16に入るような選手やし、きっと大丈夫やろ。才能は間違いなく本物なんや」
気休めのように雅枝はそう呟いてから、次に誠子の牌譜に目を向けた。決定的なミスはなく結果も伴っているが、デビュー直後に比べると平均獲得素点が落ちてきている。
「対策されてきたか、調子のサイクルなのか……少し使いすぎたんやろか」
敗戦処理が安定せずに、誠子には何度も無駄な登板をさせてしまっている。勝ちパターンの誠子と揺杏の登板数が、大変なことになっている現状はなんとかしないといけない。
「いっそのこと洋榎来てくれへんかな、そろそろFAやろアイツ」
洋榎は副将や大将では結果を残せていないが、次鋒や中堅では安定感があるので横浜ロードスターズとしては喉から手が出るほど欲しい逸材である。
「ああ、でもおかんのところではやりたくないとか言われそうやんな……というか、はよ結婚しろや。怜もセーラも身を固めているんやぞ」
最近は晩婚化と言われている。しかし、20代の中盤に差し掛かって、結婚していないどころか、相手すらいる気配を見せないのはどうなのだろうか……
孫の顔が見たいなあと雅枝はボソッと呟いてから、中継ぎ崩壊の最大の原因である2人に目を向けた。
「やっぱり霜崎とやえが……でも、代わりの選手もおらへんし……」
雅枝はパラパラと二軍選手の牌譜を眺めやったが、やはりこれといって良い選手は見当たらない。今年のルーキーは、誠子以外は小粒ですぐには使い物になりそうにない。
そんななか、一枚の牌譜が雅枝の目に止まった。
「ん……ああ、これは……恭子のやつか」
技術の面で特に見るべきところがあるわけではない。しかし、紙の上に記載された牌たちから、勝ちたい勝ちたいという強い想いが感じられた。
雅枝は人差し指で滑らすように牌譜をなぞりながら、恭子の辿った牌の巡りを、脳内の麻雀卓に再現する。
「ふーん……そっち切るんやなあ。たしかにそうやな」
痺れるような緊張感と決意の打牌。ただの記号でしかないはずの牌譜から、確かに雅枝はそれを感じ取った。
「何もしてないとか言われるのも癪やしなぁ……どんぐりの背比べなら、勝負する方使っとこか。どうせ、敗戦処理でしか使えへんし」
雅枝はそう呟いてから、恭子の二軍成績を眺めやった。すでに3勝をマークしており、登板は少ないながらも悪くはない。一軍にあげる理由を求められても説明がつく。
「ま、最後に登板させてあげれば恭子も諦めがつくやろしな」
高校こそ違い教え子ではないが、練習試合や合同合宿で高校時代から見てきた選手だ。できる限りのことはしてあげたい。
雅枝は、一軍選手と二軍選手の入れ替えを運営委員会に報告する用紙に、ゆっくりと優しい手つきでペンを走らせた。
プロ麻雀トップリーグ
出場選手登録抹消
横浜ロードスターズ 霜崎 絃
出場選手登録
横浜ロードスターズ 末原 恭子