専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記   作:すごいぞ!すえはら

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第139話 名将すえはら、さいごのたたかい 後編

 ツモ! 1300、2600!!!

 

 試合会場に気迫のこもった恭子の発声が響く。さっと1副露し態勢を整えるとそのまま先頭を走り抜け、東1局に続いて東2局でも和了することに成功した。 

 

——完全に流れがきとる! この面子相手に2連続は大きい。しかも親番……絶対に繋げてみせる。

 

プロ麻雀トップリーグ大将戦

第2半荘 東3局

恵比寿 藤白 七実 129,700

松山  天江 衣  126,900

神戸  片岡 優希 85,700

横浜  末原 恭子 57,700

 

 卓から上がってきた手牌を見て、恭子は一瞬目を疑った。ドラ表示牌は中、そして手牌には3枚の白が揃っていた。

 

——これは、ひょっとしたらひょっとするかもしれへん……形も良いし面前でいけるで!

 

 初手をランダムで切ることも検討したが、すでに明確に形になっているため、対子から落として向聴数を減らして打ち回す。

 鳴いても速くなるような手牌ではないし、この得点差である……リーチを打ちたい。ここで大物手を和了出来れば、試合はわからなくなる。

 

 藤白さんが捨てた白を大明槓するかどうか恭子は迷ったが、宮永でもないしこれで流れが良くなるという保証もないと見逃すことを決めた。

 天江衣は、上家の藤白さんの打牌に対応するように白を切って守りを固めた。

 

「は?」

 

「じぇ?」

 

 呆けた声をあげた恭子の顔を片岡が驚いたように眺めやった。

 

「い、いや……なんでもあらへん」

 

 恭子の様子を訝しみながらも、片岡はツモってきた牌をそのまま河に捨てた。

 恭子は必死に動揺を抑えながら、ツモってきた牌を見ると、なんの絵柄もない真っ白の牌が手のなかにあった。

 

——な、何枚あんねんこの牌……

 

 手牌の中に白は4枚、河には2枚の白が浮かんでいた。

 恭子はツモってきた牌と手牌の白の図柄を指の腹で軽くなぞると、凹凸はなかった。

 最悪チョンボもあり得る。プロでの最後の対局でチョンボなんてできへん……このまま他の牌を切って見苦しいミスは減らすべきという考えが、恭子の頭をよぎる。

 もう一度白の図柄のを指でなぞってから、恭子は決断する。

 

——私の牌はたしかに白! それならいかない理由はあらへん!

 

カン!!!

 

 きちんと白を四枚表向きに晒してから、王牌に手を伸ばし、初期ドラ表示牌の中の図柄を指でなぞってから隣の牌を表向きににする。

 

 すると藤白さんと天江さんの河にある白の面にすっと字が浮かび上がって、2枚の白は南に変わった。

 嶺上牌でも有効牌を呼び込むことが出来たので恭子はそのまま1000点棒を取り出した。

 

リーチや!!!

 

 四索と七索の両面待ち。河には1枚出ているのが見えるから、その情報が正しいとすれば山には最大7枚の和了牌がある。

 

——出和了は期待できへん! それなら、リーチは不利にはならへん。この待ち、この流れなら持ってこれるはずや!

 

 恭子がそう決意を固めた直後、あっさりと四索は出た。藤白が安牌を切ってから、天江衣が逡巡することもなくノータイムでツモってきた四索を捨てた。

 

——こ、これ……ほんまに四索なんか……こんなにあっさり天江が出すとか信じられへんけど……でも、和了せんわけにもいかへんし。

 

ロン!!!

 

 恭子がそう言って手牌を倒すと、天江衣は不思議そうな顔をした。その反応を見て、一瞬不安になった恭子だったが気にせず、裏ドラをめくって点数を申告する。

 

「24000です」

 

 狐に摘まれたように天江さんは目をパチパチとさせて、何度も牌を見返して……それからサーっと青くなった。

 

 立直、一発、白、ドラ5。

 

 裏ドラも乗って、倍満。これだけ大きな和了をしたのは久しぶりかもしれない。点棒を受け取る際に、気分が昂って自分の手がカタカタと震えているのを見て、恭子は思わず苦笑してしまった。

 

プロ麻雀トップリーグ大将戦

第2半荘 東3局 一本場

恵比寿 藤白 七実 129,700

松山  天江 衣  102,900

神戸  片岡 優希 85,700

横浜  末原 恭子 81,700

 

 松山フロティーラからタイムアウトの申告がされて、再度試合が中断される。卓から離れたところで、牌譜を持ったアレクサンドラ監督が天江衣としきりにコミニュケーションをしている様子が恭子の目からも見えた。

 

——なにが、藤白七実の能力は大したことないやねん……滅茶苦茶やんけ……普通に麻雀できへんやん。

 

 藤白と天江の打った2枚の白が南だったことをしっかりと牌譜で確認してから、恭子はため息をついた。

 

『選手交代のお知らせです。松山フロティーラ、天江衣に代わりまして——鶴田 姫子、鶴田 姫子』

 

 スタジアムの天井を仰ぎ見た天江衣の頭をポンポンと慰めるように叩いた鶴田さんが、卓について試合が再開される。

 

 天江衣が卓を降りて軽くなった手牌。

 開幕一閃。藤白七実の鋭い和了が意気込む恭子の頬を掠めて、鶴田さんを貫いた。

 

ロン、8300

 

 まだ牌の流れを掴めず体勢の整っていない鶴田さんを一刀のもとに切り捨てて、試合の流れを決定付ける和了。

 

プロ麻雀トップリーグ大将戦

第2半荘 東4局 

恵比寿 藤白 七実 138,000

松山  鶴田 姫子 94,600

神戸  片岡 優希 85,700

横浜  末原 恭子 81,700

 

 幾重もの迷いの分岐がある暗闇の森の中にカツカツ、カツカツと牌の音だけが響く。

 東4局で上がってきた配牌、そして作られる河を見た時、恭子は完全に自分が藤白七実の術中に嵌ったことを悟った。

 牌がまだらに薄暗く霧のようにボヤけて認識できない。手牌は触ることで確かめられても、河はどうしようもなかった。

 

 ツモ 1300オール

 

 恭子が気がついた時には、卓上には藤白七実の綺麗な両面待ちが、晒されていた。白い牌が卓上の闇夜に浮かび上がった。

 

 関西最強の怪物。

 

 園城寺怜がインターハイ個人戦を制するまで、高校麻雀界でそう謳われた女が両翼を広げる。

 

——あかん……コイツ、強すぎるわ。もう牌が上手く認識できへんし、監督に申告してここで代えて貰うか?

 

 ここまでの収支は3万点近いプラス。

 卓から上がってきた配牌は、四向聴あまり良いものではない。

 ここを降りて後続に代われば次の登板はあるだろう。今後のこと、そしてチームのことを考えたら、それが一番なのかもしれない。恭子の心に諦めがよぎる。

 

『末原さん、あきらめたらあかんで!』

 

 真っ暗闇の卓上に薄っすらと光が灯る。

 

「はは……そういえば約束しとったなあ。園城寺と」

 

 まだ、園城寺とはプロの舞台で卓は囲めていない。自分の麻雀が出来る様になったら打とうと約束していたはずなのに。

 

 ここで逃げたら——またプロで自分の麻雀を見失うことになる。

 大好きな麻雀では負けたくなかった。

 

 だから、遠回りもした。

 

 小さく、より小さくまとめて……速度を上げてポジションが貰えるように。でも、そうやないんや。

 

 私は、私の麻雀で勝ちたい。

 他の誰でもない私の麻雀で……藤白七実を倒してみせる。

 

 ツモ!!! 2100、4100!!!

 

 恭子は手牌を全てさっと親指の腹でなぞり上げてから、決意を込めて牌を両手で倒した。盲牌に絶対の自信があるわけではない、ただそれでもこの手牌は和了していると、牌が恭子に訴えかけていた。

 藤白さんは、特に表情を変えるでもなく恭子の和了牌を2度確認した。それが終わると、自分の手牌を指で手早く軽くなぞってから、卓の中央に投げ入れた。素早い動作で自然に行われた確認を恭子は、見逃さなかった。

 

プロ麻雀トップリーグ大将戦

第2半荘 南1局

恵比寿 藤白 七実 137,800

松山  鶴田 姫子 91,200

横浜  末原 恭子 88,700

神戸  片岡 優希 82,300

 

 卓についたばかりの鶴田さんはともかくとして、第2半荘に入ってから、恭子も片岡も一挙一動足が緩慢で打牌までの時間が伸びている。そして、僅かにではあるが藤白七実の打牌の速度も第1半荘に比べて低下していた。

 

 藤白さんは、この迷いの卓上を完全に支配しているわけではない。彼女自身も他家と同じように迷いと闘っている。そう恭子は、結論づけた。疑念の種は多ければ多いほど良い。

 

——絶対に楽にはさせへん、おまえもこの暗闇に沈んで貰わへんとあかんのや!

 

 チリチリと痛む瞼の裏を押さえつけて、じっと河に目を凝らす。夜の河から魚を釣り上げるように二副露を決めると、僅かに藤白さんの手が止まった。そして、恭子のことを殺気の籠った視線でギロリと睨みつけた。

 鳴きを入れれば誤ポンや誤チーで大きなミスをする可能性は飛躍的に高まる。しかし、門前で守備的に仕上げていては間に合わない。

 

 真剣は柄で切る。切っ先を綺麗に相手の身体に合わせようと思っても、臆してしまって届かない。

 拳を突き立てるくらいの気持ちで踏み込んで、ようやく刃は相手の首筋まで届くのだ。

 

ロン!!! 5200!

 

 藤白七実にこそ当たらなかったが、踏み込んだ恭子の刃は片岡の右腕を薙ぎ払った。

 

——まだや……まだ、あと4万点。藤白に一太刀を浴びせてやらなきゃいけへんのや!

 

 恭子は配牌にも恵まれ局の開始と同時にあっという間に飛び出して、立直をかけた。

 周りの雀士が止まってみえる。第2半荘、恭子はプロに入ってからの自分の中で、最も勢いがあることを自覚した。天江衣という重しを投げ捨て、一目散に和了へと向かう。

 

ツモ! 2000、4000

 

プロ麻雀トップリーグ大将戦

第2半荘 南3局

恵比寿 藤白 七実 135,800

横浜  末原 恭子 101,900

松山  鶴田 姫子 89,200

神戸  片岡 優希 73,100

 

 連続和了で迎えた恭子の親番。

 ドラを3枚も抱えた三向聴の良配牌に恵まれた。火力、速度ともに充分。

 

 流れは完全に末原恭子に微笑んでいた。

 

 恭子は軽快に役牌を一鳴きして形をつくると、両面チーを決めて5巡目にして聴牌。この手牌を和了りきって、親番を継続させる。

 

 喉元まで刃を突きつける。藤白さんは小刻みに震える手で手牌を掴むと、勢いよく雀卓に叩きつけた。

 

リーチ

 

 血反吐を吐くような声でそう呟いてから、藤白さんはさっと自分の手牌を指の腹でなぞり上げた。

 

 虚仮威しのリーチに騙されてたまるかと心の中で毒づいてから、恭子は山に手を伸ばす。そして、ツモってきた牌を見てギョッとなった。無筋の生牌の三萬。絶対に切れない牌。

 

——い、いや……この流れや! 押すか? こっちのが聴牌も早い。流れは私にあるんや! ここで押さなかったらまた、逃げることになるんちゃうか? 

 

 ツモってから牌を切るまでの一瞬の間、恭子は全力で手の中の牌を押す理由を探した。

 

 でも、三萬は押せない。

 

 恭子が子供の頃から積み重ねてきた経験が、押してはいけないと……その牌を押したら末原恭子ではいられない。そう訴えてかけていた。

 心の中に留めどのない悔しさが溢れる。

 

 恭子が手牌から安牌の西を切り出すと、次の刹那藤白七実は山から三萬をツモってきて、そっと手牌の右側に置いた。

 

 立直、一発、自摸、混全帯幺九、ドラ

 

 試合を終わらせる跳満和了を、恭子は不思議な気持ちで眺めていた。握りしめた刀剣の刃がさらさらと砂のように零れ落ちて、そして消えていった。

 続くオーラスでは大きな和了の刀を返すように藤白さんが安手を和了し、3時間にも及んだ死闘は呆気なく幕を下ろした。

 

プロ麻雀トップリーグ大将戦

第2半荘 〜試合終了〜

恵比寿 藤白 七実 149,900

横浜  末原 恭子 95,200

松山  鶴田 姫子 85,500

神戸  片岡 優希 69,400

 

 試合終了のブザーと共に椅子の背もたれにどっと体を預けた恭子の姿を、藤白七実は上から下まで眺めやってから、踵を返して無言で恵比寿のベンチへと引き上げていった。

 無数の報道陣のフラッシュが、その道のりを照らしている。

 

「お疲れさまでした、末原さん。大活躍でしたね」

 

「いや…………そんなことあらへん」

 

 ベンチからわざわざおしぼりを持ってきてくれた宮永から、恭子は素直におしぼりを受け取って指の先を拭う。

 

「最後、引けへんかった」

 

「そうですね」

 

 あっさりとそう呟いた恭子の言葉を宮永は、短く肯定した。

 

「牌譜貰ってええか?」

 

「いえ、明日にしておきましょう。クールダウンもありますし」

 

 なんでもないことのように言った宮永の言葉で、恭子は全てを察した。

 左の腕を口にあてがって、肩をぶるぶると震わせて恭子は嗚咽を抑えるように泣いた。

 

「すまん…………」

 

「べつに謝るようなことじゃないですよ」

 

「すまん……すまん……」

 

 宮永は何も言わずに恭子の背中にそっと手を当てたまま目を伏せた。

 涙でスタジアムの照明が滲んで、万華鏡のようにキラキラと自動卓の銀幕が照らされる。

 

 悔し涙を流すのは今日で最後にしよう。

 

 末原恭子は、そう心に誓った。

 

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