専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記   作:すごいぞ!すえはら

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第142話 タイトル戦前夜祭と莫逆の友

 タイトル戦の前夜祭。

 もう慣れたこととはいえ、私はあんまり好きじゃない。大勢の報道陣の前で話をしたりするのは苦手だし、これから対戦する相手と一緒に食事をすると言うのも気疲れしてしまう。雀聖戦は名人戦などのタイトル戦とは違って、2日制の短い対局とはいえ、ここで体力を使いたくはない。

 

 旅館の宴会場の青々とした畳の上に、テーブルと椅子が並ぶ。壁際には和洋折衷様々な料理がビュッフェ形式で提供されていた。

 会場の一番奥、一段高くなったステージの椅子に選手と大会関係者は集まっていた。

 

——宮永咲雀聖にお聞きします。今回の雀聖戦は、恵比寿の宮永照選手や高校時代のライバルだった園城寺選手、天江選手と関係の深い相手が3名の挑戦者になりました。意気込みを教えてください。

 

「そうですね……誰が相手でも気負うことなく自分の麻雀が出来ればと思っております」

 

——昨年度とは全挑戦者が異なる関係になりましたが、雀聖としてはどうお考えでしょうか?

 

「えーそうですね。昨年度は姉帯選手が出場していて苦しい戦いになりました。今年はその姉帯選手を破った園城寺選手が出場していることもあって気を引き締めて、卓に臨めればと思います」

 

「雀聖戦は……もっとも勢いのある雀士が勝つと言われていますし……群雄割拠する麻雀界で素晴らしい対戦相手に恵まれたと思います、はい」

 

——ありがとうございました、次に宮永照選手への質問に移らせていただきます

 

 心の中でふうと一息ついてから私は椅子に腰掛ける。あまり上手くは答えられなかったけど、及第点といったところだろうか。

 

 対戦相手についての言及を求めるような質問は辞めてほしいよね……ほんと。

 

 壇上では姉が記者たちの質問に、当たり障りのない上手な回答を返していく。一瞬の姉と私と視線がぶつかったが、さっと視線を外されてしまった。

 

——ありがとうございました。ハートビーツ大宮、園城寺選手への質問へ移らせて頂きます。

 

 司会役の女性に促されて、ブルーの生地に白い紫陽花をあしらった色留袖を着付けた園城寺さんは、のんびりとした動作で壇上に登った。

 白い花模様と裾から覗く手の甲の色が綺麗に一致していた。どんな生活をしたらこんな肌になれるのだろうか。2つほど歳上なのに羨ましい限りである。

 

——着物姿よくお似合いです。雀聖戦に向けて気合は充分といったところでしょうか?

 

『えーそうですね……竜華いえ、妻が着ていけとうるさいので和服できたのですが、落ち着かないので当日はスーツにします。はい。』

 

 正直に園城寺さんがそう答えると、会場がどっと沸いた。園城寺さんは抜群のルックスとプロ入りの経緯、そして関西人特有の性格で、ファンから非常に人気のある雀士である。

 外見と性格そして麻雀が、ここまで一致しない人も珍しいのではないだろうか。

 

——園城寺選手にとって、対戦経験のない選手は天江選手だけとなりますが、印象をお聞かせください。

 

『宮永さん達ともインターハイで戦ったことがあるというだけで……昔のことやし、初対戦みたいなものだと思ってます』

 

 そこまで言ってから、園城寺さんは顎に手を当てて考え込んだ。

 

『天江さんの印象……せやなぁ。戦ったことない選手のこと言うのも難しいんやけど、序盤、中盤、終盤と隙がなくて、じっくり待って火力も出る選手という印象をもってます』

 

——ありがとうございます、雀聖戦は箱根での2日制の対局ですが、これまでに日を跨いだ対局の経験はありますか?

 

『んーあらへんなぁ。専業主婦をしているときはほとんど家から出えへんかったし、大宮、箱根、大阪と移動がこんなに多いのも不思議な感じです』

 

——最後に雀聖戦への意気込みを教えてください。

 

『自分がプロの舞台に挑戦できたのもこのタイトル戦があっての事だと思いますし……タイトル戦、宮永さん姉妹とそして、天江さん強い打ち手に、とてもワクワクしています』

 

 最後に知性を持った獣のような麻雀の一面を覗かせて、園城寺さんは壇上を降りて嬉しそうに席に戻った。

 高校時代に比べると険がとれて、穏やかになったように見える園城寺さんだが、本質的な部分では何も変わっていない。

 よく清水谷さんと結婚したなぁ……園城寺さんと清水谷さんとでは、価値観が合わないと思う。園城寺さんは麻雀以外を顧みるようなタイプではないだろうし、間違いなく清水谷さんは出来るだけ好きな人とは一緒にいたい家庭的な人柄だ。

 それでも、結婚生活も長く仲良しそうなので自由奔放な園城寺さんに、清水谷さんが譲歩して上手くやっているのだろう。

 自分の独身生活を棚に上げて、園城寺さんの結婚生活を想像して楽しんでいると、最後に衣ちゃんがトテトテと小さい身体を揺らしながら、壇上に登場した。

 

——最後になってしまい申し訳ありません。天江選手、この度の雀聖戦に向けて意気込みを教えてください。

 

 記者さんからの質問にすぐに答えず、衣ちゃんは一度目を閉じて眉間に皺をよせた。

 どうしたんだろう?

 上手く聞き取れなかったのかな?

 私が少し心配になったところで、衣ちゃんは目を開き地を這うような低い声で『衣には……』と呟いた。

 

——衣には?

 

『衣には莫逆の友がいる。それが一人、また一人と増えていって……それまで感じていた寂寥感を拭い去ることが出来た』

 

『だが惆悵するのは、教えてくれた者はとうに道を歩み去り万例の山の上の一片の孤城となった』

 

 衣ちゃんは、いつも通りの難しい言葉を振り絞るように言って、それから私の方をきっと見た。

 

『闕望したよ、何度も同じ失敗を繰り返して闘う姿勢をとらないことすらあった。高い山の頂に手をかけることを諦め、そして挫けた』

 

『でも、衣は…………』

 

『大切な友達を取り戻すために、雀聖戦に来たんだ!』

 

 衣ちゃんの独白を聞き終えて、私は手の甲に鋭い痛みが走るのを感じた。カメラのフラッシュが一斉に私と衣ちゃんを包み込む。

 小刻みに震える手の先を隠すように、手を膝の上に合わせる。

 

「そう、頑張ってね」

 

 口から出た小さな声は自分でも驚くほど無感情で冷たく会場に響いた。

 長年にわたって染み込ませた自分の感性に私は感謝した。このくらいでは大丈夫。

 分厚い鉄板の上を雨がしとしとと叩くような、そんな違和感は簡単に塗り潰せる。

 静まり返り重苦しい雰囲気になった会場の空気を切り替えるように司会者はインタビューの終わりを伝えた。

 

——天江選手、ありがとうございました。会食に入る前に、写真撮影に入らせて頂きます。各選手前のほうにどうぞ。

 

 席から立ち上がりステージの中央に向かう。ウキウキで真っ先にステージの中央に出てきた園城寺さんを中心として、姉と一番離れた位置に私は立った。

 無数のフラッシュが降り注ぐ。

 

——それでは、試合前の握手をお願いします。

 

「え?」

 

 プログラムでそう決まっていることはわかるのだが、それはないだろうと思わず眉間に皺が寄る。

 明らかにぎこちなくなった姉と似たような動作を自分もしているのだろうなと思うと、強烈な自己嫌悪に襲われた。

 

「宮永さん! なに、ボーッとしとるん? 握手や、握手やで」

 

「あ、はい」

 

 園城寺さんは嬉しそうに私の手を取って、カメラの前に笑顔を向けた。

 園城寺さんとだけ、握手してお茶を濁そう。そう決意して、ぎこちない笑顔を作り私は前を向き直った。

 

 この後の食事はビュッフェで茶碗蒸しとわらび餅をとって、それを食べたら早めに部屋に帰ろう。

 タイトル戦の前夜祭。

 慣れたこととはいえ、私はあんまり好きじゃない。

 

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