北関東最大のメガロポリス大宮。
プロ麻雀のペナントシーズンも無事終了し、一足早くはらはらと舞い落ちる雪が、糞田舎の道路のアスファルトを白く染めていく季節。
家事をすることもなくこたつに入り浸りテレビを見続ける一人の雀士がいた。
瓶詰めから山盛りのイクラとウニをお茶碗に盛りし者、園城寺怜。
そのひとである。
「なあ、竜華。イクラもうあらへんの?」
「ん、まだあるで? もう少し出すなー」
「いや、もう大丈夫や」
忙しそうに台所とこたつを往復する竜華に聞くだけ聞いておいて、おかわりは拒否していくスタイル。これが園城寺怜の持ち味だ。
怜は、お茶碗から溢れんばかりのウニとイクラを満足気に眺めやってから、お茶碗をテーブルの端に寄せると、お箸でかまぼこを摘んでちょっぴりのお醤油を付けて食べ始めた。
「やっぱり竜華のご飯はおいしいわぁ」
「ふふっ、ありがとう。たくさん食べてええかね」
シーズン中は多くの雀団職員達の犠牲のもとに気ままな一人暮らしを満喫していた怜だったが、オフシーズンに入り竜華が大宮にやってきたこともあり、薔薇色の単身赴任生活も終わりを告げた次第である。
「来年からは大宮やから、怜のこといっぱいサポートできるわあ」
「そ、そか……」
台所から運んできた筑前煮をこたつに並べながらそう言った竜華と目を合わせないようにしながら、怜は一言だけ頷いた。
シーズンが終了すると同時に竜華はFA宣言。所属チームであるエミネンシア神戸を離れハートビーツ大宮への移籍が決まった。
シーズン終了直後の時期、多くの雀士がFA宣言をするかどうか検討している時期に、最速で宣言し、契約締結まで一週間かからないという竜華の速度は異常なのだが、怜は深くは聞かないことにしている。
1週間のうち1回くらい話せればいいという本心がバレると、後々面倒なことになりそうである。
「これからは、毎日ご飯を作ってあげられるし食後には膝枕もしてあげれるし……お風呂のお掃除ももうせんくてええからね。うちが毎日沸かしてあげるから! それに遠征中もずっと一緒にいれるし! それに、監督言うとったけど、宿泊先のホテルも一緒のお部屋にしてくれるんやって! 移籍できてほんまによかったわあ^^」
「せ、せやなー」
ご飯中にも関わらず、感極まった竜華にぎゅっと抱きしめられてかなり食べにくいのだが、拒絶すると大変なことになるので、怜はじっと静かに嵐が過ぎ去るのを待つことにした。
プロ入りの際に神戸以外の雀団を選んでも竜華の承諾が得られたのは、竜華自身がFA権を取得するので、シーズンが終わればどの雀団でもついて行くことが可能だからということに、怜はつい最近になって気がついた。
「ふふっ……一緒のチームで一緒に麻雀して、帰ってきたら一緒にご飯食べて。大宮ってほんまにええところや」
「せ、せやなー。ええところやなー」
「これから、プロで困ったことがあったらなんでも相談してね! うちは怜の味方やから! あ! プラスチックの食器ももう使わへんから奥の方にしまっとかなあかんな」
「う、うん」
離れ離れの寂しくて胸が張り裂けんばかりに辛い日々(竜華談)も終わりを告げて、一緒にいられることが決まってからというものずっとこの調子である。
怜はなんとかこの会話を終わらせようと思い、部屋の周囲を見渡すと、大画面の有機ELテレビに映るニュース番組の女性アナウンサーの顔が目に入った。
「あ! この人どっかで見たことある気がするわ」
竜華の話を切って、怜はテレビ画面を頑張って指差してそう声をあげた。
「んー? 三尋木さんの奥さんやろ?」
「え? そうなんか?」
「1年か、2年くらい前やっけ? 結婚してるから」
三尋木さんの性格的に、こんなに真面目そうなアナウンサーさんと結婚しているというのは意外だなと怜は思ったが、えてして結婚とはそういうものなのかもしれない。
三尋木さんの話題をふったら、とりあえず抱きつくのはやめてくれたので、なんとか話題を逸らすことには成功したらしい。
安心したので怜は、再度かまぼこを箸でつまんで食べ始めることにした。
「それにしても、セーラがFA宣言するとは思わへんかったわあ」
横浜ロードスターズは、シーズン終盤で松山とのデットヒートの末、悲願の優勝を手にした。チームにとって最良のシーズンとなったのに、何故このタイミングなのだろうかと怜は思っていた。
セーラ個人の記録としても、4勝7敗とあまりいい成績は残せていない。
「せやなあ……ま、色々あるやろ」
あまり興味がなさそうに、セーラの話題を流して筑前煮を頬張る竜華に、怜はじーっとした目線を送った。
それに気づいた竜華は箸を置いて、怜の方に向き直った。
「ど、どうしたんや?」
「どうしたもこうしたもないやろ。セーラのFAなんやから! どうしてこんなに冷たい女になってしまったんや!」
怜がそう言って嘘泣きをすると、竜華は慌てた様子で怜に言った。
「そ、そういう訳やないんよ! セーラならすぐに雀団決まると思う! 大丈夫や!」
「ほんまか?」
「ほんまや!」
竜華の返答に満足したので怜は気を取り直して、ウニをかまぼこの上に乗せてからお醤油をちょんちょんとつけて口元に運んだ。
「もうすぐ記者会見はじまるやんな! 竜華はどの雀団に決まると思うん?」
「あーせやなぁ……神戸とか、あと佐久もとりそうやな」
かなり悩みながらそう言った竜華の様子を見て、セーラのFAがかなり難航しそうなのを怜は察した。
「そもそも、うちに来ればええやん。玄ちゃん除いたら、白水さんしか先鋒おらへんし」
そう言い終えると、竜華の目からさっとハイライトが消えて、こちらのことをじっと見つめられので、怜は自分が地雷を踏んでしまったことを悟った。
「んー? 怜はセーラも大宮にきて欲しかったりするん?」
「え……あ……いや、うん」
「え? 聞こえないんやけど?」
低い声で竜華にそう詰問されて、怜はパニックになりそうになる気持ちを抑えて、振り絞るように答えた。
「い、いや……大宮やなくてもええかな」
「せやなー。セーラはイニングこなせるし! 恵比寿とかも興味あるかもしれへん。資金力もあるし! その方がセーラも良い契約が出来てええと思うんよ」
怜の回答に満足そうに竜華は頷いた。
先ほどまで興味なさそうにしていたのは、なんだったのか。
新婚当初は「麻雀をしたい」以外の発言はほとんど地雷になることはなかった。しかし、最近は地雷が可変式になっている気がしてならない。
「結局、個人タイトルもとれへんかったしなー。来年は頑張るわ」
一生懸命瓶詰めのうにを、かまぼこの上に乗せながら、怜はそう宣言した。
宮永さんが雀聖戦に敗れたことで、群雄割拠の時代を迎えるかに見えたプロ麻雀界だったが天江衣新雀聖がその勢いのまま鳳凰、山紫水明を制して三冠を達成した。
団体戦の方でもシーズン序盤こそ、藤白先輩にのされたりしていたものの、終わってみれば24勝0敗というとてつもない成績を残して、2年連続で最優秀雀士に輝いた。
「団体タイトルはとったんだからええやん?」
「いや、来年こそは天江さん倒してうちがタイトルホルダーになるんや!」
初年度の団体戦では2敗した怜だったが、そのどちらも天江衣につけられた負けである。
宮永さんを交えた雀聖戦はとてもワクワクして楽しい時間だったが、次こそは絶対に勝ちたい。
来期の打倒を怜は心に誓っていた。
「天江衣ほんまに強いからなあ。頑張ってや! でも、無理したらあかんで?」
「りゅ、竜華もシーズン負けてたやん。一緒に頑張ろうや」
「あーせやったかな? あーせやった。ま、あの負けはしゃーないやろ」
全く悔しそうではない竜華に価値観の違いを怜は感じたが、口に出すと面倒なので黙っておくことにした。
竜華がみかんの白いすじ(正式名称アルベド)を剥いてくれたものを、目の前に置いてくれたので、怜はみかんを口に運んだ。
かまぼこの食べ過ぎでお醤油っぽくなってしまった舌の上に、柑橘系の爽やかな甘さが広がる。
テレビ画面に映るCMの女優さんの顔がパッと切り替わり、見慣れたオレンジのツンツン頭のプロ雀士のものに切り替わる。
「お! セーラきたやん!」
怜はみかんを食べる手を止めて、テレビ画面を食い入るように見つめた。
黒色のスーツにストライプのネクタイに身を包みやや緊張した面持ちで、セーラは大勢の記者達に一礼をしてから、花束とマイクの備え付けられたデスクの椅子に腰掛けた。
セーラとその背後にある横浜ロードスターズのチーム旗に、報道陣の無数のフラッシュが降り注ぐ。
『わたくし、江口セーラは……FA宣言を行使する書類を雀団のほうに、提出させていただきました』
『ロードスターズが…………大好きなので』
『つらかったです』
目を潤ませながら話すセーラの様子を見ながら、竜華が目をパチパチと何度も瞬きさせた。
「え?」
「そ、そんな変なこと言うとるやろか?」
怜が唖然としている竜華にそう問いかけると、竜華は何度か頭を傾げてから言った。
「いや……言ってる意味がわからんわ。だったらFAせんくてええやん?」
「た、たしかに、そうや……」
チームのことが大好きな上に今年は優勝もしたのだから、セーラがチームを離れる理由が全くない。
『環境を変え……自分自身、麻雀選手として、前に進みたかったです』
『つらいです…………喜んで出ていくのではないということは理解してほしい』
「せ、せやなー」
嗚咽混じりに話すセーラの会見に、怜は適当に相槌をうつ。
言っていることの意味はわからないが、何故か泣いているので、喜んで出ていくのではないのだろうと怜は雑に理解した。
無表情でセーラの会見の様子を眺めている竜華も怖いので、さっさと終わりにしてほしい。
そんなことを考えながら怜が会見を眺めていると、ソファーの上に置かれた水色のポーチからスマートフォンの着信音が聞こえてきた。
「あ、電話やな! 持ってくるわ」
そう言って竜華はこたつから立ち上がって、ソファーの上のポーチから、スマートフォンを取り出して怜に手渡した。
怜が30分かかるこたつから、抜け出す行程も竜華の手にかかれば楽勝なのである。
「竜華、サンキュ……え?」
着信中
〜藤白 七実〜
表示された呼び出し画面に映る名前を見て、怜の体がフリーズした。
オフシーズンのこんな時期に、何の用だろうか?
このまま電話を切ってしまおうかとも怜は考えたが、それが逆鱗に触れて藤黒さんが降臨すると大変なことになる。
というより、これだけコールさせて藤白先輩を待たせているというだけでも、危険そうな気配がする。
竜華に代わりに出てもらうことも考えたが、竜華と藤白先輩が話しているのを横で聞くのは、とても居心地が悪い。
「はい、もしもし。園城寺です」
意を決して怜が電話に出ると、普段聞いたこともないような藤白先輩がすすり泣く声が聞こえてきた。
『怜が……怜が……なかなか電話にでてくれなくて…………つらいです』
『後輩のことが………大好きなので……』
『つらかったです』
「やめてくださいwwwwww」
セーラの物真似をする藤白先輩に、そう怜は笑いながらツッコミを入れた。
「おう、冗談だ。悪いな、怜。清水谷にかわってくれ」
「はい、わかりました。かわります」
竜華に電話を引き継いで、怜は一息ついてかまぼこを食べ始める。
先輩が冗談を言った時にはキチンと笑って敬語でツッコミを入れる。千里山時代の慣習が、体に染み付いて残っていたことに、怜は深く感謝した。
「そういえば、除ケ口先輩よくそれで藤白先輩に怒られとったなぁ……」
楽しかった千里山高校の思い出。
そして、共に戦ったインターハイ。
チームを優勝させることは出来なかったけれど……頂点を目指したその一瞬は、きらきらとした思い出となって、怜の心の奥底に眠っている。
でも、だからこそ。
——藤白先輩にも、セーラにも……私は絶対に負けたくない! 最高の麻雀選手に、私はなるんや!
来シーズンにむけて、決意を新たにした怜に向けて、藤白先輩と話していた竜華が問いかけた。
「藤白先輩、セーラのFAの移籍先決まったらお祝いしたいらしくて、泉の電話番号も知りたいみたいなんやけど?」
「あ、ほんま? もちろん言えるで^^」
咲さんの話が最終回で怜の話がなかったので、おまけです(^◇^;)
プロでのその後の活躍の一覧を掲載する予定でしたが、結構な文章量になってしまったので
後日、1話にまとめて掲載します。
御読了ありがとうございましたm(_ _)m