「なー泉、まだつかへんの?」
「もう少しですね、観光してから行きます?」
「疲れたから、そのまま旅館でええなー」
園城寺怜は奈良、吉野山に来ていた。
竜華の遠征が続き怜は、家のマンションの一室で一人寂しく過ごす日が増えていった。
そのためひまひまモードになってしまった怜が、プロ麻雀のシーズン中にもかかわらず、旅行に行きたいと駄々をこねたため、今回の奈良への旅行が実施される運びとなった。
竜華はシーズン中は仕事が忙しく、まとまった休みがとれない。そのため一人旅を満喫しようと思っていた怜だったが、結局泉が同伴して玄ちゃん生誕の地、松実館に宿泊することになった。知り合いがたくさんいるところなら、危なくないという竜華の判断である。
宮崎旅行以来となる二人は、吉野駅の前で思案する。
「やっぱり少しくらいは観光してからいきましょうよ」
「んーせやなあ……でも登山とか嫌やしなあでも、せっかくきたから何か見たいような気もするし」
怜は少しの間唇に手を当てて考え込む。
「あ!そうや!タクシーで上まで行って駐車場で休憩して帰ってくれば労せずして山を満喫できるやん!」
山の景色は見たいが、歩きたくはない。双方の主張をとりいれた斬新な発想である。怜、やはり天才か。
「わかりました、というよりやっぱり車で来たかったんですね」
「せっかく車あるのに、泉が拒否するから電車になってしもたんや」
「あんな高そうな車運転できませんよ!」
怜は当然車の運転はできないが、泉は運転免許を持っているので、はじめ奈良へは車で行こうと考えていた。しかし、泉が竜華の車を見て運転するのを嫌がったので、電車を乗り継いで行くことになってしまったのだ。
怜は、自分は後部座席に乗るので事故っても泉の人生が終わるだけだから大丈夫と説得したが、泉に聞き入れてもらうことは出来なかった。
「ちなみにこのへんなにが有名なんや?」
「金峯山寺と吉水神社ですね、後は今は季節じゃないですけど桜と紅葉も有名みたいですよ」
「んーお寺かあ……桜ともみじ見たかったわあ」
怜は桜と紅葉が見れないことを残念に思った。しかし寺社仏閣にはさしたる興味もないので、山の風景を楽しんだら旅館に向かえばいいと安心した。
怜はタクシーから山の風景を満喫し、ご機嫌で宿に向かった。泉はなんだか少しつまらなそうにしていたが、持ってきた一眼レフで山の風景を撮影したりしていたのでそれなりには楽しんでいるようだった。
「いらっしゃいませ〜園城寺さん久しぶりだね」
松実館に着くと季節外れのマフラーを巻いた女将の宥さんが出迎えてくれた。和服姿の上に長羽織とマフラーを巻きつけて色々とすごい格好になっているが、気心も知れた仲なので気にせず話を進める。
「ごぶさたしてるで、あと泉も来てる」
「二条さんもこんにちは、船久保さんは夜からでいいんだよね?」
「せやでー久しぶりやから楽しみやわあ」
松実館は外の風情あふれる外観とは裏腹に内装はとても綺麗だった。ガラス張りの防音室の麻雀コーナーには、20台近い全自動卓が設置されていて地元の人や子供達が大勢集まっていた。
「内装、かなり綺麗やなー」
「結構、最近に新しくしてるからね、床暖房も入ってるんだよ!」
嬉しそうに床暖房と空調の説明を宥さんはしてくれた。5月に明らかにいらない機能を使用している松実館に、怜は不安を覚えた。しかし、多くの人で賑わっていたので必要経費ということなのだろう。
「それに、雀荘もやってるん?」
「旅館だけだと経営が行き詰まっちゃうからね、玄ちゃん目当てのプロ麻雀ファンの人も泊まりに来るから」
「へー売店もすごいですね」
泉は麻雀グッズが所狭しと置かれた売店に興味津々である。麻雀牌や麻雀マットまで置かれていて、お土産というよりは専門店のような品揃えである。
「マットなんて売れるんか?」
「んー部屋で手積みでやるために買っていく人がいるから結構売れてるよ。本当は、音がうるさいから部屋間隔がとられてない部屋に泊まってるお客さんには、部屋での麻雀はやめてもらいたいんだけど」
宥はそう言ってから、夜の間ホールの雀荘はずっと空いてるわけだしと付け加えた。
「え?結構売れるんやな、たしかに自動卓より手積みでやりたいって人っておるか」
「でも、手積みはイカサマされてるんじゃないかと疑心暗鬼になりますよね」
泉は手積みに少し嫌悪感があるような発言をする。自動卓が普及した現代のプレイヤーは、反射的に拒否反応を示す者も多い。
ちなみに泉とは違った理由で、怜も自動卓派だ。竜華に全く勝てないからである。
昔、竜華と手積みで遊んだ際にあまりにも勝てないので、怜は積み込みやろと問い詰めた。その際、竜華は積み込みを否定し、手積み麻雀の時は自分の山の牌を暗記するのが当たり前で、他家の牌も見えたところは、できるだけ覚えたほうがいいと怜にアドバイスした。
山を作る際に裏向きになっている牌は、表面を軽く触って確かめれば大丈夫らしい。
リーチ棒を立てて一発ツモを繰り返す、人間技とは思えない竜華の和了を見て、怜は手積み麻雀を諦めた。
一期一会 松実玄
臥薪嘗胆 赤土晴絵
「玄ちゃんの扇子と、レジェンドさんの扇子どっち買うべきやろか」
「え?買うんですか?」
「直筆らしいし、欲しいやん」
怜はガラスケースに入った扇子を見ながら泉に相談すると、泉は意外そうに首を傾げた。かなり達筆な赤土さんが揮毫した扇子の横に置いてあることで、西洋の抽象絵画を思わせるような玄ちゃんの一期一会の独特の筆致が際立つ。
「玄ちゃんの扇子にしとくわ」
そう言って怜は宥さんに一万円を手渡し、扇子を受け取る。さっそく買った扇子で満足そうに扇ぐ、怜に宥は質問をした。
「本当に玄ちゃんのほうで良かったの?」
「一期一会って書いてあるのが気に入ったわあ、一の部分がうにょうにょしてるところがええんやな」
「ふーん、変わってるね」
姉にまで、扇子の字体が微妙だと言われる玄ちゃん。でも、怜は気に入ったので無問題である。
「あ、そうそう夕方にこども麻雀教室が開催されるから、赤土さん来るんだよ。園城寺さんと二条さんも挨拶したら喜ぶと思う」
宥はそう提案した。もともと阿知賀高校とは対戦校だったので、赤土さんともある程度面識はある。
「生レジェンド来るなら、この扇子にサイン貰えるから、やっぱり玄ちゃんのほうにして正解やったな!」
予定次第でどうなるかわからないのに、赤土さんにサインをしてもらえる前提になっている怜を見て、泉が少し苦笑いする。
「夕方はサイン貰いに行くから、先にお風呂入らないとあかんな」
「じゃあ、お部屋に案内するね」
それから宥さんに本館とは別の離れの部屋に案内されてから、出されたお茶を飲んでようやく一息つくことができた。主に泉が。
部屋はかなり凝ったレトロモダンな和洋室で、大正時代を感じさせるような内装だ。そこに、マッサージ椅子や自動卓まで用意されているのが独特の味になっている。
怜は部屋の露天風呂を満喫し、お風呂上がりに腰に手を当てながら、ビンのオレンジジュースを一気飲みする。
浴衣に着替えた怜は、買った扇子のどこに赤土さんのサインを書いて貰うか思案しながら、真剣に扇子を見つめている。
その隙をついて、泉は部屋に3つほど置いてあった鶯餅を一人で全部平らげていた。
プロ棋士のサインでこの扇子をいっぱいにするのも楽しそうやなと、怜は畳の上に寝転びながら思いを馳せた。