専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記   作:すごいぞ!すえはら

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第17話 園城寺怜と阿知賀のレジェンド

 松実館の麻雀コーナー。佐久フェレッターズのエース赤土晴絵さんの、こども麻雀教室は無事終了した。赤土さんはイベントの終了後に、サインを欲しがる子どもたち一人一人に、サインをしてあげていた。

 そんな小中学生の子どもたちに混じって、サイン待ちの列に並ぶ一人の女がいた。

 神戸の24歳児、園城寺怜である。

 

「ねえ?」

 

「なんでしょう」

 

 怜は阿知賀のレジェンドのほうから話しかけられて驚いたが、怜はキリリとした表情を作りながら丁寧語で話す。

 

「すごい美人になったけど、園城寺さんだよね?」

 

「そうです、サインください」

 

 怜は赤土さんの褒め言葉にも動じず、一途にサインを要求し続ける。ちなみに大人は空気を読んで一人も並んでいないのだが、怜の生活能力は児童レベルなので問題はない。

 

「子どもたちのサインが終わったら、書いてあげるね」

 

「ウチも麻雀が大好きな少女やで!」

 

「んー人妻は少女ではないかな」

 

 子どもたちのほうが、先にサインが貰えることに文句を言いつつも、大人しく待っている怜を脇に置いて、赤土さんは手慣れた手つきでサインを進めていく。サインの行列がなくなったところで、赤土さんは怜のほうを振り返った。

 

「ごめん、ごめん待たせちゃったね」

 

「園城寺怜ちゃんへ、で頼むで!」

 

 怜は赤土さんに筆ペンと扇子を渡して、サインを書いてもらう。

 

「これでいい?玄のサイン扇子だけど本当に私の書いて良かったの?」

 

「サンキューや!!!」

 

 そう言ってから、怜は満足気に広げた扇子に揮毫されたサインを、筆ペンの文字が滲まないように気をつけながら眺める。

 

「あれ?二条さんも来てるんだ?」

 

「ご無沙汰してます、こんばんは」

 

 部屋の隅の宥さんの横にいた泉が前に出てきて、赤土さんに挨拶をする。

 

「こんばんは、インターハイ以来?明明行ったんだよね」

 

「はい!」

 

「そっかー四年生だし大変だね、頑張ってね」

 

 泉は佐久のエースに名前や進路を覚えて貰えていて、だいぶ嬉しそうだった。

 赤土さんはサインが貰えて、上機嫌のまま部屋に引き上げていこうとする怜に声をかける。

 

「ねえ園城寺さん?」

 

「んーなんや?」

 

「せっかく会えたんだし、麻雀していかない?」

 

 思いもよらぬ提案に怜は戸惑う。長い間牌も握っていないので、自分がどれだけ打てるのか不安だ。

 

——でも、打ちたいな…………

 

 胸の中に灯火がともる。怜は一瞬だけ泉の方に視界を移すと、かなり期待するような目でこちらを見ている。

 

「い、いや無理にとは言わないけどさ高校の時はかなり体調悪そうだったし、出来るならで大丈夫だから」

 

「やる機会が無かったから、しばらく牌を持ってないけどできるで」

 

「本当?ありがとう、じゃあ他の面子には宥と二条さんは大丈夫?」

 

「もちろんです!」

 

 麻雀がやれることが決まり、嬉しそうな赤土さん。この人は麻雀が大好きなんだな、怜はそう思った。

 今日は赤土さんに頼まれ、仕方がないから麻雀をするのだ。幸い今日は、麻雀をはじめるとすぐに口を出してくる竜華もいない。だから打っても大丈夫、そう自分に言い聞かせながら、怜は卓についた。

 

 サイコロが回り、牌の擦れる音が鳴り始める。小さい頃に大好きだったお気に入りの積み木の音によく似ている。周囲にギャラリーが沢山いても、その音を聞くだけで落ち着いて、神経が研ぎ澄まされていく。

 

 ツモ! 1300 2600

 

 赤土さんが、幸先よく初回からツモ和了る。リーチをしてもいい形だったが、しなかったのは他家を警戒しているのかと怜は思った。

 怜は久しぶりの麻雀だからなのか、牌を掴んでも、あまり多くの未来を見ることは出来ない。見えすぎても気持ちが悪くなることが多いので、かえって好都合でもあった。

 今の東一局は、終始赤土さんペースで早い和了を奪われたが、怜にはひとつ疑問に感じることがあった。

 

「レジェンド、ツモ!って言わないんやな」

 

「園城寺さんそれは、赤土さんがやってるわけじゃないから」

 

 宥さんは可笑しそうにそう言った。怜が残念がっていると、赤土さんの後ろにいた子どもたちがレジェンドツモをやってくれた。

 赤土さんは何か言うかと思ったが、かなり恥ずかしそうな様子で、手牌と山を自動卓に放り込み洗牌を急いだのを見て場が和む。

 

 これ本気で嫌がってるから、本人の前では言わんようにしとこと怜は思い、気合を入れ直してから麻雀を続ける。

 

ツモ! 2700オール!

 

東4局 2本場

赤土晴絵 47300

松実宥  24000

二条泉  14700

園城寺怜 14000

 

 宥さんは、赤い牌が集まりやすいと言う能力を生かした綺麗な打ち筋で満貫を和了したが、泉と怜は焼き鳥である。

 プロ雀士というだけあって、赤土さんの安定感はすごい。牌を捌く指先から、砂金が溢れ落ちるような輝きを怜に感じさせた。そろそろ南入したいのだが、赤土さんの親が流れない。

 困ったわあ……流れを切らないといけないやろから、泉でも使っとこか。そう方針を決めた怜は、見え見えの混一色を作っている泉をアシストして和了させる。

 

ツモ! 1200 2200

 

 やっと和了できて少しホッとしている泉を尻目に赤土さんは怜のことを見つめる。

 

「やるね!」

 

「んー泉がなーウチは焼き鳥やわー」

 

 完全に手助けしたことはバレているのだが、一応はしらばっくれた態度を怜は示しておくことにした。だんだんと、体が麻雀に慣れてきて牌がよく見えるようになっていく感覚があった。

 

南1局 

赤土晴絵 45100

松実宥  22800

二条泉  19300

園城寺怜 12800

 

 赤土さんの親が流れ南入。流れが変わったのか急に配牌が良くなったのを怜は感じた。これ久々にやるんやけど、ちゃんとリーチ棒立つかなと変な不安を憶えながらも、怜はその勢いのままリーチをかける。

 

「リーチ」

 

 怜がリーチをかけた瞬間にギャラリーがざわつく。リー棒は上手く立ったようで怜は安心する。

 

ツモ 3000 6000

 

 一発ツモの跳満を見て、子どもたちが大騒ぎし始め、大人からは歓声があがる。やっぱり麻雀で和了できると、気持ちいいなあと思いながら、次局へと移る。

 流れは完全に怜のほうに手繰り寄せられたようで、南2局でも早めに聴牌することができた。しかし、なかなか自分が和了できる未来が見えてこないことに、怜は困ってしまった。

 

——あそこにある六萬が拾えればええんやけどなぁ……

 

 山牌は終盤のほうが見えやすいため、なんとかズラして誘導できないかと、頭を悩ませる。真剣に麻雀に取り組んでいると、怜に名案が思い浮かんだ。

 

「リーチ」

 

 園城寺怜の二連続リーチに、ギャラリーの盛り上がりも最高潮に達する。皆が一発ツモを期待するなか、それだけはさせまいと赤土さんが鳴きを入れて阻止する。

 

ツモ! 2000 4000

 

「ズラしても和了るのか」

 

「一発にならんかったわー」

 

 怜は悔しそうに落ち込んだ様子を見せながら、六萬を無事引き当て満貫をツモった。ズラしても和了するというよりは、正確にはズラしたから和了したのだが、余計な情報は与えたくないので演技も大切だ。

 

「先輩、裏ドラ確認し忘れてますよ?」

 

「も、申し訳ない……ほら!乗ってないやろ」

 

 泉の指摘を受けて、怜はあわてて裏ドラをみんなに見せて乗っていないことを示す。このミスは高校の頃から良くやってしまうので、治したいのだが、なかなか治らない。

 

 この流れのまま、親番で一気に逆転したい怜だったが、赤土さんの安手に簡単に流されてしまった。怜は振り込んだ泉を恨みがましく見てやることにした。しかし、泉は赤土さんのプレッシャーとギャラリーの多さに、余裕がなくなっていたため、怜の目線に気づくことはなかった。

 

南4局 オーラス

赤土晴絵 42100

園城寺怜 32800

松実宥  15800

二条泉  9300

 

 赤土さんから、直撃が奪えるとは思えない。そのため、どうしても大きな手を狙いたいところなのだが、期待薄の安目の配牌に怜はガッカリする。

 

——んーこれは負けにしてもうたかなあ……

 

 怜が諦めかけた時に、王牌がうっすらと見えた。ドラ表示牌が2つと嶺上牌。ここまでカンは一度もなかったから、これが怜の登頂経路である可能性は高い。

 

 だんだんと深い霧が晴れていく。

 

 宥さんの捨て牌をチーして、ルート工作は万全。森林限界を超えた高い山の頂に咲く花に怜は手をかける。

 

カン!!! 嶺上ツモ! 3000 6000

 

 怜はドラが乗るのでドラ表示牌をきちんと開けてから、点数を宣言する。場が一度静まり返ってから、大きな歓声があがった。

 

終局 

園城寺怜 44800

赤土晴絵 36100

松実宥  12800  

二条泉  6300

 

「あれだけ差があったのに、園城寺さんすごい……」

 

「ん、まあどんなに点数を重ねても、崩れる時は一瞬やで」

 

 怜は宥のつぶやきにそう答えながら、赤土さんのほうを見る。最後の嶺上開花で嫌な思い出がフラッシュバックしたのか、右手が小さく震えている。

 

「いや、本当に強かった。打てて良かったありがとう」

 

 赤土さんはスカートの裾を握りしめて、怜の手牌を見つめていた。そっとしておこうと怜が泉を連れて、部屋に戻ろうとした時、子どもたちに取り囲まれる。

 

「園城寺!園城寺!サイン!サイン!サイン!サイン!」

 

「初対面なんやから園城寺さんやろ?」

 

 そう言いながらも、ちびっ子達にサインを書いてあげる。

 

「園城寺……さん!宮永咲みたいだったーどうしてあんなふうにあがれるのー?」

 

「んー宮永さんに教わったんよ」

 

「すげーーーーーーーーーーーーーーー」

 

 宮永咲から嶺上開花を教わったという怜の大嘘を、疑うこともなく信じる子どもたちが可愛かったので、欲しがる子どもたち全員にサインをしてあげた。

 

 その後、なぜかギャラリーの大人にまで赤土さんと一緒にサインを書くハメになってしまい、かなり疲れたので、怜はしばらく人前で麻雀をしないことを誓った。

 

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