6月上旬に行われるタイトル雀聖戦。2日制の短期決戦で決まるこのタイトルは、勢いのある雀士が勝つと言われている。
小鍛治健夜、赤土晴絵、宮永咲などルーキーイヤーに雀聖位を戴冠する雀士もおり、若手プロが、トッププロになるための登竜門と呼ばれる雀戦でもある。
今年度、4期連続でタイトルの防衛を果たし永世称号を獲得した雀士がいる。
今、プロ麻雀界で最も勢いのある、宮永咲永世雀聖である。
——雀聖位防衛おめでとうございます、はじめての永世位を獲得したお気持ちをお聞かせください!
『その名に恥じないような麻雀をこれからも続けていければと思っています』
——永世雀聖は小鍛治プロ以来の快挙となります!おめでとうございます
『ありがとうございます、これに慢心せず引き続き精一杯修練に励む所存です』
テレビの中でメディアに完璧な受け答えをする和服姿の宮永さんの様子を見て、怜はつぶやいた。
「めっちゃつまらんわあ……」
「ちょっ、咲ちゃん完璧に答えられてて立派やん!」
「完璧に答えられたら、なにも話すことなくなるやん?」
怜は竜華に淹れてもらったカフェオレを飲みながらそう返した。プロ麻雀のニュースでは、好戦的な天江さんや歩く失言機である玄ちゃんのようなキャラクターを、怜は求めているのだ。
「竜華もまたタイトル戦でれるとええな」
「んーこればっかりはなぁ……」
怜は竜華に期待を込めてそう言うと、少し苦笑いをしてから自分のコーヒーに口をつけた。
牛乳と砂糖がたっぷり入った怜のカフェオレとは異なり、竜華はブラックコーヒーに砂糖だけいれたものを飲んでいる。かなり変わった飲み方だが、竜華本人は気に入っているらしい。
「宮永さん、ほんまつよいなあ」
「咲ちゃん、麻雀してる時と普段の落差がありすぎるやん?あれなんかちょっと怖いわあ」
竜華は不思議そうに首を傾げた。本気で自分は、麻雀してる時と普段の差があまりないと思っているようだった。
怜からすれば宮永さんよりも、プロ入り後の竜華のほうが二面性がある気がするのだが、黙っていることにした。怜は、話を少し逸らすために違う話をする。
「コーヒー飲んだら甘いもの食べたくなったわあ」
「そのカフェオレめちゃめちゃ甘い気がするんやけど……まあ、ええか。アイスとチョコレートならあるけど?」
「アイスモナカ食べたいで!」
「はいはい、とってくるな」
怜は一度、ソファーでゆっくりし始めると、冷蔵庫にアイスを取りに行くことすら厭うようになる。食べることを決意してから、ソファーを立ち上がり冷蔵庫からアイスをとってくるまで、おおよそ20分程度かかるので、竜華がいるときはとってきてもらうことが多い。
竜華にとってきて貰ったアイスモナカを食べながら、怜はタブレットを起動する。
宮永さんのコメントが、真面目すぎて面白くないので、掲示板で魔王語翻訳スレを開きながらテレビを見ることにした。
——振り返って今回の雀聖戦、勝因はどんなところにあったと思いますか?
『大星プロから何度か直撃を奪って、先に他家よりリードできていい流れで2日目を迎えることができました。そのあとも難しい展開が続きましたが、粘り強く守れたことが勝ちに繋がったと思います』
永世雀聖宮永咲さんのお言葉を翻訳するスレ
167名前:名無し:20XX/6/5(土)
ななしの雀士の住民 ID:tokichan
今のはどういう意味や?
215名前:名無し:20XX/6/5(土)
ななしの雀士の住民 ID:ebi7drta
>>167
訳:ATMの淡ちゃんから何度も引き出しできたので、いい気分で2日目を迎えることが出来ました。2日目はリードが大きすぎて退屈な展開が続き、眠気を抑えるのに苦労しましたが、なんか勝ってましたね。
——勝ちを確信したのはどのあたりでしょう?
『そうですね……2日目の最終盤、南入してすぐに嶺上開花で和了できて、一気に良くなった感じがありました。』
420名前:名無し:20XX/6/5(土)
ななしの雀士の住民 ID:ebidrjag
訳:そうですね……1日目の最終盤、2位の野依さんから、跳満直撃した場面で勝ちを確信しました。
翻訳スレとは名ばかりで、実際には麻雀ファンの勝手な想像で、宮永咲に喋らせているスレである。しかし、インタビューのコメントよりも、翻訳した後のほうが宮永さんの気持ちにより近そうなのが、魔王語翻訳スレの魅力である。
「なー竜華、この試合ってやっぱり大星さんがまずかったん? ほぼ、点棒自動預払機やったやん」
怜はそう竜華に問いかけると、竜華は唇に人差し指をあてて考えはじめた。
「うーん……せやなあ、大星さんが下手すぎたのもあるけど…………野依さんと姉帯さんもそこまで良い内容やなかったな」
「1日目、咲ちゃんが大星さん狙った時に、一緒に大星さんから毟りにいったのは、宮永さんの掌で踊らされた感があったなあ」
1日目は宮永さんがダブルリーチをかける大星さんから、直撃を何度も奪い一人沈みにさせた。その後、大星さんを姉帯さんと野依さんも狙い撃ちにしはじめたが、これが竜華が言うには、良くないらしい。
「でも弱った大星さんを狙わないと、宮永さんにどんどん差をつけられていくで?」
「姉帯さんと野依さんも多分同じこと考えたと思うわ」
怜は竜華の言いたいことがイマイチ飲み込めず、続きを促した。
「そのあと、3人のプレイヤーで大星さんを毟りながら、互いに相手を刺せる場面を伺う展開になった訳やん?」
「せやな」
「そうなると、先に大星さんを潰した宮永さんの方がリードがあるから、精神的に余裕があるんよ。だから野依さん焦って、宮永さんに刺されてしもたんやな」
そう言ってから、竜華はすっかり冷めてしまったコーヒーに口をつけた。
「さすがに深読みしすぎやろ?」
たしかに竜華の言うことには説得力があるものの、結果論だと怜は感じた。そういう展開になり、宮永さんがうまく対応できたから勝ったと考えると辻褄があう。
「そうやとええんやけどなあ……」
「結果論やろ? 最後から逆算してくとたしかに誘導したように見えなくもないけど」
「でも宮永さん、麻雀してるとき一瞬だけやけど笑ってたで?」
完全に心が折れて最下位にもかかわらず、ダブリーもかけず、安牌を切ることしか出来なくなった大星さんを笑うとか、さすが宮永さんやなあと怜は思った。
竜華は、ローテーブルに置かれた空のマグカップを2つ持って、立ち上がる際に怜に言った。
「大星さん見て笑ってたんちゃうよ? 潰れてから一瞥もしてへんから」
「え?」
「笑った時に見てたのは、野依さんや」