プロ麻雀オールスター戦。ファン投票で選ばれた上位20名の選手で戦うチーム戦である。
優勝チームには、賞金1000万とスポンサーから車が贈られるが、チームの成績やタイトルに関係するわけでもないので、わりと緩い雰囲気で行われる麻雀界のお祭りである。
12位の二桁順位ながらもオールスターに選出された、赤土晴絵もオールスターを楽しんでやろうと意気揚々と控え室に乗り込んだ。
オールスター、楽しみにしていたのに。
——なぜ、このチームなのか…………
オールスター Bチーム
宮永 咲 ファン投票1位
清水谷 竜華 ファン投票3位
大星 淡 ファン投票9位
赤土 晴絵 ファン投票12位
片岡 優希 ファン投票19位
晴絵が控え室に入ると、宮永さんがソファーに座って女性ファッション誌を読みながらくつろいでいた。
「あ、赤土さんよろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
宮永さんは雑誌から目線をあげて、晴絵に挨拶をした。
3年前の雀聖位戦途中で、牌が持てなくなってしまい2日目コールドという悲惨すぎる負け方でタイトルを奪われてから、どうしても宮永さんと小鍛治さんがダブって見えてしまい、しばらくの間麻雀をすることができなくなってしまった。
昔は宮永さんの映像をみるのも嫌だったが、今ではセカンドレイプのトラウマも克服して、宮永さんとわりと普通に話せることに、晴絵は安堵した。
どうやら卓を囲まなければ、問題ないらしい。
「宮永さん、意外に可愛いの読むんだね」
宮永さんが読んでいるガーリー系のファッション雑誌を、晴絵は目線で差して問いかけた。
「んーそうですね……どうせ買うならやっぱり、かわいいほうがいいのかなって」
「でも、これとか私には似合いませんよね」
宮永さんは、Lisa Lisaの胸元に大きなリボンがついたピンクのワンピースを見せてくれた。宮永さんは自信なさげにしているが、着たら着たでわりと似合うのではないかと晴絵は思った。
「別に似合うとおもうけどねぇ……こういうのって歳とると本当に着れなくなるから、着たいなら着たほうがいいよ」
「これなんか、似合いそうだね」
晴絵は同じブランドの可愛い飾りボタンのついたベージュと白のドット地のワンピースを指差して、宮永さんに勧める。モデルの女の子はブラウンのベレー帽を被っていて、同系色で色調に差が出ている。
「あ、いいですね……この帽子もお洒落」
「一緒に買っちゃえ買っちゃえ」
「うーん……どうしようかなあ」
宮永さんは勧められたワンピースと帽子を真剣に眺めながら、悩み始める。
チームから貰っているだけでも晴絵の3倍、5億円以上の収入があるにもかかわらず、2万円のワンピースを買うかどうか真剣に悩んでいる宮永さんの様子を見て、晴絵は心がほっこりする。
それから一緒に雑誌を見ていると、宮永さんへの苦手意識が少しずつなくなっていくのを晴絵は感じた。
「よろしくだじぇー」
「うん、よろしくー」
元気よく入ってきた片岡さんに、晴絵は挨拶を返す。宮永さんは面倒そうに片岡さんを一瞥したあと雑誌のページをめくる。
片岡さんはおずおずと宮永さんの隣に行き声をかける。
「さ、咲ちゃん久しぶり」
「うん、久しぶりだね片岡さん」
宮永さんがやっと雑誌から目を離して、冷たい声で片岡さんにそう返した。
それっきり、控え室内に会話がなくなる。
雑誌を読んでいる宮永さんの隣で、しばらく呆然と立ち尽くしていた片岡さんだったが、宮永さんから離れた位置にある晴絵から見て対面のソファーに座った。
なにか話をして重苦しい空気を流してしまいたかった晴絵だったが、話題を全く思いつかなかったので、そのまま黙って10分くらい座っていると三回のノックのあとドアが開いた。
「失礼します、今日はよろしくお願いします」
「清水谷さん、よろし…………」
部屋に入ってきた清水谷さんに晴絵と宮永さんが挨拶しようと言いかけると、勢いよく片岡さんがソファーから立ち上がり大声で挨拶する。
「お疲れ様です!!!よろしくお願いします!!!!!!!!」
「五月蝿いわあ……少し小さい声で話してや、迷惑やろ」
清水谷さんは冷たい目で片岡さんを睨みつけてから、ソファーに座る。
「も、申し訳ありませんでした……」
ソファーに座った清水谷さんよりも、頭が下にくるくらいまで、片岡さんは頭を下げる。
これ、声が小さかったら小さかったで清水谷さんに怒られるんだろうなあと思い、晴絵は片岡さんに少し同情した。
晴絵は、ソファーに座って対戦相手の牌譜を眺めている清水谷さんの横で直立不動の片岡さんの方に目がいった。
その時、目があった清水谷さんから、かなり殺意の篭った視線で睨まれた。
——わ、私なにか清水谷さんになにかしたかな……
全く身に覚えがないが、明確な敵意を清水谷さんから向けられ、晴絵は落ち込む。ポジションが違うので、試合でもほとんど当たることはないし、恨まれるようなことはなにもしていない。
「喉渇いたわあ……」
清水谷さんがそうボヤいたので、片岡さんが5人分のお茶を入れる準備を始める。ティーポットにリーフを入れて熱湯を注ぐ、一度サーバーに開けてから全員のティーカップに注ぐようだ。
片岡さんが清水谷さんのティーカップに、紅茶を注ごうとすると、清水谷さんがそれを止める。
「なあ?」
「な、なんでしょうか……」
声をかけられてティーサーバーを持ったまま固まる片岡さんに、清水谷さんが不快感を露わにする。
「なんでしょうか? じゃないやろ」
「すみません!すみません!」
「普通、最初持ってくの赤土さんからやろ? それにカップも冷たいままなんやけど? なあ?」
「つ、作りなおします!」
片岡さんはほとんど泣きそうになりながら、紅茶を作り直す。
晴絵の前に紅茶が運ばれてきた際に片岡さんは謝っていたが、私は気にしていないからと、伝えるだけは伝えておいた。
「座ってもええよ」
「はい……ありがとうございます」
5人分の紅茶を淹れ終わって、かなり萎縮した様子で片岡さんはソファーに腰掛けた。
神戸と恵比寿は上下関係が厳しいと聞いていたが、同じプロ麻雀のチームでもここまで違うのかと晴絵は驚いた。
もちろん部屋は、それからずっと無言である。
晴絵は間も持たないので、片岡さんの淹れてくれた紅茶を飲み始める。
他の2人は一切紅茶に手をつけない。宮永さんは持参した白い水筒から、清水谷さんはペットボトルの水で水分補給している。
——はやく、帰りたい…………
オールスターのチームは選ばれた選手の中から抽選でランダムに決められるが、今年ばかりはチーム決めのクジを引いた人間を晴絵は恨んだ。
玄と姉帯さんの和気藹々としたAチームや、三尋木さんと野依さんの落ち着いた雰囲気のCチームが羨ましかった。
天江さんと戒能さんのDチームでも別にいい、というよりもBチームでなければなんでも良かった。
ずいぶん遅れて、大星さんが控え室に入ってきた。しかし、重苦しい異常な雰囲気を感じ取ったのか小さく挨拶すると、晴絵の隣に腰掛けた。それからずっと、ぬるくなった紅茶を飲みながら黙り込んでいる。
——ああ、はやく帰りたい…………
気がつくと晴絵は、試合はまだ始まってもいないのに、佐久の家で帰りを待つ灼の作ったご飯が食べたいと思いながら、スマートフォンで北陸新幹線の時刻を調べていた。
肩がこったので、ご飯よりも先にお風呂がいいなと晴絵は思った。
「そろそろオーダー決めましょうか?」
部屋の沈黙を破って、宮永さんが全員にそう提案し話を進める。やっと室内に会話が生まれて晴絵はほっとする。
「私が副将させてもらって、咲ちゃんが大将でどうでしょう?」
「良いんじゃないかな、私は先鋒でいいかな?」
晴絵は清水谷さんの提案に同意しながら、やり慣れている先鋒をしたい旨申し出ると、宮永さんから待ったがかかった。
「片岡さんと淡ちゃんが並ぶと飛びそうなので、赤土さんは次鋒をやってくれませんか?」
「わかったよ」
宮永さんの言い方はだいぶ悪いが、守備が苦手な選手が並ぶのは、負ける可能性が高くなるので、宮永さんの意見を晴絵は受け入れる。
大星さんは少し不満そうだったが部屋の空気が重すぎるので、特に反対意見もなくオーダーはすんなりと決まった。
Bチーム オーダー表
先鋒 片岡 優希
次鋒 赤土 晴絵
中堅 大星 淡
副将 清水谷 竜華
大将 宮永 咲
控え室の雰囲気は最悪だったが、Bチームのオーダーは完全に噛み合っていた。
先鋒の片岡さんが2万点浮き、そのリードを広げながら、晴絵がプラス収支で終えると、中堅の大星さんが点棒を荒稼ぎした。
副将の清水谷さんも堅実にリードを広げ、2位のAチームとの差は6万点。
姉帯さん、野依さん、天江さんと同卓した大将戦は、宮永さんが消化試合のような内容で抑えきり見事Bチームは優勝に輝いた。まさかの5人全員プラス収支である。
優勝しても控え室での会話や盛り上がりはあまりなかったが、宮永さんと一言二言話してから、晴絵は東京の麻雀スタジアムを後にした。
優勝商品の現金200万円と国産SUV1台をオールスターの慰謝料として受け取り、晴絵は新幹線に飛び乗った。