夏の暑さにやられて、怜は少し体調を崩していた。
7月はわりと外に出かけることも多かったので、屋外とクーラーの効いた室内の温度差に疲れてしまい夏風邪をひいてしまった。
幸い、37.5℃あった熱は、竜華の一晩中の看病の甲斐もあって平熱に戻り、ソファーで、テレビを見れるくらいまで、回復している。つまり、いつもどおりである。
「はい、あーん」
竜華がふーふーして冷ましてくれた鍋焼きうどんを、怜は口にする。うどんは消化が良いから、病み上がりに良いと竜華が言っていた。卵と小松菜が入っていて、なかなか彩りも綺麗だ。
「お麩さんも食べたい」
怜がそう言うと、竜華はレンゲでお麩を掬って小皿に取り分ける。お麩が冷めるまで少し時間がかかるので、小皿で待機ということらしい。
竜華は、箸でうどんをちぎってレンゲの上に乗せて、怜の口元に運ぶ。
「お麩は少し待ってなー」
怜としてはもう体調もそこまで悪くないので、自分のペースで食べたい。うどんはかなり食べさせて貰いにくいのもある。
しかし、あーん拒否すると、かなり面倒なことになるので、竜華に従って怜は大人しくうどんを食べ続ける。
結局、うどんを全部食べ終わるまでに1時間近くかかってしまった。
「大丈夫? 具合悪くない?」
食べ終わってソファーに寝転ぶ怜のことを、竜華は心配そうに覗き込む。
「もう大丈夫やで、すっかり良くなったわあ」
怜がそう言ったが信じてもらえないようで、竜華はダイニングテーブルに座って、ソファーでゴロゴロしている怜のことをじっと見ている。
——かなりやりにくいわあ…………
ここまで竜華を心配症にしてしまった要因は、2%くらいは自分に責任があるとはいえ、ずっと見られていると落ち着かない。
居心地の悪さに耐えかねて怜はリモコンを操作して、テレビの電源をつける。まだプロ麻雀は後半戦が始まっていないので、めぼしい番組がないかもしれないと怜は思った。
チャンネルを回すと、今年のドラフト特集がやっていた。まだ、高校インターハイが終わっていないので、気が早いような気がするのだが、社会人や大学リーグの選手は紹介できる。
「今年のドラフトは不作やって聞いてるんやけど」
「んー、うちとしては毎年不作のほうがええからなあ」
怜がそう竜華に声をかけると、ソファーの方に来てくれたので膝枕を要求し、竜華の太ももに頭を乗せる。
「新しいライバルの登場にワクワクしたりとか、可愛い後輩ができるのを期待したりとかそういうのないんか?」
「ないなあ」
竜華に問いかけると、ものすごくあっさりと否定された。
「仕事でやっとるし……下の世代で有望な選手が入ってきて、競争するなんてないほうがええやろ」
「ドライやなあ…………」
なんなら自分が引退するまで、毎年新人が0人でも良いと言う竜華の醒めっぷりに、怜は少しがっかりする。
テレビの映像が切り替わり、三科アナと解説の藤田さんがスタジオで話している様子が映し出される。
「なんや……藤田さんか…………」
藤田さんの解説はファン目線で、選手を基本的に褒めるので、わかりやすいと視聴者からなかなか評判が良い。
試合中にフラストレーションが溜まって、プロ選手に怒り出してしまう子供部屋おばさんや、アマチュア麻雀で終始わかんねーと連呼している現役トッププロなど他の解説陣が、個性的過ぎるというのもある。
ただ、藤田さん自身が元プロとは思えないほど弱いので、怜はイマイチ言ってることが、信用できないと思っていた。
『今年は帝都大の原村選手や帝国新薬の亦野選手など注目選手が多くいますが、その中でも藤田さんのイチオシの選手は誰になるでしょう?』
『やっぱり今年は、社会人リーグの亦野さんが良いと思うなあ』
亦野 誠子
白糸台→帝国新薬
副露を生かした速攻が売り、即戦力に期待がかかる
テレビ画面に社会人リーグで鳴きを入れて活躍している亦野さんの映像が流される。
『彼女は高校インターハイでも活躍していましたが、当時のドラフトでは下位指名だったので、高校から直接社会人リーグに行った珍しい選手ですね、たしか……ドラフト4位だったかな』
『わざわざプロ入りを蹴って?』
『当時のドラフトは、赤土プロや松実プロなど有力選手がゴロゴロいましたから、本来下位指名される選手じゃないんですよ、競合指名もありえますね』
藤田さんは一息いれて、解説を続ける。
『社会人で揉まれて速度も上がりましたし、なにより守備に安定感が出てきた印象があります』
亦野さんがプロ入りすると、白糸台のチーム虎姫が全員プロになってることになるなあと怜は思った。
「亦野さんって白糸台で火ダルマになった人やろ? ほんまに藤田さんの言うこと正しいん?」
怜がそう問いかけると、竜華は少し苦笑いして答えた。
「ま、まあ高校の時はほんまアレやったからなあ……能力は悪くなかったんやけど。亦野さんの最近の牌譜見たことあるけど、能力も強化されたし守備も上手くなったからなあ」
「プロ以外の牌譜も見ることあるんやな」
「浩子が持ってたから、見せてもらっただけやー」
「さすが、ふなQや!」
ふなQの情報収集能力を褒めながらも、怜はなかなか亦野さんへの疑問が拭えない。
「でも、亦野さんがドラフト1かあ……」
「亦野さんは和了が早いから、起用できるポイントが明確なんもええからなあ……リード時に早和了で局面をすすめる、松山あたりがとるかも」
「そう言われるとなかなか強そうやな」
「プロ入り後の活躍をイメージしやすいのも高評価の一因なんちゃうかな」
竜華の話を聞いていると、亦野さんを指名したほうが良い気がしてきた。しかし、竜華の次の一言で、怜は超強力モーター式の掌を返す。
「いわば強化版、末原さんや!」
「やっぱり、亦野さん駄目やんけ!」
やはり雑魚は雑魚だったことを怜は確信して続きを見ていると、テレビで原村さんの映像が流れ始める。玄ちゃんが喜びそうな、大変なおもちをおもちである。同じ映像で一緒に麻雀をしている明明大学の二条泉さんとかいう、哀れな生き物との比較が酷い。
「可愛いのにすごいおもちやわあ……」
怜がそうつぶやくと、怜の頭を撫でる竜華の手が止まったので失言をしたと怜は思った。
原村 和
清澄→渋共→帝都大
精密なデジタル打ちとアイドルばりの笑顔がかわいい人気選手
『高校インターハイでも藤田さんと一緒に原村選手の実況をつとめさせて貰ったことがあるのですが……やっぱり華がありますね原村選手は』
『そうですね、原村さんとは高校時代から面識があって、高校で麻雀はやめてしまったと思っていたんですが……こうして大学から、麻雀界に復帰してきてくれて、プロ麻雀の世界に挑戦してきてくれるのは、喜ばしい限りです』
藤田さんは原村さんに思い入れがあるようで、少し感慨にふけりながら解説をしてくれる。
ネット麻雀で最強と名高い原村さんだが、六大学リーグに参加したばかりの頃の成績は、あまり良くはなかった。帝都大が六大学のなかで弱すぎるというのもあるが、加治木ゆみ、弘世菫、獅子原爽の大学BIG3があまりにも強すぎた。
しかし、三、四年生になってからは安定して好成績を残しているので、十分上位指名も狙える選手だ。
「原村さんは竜華の目から見ると、どうなん?」
怜は膝枕にほっぺたをつけながら、竜華に問いかける。
「ふ、普通かな……たしかに、怜の言うように結構かわええなあ」
「竜華もそう思うん?」
「せやなーでもうちは、怜一筋やから! 怜のほうが可愛いで!」
などと供述する竜華に膝枕をして貰っていると、だんだんと怜はまぶたが重たくなっていくのを感じた。発熱の疲れがまだ残っているらしい。
——もう後半戦の調整せなあかんのに……悪いことしたわあ。
怜は竜華に少しの罪悪感を持ちながら、そのままお昼寝の世界へ旅立った。