専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記   作:すごいぞ!すえはら

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第34話 園城寺怜と牌に愛された子

 6年前。深夜3時。

 園城寺怜は、ホテルの麻雀室の扉を開けた。団体戦で負けてから、まだ泣けていない。五位決定戦も残っていたし、周りに人もいたので泣く気にならなかった。敗退して全く泣かないのも、チームメイトから無理をしていると思われるので、竜華やセーラの前では、適当に泣いたフリをして誤魔化した。

 

 準決勝は、ほとんど自分のせいで負けたのに、チームメイトの前で泣くような資格はないと怜は思った。

 

 ようやく一人になることができた。

 

 少し時間がたってしまって上手く感情を整理できるか不安だったが、麻雀牌を自動卓の上に叩きつけてから、拳を握りしめて思いっきり自分の太ももを殴ると自然と慟哭することができた。

 怜は防音設備の整った麻雀室で、卓に突っ伏して、満足するまでただひたすらに泣いた。しばらくすると、喉が焼けて大声を出せなくなったので、ミネラルウォーターを口に含んで無理矢理飲み込んでからまた泣いた。そうしていると、だんだんと思考が整理されていく。

 

 まだ、個人戦も残っている、千里山の優勝を諦めるのはまだ早い。

 

 怜は制服の裾で涙を拭うと、自動卓を起動する。かなり乱暴に牌や卓を扱ったが、とくに不具合は無いようで怜は安心した。

 一巡先のツモは八索、二巡先は西、三巡先は三萬。

 能力も冴えているのか、このあたりの予知までは難なくこなくすことができる。ただ、五巡、六巡先を見ようとすると体力がかなり消耗する上、曇ってよく見えない。

 怜は未来予知の答え合わせをするために、ツモ切りをする。

 

 八索、西、三萬、一萬、西……

 

「ここよくわからへんかったなあ……牌が赤く見えたし萬子だったのかな?」

 

 そう言って牌をツモると九索だった。大外れである。怜は無言で牌を自動卓のなかに戻して、卓に洗牌してもらって、配牌からやり直す。

 

 一筒、白、三萬、六索、八萬。

 二索、南、三索、五筒、西、二萬。

 東、二萬、四索、三筒、中、九索。

 

 何度もツモる牌の予知を繰り返していると、枕神怜ちゃんとかいう生き物からの待ったがかかった。

 

『あーストップやストップ! それ以上続けたら体壊すでー』

 

「なんや急に、あとちょっとで七巡先まで見えそうやったのに……」

 

『あかん、あかん、あかーーーーん』

 

 枕神怜ちゃんはジタバタと手を振りながら、怜のことを止める。枕神怜ちゃんは、手を振りすぎて空中で半回転してひっくり返ってしまった。

 

「そんなに疲れへんし……練習するくらい別にええやん」

 

『疲れてへんと思ってるのお前だけやぞアホ! 死人みたいな目しとるわ! だいたい七巡先見てどうすんねん』

 

「んー牌効率やズラすことも考えたら、見えてるに越したことないやろ。そのうち配牌されたらその局の最後まで、見えるようになるんちゃう?」

 

 怜はそう言いながら、空中でひっくり返っている枕神を左手でおこして、頭が上にくるようにしてあげた。

 

『なるわけないやろアホ! とにかくヒラで予知数増やしてくのは絶対駄目や、7巡先まで見えるようにしたら、4人で卓囲んだらその間の分岐も全部見えるんやからな』

 

 たしかにそう言われると、怜にも無理そうに思えてきた。七巡先までの全分岐のイメージが頭に流れ込んできたら、気持ち悪くなって吐く謎の確信がある。

 

「んーせやなあ……じゃあおまえの和了の最終形がわかる能力をよこせや」

 

『あ、あれは膝枕を提供してくれる竜華専用やからなあ……たぶん三流のふともものおまえに使っても、ぼんやりとしか見えへんで』

 

「んー困ったわあ……」

 

 怜は、今の能力のままではインターハイの個人戦を勝ちきることは、厳しいだろうと思っていた。

 麻雀自体が上手くなる努力もしていくが、準決勝後に行動によって変わる未来が見えるようになった時のような、劇的な能力の向上が必要だった。

 

 麻雀牌を片付け、自分の部屋に戻った怜は一晩考えてある解決策を思いついた。

 

 翌朝、手早くホテルのバイキングで朝食を済ませると、怜は麻雀部の練習室に向かう。竜華やセーラは来ていないようだったが、数人の二軍の下級生が卓を囲んで自主トレをしていた。

 怜の姿に気づいたのか、元気のいい挨拶をしてくれた。せっかくだから、この子たちと麻雀をして試してみようと思った。

 

「おはようございます!!!」

 

「おはよー、少し早起きしすぎたわあ……全然レギュラーおらへんし、うちも混ぜてや」

 

 怜がそう言うと、半荘の途中にもかかわらず席を空けてくれた。悪いことをしたと怜は思ったが、同卓する下級生が嬉しそうにしているのを見て怜はほっとした。なお、同卓する下級生のことは名前すら覚えていない。 

 

 はっきりと明確な未来をイメージすると、負担がかかって自分が壊れてしまう。

 

 だから、仔細を取り除いて俯瞰した視点で、麻雀に取り組もうと怜は心に決めた。

 

 上家が4筒を捨てたので、両面チーになるが鳴いていく。和了までの明確なビジョンはないが、和了できる確信があった。手なりでそのまま進行していくと、四巡先で30符3翻を無事ツモ和了する。

 鳴かずに終盤まで粘って、面前でリーチをかけて、高い手を和了できた未来があった可能性は捨てきれない。しかし、省エネ麻雀のわりには悪くはないなあと怜は思った。

 

 怜は新しい感覚を体に馴染ませるように、探り探り麻雀をしていく。5本目の100点棒を供託しようとした時に、下級生から声をかけられた。

 

「す、すみません……」

 

「ん?」

 

 下級生が立ち上がって怜に頭を下げた。一瞬意味がわからなかったが、センターの点数表示を見て、他家が飛んだことに気がついた。

 

「あれ? もう終わりなん?」

 

「すみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみません」

 

 ひとしきり謝るとトビ終了した下級生は、そのまま練習室の外に走り去っていった。その様子を端から見ていたセーラから、責めるような視線を送られる。

 

「怜、後輩いじめるのも大概にせーよ」

 

 後輩と楽しく麻雀をしていただけなのに、セーラからいじめ認定を受け、怜は落ち込む。よく周囲を見ると泉や中牟田さんも、来ていることに気がついた。卓が割れてしまったので、どうしようかと怜は、残っている2人の下級生に声をかけた。

 

「3人になってもうたし、どうしたらええやろか?」

 

「せ、先輩たちが来ましたのでお構いなく、私たちはどきますので! すみませんでした!」

 

 そう言って残っていた2人の下級生も、練習室の外に消えてしまった。結果的に自主トレの邪魔してもうたし、悪いことをしたなあと怜は思った。

 でも、セーラ達と何故か上級生にカウントされている泉も来たし、省エネ麻雀の続きを試したろと気持ちを切り替える。

 

「セーラ、麻雀やるでー」

 

「切り替えはやいな、われ!?」

 

 セーラ相手にどこまで省エネ麻雀が通用するのかはわからなかったが、さっきの感覚を思い出しながら麻雀を続ける。

 鳴いた方が良い場面が感覚的に理解出来るのは大きく、あまり麻雀の上手くない怜でも、正解から逆算した的確な判断ができた。

 ここでリーチすれば、中牟田さんが鳴くから和了できるな。

 

 ツモ 4400オール

 

 怜が点数申告すると、セーラは悔しそうに牌を倒した。

 

「あートビやトビ! もっかいいくで、勝つまで挑むわ!!!」

 

 そのあとも麻雀をしていると、怜は牌山や他家の手牌が、マダラに透けて見えていることに気がついた。おそらく未来視で深くその分岐を調べるとわかる部分なのだろう。牌山の前半よりも、分岐の深い後半の方が見えやすかった。

 

 地力が上がったのか、二巡先くらいまでならそこまで気力を使わなくても見ることが出来るようになったが、前日にも確かめたように5、6巡先の未来は明確には見えない。それにもかかわらず、十巡先以降の山が透けて見えているのは、少し不思議な気がした。

 

 その後中牟田さんを1回、泉を2回飛ばして三半荘終えたところで怜は、休憩をすることにした。麻雀を中断すると、自分で思っていたよりもずっと疲れていることに怜は気がついた。

 

「怜、顔色悪いけど大丈夫か? 今日の麻雀めちゃくちゃ凄かったけど、またダブルとか使ってるんちゃうやろな?」

 

 セーラからスポーツドリンクを差し出されたので、怜は素直に受け取る。未来を俯瞰する麻雀をしていると、自分が何巡先まで見えているのか、怜にもよくわからなくなっていた。

 一巡先は意識せずとも牌を持っただけで明瞭に見えるのだが、もしかしたら二巡先まではっきりと見えていたのかもしれない。

 

「使ってへんで、竜華に止められてるからなあ。今日の麻雀は絶好調だっただけや、でも少し疲れたわあ」

 

 怜がそう言ってベンチに横になる。怜自身もダブルを使っているのか良くわからなかったため、嘘はついていない。

 それを聞いて、セーラは少し安心したような様子で言った。

 

「たしかに二巡先が見えても和了出来るとは限らへんわ、ということはバカツキされただけかー」

 

「まあ、そうやなあ……四連続トップごっそさんどす」

 

 怜がふなQの似ていないモノマネをして、場の空気が和む。普通であれば四半荘連続トビ終了などあるはずがないのだが、そうした偏りが生まれてしまうことは、能力者の麻雀に限ってはよくあることである。元々千里山の中で一番強い怜が上振れしたら、そういうこともあるだろうと周囲は納得した。

 

「でも、今日の園城寺先輩は、有効牌が引き寄せられているかのようでした」

 

「園城寺ゾーンや! ウチのみが有効牌をひける場の支配に目覚めたんや」

 

 牌譜を見ながら不思議そうにしている泉に、怜は適当なことを言って誤魔化した。もちろんそんな能力などない。

 

「ええ!? 本当ですか?」

 

「嘘やで」

 

 怜がそう言うと、泉はガクッとコケたフリをした。泉は、なかなかリアクションが機敏でからかい甲斐がある。

 

「嘘はともかくとして、なんか有効牌が集まっていくと言うのはわかる気もするなあ、知らず知らずのうちに、園城寺が良くなっていくし」

 

「なんか牌に愛されているみたいな、不思議な集まり方をしとったなあ」

 

 セーラは藤田プロの受け売りを使いながら、中牟田さんの言葉に同意する。

 実際には、怜が鳴いたりリーチをかけてみたりと卓上を操作して、そのような印象を同卓者に与えているだけだ。しかし、その操作をしている怜自身も、能力をイマイチ掴みきれておらず、不思議な牌の流れだと思っていた。

 

 もしかしたら、これが牌に愛されるということなのかもしれない。

 

 怜は自分の麻雀が、一歩前進したことに手応えを感じた。インターハイの個人戦まで時間がない。今は1局でも多く、麻雀を打ちたかった。

 

 団体戦で迷惑をかけた、自分が必ず千里山を優勝させる。

 

 だから、不思議な牌の流れと一巡先を見ないで麻雀をすることが出来なくなっていることには、目を瞑ることにした。

 

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