うちが、園城寺怜を見つけたのは小学四年生の時やった。
まだ肌寒い春の梅林。
真っ暗闇にいたうちに、柔らかな陽光がさす。
こんな人と友達になれたらいいな。
そう思って。
はじめは大切に大切に、怜の役に立つように、怜の楽しいを支えてあげようとした。本気で麻雀なんてつまらない。怜が和了するから楽しい。
うちが本気をだしてしまったら、怜が麻雀を楽しめなくなってしまうかもしれない。それだけが不安だったのに。
怜はうちが思ってるよりも、ずっとずっと強かった。
いつからだろう、うちが彼女に手を引っ張られて歩くようになったのは。
そして、うちじゃあ怜の麻雀の相手は務まらなくなったのは。
「カン 嶺上ツモ 2000、4000」
怜は手牌を倒してから、嶺上牌をツモる。おかしな手順のルール違反だが、怜には、はっきりと和了が見えているのだろう。これで親のセーラが飛んで半荘が終了した。
不思議な支配力で他家は和了できず、怜だけに牌が集まっていく。他家が自然に和了出来るのは、怜にとって都合の良い局面だけだ。どれだけ先の未来を視たら、こんな芸当ができるのだろう?
「ダブル使ってるやろ?」
うちが咎めるように責めても、怜は答えてくれない。牌を自動卓の中央に投げ入れて怜は席を立った。今日はもう終わりにしたいということらしい。
インターハイ団体戦に負けてから、怜は変わってしまった。
まるで麻雀の悪鬼が怜に乗り移って、代わりに麻雀を打っているように見えた。
「こんな練習で使ったらどうなるかわかるやろ!!!! 死ぬかもしれへんのやで!!!!!! なあ!!!!!」
「ダブルとかもういまさら消せへんわ、千里山を優勝させるのはウチやで」
強い気持ちのこもった目をして、練習室を後にした怜を見てうちは愕然とした。うちと約束したダブルは使わないという約束を簡単に破ったのもそうやし、このままほっといたら怜は壊れる。
それから、うちは何度も怜に麻雀をやめるように説得したが、聞き入れてもらえなかった。個人戦終わるまでだけやからとか、麻雀で死ぬとかありえへんやろと煙に巻かれた。
麻雀をして傷つく怜を見ていられなくなって、もう怜とは一緒に麻雀を打てない旨を伝えると怜から絶交を言い渡された。
目の前が真っ暗になった。
うちは、もう怜には必要のない人間なんやないか?
怜に麻雀なんて教えなければ良かった。怜が麻雀さえしていなければ、ずっと一緒にいられたのに……
そんなことを考えながら出場したうちのインターハイ個人戦は、みるも無残に敗北した。全国で本戦リーグにすら出場できないのは、はじめての体験やった。ミスを連発して、取るに足らないような相手にあっさりと負けた。
そんなうちとは対照的に、怜は全国の猛者達を赤子の手を捻るような内容で、蹴散らして決勝卓に駒を進めた。そして、清澄高校の宮永咲を下し全国の頂点に立った。
試合終了とともに卓上に倒れ、救急車で病院に運ばれて行った怜を見て、うちはほんまに後悔した。
どうして止められなかったのか、もっと強引な手段を使っても止めないといけなかったのに……怜を止められなかった。自分への自責の念が次々と針山のように湧いてきて、心を引き裂いていった。このまま怜がずっと目を覚さないようだったら、うちも一緒に死のうと思った。
怜が意識を取り戻した時、うちは嬉しくて人目も憚らずに泣いてしまった。号泣するうちの背中を撫でてくれた怜と、心が繋がったような気がした。個人戦で怜が優勝して、それから一命を取り止めて、色々あったが最後はハッピーエンドになったと、うちは安堵した。
でも、そんなのはうちの勝手な思い込みでしかなかった。
「体力も戻ってきたし、そろそろコクマに向けて頑張らなあかんな」
お見舞いに来たうちやセーラ達の前で、そう宣言した怜の強い意志のこもった表情を見て、うちは確信した。
怜は、死ぬまで麻雀をやり続ける。
団体戦で負けたぶん、千里山を個人戦で優勝させたいなんていうのはただの理由づけで、こいつは周りのことも顧みずに、ただ麻雀をしたいだけなんや。そもそも、団体戦でずっと活躍していた怜が、千里山の敗退に責任を感じる必要など全くない。
どんな手段を使っても怜のことを助けてあげよう、うちはそう決めた。嫌われても、恨まれても良い。今は、怜を麻雀から引き離さないとダメだと思った。
でも、うちが怜とどれだけ口約束をしても、それを破って命を賭けて麻雀をすることは、確実だった。
だから、怜を監禁することに決めた。
怜のために、素敵なお部屋を用意した。
高層マンションの防音室に鍵を取り付け、家具にもこだわった。
怜は、ベッドもソファーも柔らかめのものが好きなので、好みに合わせたポケットコイルマットレスを用意した。ソファーは、明るい木とライトグリーンの、怜が気に入りそうなお洒落なデザインで、フカフカのフェザーをたっぷりつめたソファーを選んだ。
外に出ることがないと気分が沈んでしまうかもしれないので、少し明るめの家具をチョイスすることにした。うちは、ウォールナット材を使った落ち着いた色合いの木が好きだったが、怜の好みに寄り添って明るいオーク材を選ぶことにした。
お部屋、気に入ってくれるとええなあ。
「今度は絶対に守ってあげるからね」
そう言ってうちは、コクマのためにうちの家から学校に通おうとしていた怜に、手錠をかけてあげた。
怜は、突然のことに少し戸惑っているみたいだった……でも、暴れたりすることも想定していたけど、うちが手錠をかける時に大人しくしてくれていたのは、やっぱりうちの真実の愛が伝わったんやろな。
怜に暴力を振るうなんてありえへんかったし、ゆっくり時間をかけて説得して、麻雀は諦めてもらおうと思った。
はじめの一週間は、怜の両手両足を手錠と足枷で拘束して、ずっとベッドの上に寝転んでいてもらうことにした。
初日は、怜が手錠をかけたまま暴れて手首が腫れ上がったり、ごはんを食べてくれないなどのトラブルがあった。それでも、毎食ごはんを作ってあげて、ベッドの横で優しく諭してあげると、3日目には大人しくごはんを食べてくれるようになった。
少しお塩の効いたおかゆを怜の口元にスプーンで運んでいると、暴れたりしないから手錠を外して欲しいと怜から懇願された。少し胸が痛んだが最初が肝心なので、もうしばらくの間は、ベッドで過ごしてもらうことにした。
一週間も経つと怜はすっかり大人しくなったし、うちの麻雀をやめて欲しいという話も、最後まで聞いてくれるようになった。なので、足枷を外して、お風呂やトイレにいけるようにしてあげた。一週間ぶりのお風呂で、髪と体を洗ってあげると、よほど嬉しかったのか、怜はボロボロ泣いていた。
足枷が外れると怜は、ソファーでゴロゴロしながらテレビを見るようになったり、とっても可愛い姿を見せてくれた。雑誌も用意したが、手錠が邪魔で読みにくいのかあまり興味を示さなかった。
とくにご飯への関心が高いようで、うちの作ったご飯をおいしいと言って食べてくれた。こんな幸せな日々が、ずっと続けば良いのにと思った。
途中、怜が暴れてベッド生活に戻ってもらうなどのトラブルはあったものの、監禁生活は概ね順調だった。そんな生活が三か月も経つと、コクマやドラフト会議も終わっていたので、うちは怜と麻雀を切り離せたことに満足していた。
愛宕監督は、千里山の監督をやめてからも、うちや怜のことを気にかけてくれていて、怜には大学麻雀なら大丈夫じゃないかと言っていたが、うちやセーラがプロ入りして支えのない状態で麻雀をさせるなど、考えられなかったので、怜とも相談してお断りさせてもらった。
プロ入りも大学進学も、うちが怜の人生を滅茶苦茶にしてしまったのは間違いない。それでも、病気で死んでしまうよりはずっと良いはず。
うちの太ももを枕にしてソファーで寝ている怜の頭を撫でると、怜は甘えるように太ももに頭を擦り付けて丸まった。
怜のことは、うちが守ってあげないと。
うちはドラフト2位ながらも、プロ入りすることが出来た。契約金もあるし、プロの世界で活躍して怜のことを養っていくこともできる。怜の人生を滅茶苦茶にした責任は、全部うちがとろうと思った。
それから婚姻届を市役所で貰ってきて、お部屋で怜と一緒に書いた。怜は最初は戸惑っていたけれど、婚姻届の証人欄に両親の名前が書かれているのを見て、嬉しくて泣いてしまった怜のことを慰めながら、項目を埋めていく。
最後に園城寺怜の名前が彫られたオランダ水牛の印鑑を押して、婚姻届は完成した。うちの印鑑と怜の印鑑はペアで作った。書体が同じお揃いの印鑑がふたつ並ぶと、それだけでとっても幸せな気分になれた。
この婚姻届のように、ふたりでしあわせをひとつずつ見つけていこうね。
「とき! ずっと、ずーーっと一緒やで!」