面前型と副露型、守備にどれだけ重きをおくかどうかなど、麻雀には色々なプレースタイルがある。どのスタイルにも長所と短所があり、一概にどれが良いと言えるものでもない。
分業化の進むプロ麻雀界において、リード時に次鋒や中堅、副将を務める中継ぎの選手は、いかにリードをキープしたまま次の選手にバトンを渡せるかどうかが、評価のポイントとなってくる。
そんな環境でプロ麻雀の中継ぎで大流行した麻雀スタイルが、副露速攻型の麻雀である。代表的な選手としてハートビーツ大宮の瑞原はやりが挙げられる。鳴いたことによる放銃率の悪化を食い止めることが、最重要課題となるため、速攻型という名前とは裏腹に雀士の守備力が問われるスタイルだ。
面前型の多かったプロの世界で一世を風靡した鳴き麻雀だったが、一般ファンからは中、ドラ3での満貫や、断么九(タンヤオ)のみなどの和了が観ていてつまらないとの批判を浴びることも多かった。
また、同じような闘牌ばかりで個性がなくプロ麻雀選手であれば、誰でも実行出来そうな麻雀スタイルであることも、批判を呼ぶ要因のひとつだ。実際には、プロレベルでその速攻型の闘牌が安定させられる雀士は、限られてくるのだが、そんなことは一般ファンにとってはあずかり知らぬ所である。
特に打点の低い速攻副露型の中継ぎは、蔑称を込めて、あへあへ断么九マンと呼ばれ忌み嫌われることとなってしまった。
そんな、あへ断の代表的な選手である、恵比寿の快速マーメイド新子憧と、横浜の敗戦処理の達人末原恭子の夢の対決がテレビ画面の中で、今実現されようとしていた。
プロ麻雀トップリーグ 副将戦
恵比寿 160600
神戸 110900
佐久 96700
横浜 31800
新子 憧
ドラフト4位 前年個人戦順位 61位
阿知賀→恵比寿
0勝3敗8H
鳴きを活かした最速の闘牌で、チームの勝利に貢献する技巧派雀士
末原 恭子
ドラフト5位 前年個人戦順位 ーー
姫松→佐久→横浜
0勝3敗1H
佐久から戦力外通告を受け、トライアウトで横浜に入団した闘志あふれる復活の雀士
「この点差で末原さんとか……もう完全に諦めてるやんけ」
怜はソファーに寝転んで、コンソメ味のポテトチップスを食べながらそう呟いた。
愛宕監督は、試合の流れを変えようと次鋒、中堅でマシンガンのように選手交代を行い逆転を目指した。
しかし、失点に失点を重ねトップとの点差は13万点差になり、副将戦では岩館さんを温存して、末原さんを登板させる決断をしたようだ。
ツモ! 500 1000
憧ちゃんの綺麗な発声が響く。序盤から二副露して仕掛けていき、そのまま和了した。
そんな憧ちゃんのあへ断っぷりを見て負けじと、横浜が誇るあへ断職人、末原さんも早めに仕掛けていき3900点を佐久から出和了した。
「この点差で3900和了ることになんの意味があるんや……」
怜はテレビ画面の前でそう呟いて末原さんに苦言を呈したが、その和了の意味は怜もよく理解している。
選手、監督、ファン、そして末原さん自身も今日の試合の逆転は、もう無理だと諦めているのである。トップとの差は13万点、2位争いをするにも8万点差。もう諦めるしかないので、末原さんは個人成績のために闘牌しているのだ。ここのところ末原さんは、敗戦処理でしか登板していないので、いつも通りの闘牌をして、首脳陣にアピールしたいところだ。
カメラが観客席の方に切り替わり、横浜ロードスターズの帽子をかぶった少女が、
『この半荘、3万点とれ!!!』
と書かれたプラカードを掲げて泣きそうな顔で応援している。この点差でも帰らずに応援してくれているファンがいるんやから、末原さん頑張れやと怜は思った。
よく目を凝らしてみると、3の数字の左側に黒マジックで1の数字が書き加えられていることに気がつき、高すぎる少女の要求に怜は戦慄した。おそらく二桁目のプラカードは、用意していなかったと思われる。
ツモ! 700 1300
少女の願いが通じたのか、今日の速い流れには対応してやすいのか、末原さんは快調にショボい和了を重ねる。
末原さんも高校時代は、早和了だけでなく対応力や分析力に優れた魅力的な打ち手だった気がするのだが、その面影は全くない。ただ、早く和了して今日を生き残りたい、それだけの麻雀が目立つ。
「洋榎も全然ホールドできずにスランプの時、このスタイルに転向して、ボロボロになっとったな」
速攻副露型の中継ぎは短期的には誰でも結果を残せる確率が高いのだが、長期的には崩れていく選手が多い。
そうした事情や、支配系能力者の台頭から火力と火力がぶつかり合う場面が増えたことで、瑞原プロが全盛期だった時期と比べると、速攻副露型の麻雀はやや下火になりつつある。
「この点差なんやから、末原さんよりセーラとかに打たせたほうが面白いと思うんやけどなあ」
横浜ロードスターズの誇るウホウホ立直マンは、チーム事情から先鋒に配置転換されたので、ポイントゲッターで使われることはない。
「あーこれもう試合展開早いし終わるなあ……でも点移動がないからつまらへんし、違う番組見ようかな」
怜は、知り合いがでているにもかかわらず、チャンネルを変えようか悩み始めた。日本放送で園芸番組をやっているので、そっちを見たほうが癒されるのではないかと思い、怜がリモコンを持つのと同じくらいに、副将戦が終了した。
プロ麻雀トップリーグ 副将戦終了
恵比寿 158600
神戸 102600
佐久 98400
横浜 40400
マイナスながらも、注文通りに試合を進めて、二位の神戸との差を広げた憧ちゃんと、8600点程プラスになった末原さん。2人のあへ断が活躍した塩試合に怜は、ため息をつく。
「末原さん、プロに入って変わっちゃったんやろなあ……ええから、13万点とれや!」
今のあへ断スタイルの末原さんを見ると、プロに適応しようと努力を重ねて、自分の麻雀を歪曲させた形跡が窺えるのでモヤモヤした気持ちに怜はなった。
副将戦をなんとかプラス収支で終えて、ホッとした表情でベンチに引き上げていく末原さんに、愛宕監督が声をかけている様子がテレビに映し出された。
最初は監督にキビキビとした態度で対応していた末原さんの表情が、どんどん青くなっていく。
お前なら出来る!そう言っているような雰囲気で、愛宕監督は末原さんの背中をポンポンと叩いた。
「あ…………」
「ま、まあ、そらそうなるよな……」
怜が、カタカタ震えている可哀想なリボンをつけた生き物を観察していると、テレビから大将戦の選手紹介のアナウンスが流された。
『横浜ロードスターズ、大将末原恭子、大将末原恭子——副将戦からの登板です』
次鋒と中堅で選手を使いすぎて、横浜ベンチに残っているのは、宮永さん、岩館さん、小走さんそして先鋒の弘世さんの4人しかいない。選手を温存するために、今日は将またぎで、末原さんに最後まで走って貰おうという判断である。
「あ、藤白先輩でとるやん、ファイトやー末原さん」
大将戦、末原さんは恵比寿の藤白先輩に延々と虐殺されたものの、なんとか気持ちで踏ん張りトビを回避して、マイナス3万点でフィニッシュした。せっかくプラスで終えられそうだったのに、二軍落ちの危機に晒される末原さんに、ほんのちょっぴりだけ怜は同情した。
しかし、そう思ってから怜はある事に気付いた。
「ん……でも、これ末原さんの麻雀がアレなのが悪いんよな? 内容普通に悪いし……やっぱ末原さんが悪いやんけ! 同情代かえせや!」
怜は、最後に横浜のあへ断女子に情け容赦のない罵声を浴びせてから、テレビを切った。
なお、末原さんは翌日も元気に敗戦処理で登板した。また一つ、横浜ロードスターズのチームタオルが似合うようになった末原さんの戦いはこれからだ!