「あーなかなか気持ちええなあ……」
「ふふっ、それは良かったわあ」
高層マンションのリビングルームに、幸せそうな声が響く。
仕事を終わりの竜華に、毎日ソファーに寝転がってプロ麻雀の応援してたら疲れたとのたまう専業主婦がいた。
ソファーでおててのマッサージを受ける者、園城寺怜。
そのひとである。
この前の外出で加治木さんと一緒に買ったフランキンセンスのアロマオイルを、キャリアオイルで伸ばすと、部屋に心の落ち着く樹木の神聖な香りが部屋に立ち込めた。
竜華はオイルを手に取って、怜のおててのシワを優しく伸ばすようにマッサージをしていく。
「ええ匂いやな、これ」
竜華は、自分の手を顔に近づけてそう言った。
「フランキンセンスには、お肌を綺麗にする効果があるんや!」
アロマの知識を披露する怜だが、その知識を活かして竜華に、マッサージしてあげたことは一回もない。ただ、自分がやってもらうだけである。
怜がのんびりしているのを見て、竜華も幸せな気分になれるので、成立する不思議な生態系がそこにはあった。
マッサージを受けながら、怜は今日もプロ麻雀の試合がやっていることを思い出した。
「試合、見たいで!」
竜華にそう要望すると、テレビをつけてくれた。もう日もとうに落ちており、大将戦が始まったばかりのようだ。
大将戦 東2局
大宮 松実 玄 112600
恵比寿 三尋木 咏 103400
松山 天江 衣 100100
佐久 獅子原 爽 83900
大将戦まで進行しても点差が開かない、大接戦に観客の声援がテレビ越しでも小さく聞こえてくる。声援が直接選手に届くことはないが、恵比寿戦のあるスタジアムはいつも超満員だ。
怜は試合は、家のテレビから見たほうが見やすいと思っているので、スタジアムにいくことはほとんどないが、現地観戦には現地観戦の良さがあるらしい。
「1万点差で玄ちゃんとか、これは大宮負けですわあ……」
せっかく玄ちゃんが登場しているのに、点差と同卓している面子を見て、怜はがっかりしてしまった。
「3億円プレイヤーやから! 玄ちゃんファイトや!」
玄ちゃんに声援を贈る元阿知賀ファンの竜華を見て、怜は気を取り直して玄ちゃんを応援することにした。玄ちゃんとトッププロ2人を相手に、二年目のホープ獅子原爽がどこまで通用するのかにも興味があった。
トップの状況ながらも玄ちゃんが、積極的にリーチを仕掛けていく。
放銃して試合をぶち壊し、セーブがつかなくなる可能性もある。しかし、この点差がない状況ならかえって積極的にいったほうがええから、良い判断だと怜は思った。なお、放銃したら玄ちゃんのリーチ判断を叩く模様。
ツモ 3000 6000です
怜と竜華の応援が通じたのか、玄ちゃんはその勢いのまま跳満を和了した。
「おおおおお、やるやんけ!」
今年、五万点差のリードから、五万点差にして敗北したこともある雀士とは思えない冴えを魅せる玄ちゃんの闘牌に、怜は思わず声が出た。
その後も玄ちゃんは一向聴から、天江衣の支配を打ち破るためにドラを暗カンして聴牌、そのままリーチをかける。
トッププロを相手に完全に自分の世界に、引き込んだ松実玄は、更にカンして嶺上開花を狙うも不発に終わった。しかし、新ドラが槓子に乗って、手牌がとんでもないことになっている。
その次巡にツモってきた赤五索を開いて玄ちゃんは、裏ドラを確認してから点数を申告する。
立直ツモ ドラ21——16000オールですのだ!
意味不明な和了を披露して、ドヤ顔を決める玄ちゃんのお顔がテレビ画面にアップで披露される。
三尋木さんと獅子原さんが、苦笑いしているのが印象的だ。
その後、玄ちゃんは息をするように三尋木さんに跳満を放銃したが、その後倍満を和了し、さらに点数を突き放すと、高火力の連続和了を決めて試合を決定づけた。
大将戦 二半荘 南3局
大宮 松実 玄 224300
恵比寿 三尋木 咏 76900
松山 天江 衣 62900
佐久 宇野沢 栞 35900
「なあ、この人だれやったっけ? 大宮から知らない人がでてるわあ……」
絶好調モードの玄ちゃんの活躍にドン引きしながら、怜は記憶の改竄をはじめる。あまりにも強すぎると、応援のしがいがないというものである。
「阿知賀女子学院の玄ちゃんやで」
竜華はマッサージに使ったオイルを片付けながら、優しく怜に教えてあげた。
「そ、その人はクソザコやったはずなんや……」
冷静に考えると、プロ麻雀でタイトル挑戦者にもなる個人戦3位のトッププロがクソザコのはずがないのだが、今日の試合での傍若無人の活躍ぶりが凄すぎて、夢でも見てるのかと怜は、自分を疑いはじめた。
ドラによる火力上昇が高すぎて少々放銃したところで、絶対に稼ぎ勝てる麻雀をしている。河を見ないで、プレイしても勝てるのではないかと思うほどの力だ。というか、本人もほとんど見ていないように見える。
「これ結局、全ツしたほうがええよな」
怜はソファーから体を起こして、竜華にそう問いかけた。
「せやなー、これだけ火力あると期待値的には全部押したほうがええんちゃう」
竜華は、ココアの入ったマグカップを怜に手渡しながらそう答えた。
マッサージが終わって、ちょうど何か飲みたかったところだった怜は一口ココアを飲んでため息をついた。
——うち、高校時代よくこの化け物に楽勝で勝てたな……
天江さんが同卓していても、いとも容易く和了出来るのは天江さんの支配の上を、このドラゴンロードがいっていることに他ならない。
試合を見始めた時には、獅子原さんにも期待していたが結局焼き鳥で、敗戦処理にバトンタッチと良いところがないまま終わってしまった。
そんな獅子原さんに自分を重ねて、この卓に入ったら、絶対負けるやろなあと怜は思った。逆にこの支配力のマウント合戦の最中を捌き切って闘う雀士に、尊敬の念を抱いた。
「竜華も頑張ってるんやなあ……」
怜はそう言って、竜華のさらさらの髪を優しく撫でた。おそらく、怜の1000倍以上竜華が頑張っているのは間違いない。
「ど、どうしたん? 急に」
唐突に髪を撫でられて、少し顔を赤くしている竜華の太ももに、そのまま怜は頭を埋める。
「いや、プロ麻雀ってレベル高いんやなあって思ったら、竜華すごいなあって」
「そ、そか……ありがとう、怜」
褒められ慣れていないのか竜華は、ぎこちない雰囲気で怜にそうお礼を言った。
結局、オーラスも玄ちゃんが跳満和了してゲームセット。恵比寿と松山の2位争いは熾烈を極めたが、なんとか三尋木さんがリードをキープして、恵比寿が勝ち点1を手にした。
この日だけで、10万点以上を稼いだ玄ちゃんのことを、悪く言うのはもう辞めよう。怜は玄ちゃんのサイン入り扇子を広げながらそう誓った。
翌日も大宮の2万点リードから大将戦に登板した玄ちゃんは、前日の神闘牌が嘘のように炎上。全く良いところがなく、ただただ失点を繰り返し、結局4万点を失い負け雀士となった。
相手への放銃を全く気にしない闘牌で、玄ちゃんはこの日、全自動振り込み機になってしまった。しかし、この三連戦で二度登板し合計収支は+8万点と、あたかも大活躍したかのような指標を作り出していた。あと2回くらいは炎上しても大丈夫そうである。
試合後、神妙な面持ちで怜は、タブレットを起動した。
3億円のドラ置き場、松実玄さんにかけたい言葉
1 名前:名無し:20XX/9/3(火)
ななしの雀士の住民 ID:tokichan
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