街の喧騒から離れた、落ち着いた雰囲気の料亭の一室。
彩鮮やかな日本料理を目で楽しみながら、園城寺怜と宮永咲は、2人仲良くオレンジジュースを片手に、ウニ豆腐に舌鼓をうっていた。
「インターハイ以来、6年ぶりでしょうか? 園城寺さんと会うのは」
「ん……せやな、宮永さんとは試合でしか関わりあらへんのに、よう印象に残ってるもんやな、忘れられてるかと思ってたわ」
「麻雀のほうで印象に残っているので……私の麻雀への認識が変わった試合でもありましたね」
「そら、嬉しいなあ」
日本麻雀界のトップに君臨する選手にそう褒められて気恥ずかしくなったので、怜はオレンジジュースを一気に飲み干して誤魔化すことにした。
「おかわり頼むで」
怜は、空になったグラスを持って、今日の試合でボコボコにされて傷心中の末原さんに、オレンジジュースを注ぐように要求する。センチな気分になっているのか、会話になかなか入ってこないのが面倒くさい。
「す、少しくらい空気読めや!」
「んーでも跳満放銃してトバされる末原さんが、悪いしなあ……」
「うっさいわ!」
末原さんは自分の飲んでいるビールを置いてから、オレンジジュースの瓶を片手で掴んで怜のグラスに勢いよく注いだ。文句を言いつつもお酌をしてくれるあたり、やっぱり末原さんである。
「んーでも、この前も炎上してましたし、今日はトビますし、そろそろ横須賀行きかもしれませんよ」
宮永さんは、末原さんが一番気にしていることをサラッと言って危機感を煽る。人畜無害そうなあどけない顔をしているのに、言っていることに人の心がない。
末原さんは、一軍で試合に出るたびにマイナスを叩き出しているので、横浜ロードスターズの二軍のある横須賀の選手寮に、末原さんの荷物が送り返される日も近い。
「高校インターハイ、この面子で麻雀してたはずなのになんでここまで差がついてしもたんや……」
「あはは」
「あははちゃうやろ! 先輩ネガってるんやから慰めろや!?」
本格的にネガティブモードに入っている末原さんが面白いのか、宮永さんはおいしそうにオレンジジュースを飲んでいる。
この戦犯を食事に連れてきた理由が不明だったが、末原さんが怒らないあたり、宮永さんなりに食事に連れ出すことで、励ましているのだろうなと怜は思った。
「まあまあ、末原さんにもすばらな活躍の機会がすぐにやってきますよ!」
「横須賀での大活躍に期待しとるで!」
怜がそうやって末原さんへ慰めの言葉をかけると、目に光が失われてカタカタして喜んでくれたので、末原さんのグラスにビールを注いであげることにした。せっかく注いであげたのに特に反応がない。
怜は、ちょっぴりだけむかついたので、カタカタ震えている末原さんのモノマネをすることにした。花田ちゃんにはウケなかったが、宮永さんが爆笑してくれたので1勝1敗の様相を呈した。目のハイライトを消すと雰囲気が出て、いい感じに末原さんのモノマネが出来る。
麻雀がアレな上にビールを飲んでへらへらしている末原さんに、先輩を先輩とも思わない宮永さん、新道寺でおかしくなった花田ちゃんと、自分を除いてヤバイ奴しか参加していない今日の飲み会に、怜は戦慄していた。
「新道寺の雀士はプロ入ってからも活躍する奴が多いのなんでなん?」
怜は、前から思っていたことを問いかけてみることにした。すると、新道寺の話題になって目を輝かせた花田ちゃんが答えてくれた。
「新道寺はすばらな学校ですから、すばらな志を持ったすばらな雀士が育つんですよ!」
「すばらって言いすぎて、何も伝わらへんやんけ!」
嬉しそうに母校の素晴らしさを語る花田ちゃんに、怜は冷めた目でツッコミを入れる。
「確かにそれは私も気になるなあ……姫松と新道寺の関係性もいつの間にか逆転しとったし……最近の新道寺の勢いすごいな」
カタカタモードから、いつのまにか復活していた末原さんも興味を示したようだ。
怜の時代は、新道寺よりも姫松や白糸台に強く良い選手が集まっている傾向にあった。姫松や白糸台に来れないレベルの中学生の越境入学や地元志向の地方中学のエースが新道寺の主軸を担っていた。
まわりに強豪校がないため全国大会の常連ではあっても、全国制覇は夢のまた夢そんな高校であった。
しかし、宮永さんが入ってから状況は激変した。全国優勝やどんな逆境にもメゲないドラマチックな麻雀が話題となり、今では日本一麻雀の強い超名門校となった。今年の中学日本代表のメンバーのうち、4名は新道寺に入学するという。
「んー自主練習が中心の文化だからでしょうか? 自分で考えて上手くなるための練習をする習慣が身についていますし、プロだとコーチが自分よりも下手なので、練習に向き合う力で差が出てくるのかなって」
少し考えていた宮永さんが、怜の質問に的確な答えを返してくれた。納得はできるのだが、一点だけ不明な点があった。
「え? 新道寺女子って宮永さん流の超スパルタの非科学的な地獄の練習って聞いてるんやけど」
「そんなわけないじゃないですか、新道寺にどんなイメージもってるんです!」
新道寺女子の悪い噂がだいたい事実なんだろうなと、怜が確信した張本人の花田ちゃんがそう抗議の声をあげた。
「だって、平日でも日付回るくらいまで練習するんやろ? オーバーワークやん」
長時間もなにを練習しているのかという怜の疑問に、宮永さんが答えてくれた。
「人間の集中力が持つ時間なんて半荘一回が限界なんですよ、プロ麻雀もインハイも半荘ごとに休憩が入りますし……休憩の時間を多くとると必然的に長時間の練習になってしまうだけです」
「半荘終えたら直後すぐに牌譜研究して、5分間休憩してから、次の半荘に臨みます。これの繰り返しですね、全体練習の結果でレギュラーも決めるので緊張感も出ます」
全体練習を競争の場にしながらも、研究の時間を設けてスキルの向上に繋げている点が特徴的だ。全体練習という競争に勝つために、自主練習をしなければいけないという、メンバーの自発的な努力を引き出しているのも素晴らしい。うちも高校時代そんな練習がしたかったと怜は思った。
宮永さんの説明を聞いていると、本当にすばらな練習をしていたように思えてきた。
「キャプテンの提案された練習方針は、本当にすばらでしたね!」
「そら勝つなあこれは……」
「長時間の練習に耐えられる体力をつくるための走り込みや、楽しさも必要なので紅白戦なんかも提案しましたね」
「あとは下級生の雑用を減らして麻雀をやれる時間を増やしました、軽食とかどうしても作って貰わなきゃいけない作業もあるので、完全に上級生と同じにはしませんでしたけど」
非のうちどころがない素晴らしいキャプテンの宮永さんのグラスに、花田ちゃんは誇らしげにオレンジジュースを注いだ。
「これレギュラーや当落線上の人からしたら地獄やな、一切気が抜けへんやん」
「ええ、それが目的ですから」
「逆に一年生とか、伸び悩んでる選手はダラけてしまったりせーへんの?」
怜がそう宮永さんに質問すると、代わりにキラキラした目で花田ちゃんが答えてくれた。
「成績下位者や練習態度の悪い人には、すばらな指導があるので、麻雀の上手さに関わらず緊張感を持って練習できますよ! どんな選手も見捨てない成長できる環境、すばらですね!」
「そ、そか……それは良かったわあ」
花田ちゃんの笑顔を見て怜はだいたい察することができたが、末原さんはあまりピンときていないようだ。
それでも末原さんにも引っかかるところがあったのか、花田ちゃんの飲んでいる日本酒のお酌をしてあげながら問いかけた。
「これ、休日練習始まるのいつからや?」
「ありがとうございます、5時ですね」
「……終わるのは?」
「全体練習は21時までです、そのあと自主練習をして一日が終わります」
「死ぬやろ!? 無理やん」
末原さんは長時間練習に否定的なようだ。レギュラー争いという実戦並みの緊張感のなか、それだけ長く練習したら怪我人が多発してもおかしくはない。
「末原さん、無理というのは嘘つきの言葉なんです。途中でやめてしまうから、無理になるんですよ」
「途中でやめなければ無理じゃなくなります。やめさせないんです。一週間も続けば、その子は無理とは言わなくなります、だって現実にできてるんですから。チーム内で嘘はすばらくないです」
努力の大切さを語る花田ちゃんの言葉に一瞬だけ納得しかけたが、よく考えると無茶苦茶な理論で怜は苦笑した。まあ、そういう姿勢も大切かもしれへんなと怜は思った。
末原さんはやっと新道寺の体質に気がついて、ドン引きしているようだった。それから末原さんは花田ちゃんと極力目をあわせずに、料理を楽しみはじめた。
「園城寺さんだって、インターハイ個人戦の時は練習たくさんしてたんじゃないですか?」
「16時間くらいはやってたやろか? でもこんなにキツいメニューでやってないで、普通に半荘流したりとかや」
宮永さんの問いかけに、怜がそう答えた。その答えに花田ちゃんは満足そうな顔をした。結局、上手くなるためには練習しかない。
ブラックすぎる体質はともかくとして、新道寺が強い理由はわかったので、来た甲斐はあったなと怜は思った。
宮永さんがオレンジジュースを注いでくれたので、怜はお礼を言った。
「もう、麻雀はされないんですか? ネット麻雀だけ?」
「せやな、麻雀すると体の調子悪くなるし」
宮永さんにネット麻雀をしていたことが、バレているのは不思議だったが、現実に卓を囲んで麻雀をすることは、ほとんどないので怜は素直にそう答えた。
「よく、辞められましたね? 麻雀やってないと不安になったりとかしません? 本能なのかわかりませんけど、麻雀してないと生きてられないような焦燥感に駆られるじゃないですか」
「なるけど、麻雀辞めへんと死んでまうって言われると、すんなり辞められるもんやで」
「んー、そうでしょうか?」
宮永さんは不思議そうに怜のことを眺めている。流石に4ヶ月間監禁されて、辞めるよう強要されましたとも言えないので、黙っておくことにした。
自分で説明していても、個人戦の時に死んだらしゃーないくらいの感覚で麻雀を続けていた人間が、ただ言われたくらいで麻雀を辞められるとはとても思えない。説得力のない説明を続けていると、宮永さんは諦めて聞いてくるのをやめてくれた。
そんな話をしていると突然部屋の障子が乱暴に開けられて、室内に新鮮な空気が吹き抜けた。
「失礼します!!!園城寺先輩!!!いた、良かった!」
「んーどうしたんや急に、夜中に大声出すなや……あと、寒いから障子閉めてや」
部屋に入り込んでくるなり、へたり込んでしまった泉に怜はそう言った。迷子になって心細かったのはわかるが、部屋に入る前にノックくらいしても良いのではないか。
「け、携帯くらい見てください! 心配したんですよ」
普段と違う物凄い剣幕で泉がそう怒鳴ったので、怜は急に入ってきたことを咎めるのをやめて携帯を確認することにした。
「ん? 携帯……あ、そっかスマホで泉やふなQに連絡とったほうが良かったな」
そう言って怜が、バッグから取り出したスマートフォンを開くと、着信履歴が107件もついていた。
清水谷 竜華 20XX/9/8 23:10
清水谷 竜華 20XX/9/8 23:09
清水谷 竜華 20XX/9/8 23:00
清水谷 竜華 20XX/9/8 22:49
二条 泉 20XX/9/8 22:45
清水谷 竜華 20XX/9/8 22:40
清水谷 竜華 20XX/9/8 22:38
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「な、なあ泉……もしかして竜華怒ってた?」
「怒ってはないと思いますけど……心配してると思います」
なんで竜華が泉やふなQとはぐれたことを知っているのかは謎だが、竜華に電話をかけてあげないといけないだろうなと直感的に怜は思った。しかし、あまり電話をしたくなかったので、変わりに泉に電話をかけさせようと決めた。
「竜華に連絡したほうがええかな?」
「そ、そのほうがいいかと……」
「じゃ、じゃあ泉、連絡しといてや!」
「絶対嫌です!!!!!」