「うちな、今は怜がおったらそれで……ほんまになんも要らんねん、怜と一緒におれたらそれだけでええんや!」
「そ、そかーそれは嬉しいなあ」
リビングルームのソファーの上で膝枕をしながら、怜への想いを話し続ける竜華。2時間以上自分への深い深い愛情を語られて、怜は真綿で首を締められるような恐怖に慄いていた。
——だ、誰かたすけてや……
「もう少ししたらプロ麻雀も辞めようと思ってるんや、そしたらずっと怜と一緒にいられるやろ? ご飯は毎日作ってあげられるから、今みたいに出前を頼んだりする必要なくなるやん? やっぱり出前やお弁当って味付けも濃い目やったりするし、あんまり健康にも良くないと思うんよ。それならうちが毎日作ってあげたほうがええやろ? あ、今日の夜はこの前気に入ってくれた豆腐ハンバーグにしよか、怜は豆腐好きやんな……プロ辞めたらオフの時じゃなくても、一緒に旅行とかいけるな。この前の旅行で横浜気に入ってくれたみたいやし、一緒に行こか。ほら、一人で一日中ずっと家にいたら飽きてまうのもわかるし、旅行に行きたがるのも怜の寂しさの現れなのかなって思うと、うちは胸が張り裂けそうや……高3の秋はずーっと一緒にいれてほんまに良かったわあ。うちのために麻雀も辞めてくれたし……また、あのときみたいに1日中一緒にいられたら素敵やろ? あ、生活はなんとかするから大丈夫や! これでもプロ麻雀選手やからな、税金とか色々面倒なこともあるけど……来年も怜には寂しい思いさせてまうけど、来シーズンの分もあわせて引退すれば、2人仲良く慎ましく生活していけるくらいにはなるやん? ふふっ楽しみやわあ、2人のほんとうで結婚生活をいっぱいにしていこうね!」
「せ、せやなー」
竜華の言っていることの半分くらいしか話の内容が頭に入ってこなかったが、プロを辞めて一緒にいたいということらしい。横浜で泉やふなQとはぐれた一件は、怜が思っていた以上に竜華を不安にさせたらしく、昨日神戸に竜華が戻ってきてから、ずっとこんな調子である。
こういう時の竜華に言い返したりすると、大変なことになるので、竜華の発言を全肯定して、竜華に甘えて過ごし早く嵐が過ぎ去るのを待つ事しかできない。
「あ、喉とか乾いてない? 大丈夫? いつでも言ってね? うちとってくるから」
「あったかいココア飲みたいわあ……あ、あと今日はハンバーグよりカレーのほうがええかな」
「了解や! 甘くておいしいのつくるな!」
そう言って、キッチンに竜華が移動した隙に怜はテレビをつけることにした。ずっとつけたかったのだが、竜華のお話し中にとてもつけられる空気ではなかった。
第37回名将戦 一日目 第3半荘終了
獅子原 爽 +96
戒能 良子 +28
宮永 咲 +3
辻垣内 智葉 −127
『波乱の展開だああああああ、名将戦トップにたっているのはタイトル戦初挑戦の獅子原爽!!!!!』
『魔王宮永の6冠目の挑戦に暗雲!!!』
福与アナウンサーの絶叫がテレビ画面から流れた。
タイトル防衛を図る戒能さんと6冠目のタイトル奪取を狙う宮永さんの一騎討ちという下馬評を覆し、北海道の風雲児、獅子原爽がトップを走るという異常事態だ。
「宮永さん負ける事あるんやなあ……」
末原さんをイジメすぎて、バチが当たったのかもしれへんなと怜は思った。なお、怜本人もこの前の飲み会で、末原さんのことをイジり倒していた模様。
戒能さんを除けば、怜の出場したインターハイのスターが勢揃いしている。高校の同窓会のようなタイトル戦に怜は少しワクワクしていた。
掲示板の反応が気になったので、怜はタブレットを起動してみることにした。
【魔王死す】名将戦、戒能vs宮永咲 67
206名前:名無し:20XX/9/11(水)
ななしの雀士の住民 ID:tokichan
いけるやん! 獅子原爽Vやねん!
宮永さんは調子悪いんやろか?
234名前:名無し:20XX/9/11(水)
ななしの雀士の住民 ID:sakmrwaz
相性やろ
明らかに能力者なのに2年目にしてファンが誰も獅子原の能力知らないのヤバい
250名前:名無し:20XX/9/11(水)
ななしの雀士の住民 ID:sakmrza6
>>234
アッコロ!
253名前:名無し:20XX/9/11(水)
ななしの雀士の住民 ID:yok3imaz
>>234
アッコロ!
278名前:名無し:20XX/9/11(水)
ななしの雀士の住民 ID:emi3gr0m
能力名ダサすぎて草
305名前:名無し:20XX/9/11(水)
ななしの雀士の住民 ID:ebimraz0
今日の獅子原いつもと違ってクソ強いんだよなあ……
いつものプロ中堅上位感がない、風格がある
336名前:名無し:20XX/9/11(水)
ななしの雀士の住民 ID:harmrsan
咲さんの体調が心配です
調子が悪いんでしょうか?
「ときーできたでー、はいココア」
そう言ってソファーの前のローテーブルにココアを置いた竜華の目線が、テレビの映像に釘付けになった。
獅子原さんのおかげで助かったと思い、怜は獅子原さんに深く感謝した。
「咲ちゃん負けとるやん、やっとタイトル戦の連勝ストップかあ」
「まだ、最終半荘残ってるけど?」
「10ー20の半荘戦やし、獅子原さんがラス引かない限りはないんちゃう? 獅子原さん守りは堅いし無理そう」
獅子原さんは竜華からも太鼓判を押される獅子原さんの守備。風牌を呼び寄せる能力や、場の支配を無力化する能力を持っているらしいが、能力の詳細は謎に包まれている。
宮城県鳴子温泉の名物である栗だんごをみたらし餡に絡めながら、宮永さんは眉間にシワを寄せていた。完全にお菓子のことなど上の空なのだろうが、団子、香の物、お茶と綺麗に三角食べをしながら宮永さんは食べ進めている。
対する獅子原さんは、栗団子を急いで食べ終えてお茶を飲み干すと静かに目を閉じて集中力を高めている。お漬物は全部残しているので、あまり好きではないらしい。
861名前:名無し:20XX/9/11(水)
ななしの雀士の住民 ID:yok0mwl4
魔王の眉間のシワがやばい
栗団子に親でも殺されたのかな?
950名前:名無し:20XX/9/11(水)
ななしの雀士の住民 ID:sak6drwa
獅子原って宮永と対戦経験あったけ?
969名前:名無し:20XX/9/11(水)
ななしの雀士の住民 ID:ebi6rwaz
>>950
ない
宮永が出てきたときは僅差でも獅子原温存するし、ポジション的にも被らない
990名前:名無し:20XX/9/11(水)
ななしの雀士の住民 ID:tokichan
高校の頃は対戦したことあるで
対局が再開されるが四半荘目も獅子原リードの展開が続く。登板回数が少ないので、あまり話題になることはないが、点棒を持った時の獅子原さんはとてつもなく強い。
第37回名将戦 第4半荘 南1局
獅子原 爽 62300
宮永 咲 52300
辻垣内 智葉 46800
戒能 良子 38600
南入して、宮永さんの親番に勝負手が入った。ツモなら三暗刻がつく形だ。宮永さんはリーチ棒を供託して、牌を曲げた。
「宮永さんのリーチって珍しいわあ、久しぶりに見た」
「まあ、そら咲ちゃんが勝ってる場面でしかテレビ映らへんからなあ……」
獅子原さんは現物から切り出してベタオリする態勢だが、戒能さんはすでに聴牌しておりそのまま押していく。辻垣内さんも点差的に一向聴からオリることはできない状況だ。
次巡に辻垣内さんが有効牌をツモりリーチをかけると、宮永さんが苦々しい表情で頭をかいた。
宮永さんが諦めたようにゆっくりとツモをして、河に牌を切ると辻垣内さんの綺麗な発声が聞こえた。
ロン 12000
『ああっと振り込んでしまったああああああああああ王者宮永咲から直撃を奪ったのは、辻垣内智葉!!!眠れる佐久の日本刀が一閃!!!!!』
一発もついて跳満。特に驚くでもなく、宮永さんは手早く点棒を辻垣内さんに差し出した。宮永さんが放銃している場面を見るのは珍しい。
「今なにかしたんか?」
「咲ちゃんの反応見る限り、おそらく獅子原さんの能力で、辻垣内さんの当たり牌を呼びこまれたんやろ、獅子原さんくせ者やから」
今期、獅子原さんから倍満直撃を奪われ負け雀士になったことを思い出して、竜華は悔しそうな顔をしている。要所要所で活躍している獅子原さんのタイトル戦初勝利が一歩一歩近づいていく。
その後、宮永さんがカンしても有効牌が引けない場面もあったりして、本格的な不調なのかもしれないなと怜は思った。
オーラスで役牌のみの和了を獅子原さんがきめて、名将戦一日目は獅子原さんが制した。
名将戦はタイトル戦連勝中の宮永さんの勝ちが既定路線という空気だったので、勝敗が決した瞬間掲示板にアクセスが集中しすぎて、書き込めなくなるというシステム障害が発生した。
獅子原さんが勝利者インタビューに向けてネクタイを整えている姿が、テレビ画面に映し出される。
「ほんまに勝つとは思わなかったわ……」
宮永さんが獅子原さんに負ける絵が想像できなかったので、どこかで宮永さんか戒能さんが逆転するだろうと思って見ていたのだが、終わってみれば獅子原が四半荘中トップ3回の圧勝で決着した。
「麻雀は何が起こるかわからへんからなあ……」
竜華も驚いているようで、足を組んだままジッとテレビ画面を見つめていた。スコアラーから牌譜を受け取り、眺めている各選手を残して獅子原さんが別室に移動してカメラの前に登場する。勝利者インタビューを務めるのは三科アナウンサーだ。
——名将戦第1戦の勝利おめでとうございます
『ありがとうございます、良い流れで終始麻雀ができたと思っています』
——宮永選手は12連勝でこの試合を迎えたわけですが、意識したりするところはありましたか?
『えーそうですね……プロ入り後はじめてのタイトル戦だったので、相手への意識というよりもはじめての経験ということへの気負いがありました。第一半荘でトップが取れたのは大きかったと思います。』
——はじめてのタイトル戦でいきなりの勝利どんなお気持ちでしょう?
『えー、嬉しいですね……良い報告ができると思います、はい』
——名将戦は2戦先取の短期決戦ですが、戒能プロから奪取に向けての意気込みを
『続く第2戦が北海道ニセコのノーザンホテルということなので、地元ということもあってそこで奪取できればこの上ないと思います。」
——連勝ですか。頑張ってください、ありがとうございました。
『こちらこそ、ありがとうございました』
獅子原さんの勝利者インタビューが終わると竜華が「あっ」と思い出したように大きな声をあげた。
「きゅ、急にどうしたん?」
先ほどの重たい愛の話し合いと、神戸まで謝りにきた泉への竜華の対応を怜は思い出した。まだなにかあるのかと、怯えながら怜は身構えた。
「カレーつくらな!なにも準備してへん」
「ゆっくりで大丈夫や」
ホッとひと息ついてから、怜は冷めてしまったココアに口をつけた。そして、もう一度獅子原さんに感謝した。