『今年の松山は現有戦力にちょっとしたスパイスで優勝できること、それを証明したかった』
9月18日首位を走る松山フロティーラに優勝マジックが点灯した。大勢の記者達を前に松山のアレクサンドラ監督が、インタビューを受けている。
アレクサンドラ監督は、中央ヨーロッパ出身で現役時代は欧州リーグで活躍した。引退後は、臨海女子高校の監督や新道寺女子高校の編成部長など、日本の麻雀強豪校でのキャリアを歴任した後、今年からプロ麻雀トップリーグの監督に就任した。
若いながらもやり手の指導者として定評があり、欧州リーグにも顔がきく。就任初年度から恵比寿一強といわれたプロ麻雀の牙城を破壊し、松山を優勝に導こうと指揮をとる姿は名将と呼ぶにふさわしい。
ヴィントハイム神社というアレクサンドラ監督を祀る神社が、スタジアムの横に作られるほどファンの信頼も厚い。
「う、羨ましすぎる……私だって今年の松山ほどの戦力があれば、横浜優勝させたるわ!!!」
ファンからお賽銭ではなく、罵声と空き缶を浴びせられることに定評のある横浜ロードスターズの監督の口から、独り言とため息がこぼれ落ちた。
この戦力でどうやって勝てというのか。勝てと言うなら、天江と戒能をよこせ。監督の出来ることなど限られているし、試合の主役はあくまで選手だと雅枝は思っていた。
事実、三尋木がいた雅枝の監督就任一年目は、横浜悲願のAクラス入りを果たすことが出来たのだ。三尋木のFA移籍から、全てがおかしくなった。
関係者控え室のモニターの電源を消して、今日のオーダーとチームの選手資料に目を向ける。
先鋒
弘世 菫
3勝12敗 QS率37%
「弘世か……まあ、別に弘世は悪くない。頑張ってる」
ダヴァン、セーラ、弘世の先鋒三本柱は少々小粒だが、他チームと比べて特筆して悪いとも思えない。佐久のような先鋒王国と比べれば悪いのかもしれないが、セーラを先鋒に回すことでだいぶ安定している。
先鋒は悪くないし、大将はプロ麻雀史上最高の守護神といっても過言ではない選手である。
となると問題は次鋒、中堅、副将の3つのポジションである。
岩館 揺杏 5勝14敗16H
小走 やえ 1勝10敗9H
霜崎 絃 2勝16敗8H
「なんで、私はこいつらを使っているんだ……」
百歩譲って揺杏は良い、一年目だし中継ぎの中では一番信頼できる。後半戦の戦績も良かった。
霜崎に関しては、見ていて本当に良いところがないので、自分で起用していて、なんで使っているのか謎である。しかし、霜崎のかわりに恭子を使うという選択肢しかないので、消去法でレギュラーの地位にある。
なんとか中継ぎを立て直さねばと雅枝も奮起し、中継ぎで信頼できる揺杏とやえに恭子を加えた『新・スーパーカートリオ』を結成したこともあった。
高速和了を活かしリード時の逃げ切りを図ろうとするものの、抜擢した恭子の勝ちパターンでの平均得点収支が、マイナス2万点オーバーを記録するなど計画は倒壊。2週間も経たずにご破算になった。
「高校時代監督選手には、常にトップを目指せと言っていたが……これはなあ」
セーラだけでなく、怜と竜華が横浜に入ってくれていたら、ずいぶん楽ができただろうなと雅枝は思った。
特に竜華は優しいなかに厳しさも併せ持っていて、部長として千里山をよくまとめてくれていた。横浜には、そうした精神的支柱がいないので、彼女のようなまとめ役が必要だ。
——ううっ……名将って呼ばれてみたい
臨海、新道寺そして松山と光の中を歩いてきたアレクサンドラ監督と、千里山選手酷使問題の矢面に立たされた自分をどうしても比較してしまう。
「ない物ねだりしても仕方がないか……今出せるベストを尽くさなければ、ファンや選手に失礼だ」
雅枝は資料を手提げのビジネス鞄のなかにしまうと、控え室を後にしてベンチ裏の監督室へ向かった。
今日の試合が守護神まで回るかどうかはわからないが、直近のタイトル戦第一試合で宮永は負けていた。もしかしたら、敗戦を引きずっているかもしれない。そうした兆候があるようなら、早めに相談に乗ってケアしておこうと雅枝は思った。
監督室のドアを開けようとすると、中から陽気な歌が聞こえてきた。
「てん♪、ててん♪、ててん♪、てーれてれてれてーれてー♪」
「あ、ダヴァンさんの島はオレンジなんですね……私のなしと交換してください」
「oh!もちろんダイジョウブデスね! ロンオブモチデス!」
監督室に入ると、横浜ロードスターズのエースと守護神が二人仲良くソファーでゲームをしていた。
「あ」
「あ」
「な、なにしてるんだ…………」
宮永はちょっと失敗しちゃったなあって顔をしてから、雅枝の質問に答えてくれた。
「ゲームです!」
もうどこからツッコンでいいのかわからない事態に、雅枝は頭を抱えた。全体練習中にサッカーをしている件もそうだが、横浜ロードスターズでは、たびたびありえない事件が起こる。
「サキ! それよりもカバオ君見せてくだサーイ」
「あ、ちょっとまってくださいね……一昨日島に引っ越してきたんですよね」
ドアの前に立ち尽くす雅枝の前で、のほほんとゲームを楽しむ2人の姿に、もしかしてこれを怒る自分がおかしいんじゃないかと、雅枝は一人で自問自答した。
「なあ宮永……昨日登板したダヴァンはともかく、今日出番あるかもしれないし、牌に触っておいたほうが良いんじゃないか?」
「んーそうですね……中堅までに試合終わってなかったら調整しておきます、今日は弘世さんの次はだれでしょう?」
まあ、たしかに宮永が言うように中堅戦がはじまったくらいから、調整すれば良いのかもしれないが……いくらなんでも試合に臨む態度が酷すぎる……
「やえで考えている、今日は勝つぞ宮永、力を貸してくれ」
力強くそう言って選手のやる気を引き出そうとしたのだが、やえの名前を出した途端宮永が少し嫌な顔をした。
「コバシリサン!? アイドントライクコバシリサン! レットゼムスコア マツヤマ、オオミヤ、テンボウドウゾ! ワカリマスカ?」
ダヴァンは苛立ちを露わにする。チームが勝てないことへのフラストレーションがそうさせるのだろう。
気持ちはわからないでもないが、そんな発言を許したら、チームの和が崩壊してしまうので、雅枝はダヴァンを怒鳴りつけた。
「じゃあどうするんだ! おい! 恭子でも使うか? 揺杏は副将で使うから無理だぞ少しは考えろ!」
「それならスエハラサンの方がいいデスネ」
「まあ、どっちが出ても大差ないんですけどね」
そう言って笑ってから水筒の茶を飲み始めた宮永の姿を見て、雅枝はこのチームどうなるんだろうと思った。
来年の契約更改があるとは思えないので、監督を務めるのは今季限りだろうと雅枝は自分で当たりをつけていたが、自分がいなくなってこのチームは本当にやっていけるのだろうか……
そんな事を考えていると、携帯ゲーム機を持った宮永から声をかけられた。
「あ、ほら監督見てください」
「ん、どうしたんだ?」
「流れ星ですよほら、綺麗でしょう! 一緒に願い事をしましょう!」
ゲーム画面に映る主人公の男の子と、二足歩行するカバのキャラクターの頭上、満天の夜空に幾重もの流れ星が駆けていく。
「今日の試合がはやく終わりますように、今日の試合がはやく終わりますように、今日のし……あっ……」
「終わっちゃいました……願い事を3回言うのって難しいですよね」
そう呟いてから、残念そうにしょんぼりとした雰囲気でゲーム画面を切った宮永に、雅枝は言った。
「はよ、ベンチ帰れ」