園城寺怜と愛宕洋榎の二人組は、洋榎の実家から少し離れた大型ショッピングセンターの生鮮品売り場にいた。
「それじゃあ……粉もんも揃ったしあとはタコやな! タコ!」
伊達メガネ姿の洋榎はそう言いながら、茹でダコを物色する。メガネをかけていると、どことなく愛宕監督らしさがあるので、怜はやっぱり家族なんやなと思った。
今日は、第37回名将戦の二日目の試合が北海道のニセコで行われ、地上波で全国放送されるので、洋榎の家でたこ焼きを食べながら、一緒に観戦しようとはるばる大阪まで来た。タイトル戦の試合観戦は一人で見るよりも、麻雀のわかる誰かと見たほうが楽しい。
横浜の一件があったので、外出を竜華に反対されるかもと、怜は想定していたが、竜華に相談するとあっさりOKがでた。居場所さえ把握できていれば、特に問題はないらしい。タクシーでカードが使えないかもしれないからと言って、前日に怜の財布に4万円いれてくれた。
洋榎の実家から歩いて5分のところに、生鮮品も取り扱う大型のドラッグストアがある。しかし、怜は歩いてドラッグストアに行きたくなかったため「便所ブラシの横に置いてあるタコが食えるかーい!」とわがままを言った。そのため、少し離れたショッピングモールに、洋榎の車で行く運びとなった。当然、怜に車の運転などできるはずがないので、運転するのは洋榎である。
「日本産か、モーリタニア産か……それが問題やな」
怜は、タコを両手に持って吟味しながら、洋榎に問いかける。
「なんか、それ違いがあるんか?」
「国産か外国産かっちゅーことや」
「そら、誰でもわかるわ! 問題なのは、味やろ味!?」
「だいたいモーリタニアとか、どこにあるのか知っとんのかおのれ!?」
怜の当たり前すぎる説明に、洋榎のツッコミが入る。モーリタニアとかいう意味不明な地名の所在を聞かれて、内心焦る怜だったが、答えられないと洋榎に馬鹿にされそうなので、適当に答えることにした。
「なんや洋榎、そんなことも知らんのか? モーリタニアはな……地球の裏側の国、つまり、ブラジルや!!!」
「そ、そうなん? 知らんかったわ……でもそれなら、なんでブラジル産って書かないん?」
「ああそれはな、南米ってブラジルやアルゼンチン、タンゴといった色んな国があるやん? その沿岸部がモーリタニア地方って言われてるんや、学校で習ったやろ」
「ほーそういえば、高校で習ったような気がするわ」
「せやろ、海でとれたもんやからどの国とかわからんやん? だからモーリタニア産って書くんやな」
怜がそう1から10まで嘘に嘘を塗り固めた説明をすると、洋榎が高校で習ったと言いながら、よく覚えとるなと感心してくれた。その様子を見て、やっぱりモーリタニアは南米にあったんやな、うちの勘もなかなか冴えてるやんと怜は思った。
なお、モーリタニアのタコさんは南米から来た訳ではないし、南米にタンゴなんて国もない模様。
「園城寺もそう言うとるし、モーリタニア産にしとくか……あとはマヨネーズと天かすもあったほうがええな!」
「ええな、それに紅生姜も欲しいわあ」
2人は意気揚々とスーパーでたこ焼きの具材を買い込み帰宅した。たこ焼きは外も中もしっとり派同士気が合うようである。
洋榎の家のダイニングテーブルの上にホットプレートを置き、たこ焼きを作りながら、2人でタイトル戦をテレビで鑑賞する。洋榎と遊んだのは、オールスター戦を一緒に観戦したとき以来である。その時も、宮永さんが映っていた。
洋榎の作ったたこ焼きは、出汁が効いていてなかなかおいしかった。洋榎は自分と同じで麻雀以外取り柄がないタイプだと怜は勝手に思っていたが、どうやらその認識が間違っていたようだ。
怜は包丁とかは使えないので、たこ焼きをひっくり返すことしか出来ない。そのため焼く専門の係として頑張っていたのだが、今は手を止めてテレビの画面を見ることに専念している。
第37回名将戦 第二半荘 東4局1本場
獅子原 爽 97600
宮永 咲 41300
辻垣内 智葉 31300
戒能 良子 29800
「なあ、これ誰やろか?」
「うちもこれが獅子原であることに、かなり疑問を感じ始めとるわ」
獅子原さんの支配に他家は全く対応できず、河は赤く染まった。戒能さんの霊能的な和了も、宮永さんの嶺上開花も試合に全く登場しない。能力の使えない相手を、獅子原さんが一方的に嬲り続ける。
洋榎も普段とは様相を異にする闘牌を繰り広げるチームメイトに驚いていた。
「アッコロ、字牌操作、能力妨害支配、他家に危険牌を掴ませる能力こんなところやろか」
伝説の剣に魔法を無力化するマントとひかりのたま。麻雀界最強の魔王を討伐する勇者の装備が、充実しすぎている。
無抵抗な能力者を重戦車で轢き殺すような麻雀をしている獅子原さんを見て、怜はどっちが魔王かわからへんなと思った。
辻垣内さんが三副露して作ったグシャグシャのタンヤオに宮永さんが差し込んだ。獅子原さんの親番を流すことを優先したようだ。
第一半荘から、要所要所で和了している宮永さんと辻垣内さんはともかくとして、戒能さんは、ほぼ焼き鳥状態で全く良いところがない。松山の先鋒で安定した結果を残し続ける宝石のような戒能良子はどこへいってしまったのだろうか?
「これは獅子原の勝ちで決まりやろ、格が違うわ」
人間を辞めて北海道の魔神のようになった獅子原さんの闘牌を洋榎がそう称賛した。獅子原さんの手牌に字牌が集まっていく様子を見ながら、能力の恩恵をフルに使える地元だと、これほどまでに強いのかと怜は思った。
ロン! 字一色 32000!!!
『役満直撃いいいいいい!!! 松山のエース戒能を飛ばした獅子原爽!!! 強い!強すぎる!!!!!!』
第37回名将戦 第二半荘 終了
獅子原 爽 129600
宮永 咲 40000
辻垣内 智葉 32600
戒能 良子 −2200
ハイテンションの福与アナの実況が響く。
5万点の半荘戦で飛ばされるという屈辱に、戒能さんの表情が歪む。歯軋りが聞こえそうな形相で、獅子原さんのことを睨みつける。
「いつもポーカーフェイスやのに、戒能さん怖いわあ……」
怜はそう言いながら、オタマでたこ焼きの素をすくって、たこ焼き機に流し入れた。
「アホ! しばらく作ってへんのに油全然塗ってへんやろ!」
「そこはテクニックでカバーや!」
たこ焼きピックを片手に意気込む怜に、洋榎の容赦のないツッコミが入る。
「園城寺おまえ、ひっくり返すテクもあらへんやんけ!? ちょっと貸してや、何とかするから」
そう言って、洋榎は怜からピックを受け取ると手慣れた手つきで、たこ焼きの形を作っていく。洋榎がたこ焼きを手際よく作っていくのを見ていると、いつの間にか自分のお皿に完成したたこ焼きが乗っていた。
——あ、これ焼く必要とかあらへんやん
怜はそう確信し、焼く係から自分のお皿に盛り付けられたたこ焼きに、マヨネーズをかける係に転身することを決めた。
洋榎の作るたこ焼きおいしい。
熱いのでふーふーしながら一生懸命に食べていると試合が再開されたので、たこ焼きはひとまず置いておくことにして、試合に集中することにした。
前半得点表 第二半荘終了
獅子原 爽 +155
宮永 咲 +21
辻垣内 智葉 −52
戒能 良子 −124
能力を封じられた麻雀能力者の末路は悲惨である。戒能さんも第三半荘のはじめこそ獅子原さんへの敵愾心をあらわにしていたものの、徐々にその焔も消えていった。
コンパスもGPSもないなかで樹海を歩くような麻雀を続けていれば、自然とトッププロとしての矜恃も崩れ去っていく。
場の支配という概念を怜は主観的に理解することができないので、獅子原の他家の能力への干渉がどの程度のものなのかはわからない。しかし、色々な引き出しのある戒能さんがなす術もないということは、相当な支配力があるのだろうと怜は思った。
「もしかしたら、時間制限なのかもしれへんな……本土では支配を維持できないけど北海道では永続的な」
怜がそう言うと洋榎が目を逸らしたので、近いところをついたのだろう。洋榎は良い人すぎて麻雀をしているとき以外は、顔に出やすいのが、たまにキズである。
しかし、この赤い支配の河を平泳ぎでジャパジャパと渡るように、普通に麻雀をして普通に和了している宮永さんはなんなのだろうか。宮永の親が流れない。獅子原さんの手が震えている。
ツモ! 1600オールです
第37回名将戦 第三半荘 南1局 4本場
宮永 咲 109800
獅子原 爽 50000
辻垣内 智葉 23800
戒能 良子 16400
三麻の要領で軽々と連続和了していく宮永さんに対応するため、萬子の支配を諦めて字牌を絡めた和了を獅子原さんは目指していく。
「なー洋榎、宮永さんのこの3索って止まるもんなん?」
「ん? そこは能力者特有の当たり牌が、見えているから止まるっていうんちゃうんか? 獅子原は6索切れてるし、止まるほうが不自然や」
「でも宮永さん見えてへんしなあ」
宮永さんは、獅子原さんの当たり牌を抱えたまま綺麗に回し打ちをする。
怜は麻雀の押し引きに関しては、能力から明確な回答が得られるので、技術についてあまり知識がない。そのため無能力者で守備に定評のある洋榎に聞いてみたが、宮永さんが回し打ちを継続できる根拠は得られなかった。
その後、獅子原さんの倍満和了で宮永さんの親は流れたものの、最後は宮永さんが戒能さんから跳満を直撃して第三半荘は宮永さんが制した。
第37回名将戦 第三半荘 終了
宮永 咲 121400
獅子原 爽 63200
辻垣内 智葉 17400
戒能 良子 −2000
前半得点表 第三半荘終了時
獅子原 爽 +178
宮永 咲 +113
辻垣内 智葉 −95
戒能 良子 −196
2人の年下の女の子に二半荘連続で辱められ、打ち捨てられたボロ雑巾のようになって虚な目で戒能さんは雀卓を見つめている。
仕立ての良さそうなグレーのダークストライプのスーツを着ているせいで、余計に痛々しい。
「うわぁ……」
戒能さんを眺めながら、おいしそうに生チョコレートとミルクティーに舌鼓をうつ宮永さんの映像を見て、洋榎がため息をついた。
「どうしたんや?」
「いや、この嶺上魔王に少し思うところがあってな」
「戒能さんが悪いんやからしゃーないやん」
「まあ、プロやからそういう事態想定しとかなあかんか」
洋榎はそう言って納得したものの、戒能さんに同情する視線を送っている。
その様子を見ながら怜は呟いた。
「想定してても、この状況を作れないから練習のしようがないしなー」
「ん、どういうことや?」
「試合観てて思ったけど、戒能さんたぶん能力をオフにできへんわ。麻雀すると勝手に霊能的なモノが降りてくるから、普通に麻雀できへんのや」
「そ、そんなことありえるんか? というかなんでそんなんわかるんや?」
「まあ、うちも2巡先まで見ないと麻雀できへんし」
洋榎はギョッとしたとように、たこ焼きを頬張る怜のことを見つめた。そのまましばらく何かを考えていたようだったが、ふと我にかえったように目を逸らした。
「んーでも宮永さんが、戒能さん飛ばしたのは失敗やったな」
「ん? 試合なんやからまあそこはしゃーないやろ?」
「戒能さん潰すと宮永さん最終半荘で、戒能さん守りながら闘牌せなあかんくなるやん、獅子原さんは戒能さんを狙い撃ちにするだろうし」
「ただでさえ点数差あって逆転の条件が厳しいのに、戒能飛ばすくらいならもう少し長生きさせてあげて毟れるだけ毟れば良いのに。宮永さんらしくないわあ……」
「あ、でもこれ戒能さんから搾り取るくらいしかできへんくらい、宮永さんが追い詰められてたってことやろか? そこまで踏まえて獅子原さんの注文通り? うわ、なにそれ、めちゃくちゃ熱いやん!」
続く第四半荘、怜の予想通り獅子原さんは戒能さんを狙い撃ちにした。
宮永さんはあの手この手で、戒能さんをアシストしながら、獅子原さんからの直撃を狙ったが全ては徒労に終わった。
南3局2本場、震える手を押さえつけるようにしながら、獅子原さんが倍満をツモりトビ終了で試合は決着した。
第三半荘こそ宮永が王者の意地を見せたものの、二日目も獅子原爽の圧勝で第37回名将戦は幕を閉じた。
獅子原爽新名将の大きな大きなガッツポーズに無数のフラッシュが降り注いだ。堂々と決意に満ちた表情と、武者震いが抑えきれない右腕が印象的だった。
北海道のもみじはもう赤い。