専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記   作:すごいぞ!すえはら

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第56話 ルームサービスとチェックアウト

 ホテルのルームサービスの朝食は、咲さんと付き合うまで食べたことがなかった。

 

 はじめてルームサービスを持ってきてくれた時には、咲さんがまだベッドで寝ているのに、知らないお姉さんが、窓際のテーブルに食事の準備をしはじめたので、かなり慌ててしまった。

 食事会場の朝食のほうが、色々なメニューが食べれるし好きだ。バイキングで和洋折衷取り混ぜて食べるのがおいしいのに……揺杏ちゃんのように、ジュースをミックスして遊ぶ人がいたら少し困るかもしれないけど。

 

 特に会話もなく運ばれてきた朝食を私と咲さんは口に運んでいく。オムレツとソーセージにトーストにサラダとヨーグルトがついてきた。アメリカンブレックファストなんて大層な名前がついているけど、一般的な洋風の朝食だ。私でも作れる。

 寝癖姿がかわいい咲さんが、トーストに何も塗らずに食べ始めようとしたので、隅々までマーガリンを塗って渡してあげた。

 

「ありがとう、成香ちゃん」

 

 そう言って咲さんは両手で、パンのミミを持って食べはじめた。マーマレードとりんごジャム、どちらがお気に入りかわからなかったので塗らなかったが、ジャムも塗ってあげれば良かったかなと思った。

 マーガリンだけで、小さなお口でパクついて、おいしそうに食べてくれているので、咲さんはもしかしたらジャムは使わない派なのかもしれない。

 

 獅子原爽初V、メイショウシシハラ宮永咲を下す

 

 宮永、夢の七冠は海の藻屑に牌王戦へ暗雲か?

 

 スポーツ誌ではない一般紙を2紙部屋に持ってきてもらうようにしたのに、朝刊一面には、宮永さんと高校時代のチームメイトの写真が載っていた。

 

「んー負けちゃったね」

 

 宮永さんは朝食を食べ終えると、テーブルの上にあったコーヒーを持っていってソファーに体を預けた。そして、四つ折りになっている今日の朝刊に目を通す。

 

「惜しかったですね」

 

 そう慰めの言葉をかける。爽さんには悪いけれど、私は咲さんに勝ってもらいたかった。

 

「ん、惜しくもないよ? 完敗かな、鳴子温泉の第一戦で負けちゃったのなんて、完全に油断しちゃったからだし」

 

「油断……ですか?」

 

「そうそう、獅子原さんとプロで戦うのはじめてなのに、戒能さん得意だから似たようなタイプの獅子原さんにも勝てると思って、獅子原さんのこと牌譜で見ただけだったんだよね」

 

「紙一重のところで勝ってるだけなのに、油断したらそりゃ負けるよねー」

 

 そう咲さんは自嘲して、新聞をソファーの前のローテーブルの上に置いた。

 今日は私相手にも麻雀の話をしてくれるから、昨日負けたことがよっぽどショックだったんだろうなと思った。

 

「やっぱり小鍛治さん以来の七冠制覇……したかったですか?」

 

「ん? 七冠制覇はするよ」

 

「え?」

 

 咲さんは当然のようにそう言ったが、昨日爽さんに負けてしまったことで、その夢は断たれてしまったのではなかったのか。

 

「来年の秋までタイトル戦は全部勝って、もう一度挑戦すればいいだけのことだし」

 

 当たり前のように言っているが、三尋木プロの保有している牌王位を奪取し、今持っている五冠を全て防衛後、再挑戦というのは、不可能に近い。

 

「…………今持っているタイトルだけでも充分すぎるほど、咲さんはすてきです。最高の雀士です」

 

「守ろう、守ろうとすると後ろ向きな気持ちになる。守ろうと思うこと、それ自体が終わりの始まりなんだよ。守りたければ攻めなきゃいけない」

 

 そう言って咲さんはコーヒーを飲み干して、カップをローテーブルの上に置いた。咲さんは、勝負に負けてしまっても堂々としていて、やっぱり咲さんだった。私の慰めなど必要としていないのだと思うと、少し悲しい気持ちになった。

 

「ところで、獅子原さんと成香ちゃんってたしか同じ高校だったよね?」

 

「ええ、そうですよ」

 

「獅子原さんの高校時代のこととか教えてよ! 私もインターハイで一度対戦したことがあった気がするんだけど、結構忘れちゃってて」

 

 私も先鋒でその試合に出ていました。その言葉が喉まで出かかったが、言うのは辞めた。どうせ覚えていないだろうから。

 爽さんの高校時代のエピソードを話すと、宮永さんは今まで私に見せてくれたこともないような興味津々な表情で続きを促した。

 咲さんは優しいが、私のことを聞いてくれたことなど一度たりともない。ホテルチェックインの際に、私の名前を漢字で書けなかったくらいだ。

 

「ふーんそうなんだ、今日卵料理が出てきたけどさ、獅子原さんは卵料理だったら何が好きかな?」

 

「うーんそうですねえ……卵焼きを作ってあげたことがあったんですけど、その時は少し甘いなって感想を漏らしていました」

 

「あはは、失礼な人だね」

 

「ええ……たぶん卵焼きより目玉焼きが好きなんでしょうねホテルのバイキングでたくさん持ってきて、お醤油をかけすぎなほどかけてましたから」

 

「あ、お醤油派なんだ」

 

「黄身はほとんど生くらいが良いみたいで、黄身をかき混ぜてお皿をグシャグシャにしながら食べるんです」

 

——私が好きな卵料理はスクランブルエッグですよ、咲さん。咲さんは茶碗蒸しがお好きなんですよね?

 

 咲さんは私の話を聞きながらタブレットで牌譜を眺めていた。おそらく昨日のタイトル戦の牌譜なのだろう。公式戦の牌譜はプロ麻雀トップリーグの公式HPから、全て無料でダウンロード出来る。

 最新の牌譜再生アプリは当たり牌表示機能や、ウマオカを含めた点数表示機能もありなかなか便利だ。私も咲さんの試合を見るときに愛用している。

 

 昨日は珍しく咲さんの方から連絡があったから、試合に負けてよっぽど寂しいのかと思っていたけれど、私から爽さんの話を聞きたいから呼んだのだなとやっと理解できた。

 

「成香ちゃん、大変だよ!!!」

 

「ど、どうしたんですか咲さん?」

 

 少し落ち込んでしまった私に青い顔をして咲さんが、タブレットを見せてきた。

 辻垣内さんのツモ切り動作が何度も再生されてしまい、牌譜が先へと進んでいかなくなってしまっている。

 戻るボタンや、自動再生ボタンを押しても全くうんともすんとも言わない。同じ画面が流れ続けるだけだ。アプリを閉じてホーム画面に戻ることも出来ない。

 

「咲さん、なにかやりました?」

 

「な、なにもしてないよ! ただ牌譜を見ていただけ!」

 

 慌ててそう言っている咲さんをひとまず信用することにして、私はタブレットの電源を落とすことにした。

 心配そうに私の手元を見つめる咲さんに、再度アプリを起動してあげてから手渡した。幸い、牌譜データの読み取り状況は残っていたようで、辻垣内さんの打牌のところから再生することが出来た。

 

「ありがとう成香ちゃん、私じゃ絶対直せなかったよ」

 

 そう言って私に微笑んでから、咲さんは夢中で牌譜を見始めた。その様子を見て、私は爽さんに感謝した。爽さんのおかげで、今日私は咲さんの隣にいることができる。

 

 チェックアウトの時間、伸びるといいな。

 

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