横浜ロードスターズの本拠地、ベイサイドマリンスタジアムに詰めかけた超満員のプロ麻雀ファンの中、ペナントレースが終幕した。
プロ麻雀トップリーグ
横浜大宮 最終戦 終了
横浜 宮永 咲 130200
松山 姉帯 豊音 123900
恵比寿 三尋木 咏 98600
大宮 渡辺 琉音 47300
『松山、姉帯豊音が決めました! 歓喜の瞬間です!!』
『松山フロティーラは8年ぶりの優勝、8年ぶりの優勝です! アレクサンドラ監督の目にも、涙が見られます』
神戸の高層マンションの一室に、少し興奮気味の三科アナの実況が響く。テレビ画面に松山ベンチの様子が映し出され、アレクサンドラ監督や優勝を喜び抱き合う各選手の姿が、お茶の間に提供される。
「松山、優勝してもうたで」
怜はソファーに寝転び、膝枕をしてくれている竜華にそう問いかけた。今日の竜華は、赤のギンガムチェックのエプロンをしていて、いつもより少しだけ膝枕レベルが低い。
「せやなあ、来年は頑張るわあ」
竜華は、あまり興味がなさそうに怜にそう答えた。高校時代と違って団体戦優勝への思いが全く感じられない。竜華より、熱心な神戸ファンのほうが、この映像を見て悔しがっているのではないか。
「も、もう少し悔しいとかそういうのないんか?」
「んーもう8月には優勝とか無理そうやなーってなっちゃったしなー」
竜華はそう言いながら、幸せそうに怜の髪の毛をさわさわと撫で回す。怜としては髪をあまり触られるのは、好きではないのだが竜華がゴキゲンなので我慢することにした。
「あっ、でもでも優勝したらたくさんお金貰えるからええな! 年俸のために頑張らな!」
「け、結局金かいな……なんかあるやろ他に……」
「んーないなあ、うちには怜がおればそれでええしな」
麻雀に対して冷め過ぎて、とてもプロ麻雀選手に憧れるキッズには、聴かせられない発言を連発している。
「ま、麻雀で負けたら悔しいとかそういうのあるやろ……」
「あれ、不思議やなあ。勝っても別に楽しくないけど、やっぱり負けると悔しいんよ。仕事で失敗すると、落ち込んでまうこともあるし……」
「でもでも、そんな時でも怜の顔をみたら気分リセットや! 明日からまた頑張れるで」
竜華がちょっとだけ愛が重いことを言ってきたので、怜は聞き流すことにした。
「ありがとなー頑張ってやー。というより来年で引退するって前に言ってへんかったっけ?」
「あ、ほんまや。今年活躍したから、頑張る必要ないやん」
「いや、そこは頑張れや……」
麻雀への熱意がこれほどまでに不足しているのに、竜華の仕事に対しての意識や行動が関係者から高く評価されているというのは、納得がいかない。
しかし、子どもの頃の竜華は、周囲の期待に過剰に応えすぎる良い子だった。ネグレクト同然の家庭環境で、まわりの気持ちを気にしすぎて育ってきた。
それを思えば、仕事は仕事と割り切っていることで、周囲の期待や思惑を完璧にこなしているのかもしれないなと怜は思った。
「竜華」
「んーどしたん?」
「いつも、ありがとな」
そう怜がお礼を言うと竜華は頬を赤くして顔を逸らした。なんや、そんな反応されるとこっちも照れるやんけ。
怜は話題を逸らすべく、テレビ画面を指差して悪態をついた。
「というか優勝するなら、去年の恵比寿みたいに勝って終わらなあかんやろ。2位の勝ち点1で決着ってしまらなすぎや」
「まあそらなあ……気持ちはわかるわ。でも、ペナントレースいつも今日みたいな終わり方の気もするけど」
「ちょっと麻雀の終わりみたいやな」
そんなことを竜華と話していると、テレビ画面が切り替わり、宮永さんと末原さんの映像が映し出された。この前料亭でごはん食べたメンバーだが、なぜ急に映っているのだろうか?
『さあさあさあ!!! 今日のヒロインはこの人、末原恭子選手と宮永咲選手です! おめでとうございます!』
ん?
あれ?
ヒロインインタビューで、なんで福与アナからインタビューを受ける横浜の選手が映っとるんや? というか、優勝が決まった試合でインタビューなんてあるんか?
「なー竜華、ヒロインインタビューってあるん?」
「そら、横浜勝ったし本拠地やし、あるやろ」
竜華は当然というような口調でそう言った。しかし、宮永さんと末原さんの後ろに映っている雀卓を囲んで、松山の選手が全員出てきて、姉帯さんを中心に輪になって集まっている。
——まずは、末原選手おめでとうございます!!!
『ありがとうございます!』
——末原選手はプロ初勝利でした! プロ6年目にしての初勝利、喜びもひとしおでしょう!!!
『えー…そうですね……ずいぶんと遠回りしました。多くの人の期待を裏切ってしまった部分もあると思います。そんななかで一歩ずつ前へ前へと進んで…………あっ…すみません』
目尻に涙を滲ませる末原さんの言葉が詰まる。
ちょーーうれしいよーーー!!!
『がむしゃらに……努力し続けて、最高のチームに拾われてその勝利に貢献できたこと、本当に嬉しいです。最終戦は来季に絶対に繋げます! 応援のほどよろしくお願いいたします。』
衣のことを持ち上げるな!! やめろ!!!
そう言って末原さんは、カメラに向かって頭を下げた。
なんか感動しそうなことを言っているような気もしたのだが、後ろの松山フロティーラの選手の大騒ぎがマイクに乗ってくるので、全く心に響いてこない。というか、この人なんで泣いてるんやろか? 優勝してないこいつが泣くのおかしいやろ。
——あ、ありがとうございました。次に宮永選手いつも通りの完璧な闘牌でした。シーズン最終戦ということで、意識されたことはありましたか?
『ありがとうございます。えーそうですね……松山と恵比寿は2試合を残していますが、横浜は最終戦でした。シーズン最終戦を勝利で飾れたということは大きいと思います』
皆! 気ばつけてあげましょーたい!!!
おおおおおおおおおおおおおお
せーの!!!よおおおい!!!よおおおい!!!!よおおおおい!!!
アレクサンドラ監督が松山の選手たちに胴上げされている様子が、遠目にカメラに映し出される。ヒロインインタビューのお立ち台自体普段と比べて、かなり端のほうに追いやられているようだ。
「なあ、竜華これ宮永さんとってる暇があったら、胴上げ撮影したほうがええと思うんやけど」
「このテレビ局は横浜系やからな、ほかのテレビ局は全部胴上げ撮影しとると思うで? 番組変える?」
「…………いや、ええわ。こっちのが面白いし。せめて音声は入り込まないようにしろや、ヒロインインタビューに友清さんの掛け声はいらんねん。こいつ声通り過ぎやろ」
——今季は0勝0敗23セーブとセーブ失敗なしという素晴らしい内容でした。前年度は、三尋木プロに一時逆転されセーブが消えた場面もありましたが、今年意識されたことはありますか?
『セーブ機会がすくなかっただけなので、とくになにも、偶然でしょう』
——10月に行われる牌王戦に向けてはずみのつく勝利になったんじゃないでしょうか?
『えーそうですね……シーズン最終戦の勝利を糧に頑張りたいと思います。他チームの選手よりも、一足はやくタイトル戦にむけて挑戦できることは有利かなと思っています。念入りに準備していきたいです』
——牌王戦にはタイトル戦初挑戦となる宮永照選手が出場します。姉妹対決にもファンの注目が集まっていますがいかがでしょう?
『私に姉はいません』
——獅子原選手とのタイトル戦は惜しかったですね。しかし、牌王位を獲得すれば六冠となり七冠も視野にはいってきます。意気込みを教えてください
『今年本当は全部とるつもりだったんですけど、負けちゃいましたからね。気を引き締めていきたいです。最近、獅子原さんの動画とか牌譜とかよく見てるんです。可愛いですよね。獅子原さん。あ! ビールかけのビール出してますよ』
——え、ビール? あ、ほんとだ飲みたい……ってなに言わせてるの!?
『勝手に言い出したんじゃないですか、というより福与さん、私にインタビューしてて良いんですか?』
乾杯フロティーラ!!! 松山半端ないって!飲みまくりましょおおおおおおお!!!!
うおおおおおおおおおおお!!!!
わーみんなおめでとーーーー
ずるいぞ! ぜんぜん豊音にかけられないじゃないか!
えー
——いいの! 私ヒロインインタビューの担当だから! でも少しだけ混ざりたいなあ
『ビールって皆さんお好きですよね。優勝してもあんなに浴びるのは大変かも。酔っぱらっちゃう』
もはやインタビューの体をなしていないような会話を繰り広げる福与アナと宮永さんの様子を見て、末原さんがドン引きしている顔がドアップで映し出された。
そして、末原さんの後方でビールの噴水が、松山の選手に降り注いでいる。
姉帯さんは両手にビール瓶を持ちながら回転して、樹木にお水をあげるスプリンクラーのように、ビールをかけている。身長が大きいせいかとても目立つ。その姉帯さんが、選手の輪から離れて急にしゃがみ込んだ。
しゃがんだ姉帯さんの長いみどりの黒髪に天江さんが、ジャバジャバとビールをかけていく。やっと天江さんは、他の人の頭に、ビールをかけることができたらしく、とても喜んでいる。
ちょーーーうれしいよーーー
——1本だけもらってくるから咲ちゃん、ここでビールかけしよう!
『いや、私たち優勝してないですし……ああでも、末原さんはビール好きですよ』
『スタジアムでは飲まへんわ!』
「こいつら、ついにヒロインインタビュー止めはじめたんやけど」
「もともとこのインタビュー無理があったやろ。福与さんはこんな性格だし、咲ちゃんは咲ちゃんでマイペースや」
竜華は目の前で行われている放送事故に、そうコメントした。
福与アナと小鍛治プロのコンビは放送事故を起こし過ぎているせいで、このくらいなら、アドリブの範疇として視聴者から認識されるのが恐ろしい。
干されそうなものだが、ギリギリのラインは超えないので、ゴキブリのように生き残り続けている。そして、テレビは視聴率が正義であり、視聴率のとれる福与アナはどのテレビ局からも引っ張りだこである。
——とってきたよ! 咲ちゃん! ビールかけしよう
『んーせっかくとってきてくれたので、やってみます? ビールかけ? 末原さんの初勝利を記念して』
そう言いながら宮永さんは、福与アナが持ってきた瓶ビールを末原さんに手渡した。
『い、いや意味わからんやろ! 宮永にかければええんかこれ!?』
『いえ、私はお酒がダメなのでご自身にバーっと頭からかける感じで……』
『なんで私がそんなことせなあかんねん!?』
『え?だって初勝利ですよ、盛大に祝いましょうよ!』
末原さんが困惑しながら横に首を振るなか、宮永さんと福与アナがビールかけをするように末原さんに勧め続ける。もはや、強要に近い。
——さあさあさあさあ、初勝利を記念して女、末原恭子ビールかけの開幕だああああああああああああ
『おめでとうございます! 末原さん!』
ハイテンションの福与アナと宮永さんの様子を見て、末原さんは断り切れないと悟ったようだ。
かなり引きつった笑顔のまま、右手にビール瓶を持ち直して、そのまま自身の左手にチョロチョロとビールをかけはじめた。
心なしかカタカタしている気もする。
何故、せっかくの初勝利を挙げた日に、罰ゲームを強要されなくてはならないのだろうか。
お茶の間に提供される末原さんの1人ビールかけの様子を見て、怜は呟いた。
「今度、末原さんに会ったらできるだけ優しくしてあげようと思うわ」
「せやなー」