専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記   作:すごいぞ!すえはら

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第65話 名伯楽と土下座する女

 赤土晴絵のプロ入りを見届けた私は、ある種の燃え尽き症候群に陥っていた。

 

 プロ入り後すぐにタイトルを獲得するほどの才能を持つ金剛石が、屑鉄場に落ちていたのだ。口を開けば言い訳ばかりするアレを、また日の当たる世界に連れ出しただけでも、麻雀界は私に感謝するべきだと思う。

 晴絵は博多エバーグリーンズ時代から、手のかかる選手だったが、やっとプロ入りして手が離れた。安心したのと同時に強い喪失感を覚える。ダメな教え子ほど可愛いという言葉は、真実なのだと私は身をもって教えられた。

 

「まったく……我ながら子離れできないババアみたいだねぇ…………晴絵の代わりに牌譜が輝いていたあの子を育成しようだなんて」

 

 車のハンドルを切りながら、私はそう毒づいた。

 高校麻雀は残念だった。宮守女子高校は、素晴らしい才能を持った、純粋で素直な女の子が揃っていたのに、結果はベスト16。周囲は褒めてくれていたが、私からすれば恥でしかない。全て私の責任だ。彼女たちへの懺悔も込めて、プロ雀団との交渉は入念にやった。豊音とシロにはなにもしてやれなかったが、塞だけは少しは指名順位に貢献することが出来た。

 

 私と彼女たちは、年齢が離れすぎている。高校の監督には、私のような捻くれたババアよりも、晴絵のような一緒に前に進むタイプの方が結果がでるのだろう。

 晴絵は、阿知賀が勝っても負けても、自分のことのように大泣きしていた。私は、宮守女子の敗退が決まった時に泣くことはなかった。それどころか、世界戦とドラフト会議のことが、すぐに頭によぎった。感傷に浸る時間などいらない、指導者とはそういうものだ。常に冷静に……しかし、今にして思えば、そこが阿知賀と宮守女子の結果を分けた。苦い思い出だ。

 

 そんな宮守女子の面子がプロ入りするのを見届けた後、私は社会人麻雀の強豪DS石油の監督に就任した。

 

 DS石油は、強豪と言われながらも都市対抗麻雀では、長いこと優勝出来ず、ドラフトにかかる選手もほとんどいないそんなチームだった。

 社業があるため将来の不安が少なく、毎月ちゃんと給料も支給される。社会人麻雀特有のぬるま湯体質。

 監督に就任して初日、練習を視察してここは、ゴミの掃き溜めだと私は確信した。

 

 ベテランを強制的に引退させることで一掃し、チーム改革を図ったが下の世代に肝心のタレントがいない。

 幸い晴絵はとっととプロに放り込めたものの、私は将来の有力選手をDS石油に集めてくる必要があった。

 チーム勝利もそうだが、なにより才能のない人間は指導していてつまらない。それどころか、磨いても光らない原石は、指導者の才覚を鈍らせる毒物でしかない。私、熊倉トシという名伯楽は、本物だけを育成して過ごせばいいのだ。

 

「ここの曲がり角を左か……んービルばっかりでなかなかわかりにくいねぇ」

 

 目的地は東京の赤坂の外れにある高層マンションの一室だ。外れと言っても高いビルが立ち並んでいるので、どの建物なのか分かりにくい。その上、大通りから一本入ると車道は狭く、駐車場も少ないときた。これだから都会は嫌なんだ。

 

 プロにならなかった麻雀の上手い不良少女の居場所など雀荘にしかない。そこで少し勝って調子をつけたガキの目星をつけるのは、私の十八番となっていた。ピン東風に満足出来ず、効率的に稼ぐためレートが高いところへ高いところへと煙のように昇っていく。馬鹿と煙は高いところへ上がるとはよく言ったものだ。

 

 道に迷いながらもしばらく車を走らせると、なんとか目的地にたどり着くことができた。デカウーピンで祝儀が5万、ビンタあり。まともな感覚をしていたら、まず入らない違法レートの麻雀が楽しめるマンションだ。

 

 地下駐車場に車を止めてから、エントランスのオートロックの呼び出しを使うと、黒服を着た若い男が下まで迎えに来てくれた。なかなかサービスが良い。

 このあたりで一番レートは高いが、レベル自体はそれほどでもないと聞いている。都市対抗の有力選手が、余裕を持って遊べるくらいだ。こんなレベルで負けるような打ち手じゃないと思いながら、黒服に案内されドアを開けると、お目当ての少女がいた。

 

「払えねえじゃねえんだよ! オラ!舐めとんのかわれえ!!!!!」

 

「す、すみません……許してください、家に帰ればお金はあるんです」

 

 見苦しい言い訳を重ねながら、ふかふかのカーペットに跪いて土下座する女。

 竹井久である。

 顔以外の部分を相当殴られた上に、彼女のおさげを三下が容赦なく足で踏むので、せっかくの可愛い顔が台無しだ。

 目には涙を浮かべているが、泣くくらいならやるなと小一時間問い詰めたい……

 

「とりあえず、今日はこれで……必ず返しますから」

 

 薄っぺらい封筒を竹井が、両手で恭しく対戦相手の女に差し出すと、女は封筒の中の札束を引っ張り出して確認した。

 

「全然足りねえよ!!!!!」

 

「すみません! すみません!」

 

 土下座している竹井の上に、万札が雪のようにはらはらと舞い落ちる。

 その、一連の様子を見て私は頭を抱えた。一応金は持ってきたが、まさか負けるとは思っていなかった。今日は、竹井へ接触する前の下見としてここに来たのだ。現状の竹井への評価を改める必要があるし、負けた金額も立て替えてやらなきゃいけない。

 

 竹井が負けたのは3人組の女のようで、年齢は20代後半くらいだろうか? コンビ打ちを隠そうとしないのもそうだが、こんな雑魚相手に竹井が負けるとは思えない。なにかイカサマでもされたのだろう。

 

「仲の良い闇金呼ぶから、それで立て替えて返せ、トイチだし真面目にお風呂屋さんで働けば墓が立つ頃には返し終わるだろ」

 

「それだけは勘弁してください……」

 

「頭が高えんだよカス」

 

 顔をあげて反論した竹井の頭が、ブーツで勢いよく踏みつけられ、無理矢理床とキスをさせられる。

 3人組のリーダー格の派手な服装の女が注射器をクルクルと手で弄びながら、竹井の鳩尾のあたりに蹴りを何度も入れた。蹴られて息ができない竹井の悲鳴が、だんだんと小さくなっていった。

 馬鹿の極みとはいえ、さすがに少し可哀想になってきたので、助け舟を出すことにした。

 

「待ちな、金は私が出すからその子を離してやんな」

 

 私が手提げカバンから雑に、札束を3束ほど取り出して雀卓の上に放り投げると、雀荘の視線が全部こちらに集まった。

 竹井を蹴るのを止めて、リーダー格の女がゆっくりとこちらに近づいてきた。

 

「部外者は黙ってろ、迷惑なんだよ」

 

「金は払うと言ってるんだ、迷惑かもしれないが竹井は引き取らせて貰うよ」

 

「ふざけんな! だいたい、300万じゃ足りねえんだよ!!!」

 

——は?

 

「それなら、ババア570万払えや。それで許してやるよ、払えねえならこの300万持ってとっとと失せろ」

 

 300万でも、かなり多く出したはずだったのだ。デカウーピンの麻雀で、そんなに負けるとはにわかには信じられない。

 ふっかけてきていると思い、竹井のほうに視線を送ると、首がとれるほどの勢いでコクコク頷かれた。

 

 こいつ……本当に570負けてやがった。

 

 私は再び頭を抱え込むと、もう3束雀卓上に積んでやった。3人組は一瞬たじろぐような顔を見せた。しかし、すぐに冷静さを取り戻して札束を確認すると私に向かって捨て台詞を吐いた。

 

「とっとと失せろ!!!」

 

「ああ、そうさせてもらうよ。30は迷惑料で置いていってやる。ほら、竹井行くよ。」

 

「待って!!!」

 

 問題が決着し、部屋を出ようとしたところで、竹井から呼び止められた。まだ何かあるのか。流石に600も払ったんだ、話にすら付き合わないなんていうのは、私でも許さない。車には乗ってもらう。罵声を浴びせてやろうと思い、口を開きかけた時、竹井の口から予想外の言葉が飛び出した。

 

「お、お金もったいないじゃない? 今拾い集めるから少し待ってて!」

 

 そう言いながら、床にばら撒かれたお札を一枚一枚拾い集めている竹井の姿を見て、私はまた頭を抱えた。今日、頭を抱えたのは何回目だろうか。空いた口が塞がらないとは、まさにこのことだ。

 竹井がお金を全て拾い集めるのを待ってから、駐車場に行き愛車のセダンに乗り込むと助手席の竹井がやっとお礼を言ってきた。

 

「いやー助かったわ! ありがとう、おばあさん。命の恩人ね。やっぱりお金ってあるところにはあるのねえ」

 

「おばあさんはやめな。私には熊倉トシって立派な名前があるんだ」

 

「トシ……やっぱり、おばあさんみたいな名前じゃない」

 

 せっかく助けてやったのに、人をババア呼ばわりする竹井久に、私は呆れ返る。

 

「あ、それより熊倉さんって麻雀関係者でしょ? ついに私にも、プロチームからのスカウトが来たってわけね」

 

「私はDS石油の監督だよ、プロチームじゃない」

 

「えー社会人麻雀かー」

 

 露骨にがっかりし始める竹井久の顔面を殴り飛ばしたくなったが、運転中なのでぐっと我慢する。

 私が麻雀関係者だと察するあたり竹井の頭は悪くはない、ただ馬鹿なだけだ。

 

「竹井、マンション麻雀で三下に負けて土下座しているような奴に、プロチームの誘いがくると思うか?」

 

「思わないわね!」

 

 そう言いながら、ゲラゲラと竹井は笑い始めた。顔に出ないので気がつかなかったが、こいつ少し酒が入っているかもしれない。

 

「ああそれと、熊倉さん。今は20歳になって竹井じゃなくて上埜だから、そこんとこよろしくね」

 

 上埜は竹井の旧姓だったはずだ。インターミドル時代の彼女の牌譜で見た名前だった気がする。

 

「上埜……いや、もうこの際、久でいいか。両親が再婚でもしたのか?」

 

 久が清澄高校時代に、母親と母親の恋人を殴り飛ばすという暴力事件を起こしたことは知っている。家庭の問題に踏み込むのは、気がひけるが、問題児をチームに引き入れるのだから、この辺りの事情は把握しておきたい。

 

「あ、名前呼びいいわね! 私名字で呼ばれるの大嫌いだし」

 

「ああ、それは良かった。でも私のことは下の名前で呼ぶなよ」

 

「わかったわよ。それにしても、再婚って冗談キツイわ。お父さんとか、どこいるのかもわからないし」

 

「20歳になると竹井と上埜どっちの姓を使うか選べるのよねえ……竹井とかいう、男に縋るあんな弱い女の姓を使うくらいなら、私を捨てた父親の姓のほうを使ったほうが良いと思わない?」

 

「気持ちはわからないでもないな」

 

「でしょでしょ! さすが熊倉さん、話がわかるわね!」

 

 とりあえず、私は久が家庭で問題を起こしていないことに安心する。というより、家族との縁を切っているようだった。それでいい。チームに入れてから、問題を起こされるとかなり面倒だ。

 

「人生終わっちゃうかもって、思ってたから安心したわ。安心したらお腹すいてきちゃった、私すき焼きが好物なのよね」

 

 久は、期待するような目でこっちを見てきた。なぜ、借金の肩代わりまでした挙句、すき焼きまで奢らなくてはならないのか。しかし、ドライブをしたままでは話しにくいのも確かだ。

 

「すき焼きでいいんだな?」

 

 私がそう問いかけると、久の顔がパーッと明るくなった。本当にすき焼きが食べたかったらしい。

 はあ……とひとつ大きなため息をついてから、私は馴染みの料亭に向けて、車を走らせた。

 

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