専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記   作:すごいぞ!すえはら

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第67話 上埜久とタイトル発表パーティー

 パーティー会場の華やかな雰囲気に居心地の悪さを感じた私は、会場の隅のテーブルでシャンパンをちびちび飲んでいた。

 ショートタイは息苦しいし、パンプスは足が痛くなる。こういう畏まった席は苦手だ。

 プロ雀士や協会関係者が多く、報道陣が少ないのは救いだが、はやく帰りたい。

 

「まっ、これも仕事よね」

 

 私は、今季プロ麻雀トップリーグの表彰選手に選ばれた。幸運にも、一年目としては、悪くない滑り出しを切ることができた。

 ただこれ……明らかに私だけ場違いな選手なのよねぇ。

 

最優秀雀士   天江 衣

最多勝     天江 衣

最優秀防御率  清水谷 竜華

最優秀獲得素点 松実 玄

首位打点    大星 淡

最優秀先鋒   花田 煌

最多セーブ   姉帯 豊音

最優秀中継ぎ  野依 理沙

新人王     上埜 久

 

 プロ麻雀を代表する選手たちの中で、二流ポイントゲッターの私、上埜久の名前が完全に浮いている。

 新人王と言っても、他に該当者がいなかっただけの話だ。ゆみのように実力で勝ち取ったわけじゃない。

 この中で総当たり戦をしたら、1回も勝てない自信がある。特に天江さんや松実さんには、絶対に勝てないだろう。

 花田さんや清水谷さんならなんとか……いや、勝てないな。そもそもその2人には、シーズン中全部負けてるし。

 

「ま、与えられたものの差を僻んでもしょうがないか」

 

 そう呟いてから、私はシャンパンを一気に飲み干した。グラスをテーブルに置いて手酌しようとしたところで、グラスが一杯になった。

 濃紺のイブニングドレスを着た小柄な少女が、私にお酒を注いでくれた。

 

「ん…………咲、久しぶりね」

 

「ええ、お久しぶりです部長」

 

 プロ入り後、特段咲のことを避けていたわけではない。ただ、試合で一緒になることもなかったし、清澄時代に彼女を救えなかった後ろめたさが、再会を後回しにしていた。

 

「団体タイトルは、とれなくて残念だったわね」

 

「まあ、いつものことですから」

 

 咲は特段気にしていないという風体で、オレンジジュースを両手で少しずつ飲んでいる。こういう席で、オレンジジュース飲んでるのなんだか可愛いわね。

 昔を懐かしみながら、咲のことを眺めていると咲が私の腰に抱きついてきた。

 

「な、なに……急に」

 

「ずっと会えなかったので、くっついておこうと思って。寂しかったです」

 

「そ、そう……」

 

 人が見ている。報道陣だっているのに、咲はいきなり抱きついてきた。こんなに積極的な子だったかしら? まあ、6年も経ってれば性格もかわるかもしれない。

 

「ねえ、咲」

 

「なんですか? 部長」

 

「抱きつくのは良いんだけど、脇腹の贅肉をぷにぷにするのは、やめて貰って良いかしら?」

 

 私がそう頼むと咲の手が止まった。

 

「えー柔らかくて落ち着くのに……それに……」

 

「それに?」

 

「歴史の重みを感じますし!」

 

「…………どのくらい感じるの?」

 

「4キロくらいでしょうか?」

 

 人のお腹を触って、ほとんど正確に太り方を当ててきた能力者の顔を見ると、悪戯っぽい顔をしていた。

 

「その4キロが、胸にいったっていうふうには考えられないかしら?」

 

「え? 胸も触っていいんですか?」

 

「……御免被るわ」

 

 咲にからかわれるとは、思わなかった。

 でも、こういうのも悪くないわね。昔に戻った感じがするわ。

 

「あ、そうだ。新人王獲得おめでとうございます」

 

 咲はそう言って、私から離れてから。パーティー会場の隅にいた黒服のところに行って、トテトテした走り方でまた戻ってきた。

 コケないか不安になる……

 

「これ、プレゼントです。貰ってください」

 

 咲が両手で落ち着いたベージュ色の箱を私に渡してきた。

 

「あら? ありがとう、準備がいいわね。開けてもいい?」

 

「ええ、もちろん。前に見かけた時、部長に似合いそうだなと思って買っておいたんです」

 

 開けてみると、青い針が綺麗なホワイトゴールドの腕時計が入っていた。

 思わず、箱をそのまま閉じる。

 

「こ、こんなのつけられないわよ。私の年俸より高いかも知れないじゃない」

 

「ほら、時計は良いものをつけたほうが良いって言いますし」

 

 咲に促されて、左手に巻いてみたがやはり落ち着かない。

 シースルーの裏蓋から見えた時計の中身が精巧すぎる。そしてブルースチールの針に白金のケースとブレスレット。

 長いこと培ってきた貧乏性で、頭の中に電卓が浮かんできてしまう。

 

「あ、ありがとう大切にするわ」

 

「あ、その高そうな時計を貰ってカタカタしている表情いいですね。可愛いです、プレゼントした甲斐がありました」

 

「めちゃくちゃ歪んでるわね!?」

 

「あはは」

 

 おいしそうにオレンジジュースを飲んでいる咲に、私は問いかけた。

 

「和もプロ入りしたけど、会ったりしたの?」

 

「いえ、合わせる顔がないので」

 

 咲は少し私から、目を逸らしながらそう言った。

 咲はまだ、インターハイの時のことを気にしているようだ。和の方も咲に対してそう思っていることは間違いない。

 そうやってすれ違ったまま、ずっと仲違いしているのは不幸だ。私はそう思う。

 

「きっと和もそう思ってるわよ。咲のほうから話しかけてあげれば、すぐ仲直りできるわよ」

 

「そうでしょうか……」

 

 咲は不安そうな顔になる。この辺の臆病さは高校時代と全く変わっていない。

 優希と元の関係に戻るのは無理でも、和となら簡単に関係を修復できそうな気がするんだけど……

 

「そう言うわりに部長だって、私に話しかけてくれたりしませんでしたよね」

 

「うっ……痛いところをつくわね」

 

 咲に真っ直ぐに見つめられて、動揺してしまう。認めるしかない、私はもっと早くに咲と話すべきだった。

 

「ごめんなさい。正直に言えば……咲、あなたと話す勇気がなかったということに尽きるわね。」

 

「ええ、私も同じですから……それはわかります」

 

「というより、どうして今日話しかけようと思ったの?」

 

「タイトル戦も全部終わって特に勝たなきゃいけない試合もなくなりましたから。昔の親しい人に会って、優しくなんてされたら麻雀が崩れますし」

 

 執着していた実姉との対戦であれだけ無感情に虐殺することができるなら、その程度で崩れたりは絶対にしないと思うけどね。

 その言葉が喉まででかかったが、すんでのところで思いとどまった。

 咲も思い悩んでいるのだ。

 機械のように全てが完璧に見える麻雀だって、やっているのは人間だ。

 

「あ、部長」

 

「ん、どうしたの?」

 

「ネクタイ曲がってますよ」

 

 咲は少し背伸びをして、両手で思いやるように私のネクタイの形を直してくれる。

 顔と顔が近い。

 自分の頬が赤くなるのを感じて、さらに顔が上気してしまう。なぜ、咲にこんなにドキドキしてしまうのだろう。

 目を瞑ると、横からチームメイトの声が聞こえてきた。

 

「おーい、久! ローストビーフとってきたぞー」

 

 横を振り向くと私たちの様子を見て、目を丸くした爽が立っていた。失敗したという顔をしながら爽は、小さい声で言った。

 

「ご、ごゆっくり〜」

 

「待ちなさい!」

 

 立ち去ろうとする爽を、私は慌てて呼び止める。変な誤解をされても嫌だし、このまま咲と一緒にいたらペースを握られてしまう。

 

「いやーそのお二人の邪魔は出来ないというか……」

 

「爽さん、名将戦以来ですね。こんばんは」

 

 いつのまにか咲は私から離れていて、爽に話しかけている。私より爽のほうが関心があるみたいで少しイライラする。

 

「うん、久しぶりだね宮永さん」

 

「んー最近は、毎日爽さんのビデオを見てるから久しぶりって感じはしないんですけど」

 

「そ、そのプレッシャーのかけ方は斬新すぎるなあ……」

 

 爽はかなり動揺したように、頭を掻いた。純真な笑顔で、毎日あなたのことを研究してますと言われれば、相当な精神的な重圧だろう。

 やっぱりファンから、魔王とか言われているだけのことはあるわねえ……

 

「爽さんは、冬というよりオフシーズンは、北海道の方に戻るんですか?」

 

「んー戻るよ、地元の子たちとも久々に遊びたいしね」

 

「それなら、自主トレ一緒にやりませんか? 私が北海道まで行きます。少しやってみたいことがあるんですよね」

 

 咲は、嬉しそうに爽にそう提案した。

 爽の表情を見ると少し逡巡しているようだったが、常識的な返答を爽は返した。

 

「さすがにそれは無理かな」

 

「んー残念」

 

 咲はどうしようかと悩むように人差し指を唇に当てながら考えているようだった。

 

「でも私は無理でも、部長なら大丈夫ですよね?」

 

「私が咲と? 別に構わないけど、私なんかで練習相手になるかしら?」

 

「あ、いや……そうじゃなくてですね。部長なら爽さんとチームメイトだし、一緒に自主トレしても問題ないかなと」

 

「久となら同じチームだから問題ないけど……タイトル戦にも関係ないし。でもそれ宮永さんと何か関係あるかな?」

 

 そう答えた爽も、不思議そうな顔をしている。

 全く話が飲み込めない。咲は何が言いたいんだろう。

 私は、思わず爽と顔を見合わせた。

 また連絡すると言って、妙に嬉しそうな咲を不気味に思いながら、パーティーは散会となった。

 

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