2月。
園城寺怜は、宮崎の大地に立っていた。
雀春到来、エミネンシア神戸の春季キャンプを見学するためである。
プロのキャンプは概ね二週間程度行われる。家でずっと待っていようと思っていた怜だったが、ずっと1人で待っているとあまりにも暇だったので、竜華に会いにいくことにした。
「なー泉、ここからまだかかるん?」
「いえ、そんなにはかからないです」
宮崎空港駅から特急電車に乗り込み、2人は座席に座る。
今回のキャンプ見学には二条泉が同伴することとなった。怜が1人で飛行機に乗って、キャンプ地まで行くことなど、出来るわけがないので当然の措置といえる。
宮崎は温暖な気候で2月だというのに、日差しが強く感じられたので、怜はサングラスをかけている。あまり外にでないので、紫外線に当たると、すぐ肌が焼けて赤くなってしまうので日焼け止めは必須だ。
「あーでも宮崎駅からもバスで少しかかるのか……」
泉がスマートフォンで地図を見ながらそうつぶやいた。
「タクシーでええやん」
「まあ、たしかにそうですね」
旅行料金は全部怜がだしてくれるので、大学生の泉もなかなか強気だ。当たり前だが旅行料金を稼いでいるのは竜華である。
宮崎駅からタクシーに乗り込み、エミネンシア神戸のキャンプ場に到着すると、多くの人でごった返していた。
「めっちゃ、人おるわあ」
練習場になっているスタジアムまでの通りに屋台が立ち並び、多くの神戸ファンがユニフォームや選手のファンTシャツを着て、楽しい時間を過ごしている。横浜の帽子をかぶったファンの姿もちらほら見受けられた。
「横浜の人もおるん?」
「キャンプ地すごく近いですからね、15分もあれば見にいけますよ」
「そうなんか、末原さん頑張ってるかなあ」
プロ麻雀の最近のキャンプ地の主流は、宮崎よりもさらに気温の高い沖縄に移り変わってきている。今年宮崎を利用しているのは、神戸と横浜だけらしい。
「というか空、めちゃくちゃ青くて近いやん」
「宮崎は晴天率が高いらしいですよ」
宮崎の空に感動する怜に、あまり興味がなさそうに泉が答えた。
「練習、見に行きます?」
「いや、とりあえず屋台でお好み焼きとリンゴ飴買って食べるで」
怜がフラフラと屋台へ吸い寄せられていくのを見て、泉も諦めたように買い物に付き合うことになった。
怜は無事目的のお好み焼きとリンゴ飴をゲットし、スタジタム横のテーブル付きベンチでお好み焼きを頬張る。ついでにイカ焼きも買った。
「長旅やから疲れたわあ」
怜はベンチに座ると、どっと疲れが出てきたなあと思った。サングラスとカバンをテーブルの上に置いて、リラックスモードに入る。
「まだ、全く練習とか見てないんですけどね」
「まあ、ええやんええやん」
泉はそうボヤきつつも、きっちり自分の分のリンゴ飴とイカ焼きを購入し、頬張っている。
「疲れたしもう、宿泊予定のホテル行ってええかな?」
「ほんまになにしに来たんですか……」
「竜華の練習何時からなん?」
「14時からフリー東風とか公開されてるんでもしかしたら、いるかもしれないです」
「それもう30分もないやん」
「だから、ここで屋台のもの食べてる場合じゃないんですよ」
「でも、もう買ってしもたし……」
そんな話をしていると、20代後半とみられる、エミネンシア神戸のTシャツを着た女性に声をかけられた。
「あのお……もしかして、園城寺怜さんですか?」
サイン色紙とマジックを持っている。
周囲を見渡すと20人くらいが、こちらを遠巻きに見ているのがわかった。
あ、これはマズいなと怜は直感的に思った。
「え、えーとなにか御用で……」
怜がそこまで言いかけた時、泉が大声で叫んだ。
「急いでるんで! すみません! 急いでるんで!!!!」
泉は慌てて自分のイカ焼きと怜のサングラスとカバンを持ち、怜の手を引っ張って小走りで歩き出す。
その荷物、どうやって片手で持ってるんだろうと、怜は疑問に思いながらも必死で泉についていく。
しばらく歩いてスタジアム内に入り、やっと立ち止まることができた。
5分間も小走りで移動して、完全に息があがったので呼吸を整える。
「と、とりあえずこれかけてください」
怜は泉にサングラスをかけてもらった。
その際泉の手が、イカ焼き臭かったが我慢する。
「めっちゃ疲れたわあ、冷たいもの飲んで休憩したいで!」
そう言って怜は、会場内の椅子に腰掛ける。
トラブルはあったものの、休憩から休憩に繋げていくスタイル、これが園城寺怜の真骨頂である。
泉は仕方がないのでジャスミンティーとミネラルウォーターを買ってきて、怜にジャスミンティーを手渡す。
「おーこれ好きなのよう覚えてるやん」
「負けてよくパシらされてましたからね、流石に覚えましたよ」
泉はそう言ってから、イカ焼きを大きな口を開けて飲み込むように食べる。
「そう、このウチの無神経な一言が二条泉さんの千里山での悲しい悲しい過去の心の傷を、えぐってしまったのです」
怜は、急に真剣な顔をつくってナレーションをしはじめる。
「いじめられてたみたいに、言わないでください!」
「なんか、泉の設定盛っといたほうがええかなって思ったんや」
「なんか高校時代と全然変わりませんね、そろそろ中入ります?」
「まあ、ウチ若いからなー、そろそろ入ろか」
ジャスミンティーで喉も適度に潤ったところで怜は客席に向けて足を進める。
客席は前の方に人だかりこそ出来ているものの、ガラガラだった。会場には雀卓がいくつか並んでおり、プロの選手たちがフリーで東風戦をしていた。
怜が空いてそうな席に着席しようとすると、遠目に足を組みながら卓についている竜華の姿が見えた。
「お、あそこにおるな」
「え? どこです? あ、ほんとだ!」
竜華の卓の近くの席に移動すると、竜華もこちらに気づいたようで軽く手を振ってくれた。それにつられたのか、同卓している銘刈さんまでなぜかこちらに手を振ってくれている。
それからまた何事もなかったかのように、片足を上げて竜華は麻雀に集中しはじめた。
客席から遠く離れたところにカメラを持った報道陣がずっと待機している。
「これがプロ麻雀か」
泉がそうボソッとつぶやいた。
泉ももう大学4年になり、プロ入りを考えるのなら勝負の年となる。
「泉も目指すんか?」
「ええ、まあ」
「頑張ってや〜」
そう、後輩を激励すると、怜はあることを思い出した。
「結局お好み焼き、食べ損ねたわ」