「とき、今日はなに食べたい? 今日は一日中、家におるから好きなもの作れるよ!」
「んーそう言われると迷うなあ……」
竜華におてての爪を切ってもらいながら、怜は夕食のメニューを考え始めた。竜華が決めてええでという回答が、一番竜華を困らせることは知っているので、なんとかメニューを考えなくてはいけない。
怜は自宅のソファーの背もたれに体を預けながら、思案に暮れる。
「とりあえず……和食の気分やなあ」
「うんうん、和食なー。主菜は何がええかな?」
「赤だしのしょっぱいお味噌汁とご飯食べたいわあ……」
「そ、それメインちゃうやん……赤だしなー、塩分はとりすぎたらあかんし、濃く感じるように作っとくからそれで我慢してや」
「わかったで!」
しょっぱいお味噌汁と白いご飯のコンビネーションは最高だ。
お味噌汁の具は少なめが良い。あんまりたくさん具材が入ってると、食べるのが疲れるし、3種類以上入っていると味が濁って田舎っぽい。
細かい食べ物の好みは伝えなくても、竜華はおいしいごはんを作ってくれるので、竜華とは嗜好が合うんやろなと怜は思っていた。
「あとはシャケと温泉卵と……筑前煮でも作ろうかな、あとは常備菜で良いかな?」
「常備菜って?」
「きんぴらと小松菜」
「あーよく出てくるやつかー、頼むで」
無事、夕食のメニューも決まったので一仕事終えたと怜は少し充実感を抱いた。
竜華は光沢が出るよう、爪に優しくやすりをかけてから、ホホバオイルを使ったお手製のハンドクリームで、怜のおててをマッサージしていく。
「よし、こんなもんかな。 冬は乾燥するし、ささくれとかできんようにせんと」
「ありがとなー竜華」
おててもピカピカになり、気分も良くなった怜は、ソファーの上で2回寝返りをうった。座面が広いとやっぱり落ち着く。
「じゃあ、うちご飯作るから、そこで大人しくしててな」
「はーい」
元気よくお返事してから、怜は竜華がキッチンにはいっていくのを見送った。
最近は竜華がいつも家にいるので、竜華の遠征中リビングに常に散乱しているパジャマもなく、ローテーブルの上にはポインセチアが綺麗なガラスの花瓶に活けられている。
怜の結婚生活は、栄養状態、住環境ともにシーズン中に比べて、大幅な改善がおこなわれていた。
「やっぱり出前より、おうちごはんに限るわあ……ん、着信あるなーだれからやろ」
怜はスマートフォンを手に取ると、メールボックスに着信があると知らせる通知が出ていた。
差出人:宮永 咲
宛先 :園城寺 怜
園城寺さん、お元気ですか?
宮永ですm(_ _)m
突然ですが、爽さんと末原さんと上埜さんで一緒に自主トレをします。もし良ければ、園城寺さんも参加しませんか?
爽さんは、能力を封じ込める異能をお持ちのようなので、体に負担はかからないかと思います。 爽さんには了承いただいてますので、私まで返事をいただければ幸いです。
寒いので体調に気をつけて。
宮永咲
宮永さん達からの、麻雀のお誘いらしい。
そういえば以前、横浜に旅行した時に末原さんと一緒に麻雀しようとか、言っていたことを怜は思い出した。
「んーせやなぁ……上埜プロって全然会ったことないけど、宮永さんに女にされてた人やな」
この前のネクタイ事件のせいで、上埜プロの麻雀のことなど、記憶の彼方に飛んで行ってしまった。しかし、新人王をとっているからすごい雀士なのだろう。末原さんはどうでもいいにしても、宮永さんに圧勝した獅子原さんも参加している。
もしかしたら、未来視の能力を抑えるきっかけになるかもしれない。
———麻雀、一緒に打ちたいなあ
宮永さんや獅子原さんと打つのなら、恥ずかしい闘牌はできない。
相手はトッププロ、ブランクのある自分が負けるのは必然。しかし、自分が納得できるような麻雀をして、最後まで楽しみたい。
高鳴る胸を抑えながら、怜はキッチンのほうへ目をやった。
竜華には悪いが、相談すると反対されるに決まっているので、内緒にしておいて、竜華が仕事の日に、獅子原さんに会いに行こうと怜は決めた。
体調も良くなったし、未来視の力との折り合いさえつけられるようになれば、麻雀を再開できる。体調の問題さえなくなれば、竜華も喜んでくれるはずだ。
差出人:園城寺 怜
宛先 :宮永 咲
宮永さん、お久しぶりです。
麻雀の件、参加したいから日程と場所さえ教えてくれれば出向くわ。
秋季の自主トレなら、長めにとってるんやろ?
宮永さん、獅子原さんと打てるの、楽しみにしてる。
怜はそう返事を返し、スマートフォンに暗証番号を設定して、画面ロックをかけた。竜華に見られると面倒だし、なんとなく後ろめたいことをしている気持ちに怜はなった。
宮永さんは忙しいから、なかなか返事が返ってこないやろなと怜は思い、テレビをつけて気長に待つことにした。
しかし、すぐに返事は返ってきた。
差出人:宮永 咲
宛先 :園城寺 怜
ありがとうございます。
でも、私は参加しないんですよね。せっかくの機会なんですが、爽さんに参加を断られてしまったので、、、
プロ雀士同士は手の内は見せたくないので、仕方ないといえば、仕方ないのですが。
そんな環境で、爽さんがスパーリング相手を欲しがってる面もあると思います。
場所は、爽さんの能力が効きやすくするために、北海道有珠山付近です。
遠くて大変ですし、末原さんを迎えに行かせましょうか?
「ん…………そら、残念やなあ」
宮永さんの今シーズン唯一の負けが、名将戦での獅子原爽との対決だった。
それを考えると獅子原さんも、宮永さんと一緒に練習するのを避けるのは、致し方ないといえる。机上の論理なら知られても大した影響はないが、牌の流れを体感される機会はできる限り減らしたいと考えているはずだ。
特に獅子原さんは、多様な能力を使役する打ち手なので、謎に包まれている能力も多い。
宮永さんは、北海道まで末原さんつけてくれると言ってくれていたが、末原さんがタイミング悪く、自宅に訪れて竜華と鉢合わせして、修羅場になる未来が、能力を使わずとも容易に想像できた。
末原さんはいらない旨、丁寧に宮永さんに伝えておくことにした。
「というか、末原さんと宮永さんってどんな関係なんやろなコレ……」
少し気を抜くと、末原さんが宮永さんよりも年上であることを忘れそうになる。
——まあ、宮永さんのほうが麻雀強いからしゃーないか
キッチンから、筑前煮とお味噌汁のいい匂いが流れてきた。
麻雀のことから頭を切り替えて、怜は今日の夕食がいつ出来るのかを考えることにした。
「んー筑前煮って時間かかるんやろか?」
煮物っていうくらいだから、時間がかかるのだろうと怜は推測した。しかし、その予想は大きく外れることとなった。
「今、配膳するから待っててなー」
そう言いながら、エプロン姿の竜華がオレンジ色の炊飯ホーロー鍋をダイニングテーブルに持ってきた。
「え? もうできたん?」
ソファーの背もたれから、顔だけを出して、怜は竜華に問いかけた。まだ、1時間もたっていない。
「うん、筑前煮はもう少し冷めた方が美味しいかもしれへんけど……もうお腹空いてるやろ?」
「お腹ペコペコやで」
怜がそう答えると、竜華は嬉しそうに筑前煮、焼き鮭、お味噌汁の順で配膳してから、お茶碗にご飯をよそってくれた。炊き立てのお米が、ツヤツヤと輝いている。
ご飯に合いそうな、イカの塩辛といくらの醤油漬けまで用意されていた。
引き寄せられるように怜は、ダイニングテーブルに移動した。
「めっちゃ、おいしそうやん!」
「ふふっ、たーんと召し上がれ」
短時間で完成したご馳走。
キッチンの魔術師、清水谷竜華に不可能はないのだと怜は思った。