末原さんの運転する、ロムニーⅡランドクルーズ号の視界は真っ白に染まった。
猛吹雪による白一色、俗にいうホワイトアウトである。
「す、末原さん! まずいですよ! どっか止めましょうよ!」
「うるさいわ! そんなこと、泉に言われんでもわかっとるわ! でも、吹雪ヤバすぎて何も見つけられへんねん!?」
助手席に座っている泉と末原さんが見苦しい言い争いをしているなか、怜はのんびり後部座席でカフェラテを飲んでいた。
窓から見える景色が真っ白だったので、北海道すごいなあと怜は思った。
竜華が東京でお仕事がある日に合わせて、おうちを抜け出して、北海道の札幌空港で末原さんと合流した。
飛行機は怖かったが、ここまでは泉を付き合わせて順調な旅路だった。
しかし、突然の猛吹雪で予定が狂ってしまった。
夕方には、有珠山のホテルに入れる予定だったが、すでに日も落ちそうになっているのに、北海道の前が見えない田舎道をえっちらおっちら走行している有様である。
「なー泉、まだつかへんの?」
「つくとか、つかないとか! そう言う状況じゃないことくらいわかってください!!!」
泉にそう怒鳴られて少しムッと怜はしたが、車を運転できるのは泉と末原さんの2人だけなので、言い返すのはやめておくことにした。
「そんなにカリカリすんなや、泉。ほら、サラミ食べるか?」
「いりません!」
怜は泉が落ち着けるよう、ビニール袋から色々おやつを取り出したがいらないと言われ断られてしまった。
仕方がないので、怜は果物グミオレンジ味を取り出して、一人でモグモグすることにした。
「な、なんか……走っててどこが道で、どこからが空なのかわからへんくなってきたわ……車止めてええかな」
「そ、そうですね……吹雪が収まるまで道路脇に止めましょうか」
ハンドルを持つ手がカタカタし始めた末原さんが道路脇に駐車しようとしたのを見て、怜は思った。
「うちら、猛吹雪のなかも普通に運転してたけど、止まってる車両とかおらへんかったよな?」
「いや、それは吹雪で前が見えなかっただけで……普通にいたと思いますよ? ん、吹雪で前が見えない…………」
泉は顔を青くして、運転席の末原さんの方を見た。追突の可能性が高いことを察した末原さんは駐車するのをやめて、またヨロヨロと走行を始めた。
「あかん……メゲる、死にたくない」
末原さんが弱気なことを言い始めたのが良くなかったのか、ランドクルーズ号の左後方から、金属が弾ける音がした。
突如鳴り響いた軽四駆の悲鳴に、車内の空気が氷点下になった。
「や、やばない?」
流石の怜もこの状況で車が壊れることの、危険性は理解できたので、動揺した声を漏らした。
「で、でも走行はできてますね……末原さん。これ、大丈夫なんでしょうか?」
「だ、大丈夫や! 大丈夫、大丈夫!」
2人を安心させるために、末原さんは根拠のない大丈夫を連呼したが、車内の空気は凍てついたままだ。
しばらく、走行ところで末原さんは、気がついた。
「チェーンが切れただけや、四輪ともスタッドレスだから安心せーや。たぶん。」
異音の原因が特定できたところで、車内の空気が和む。最後のたぶんは余計だったが、さすが末原恭子、観察力には定評がある。
「ん……発炎筒? 一応徐行しとこってうわあっ!!!!!!!!!」
目の前に突然停車したトラックが現れ、末原さんは急ブレーキを踏んだ。
車体がスリップして回り始める寸前で、ランドクルーズ号は停止した。
スピードをあらかじめ落としておいたのが、よかったらしい。
次から次へと発生するトラブルに頭を悩ませた雪の旅路は、ついに道路で立ち往生という悲惨な結末を迎えた。
「な、なんとか生きてますね……いきなりトラック出てきたときは死ぬかと思いました。末原さん、ありがとうございます」
「せやろ……って後方車は!? おるな……追突されへんでほんまよかったわ」
泉が車両の後方にLED発炎筒を大遠投してから、後部座席の方に戻ってきた。
「これ、なんで止まってるんでしょうね?」
「わからん、前全く見えへんけど事故でも起きてるんやろ」
もう車を動かすのは諦めて、末原さんはランドクルーズ号の車内を、フルフラットにし始める。
その作業を怜も手伝おうと思ったが、作業手順が難しすぎるので諦めた。末原さんが作ってくれるのを、おとなしく見ていることにした。
なんとか、安全に停車したことで車内に安堵感が流れ始める。日も落ちてきたのでLEDランタンを何個もつけて、一晩を過ごすことに決めた。
ロードサービスやメンバーへの連絡は、全て末原さんに任せることにした。
フルフラットになった車内で、怜がのんびりゴロゴロしていると、末原さんのスマートフォンから、不穏な単語が聞こえてきた。
恭子。スタック。マフラー。一酸化炭素。
電話相手の獅子原さんが、なにを話しているのかはよく聞き取れなかったが、末原さんの表情が、みるみる青くなっていったので、良くない話なのは間違いなさそうだ。
慌てて末原さんは、車の窓を開けてから、スコップを持って車の外に出て行った。
「末原さん、急にどうしたんや?」
「さ、さあ?」
泉と二人、不思議そうな顔を見合わせる。
しばらくすると、息を切らしながら、なんとかホワイトアウトした世界から末原さんは帰還して、ランドクルーズ号のエンジンを切った。
「わ、エンジン切ったら寒いやろ! 死んでまうやん」
「アホ! マフラー埋まったら一酸化炭素炭素中毒でほんまに死ぬわ! 寒いくらい我慢しろや!」
末原さんは、紫の髪が真っ白になっておばあちゃんみたいに震えている。
珍しく言っていることが正論だったので、怜は末原さんの頭をバスタオルで拭いてあげてから、カイロを渡してあげた。
「あー生き返る……寒い……」
エンジンを落とすと車内の気温が耐えられないほど下がると怜は予測した。しかし、ダウンを着込んで過ごすと、そこまで寒くは感じない。車の密閉性ってすごいんやなと、怜は思った。
「そういえば、園城寺先輩。よく今回の旅行を清水谷先輩が、オッケーしてくれましたね?」
「ん? してへんけど」
泉の質問に怜がそう答えると、泉の目が丸くなった。
「え? 清水谷先輩のオッケーでたし、付き添い頼むでって前に、言ってたじゃないですか!?」
「あーすまんな。あれ全部嘘やから。ほんまは黙って家から出てきたで! 家のテーブルに置き手紙残したから平気やろ」
そう答えると泉は顔面蒼白になって、ガタガタと震えだした。
よほど寒いのだろうか?
「そ、その置き手紙には、なんて書いたんですか?」
「ちょっと洋榎の家に行ってくるって、書いといたわ」
「なにからなにまで、全部嘘じゃないですか!?」
泉は震える手でスマートフォンを取り出して竜華に連絡をとろうとしたので、怜は落ち着いた声でそれをやめさせる。
「竜華に連絡したら、全部泉に唆されて騙された言うからな」
「や、やめてくださいよ」
「泉もうちがまた麻雀するの見たいんちゃうん? 見たいやん? 一緒に打ちたいやろ?」
「は、はい……打ちたいです。携帯の電源は切っときます」
怜の説得が功を奏したのか、泉は竜華に連絡するのを諦めた。連絡だけじゃなく、色々と諦めた表情をしたように見えたのは、怜の気のせいだろう。
従順になった泉の様子を見て、末原さんは普通にドン引きしていた。
「ひまひまやし……麻雀したいで!」
怜が麻雀カードを取り出してそう提案すると、泉からキチガイを見る目を向けられた。
「麻雀したいで!」
大事なことなので、泉のことは気にせず何度も言い続ける。
「やろうや。暗くて点棒のやりとりとかするの面倒やけど」
「そこはほら、3人やし東天紅でええやん」
泉はともかく、末原さんは麻雀をすることに意欲的だったので、3人でカード麻雀をすることになった。泉の意思は、関係ないのである。
東天紅は、関東で流行っている3人麻雀だ。一局精算なので途中で抜けやすく、和了の価値が高く派手で面白いため、雀荘向きの麻雀だ。
関西ではあまり流行っていないが、千里山や姫松では遊び感覚で、やっている部員が多かった。基本全ツするので、運ゲーすぎて本気でやる者は少ない。
アマチュアでの人気を受けて、非公式ながらプロ間でのトーナメントが、一昨年から行われている。
初代東天紅王者は宮永咲六冠であり、驚異的な強さを見せて優勝した。
普段トッププロの間では、見劣りする宮永さんの火力がカンを絡めた和了により、大幅に改善される。
東天紅は宮永咲のために存在したと、小鍛治健夜に言わしめた、対策不能の完全無欠の絶対王者。
その存在は、東天紅が実力ゲーであることを世に周知させる結果となった。なお、プロで正式に採用されることは、サンマの地位が低すぎて絶対に無い模様。
開始一局目から、怜はメンホンリーチ一発バンバンで先制することに成功した。しかし、その後は末原さんの超高速和了に翻弄されてなかなか得点を挙げられずにいた。
放銃を避けることにあまり価値が置かれないゲームなので、未来視の能力は四人麻雀に比べて相対的に価値が低い。
速度を競う絵あわせ麻雀では、あへあへ断么九マンの末原さんが有利だ。
「なかなかやるやんけ! 負けへんわ!」
怜がそう言うと、末原さんは嬉しそうに微笑んだ。やっぱり、麻雀はどんなルールでも楽しいなと怜は思った。
快調に和了を積み重ねる末原さんと、いずみどりの焼き鳥に、負けないように真剣に麻雀をする。東天紅も10局目を超えて、怜のテンションが、ヒートアップしてきたところで突如異変が襲った。
末原さんがずっとモジモジしたまま、カードをめくらないのである。
「ん、末原さんどうしたん? はやくツモってや」
「な、なんでもあらへん……」
下を向きながら、プルプルと震える末原さんの様子は明らかにおかしい。
「大丈夫ですか? 末原さん」
泉も心配そうに末原さんに尋ねる。
「あかん……お手洗いいきたい……麻雀するの無理や」
2人から心配されて、かなり恥ずかしそうに末原さんは、そう白状した。
「勝ち逃げは許さへんで! はやくツモれや!」
「い、いや……ほんまに無理、ほんまに無理やから」
怜は末原さんに収支で負けるのが嫌なので、何度も続けるよう促したが、どうやら本当に耐えられないらしい。
末原さんに敗北するという屈辱に、怜は頭の中が真っ白になった。しかし、すぐに気を取り直して、プルプル震える末原さんの肩を揺さぶって遊ぶことにした。
マジギレされたが、反応が非常に弱々しかったので怜は大体の状況を察した。
女の子座りで下腹部を押さえながら、遠くを見つめている末原さんの姿が印象的だった。
その後、紆余曲折あったものの深夜には、降雪も収まり、除雪車が到着した。
白い噴煙を吹き上げながら、雪道を切り開いていく金色の車体は、まるでゼウスのように見えた。
神はここにいる。怜はそう思った。
車内で行われた東天紅は、末原さんの勝利に終わった。
この敗北を糧に獅子原さんと上埜プロとの対戦は頑張ろうと、怜は決意を新たにした。
そして、末原恭子さんの麻雀人生で、最もくちゅじょく的な日となった。