専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記   作:すごいぞ!すえはら

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第72話 園城寺怜と北の大地の支配者

 園城寺怜が、目的地である洞爺湖ムーンナイトホテルに、到着したのは朝方になってからだった。

 

 車が動き始めてからコンビニで休憩をとったり、末原さんの精神的外傷を慰めていたりしたら、大幅に遅れてしまった。

 

「朝ごはん、食べるで! そしたら、麻雀しよう!」

 

「よ、ようそんな元気あるな……私は、シャワー浴びて部屋で寝るから……」

 

「わ、私もそうさせて貰います……」

 

 高らかに宣言した怜だったが、末原さんと泉の反応は素っ気なかった。せっかく北海道まで来たのに、意欲的やないなあと怜は思った。

 仕方がないので、部屋に戻ろうとする泉の首根っこを掴んで、無理矢理ホテルのバイキングに連れ出して朝食を済ませた。

 麻雀は4人いないと打てないので、これは仕方のない采配である。怜としては、本当は泉より末原さんの方が良かったのだが、まともに麻雀が打てる精神状態ではなさそうなので、少し休んでもらうことにした。

 今の状態で麻雀をしてもつまらないので、回復してから、東天紅の借りを返しヨンマでメゲさせてやろうと怜は画策していた。

 

 温泉卵と冷奴をたらふく食べて、旅の疲れを癒したところで、怜は獅子原さんと上埜さんの部屋に向かった。ホテルの部屋の前にインターホンがついているので、とりあえず3回ほど連打しておいた。

 

「あら? わりと早かったわね」

 

 部屋から紺のネグリジェ姿の上埜プロが顔を出した。手を入れる前の乱れた髪とラフな服装が艶かしい。

 

——というより、この格好で相部屋してるのまずいやろ……

 

 横にいる泉の顔を見ると、頬が少し赤くなっていた。

 

「泉が頑張って運転してきたで!」

 

「そうなの? ありがとう」

 

 上埜さんが泉の顔を覗き込んでお礼を言うと、わかりやすく上気した。おててをモジモジさせて、上埜さんの顔をチラチラ見るのをやめてほしい。

 泉、おまえこういうのがタイプやったんやな……藤白先輩に、性癖を歪められすぎやろ。

 

 藤白先輩や竜華をはじめとして、泉の周りに怖い先輩しかいないことに、怜は気がついた。藤白先輩と違い、竜華は泉のことを良く思っているのだが、態度が厳しすぎる。中牟田さんとはギクシャクしているし、ふなQもわりと性格が悪いところがある。そのため、泉が頼れる優しい先輩は、自分とセーラしかいないのだろう。怜は、少しだけ泉に同情した。

 

 しかし、泉の人間関係など、割とどうでも良いので、怜は本題に入る。

 

「上埜さん、早速やけど麻雀したいで!」

 

「まだ、爽がルームサービスの朝食、食べてるのよねえ……あ、同学年だし久でいいわよ」

 

 いきなり名前呼びを求めてくるあたり、やっぱりすごい人だなと怜は思った。

 

「ま、入って入って」

 

 久に促されて、部屋に入ると黒にライトブルーのラインが入ったジャージを着た獅子原さんが、目玉焼きをモグモグしていた。パンを右手に、牛乳の入ったグラスを左手に持っている。

 

「それ、どうやって目玉焼き食べたん?」

 

「さあ?」

 

 質問してみたものの、口が塞がっているため獅子原さんから回答は返ってこなかった。

 久は、髪をヘアブラシでとかしながら獅子原さんのことを流し見していた。

 獅子原さんがパンを牛乳で流し込み一息ついてから、口を開いた。

 

「久しぶりだね、園城寺さん。いいよ、打とうよ。ずっと待ってたんだし」

 

「さすが獅子原さん! 話が早くて助かるわあ!」

 

 獅子原さんは、服装こそラフだが、久と違って薄くお化粧をしているし髪もちゃんとしているので、怜は少し安心した。

 獅子原さんは、口元を拭ってから怜に近づいて肩や腕などをペタペタと触った。

 

「ん、どうしたん?」

 

「いや、ほんとに生きてるかなと思って」

 

「勝手に殺すなや!?」

 

 高校時代のライバルにまで、亡霊扱いをされる園城寺怜。直接対決がなかったとはいえあんまりである。

 

「あはは、ごめんごめん。あれだけ強かったのに表舞台から、姿を消しちゃったから噂通り亡くなっているものかと……」

 

「元気に生を全うしとるわ!?」

 

「死者の霊は、必ずそういうものだからさあ……やっぱり触って確かめないと」

 

 獅子原さんは、やはり霊的ななにかが見える能力者らしい。

 そんなオカルトありえへんやろと、怜は思うものの、卓上に存在しているので事実として受け入れざるをえない。

 

 歯磨きをしてから、のんびりリップクリームを塗っている獅子原さんを急かしながら、怜はホテルの麻雀室に向かった。

 

 麻雀室は半防音の個室になっていて、落ち着いたシックの内装の部屋に、機械的な自動卓がポンと置かれていて、麻雀卓だけが世界から浮いているみたいだった。

 少し狭いけど、プロ麻雀のタイトル戦でも使えそうな部屋やなと怜は思った。

 

「じゃ、始めようか。園城寺さん、良い試合をしようね」

 

「望むところや」

 

 獅子原さんの自信に満ち溢れた表情を見て、怜は好戦的に口角を上げた。獅子原さんのプレッシャーを肌で感じて、武者震いが止まらない。

 

東 獅子原 爽 25000

南 上埜  久 25000

西 園城寺 怜 25000

北 二条  泉 25000

 

 サイコロが周り、牌と牌が擦れる音が鳴り始めた。感覚が研ぎ澄まされ、湖の水面の波紋のように、猛る心が落ち着いていく。

 ゾクゾクするような悪寒が心地よい。

 配牌を軽く理牌して2巡先まで見えることを確認してから、怜は南を切った。  

 4向聴のなんでもない配牌に、怜の心は踊った。

 未来視は使えるし、山の牌もはっきりと見えている。獅子原さんは、妨害能力を使っていない可能性が高い。

 獅子原さんの高打点は知っている。中張牌のツモが良いので、強引に鳴いて道を切り開くことを怜は決めた。

 

ツモ 500、1000やな

 

 2副露して強引に断么九を和了しにいって、獅子原さんの親を流した。まずまずの立ち上がりに怜は満足する。

 

リーチ

 

 東2局では、久の先制リーチが入る。一発コースだったので、悪待ちの能力が発動したのだろう。しかし、爽の牌を鳴けるので大きな問題はない。鳴いてずらせば、久に和了は見えてこない。

 多面張に比べて悪待ちは酷く脆い。ズラすことが容易で、簡単に支配の網のなかに引き入れることができる。

 能力相性で優位を確保できている相手に、負ける気はしない。

 

ツモ 400、700

 

 安手ばっかりやなと怜は内心毒づいた。鳴かずに立直をかけて高い手を上がりたいのに、なかなか状況が許してくれない。

 親番で高い手を和了しようと意気込んだが、獅子原さんが軽々と索子の染め手で跳満を和了していった。

 

東4局

獅子原 爽 35600

園城寺 怜 23500

二条 泉  21100

上埜 久  19800

 

リーチや!!!

 

 配牌に恵まれて、自然な流れで先制リーチをかけることができた。我慢した甲斐があった。点棒も綺麗に立って、満貫の一発ツモを決めて流れを引き寄せる。

 

南1局

獅子原 爽 33600

園城寺 怜 31500

上埜 久  17800

二条 泉  17100

 

 トップはまだ獅子原さんだが、点差は約2000点と射程圏内に入った。

 南入して獅子原さんから、とてつもないプレッシャーを感じた。

 

 河が赤く染まる。

 

 獅子原爽が本気を見せてきた。

 怜の背筋をゾクゾクとしたものが、駆け回る。

 能力遮断こそ使われていないものの、数多のプロを血祭りにした霊能に胸の高鳴りが抑えられない。

 園城寺怜の麻雀に振り込みはない。

 萬子を掴んでも切れる。その能力を逆用してやろうと怜は考えていた。

 

 虎視眈々と牙を研いでいると2巡先にとんでもない未来が視えてしまった。

 

 二条泉さん、親倍満振り込みである。

 

——しかも、これズラせへんやん……さ、流石に萬子で振り込みはないやろ泉。

 

 ほとんど反則だが、怜はチラチラと目で合図を送ってみたが、全く気づかない。

 

ロン! 24000!

 

「えっ!? あ……はい」

 

第1半荘 終了

獅子原 爽 57600

園城寺 怜 31500

上埜 久  17800

二条 泉  −6900

 

 獅子原さんのプレッシャーは凄まじいものがあった。泉が振り込むのも仕方がない。

 獅子原さんの手牌が染まるだけでなく、不要牌が萬子になるというのは、なかなか厄介な能力だ。聴牌が遅くなり手が止まるばかりか、心に迷いと怯えがよぎる。

 自分は未来が視えるから、踏み込めるのだと怜は理解していた。

 

「負けやな、次いこや。獅子原さんと打つの楽しいわ」

 

「奇遇だね。私もそうだよ」

 

 やっぱり麻雀は楽しい。

 

 次は負けない、意気込みを新たに獅子原さんに怜は挑んだ。

 しかし、勝負の結果は無情である。

 

第2半荘 終了

獅子原 爽 52600

園城寺 怜 31500

上埜 久  16700

二条 泉  −1800

 

「なあ、泉」

 

 今にも泣きそうな表情で、振り込んだ牌を見つめる泉に怜は声をかけた。

 

「今から、部屋戻って末原さん呼んできてくれへん?」

 

 ビクッと泉の肩が跳ね上がった。

 返事は帰ってこない。

 泉の両目から涙が零れ落ちるのを見て、怜は少しげんなりした。負けて泣くのは良いが、末原さんを呼んできてからにしてほしい。

 

「まだ、末原さん寝てるかもしれへんけど……サンマは味気ないし、叩き起こしてきてかまへんから!」

 

「あ、怒られたら園城寺先輩にやれって言われたって言ってええからな! 頼んだで!」

 

「は、はい……」

 

 そう返事をしてから泉は、走って末原さんのことを呼びに行ってくれた。一安心して怜は、頼んでいたホットココアに口をつけた。

 麻雀に熱中していたからか、ずいぶんと冷めてしまっている。しかし、ぬるい温度のために余計に甘さを感じられて、麻雀で疲れた脳に染み渡るようだった。

 

「園城寺さん……少し厳し過ぎないかしら?」

 

「ん? なにがや?」

 

 怜は、ココアの入ったマグカップから口を離して久のほうを向いた。

 

「いえ、なんでもないわ……それにしても、初見で爽のアッコロを凌げるのはすごいわね」

 

「初見言うてもテレビで見とったしなー。結果負けとるし、凌げてないんよな。やっぱり萬子の捌き方が結構難しいし……」

 

 怜は、結局捌ききれなかった手牌の八萬を手に取った。

 体調が悪くなるような気配はない。

 まだまだ、今日は麻雀を楽しめそうだ。

 

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