専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記   作:すごいぞ!すえはら

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第73話 園城寺怜と洞爺湖の守り神

 

 麻雀卓についたまま、怜は2皿目のプリンアラモードを口に運んだ。

 ここのホテルのプリンアラモードは、プリンの周囲を生クリームとアイスクリームで囲み、イチゴとメロンが乗った定番の逸品だった。クリームの上に、缶詰のチェリーが添えられているのも、レトロな華やかさがあって、怜は気に入った。

 

「よ、よう食うな……見てるだけで気持ち悪くなってきそうや」

 

「麻雀したしなー、おいしいで! 末原さんも食べるか?」

 

「いらんわ!」

 

 銀色のスプーンの上に生クリームとメロンを乗せて末原さんの口元に、運んであげたが断られてしまった。

 

——こんなにおいしいのに……

 

 怜はプリンアラモードを食べ終えると、ホットコーヒーを一気飲みして一息ついた。

 末原さんを泉の代わりに卓に入れて5半荘ほど回したが、トップをとれたのはわずか一回。泉とやった2半荘も含めると、獅子原さんの6勝1敗という結果に、怜はブランクの壁を感じていた。

 口の中がコーヒーで苦くなってしまったので、怜はサイドテーブルに置かれていたガムシロップを、2つ手に取ってそのまま飲み干した。

 

「園城寺さん、体調は大丈夫?」

 

 獅子原さんが、怜のことを気遣うように問いかけた。

 

「んーまあまあやな。悪くもあらへんけど、少し体が重い感じもするわ……あとちょっと気持ち悪い」

 

「それは食べ過ぎのせいじゃないかしらねぇ……」

 

 怜が平らげたプリンアラモードのお皿を、久はチラッと見ながらそう言った。

 しかし、麻雀後には糖分補給は必須であるし、怜はプリンが食べたかったので、これは仕方のない事象といえる。

 

「どう? まだやれそう?」

 

 心配そうに獅子原さんは問いかけてきたが、その瞳には期待感が灯っているように怜には感じられた。

 怜としても面白い麻雀が出来るのに、辞める理由はない。それに負けっぱなしは性に合わない。

 

「余裕やで。あっ、そうそう獅子原さんの能力を遮断するヤツ使ってみてや。未来視できなくなったら、体が楽になるかもしれへん」

 

東 園城寺 怜 25000

南 末原 恭子 25000

西 獅子原 爽 25000

北 上埜 久  25000

 

 怜は雑にサイコロを回して、上がってきた配牌を一瞥してから、獅子原さんのほうをチラッと見た。

 

「しょうがないなあ……まあ、無理はしないでね」

 

 北海道の冬の夜道の空気のように、澄み切った張り詰めた空気が卓を覆った。

 これが、獅子原爽の能力を妨害する異能なのだろうと怜は確信した。山の牌が霧がかかったように視えない。

 2巡先の未来は視えているので、妨害能力は卓上の支配に限定されているのだろう。

 

ツモ! 2000、4000

 

 獅子原さんの気持ちの良い発声が響く。

 綺麗な形の多面張を和了された。こういった早い巡目の良形での聴牌は、止めることは難しい。親かぶりは痛いが、ここは仕方がない。

 未来視の力そのものは使えている。この妨害能力とは、相性がそこまで悪いわけではない。

 

 しかし、次局で久のリーチが入って怜は気がついた。ズラし方が上手く浮かんでこないのだ。牌山が視えないことを、軽く考えていたと怜は少し反省した。

 今まで3次元的に読み取ってきた卓の情報が、平面でしか把握できない。

 2巡先で久が和了する姿が視えて、慌てて鳴いてずらしたが、4巡先であっさりと跳満を和了された。

 

——体が楽になったのはええけど、これ全然自分のペースに引き込んでいけへんなあ……

 

 俯瞰的な視点を奪われると、未来を操作できるのは2巡先までとなってしまう。3巡目以降の未来は、水平線の向こう側のように考慮できない。

 

 獅子原爽の妨害能力は園城寺怜の麻雀に、致命的なシステム障害を発生させた。

 

 獅子原さんの能力の本当の強さを知って、怜は考え込んでしまった。しかし、この東3局の獅子原さんの親は絶対に流さなくてはならない。

 

 河は赤く染まっている。

 

 配牌は悪い。下家の末原さんの気配は良いだろうか? あまりよくはわからないが、末原さんを二副露させることに成功した。

 2巡先で末原さんが獅子原さんの親っ跳に振り込みそうになったので、両面チーのクソ鳴きをかましズラす。

 頼むから、獅子原さんより早く和了してくれと怜が祈っていると、やっと末原さんが張ってくれた。

 

——やっぱり末原さんは、出来る女やったんや! 恭子! おまえ最高や!

 

 早速、手牌から四索を切って末原さんに振り込んだ。

 

ロン 3900

 

 末原さんの発声に怜は驚いたような反応をして、末原さんの河と手牌を目で軽く2度ほど確認してから、牌を麻雀卓の中に放り込んだ。

 

 その後、獅子原さんが萬子の染め手で跳満を和了しトップにたった。回避できない未来もある。

 

南1局 

獅子原 爽 42000

上埜 久  29000

末原 恭子 17900

園城寺 怜 11100

 

 最下位からこの親で、なんとか脱出を図りたい。

 一向聴の好配牌に、怜は流れがこちらに来ているのを感じた。

 リーチをかければ満貫で12000点になりそうだが、待ちがあまり良くない。頭の字牌で待って出るだろうかと、怜が頭を悩ませていると八萬を持ってきた。

 八萬はまだ切ることができるが、巡目が進めばわからない。普通に考えれば今切っておいた方が良い。しかし、怜は字牌の西を切って八萬の単騎待ちを選択した。

 こちらが先行している状況なら、獅子原さんから溢れるんじゃあないかという判断である。

 慎重に先読みを重ねてから怜は1000点棒を手に取った。

 

リーチ

 

 リーチ棒は綺麗に立った。末原さんが現物を合わせてから、対面の染め手から、溢れた八萬から出和了を決める。

 

ロン

 

 怜がそう発声すると、獅子原さんは驚いたように眉を動かした。

 未来が視えていないと錯覚していたのか、萬子の支配に絶対の自信があったのか。怜にはわからなかった。

 

 しかし、獅子原さんの心に、楔は打ち込まれた。能力に疑心暗鬼を抱いてしまえ、臆したところを揺さぶってやる。

 

 怜は点数申告をする前に、裏ドラをしっかり確認するよう自分に言い聞かせた。一発和了で未来視が使えることは、獅子原さんにバレているだろうが、余計な情報を与える必要はない。

 

 王牌に手を伸ばすと、獅子原さんの後ろにとぐろを巻いた巨大な蛇の化け物がいることに怜は気がついた。

 

「なあ、君はだれや?」

 

 怜が声をかけると、蛇の化け物はゆったりとした動作で翼を広げた。

 

「ほう? 我の姿が見えるか、牌に愛された子よ。我が名はホヤウカムイと人からは呼ばれている。洞爺湖の主だ。」

 

 一流のコントラルトのような低く魅力的な声が朗々と響いた。

 蛇のような見た目だが、女性の化け物なのかもしれないと怜は思ったが、声は目を瞑った獅子原さんから発せられていた。

 

「ホヤウカムイさんが、うちの能力を妨害して山を視えなくさせていたんか?」

 

「さよう、其方に視えぬよう卓をこの翼で覆い隠していた」

 

 化け物が卓を支配して自分の未来視を妨害するという、オカルト全開な現象を怜はにわかには信じられなかった。しかし、蛇の化け物さんご本人が獅子原さんの体を操って、そうだと、おっしゃっているのだから、そうなのだろう。

 

「それで、うちになんの用や?」

 

「特に用などない。其方の方から名を尋ねられたから、答えたまでのことよ」

 

「それもそうやな……うちは園城寺怜っていうもんや」

 

 名前を聞いておいて、こちらの名前を名乗らないのも失礼なので、怜は自分の名を名乗った。

 その態度は、化け物さんサイドとしても気に入ってくれたらしく、ホヤウカムイは上機嫌に低い声で笑っていた。

 

「時に人の子よ、其方であれば私の翼の支配など打ち破れようぞ? 何故、その力を使わぬのだ」

 

「そら、これ以上頑張ったら死んでまうしなあ」

 

 怜が正直にそう答えると、ホヤウカムイは両翼で怜の肩を包んだ。対面した時には気がつかなかったが、翼で包まれると酷く生臭いなと怜は思った。蛇なのか、魚類なのか、鳥なのかはっきりして欲しいところである。

 

「たしかに其方の身体を、病煩と呪術が蠢いておる。言霊による呪いか、魂のあり様か」

 

「の、呪いかかってるんか!?」

 

「さよう、心当たりはあるか?」

 

「う、うちは品行方正に生きとるから、そんな恨まれたりとかそういうのはないで!」

 

 怜がそう答えるとホヤウカムイは舌をチロチロと出しながら、怜のことを見据えてきた。体が金縛りにあったように動かなくなったので、怜は動揺した。

 

「純粋な魂のあり様だが……純粋なものが恨まれぬということでもないか。まあ良い、宿命を抱いたまま、牌に触れぬなど哀れな……我の力で、その呪いと病魔を祓ってやろう」

 

 そんなことできるのかと怜は問い詰めたかったが、体が指一本動かせない。そもそも、この蛇が怜の体を治す理由がない。

 なにか裏があるに決まっているし、身体を治す代わりに魂を取られてしまったりするのかもしれない。

 怜が不審に思っているのを察したのか、ホヤウカムイは、さらに言葉を続けた。

 

「なに、我は病疫を祓い湖畔のアイヌコタン全てを救ったこともあった、案ずるな人の子よ。神の意思とは、人の身ではわからぬものだ。慈悲深き大地に感謝するのだな」

 

 翼で身体を放り投げられたような感覚を怜は覚えた。視界が一瞬真っ白になってから、暗転する。

 崩れ落ちるように、怜は席に座り込んだ。

 

 憑き物が落ちたかのように、体が軽い。

 

 対局中にあった、胃のむかつきや頭の奥が重たいような不快感が消え去っている。未来視の力を使えるようになってから、これほど万全の体調で卓についたことは、ないのではないか。まるで、涼風が吹く高原にいるような心地よさだと怜は感じた。

 

——こ、この蛇……ほんものや……ほんまもんの神様やった。

 

 驚愕している怜をホヤウカムイ様は、満足そうに見下ろしながら言った。

 

「ふむ、呪いの方を解くのになかなか骨が折れたわ。少しばかり、洞爺湖の底で休むとしよう。また、卓を囲めることを楽しみにしておるぞ、園城寺怜」

 

 あまりのことに怜は、お礼も言わずコクコクと頷くことしか出来なかった。

 ホヤウカムイ様は霧散していった。

 獅子原さんの目が開き、怜とばっちり目があった。

 

「あれ? 園城寺さん? いまなにしてたっけ? さっき放銃しちゃった記憶があるんだけど?」

 

「あ、12000点や」

 

 そう怜は申告したが、獅子原さんの様子が気になって仕方がない。何も覚えていないのだろうかと怜は疑問に思った。

 

「う、裏も見たほうが良いんじゃないかしら」

 

「あっ…………」

 

 滅茶苦茶怯えている久から指摘を受けて、怜は慌てて裏ドラを確認して、一枚乗っていることを示した。

 末原さんのほうをチラリと見ると、カタカタしながら、ぶつぶつ独り言を呟いていてかなり怖かったので、怜は見て見ぬフリをすることに決めた。

 獅子原さんは不思議そうに、キョロキョロとあたりを見回した。

 

「なんか、記憶は飛んでるし、ホヤウもいないんだけど……」

 

「ホヤウカムイ様なら、洞爺湖の底に帰るって言っとったで」

 

「え!? ホヤウと話したの」

 

「なんかよくわからへんけど、病気治してくれたから……お礼も言っておいてや」

 

 怜がそう頼むと、獅子原さんは驚いた顔をしてから、天井を仰ぎ見て手を組み神に祈りを捧げた。

 それ、キリスト教の祈り方やけど、ええのかなと怜は思った。たぶん、ホヤウカムイ様はそのあたり、あんまり気にしないのだろう。

 

 せっかく体の具合も良くなったのだし、今日は夜遅くまでしっかり麻雀をして、明日も一日中麻雀をして過ごそうと怜は思った。

 しかしそれよりも、怜には気になっていることがあった。

 獅子原さんの祈りが終わってから怜は、問いかけた。

 

「獅子原さん、卓の後ろにおる、でっかいタコはモーリタニア産やろか?」

 

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