専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記   作:すごいぞ!すえはら

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第74話 園城寺怜と神戸の守護神

 北海道での獅子原さんとの激闘を終えた園城寺怜は、無事神戸の自宅に帰宅した。いつも通り、リビングのソファーでゴロゴロして、バラエティ番組を見ながら、旅の疲れを癒していた。

 体調も万全になったし、次は誰と麻雀をしようかなと頭を悩ませながら怜は、寝転んだまま柿の種を一粒ずつ口に運んだ。

 

 竜華はまだ仕事から帰ってきていないが、竜華が不在の時間からこうして、ゴロゴロして過ごすことが大切なのである。竜華のいない5日間はずーっと家に居ましたと、怜は体全体を使ってアピールしていた。

 

 体が治ったことを竜華に伝えて、麻雀を再開する必要がある。

 しかし、無断で北海道まで行って麻雀をしてきたことがバレると、竜華の逆鱗に触れて、話し合いどころではなくなりそうなので、とりあえずやり過ごしてから、相談してみようという判断だ。

 

「なかなか帰ってこーへんな……今日の夕方には帰るはずなんやけど」

 

 もう、日も落ちてしまったので怜は自分の晩御飯が少し心配になってきた。一応連絡してみようかなと思い、北海道旅行の間ずっとオフにしていたスマートフォンの電源を入れた。

 

着信 506件

清水谷 竜華 18:02

清水谷 竜華 17:00

清水谷 竜華 16:00

清水谷 竜華 15:01

 

 怜はスマートフォンを二度見してから、何事もなかったかのように、スマートフォンの電源を消した。怖すぎて連絡をとる勇気がなかったので、後回しにした次第である。

 

 怜は部屋から出て逃げ出そうか、泉に全責任をなすりつけながら謝ろうか、思案したが、なかなか名案が浮かんでこない。

 竜華を本気で怒らせた時に、泉のせいにすると、泉が詰問されるどころでは済まなくなりそうなので、やめておくことにした。

 自分と竜華の問題に他人を巻き込むのは気が引けるし、第三者が入ることで話が余計に拗れることは明白である。

 

——すぐ、浮気とか言い出すやんな……

 

 これだけ竜華に依存しきってラブラブな生活を営んでいても、浮気を疑われてしまうあたり、実はあまり信用されていないのではないだろうか。

 まあ、もう体自体は治っているわけだし、真面目に話せばなんとかなるやろと、怜は思った。

 

 そんなことを考えていると、玄関から、カードキーで扉を開ける音が響いた。

 怜の体が緊張で強ばる。心拍数が上がったのが自分でもわかったが、ボーっとバラエティ番組を見ているフリをすることに決めた。

 急いで廊下から、リビングに走ってくる竜華の足音が聞こえる。

 

「とき! 帰ってきてたんやな! よかった! よかったよぉ……」

 

 ソファーに駆け寄ってきた、スーツ姿の竜華に苦しいくらい強くハグされた。

 

「ただいまや、少し痛いから離してや……」

 

「あ、ごめんごめん。ほんま帰ってきてくれて良かったわあ」

 

 竜華はまつげを伸ばすように、指先で涙を拭った。

 心配で張り詰めていた緊張の糸が切れて、鼻をすんすんさせている竜華の姿を見て、怜は勝手に出掛けたことへの罪悪感を抱いた。

 

「とき、どこいってたん? 心配したんやで?」

 

「ん……洋榎のところや」

 

 そう怜が答えると、竜華の目が物凄く冷たいものへと変わった。ゴミを見るような蔑みの視線を浴びせられ、怜は震え上がった。

 

 怜は回答を間違えたことを理解し、後悔したが、上手く言葉が出てこない。

 

——ち、沈黙するのやめーや……竜華、なんか言うてくれや……

 

 竜華にじっと睨みつけるように観察されて、怜は思わず目を逸らした。

 

 重苦しい静寂のなか、バラエティ番組の芸人さんの笑い声が部屋に響く。

 

 無言に耐えられなくなった怜が、口を開いて正直に話そうと思った時、微笑む竜華から優しそうな声で尋ねられた。

 

「ときー? どこ行ってたん?」

 

「ほ、北海道や」

 

 竜華からの助け舟のような質問に、怜は正直に答えた。

 竜華の口元は笑っているが目は全く笑っていない。様々なトラウマが怜の頭のなかをぐるぐると駆け回る。

 

「北海道ええなあ? 誰と、何しに、行ったんやろか?」

 

「し……獅子原さんと麻雀してきたわあ」

 

「それに、泉と末原さんもおったよな?」

 

「せ、せやなー」

 

 全部知られていることに、怜は少しパニックになったが落ち着いて、竜華を刺激しないような回答をするように心がけた。

 

「北海道寒かったやろ? 大丈夫? 風邪ひいたりしてない?」

 

「うん」

 

「急に行方不明なんてなったら、心配するやろ? 家族なんやから相談して欲しかったわあ……次からは相談してな?」

 

「うん」

 

「なんで? そんなことするん?」

 

 正直に答えれば、竜華のご機嫌がななめになる確率300%オーバーの質問をされて、怜は竜華から目を逸らして口をつぐんだ。

 

「とき? なんでそんなことするん?」

 

「な、なんとなくや……」

 

「なんとなくで、北海道まで行かへんやろ? なんでそんな嘘つくん? さっきも洋榎のところ行ったって嘘ついたやんな? とき、嘘ついたらあかんで?」

 

「…………うん」

 

「隠し事はなしやろ?」

 

「ご、ごめん……悪かった、謝るわ」

 

 ソファーにちょこんと座って肩身を狭くして怜は膝に手を置いたまま、小さい声で竜華に謝った。

 足を組み直した竜華の姿を見て怜は、体が治ったことをはやく伝えないと、人生終わらされると思った。

 

「で? なんでこんなことしたの?」

 

「ま、麻雀したかったんや、竜華に言うと反対されるから……で、でも、もう元気になったし病気も治ったから大丈夫や!」

 

「麻雀はしないって約束したやろ?」

 

「約束したけど、それはうちの体が悪かったからやん? 獅子原さんに会ってもう治ったから大丈夫なんや」

 

 体が治ったことを伝えたのに、竜華はとくに喜ぶわけでもなく冷めた目をしていた。

 

——お、おかしいやん! そこ喜ぶところやろ!? 無反応はやめーや!

 

「とき? 獅子原さんや赤土さんと麻雀した時はたまたま調子悪くなったりしなかったみたいやけどな……インターハイの時みたいに真剣に麻雀したら絶対倒れるやろ? うちは怜が麻雀するなんて、絶対許さへんで。わかった?」

 

 全く治ったことを信じてくれない竜華に怜は愕然とした。竜華に脅しつけられるように、優しく詰問されてつい頷きたくなったが、諦めず怜は首を横に振った。

 

「治ったんや! 洞爺湖のホヤウカムイ様に翼で治してもらったんや。だからいくら麻雀しても、体調悪くなったりせーへん!」

 

 怜が力強くそう言った。

 竜華は、怜のおでこに右手を当ててから、自分のおでこに右手を持っていった。

 本当のことを言っているのに全く信じて貰えず、正気を疑われてしまうという展開に怜はひどく動揺した。

 

「熱はあらへんな……」

 

 そう言って竜華は、悲しそうに目を伏せた。

 

「熱なんてあるわけないやろ! 信じてや! 治ったんやから!」

 

「嘘つくのはやめてって言うたよな? 怒るで?」

 

 竜華に低い声でそう言われて、怜は黙りこんだ。たしかに冷静に考えると北海道の神様が病気を治してくれた、という話を素直に受け入れられるはずがない。

 

 そうなると、勝手に無断で北海道まで行って麻雀をしてきたという事実だけが残ってしまう。 

 

「とき、まだ聞けてへん言葉があるんやけど?」

 

「な、なんや……」

 

「ごめんなさいは?」

 

——なんでうちが悪い訳やないのに、謝らなくちゃいけないんや? 元はと言えば、コイツが人を監禁して、うちから麻雀を奪ったのが全部悪いやん。

 

 怜の中で溜め込んでいた感情が爆発した。

 

「うちは治ったんやから、誰と麻雀しようが勝手やろ! そもそもなんで出掛けたり麻雀したりするのに許可が必要なんや、この犯罪者! インターハイの時にしたことうちは忘れてへんで」

 

「離婚や離婚。こんなやつと一緒におるとかありえへんやろ! 麻雀くらい自由にさせろや! おまえなんかより、うちは麻雀が大事なんや!」

 

 怜は言葉を終えて、一息ついた。

 言ってやったという解放感はすぐに消え失せて、猛烈な後悔が怜を襲った。

 怜の暴言に、竜華は呆然としながら何度も瞬きを繰り返した。それから、ブワッと下眼瞼に涙が集まって大泣きした。

 竜華は涙がボロボロと溢れているのに、声ひとつあげない。焦点の定まらない瞳で見据えられて、怜は背筋に嫌な汗が流れる。

 

「結局謝ってくれへんかったけど……これから謝る機会は、たくさん用意してあげるから安心してな?」

 

「や、やめてや……」

 

 竜華がテレビボードの収納から、昔使った手錠を持ってきて、怜の目の前に持っていった。ジャラジャラと鎖と鎖が擦れる音が部屋に響く。

 

「や、やめろって言ってるやろ!!! 嫌いになるで!」

 

 怜はそう竜華に怒鳴りつけた。

 ソファーから立ち上がり部屋の隅にあった置き時計を手に取って、いつでも投げつけられるようにする。

 

「嫌いになっちゃったん? ごめんな、うちも好きになってもらえるように、努力するから許してや」

 

 何度も何度も竜華は手錠を振って、音を鳴らした。こうされると、怜の意思とは無関係に体が震えてしまうので、まとも抵抗をすることができない。

 

「ふふっ、それでも、怜のことはうちが守ってあげるから安心してね!」

 

「ほ、ほんとうに最低やなおまえ……」

 

 無抵抗な怜の手首に、手錠がかけられた。

 金属の固く冷たい感触が、園城寺怜の心に絶望を塗り広げていった。

 

「やっぱり、麻雀中継とか見せてたのがあかんかったんかな? やっぱり心を鬼にせなあかんな」

 

「今年のオフシーズンは、一緒に麻雀を諦めていこうね!」

 

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