専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記   作:すごいぞ!すえはら

79 / 147
第79話 世界の頂に咲く花

欧州選手権決勝 第4半荘 

南2局

S.Miyanaga 65300

R.Blumental 58300

N.Virsaladze 48900

C.Niemann 27500

 

「これ……本当に勝つんじゃないか?」

 

 ソファーに腰掛けた加治木さんが、前のめりになりながら、ほとんど瞬きもせずにじっとテレビ画面を凝視している。

 いや、加治木さんだけではない日本中の視線が、国営放送に集中していた。

 

 時刻は、深夜1時を回っている。

 

 試合会場であるドイツ、ハノーファーの日は、そろそろ落ちた頃だろうか?

 トップに立つ宮永さんと、2位につけるブルーメンタール選手の得点差はわずか+8点。どう転んでもおかしくない。

 呼吸ができないほどの緊張感と、期待感が日本を包み込んでいた。

 

「これ、宮永さんがブルーメンタールに捲られたら、負けってことでええやんな?」

 

「せや、欧州選手権はワンツーやから……この半荘で決まるわ」

 

 怜が竜華に問いかけると、すぐに答えが返ってきた。こういう時に、竜華がいてくれると助かる。ワンツーのルールなら、ニーマンに捲られる可能性は少ない。宮永さんの銀メダルは、すでにほぼ確定している。

 欧州選手権は、世界選手権、全米オープンと並べられる三大大会の1つである。アジア大会を含めて四大大会とみる向きもあるが、新興のアジア大会は、格に劣ると言われることが多い。

 

『日本の悲願が、日本麻雀の夢が今目前まで迫っています! 勝負の南2局、宮永頑張れ! 親番はブルーメンタール! リードは7000点です!』 

 

『頼む、宮永……たのむ……勝ってくれぇ……このまま、このままいってくれ!!!』

 

 テレビ画面から、いつになく力のこもった福与アナの実況と、解説の藤田さんの神頼みが聞こえてきた。

 

「なんで、この大舞台の解説が藤田さんなんやろか……」

 

「小鍛治さんしか解説できる解説者は、いないだろうが……世界戦だと当事者となるからな、そう考えると人気のある藤田さんで良いんじゃないか?」

 

「たしかに、小鍛治さんは世界戦での結果にかなり責任感じてそうやから。藤田さんでええな」

 

 加治木さんは冷静に、藤田さんが解説者に落ち着いた理由を分析した。その分析に竜華も同調する。

 

 日本人麻雀選手の海外からの評価は、高いとは言えない。決して弱くはないが、ドイツや中国などの麻雀先進国とは、水をあけられてしまっている。

 これは実力による要因もあるが、海外遠征に消極的な選手が、多いことが原因である。

 

 白築慕の活躍を受けて、日本人選手による海外遠征が積極的に行われた時期もあった。しかし、その結果は散々なもので選手団を組んで、意気揚々と乗り込んでは、惨敗を繰り返した。

 

 当時の日本麻雀で最強と謳われた小鍛治健夜でさえも、度重なる海外遠征の末に掴んだ、世界選手権の東風フリースタイルでの銀メダルが最高であった。日本は、世界の頂の高さを思い知らされた。

 小鍛治健夜でも勝てないならと、日本の大航海時代は終焉を迎え、ほとんど海外遠征は行われなくなった。

 日本は国内のプロ麻雀制度が充実しており、わざわざ海外遠征をしなくとも、高い報酬を得ることができる。優勝賞金2億円の欧州選手権に、わざわざ参加する必要はない。国内タイトルでも、名人位や鳳凰位の優勝賞金は2億円を超えるのだから。

 

 そんな風潮のなか、オフシーズンの海外遠征を宮永さんは敢行した。理由はわからないが、この欧州選手権が、宮永さんのはじめての海外遠征だ。

 

ツモ 3000、6000

 

『ニーマンの跳満ツモです! 筒子の染め手の多面張を引き当てました!』

 

『よおぉぉおおおし!!!!!! いけるぞ! 宮永あああああああ!!!!』

 

欧州選手権決勝 第4半荘 

南3局

S.Miyanaga 62300

R.Blumental 52300

N.Virsaladze 45900

C.Niemann 39500

 

 ニーマンの跳満ツモで、ブルーメンタールが親被りしたので、宮永さんとの点差がさらに3000点開いた。

 もはや居酒屋のおばちゃんと化している藤田さんに、元プロとしての面影はない。視聴者と感情を同調させるペースメーカーとして活躍していた。

 

「解説しろや……」

 

「言っちゃ悪いけど、藤田さんに世界戦で解説できることとかないやん」

 

 毒舌女王の名に相応しい発言を、竜華は決めた。

 加治木さんは立ち上がり、ダイニングテーブルに置かれた自分のマグカップにコーヒーを注いで、それからまたソファーに戻ってきた。泉とふなQは昨日一足先に、帰宅しているので、合宿メンバーで、残っているのは加治木さんだけだ。

 

「ニーマンって、昔同じ名前のプロ麻雀選手おったよな?」

 

「ん……母親のほうか? 母親の方なら、世界王者になったこともあるぞ」

 

 怜の問いかけに、加治木さんがすぐに答えた。

 

「え!? そうなん? 親子二代に渡って麻雀界のトップに、君臨し続けてるのやばいわあ……」

 

「愛宕さんみたいな感じやんな?」

 

「そいつは、トップに君臨してへんやんけ!?」

 

 ニーマン、愛宕洋榎説という天然全開の竜華の発言に、怜はツッコミを入れた。一緒にしてもろたら困る、格が違うわ。

 

「ブルーメンタールの手が早いな、咲ちゃんはまだ三向聴か……高くみると満貫もあるなこれは……」

 

 加治木さんが、そう呟いてからすぐにブルーメンタールは、千点棒を供託した。三萬と六萬の綺麗な両面待ちだ。

 

『ブルーメンタールから、リーチが入りました! ブルーメンタール、リーチ! 凌ぎ切れるか宮永!』

 

 宮永さんは、特に迷うことなく自分の二索の刻子から、現物を切り出していった。宮永さんは親番だが、無理ができる手牌ではない。

 

『藤田さん、これはベタオリでしょうか?』

 

『ええ、この手牌では勝負できませんから……二索ならヴィルサラーゼのケアもできるので、良い打牌だと思います。ベタオリが丁寧で、素晴らしいですね』

 

 珍しく解説らしいことを言った藤田さんだが、声が震えている。

 3巡後、六萬をツモってきたブルーメンタールが手牌を倒した。和了後、裏ドラ表示牌に手が伸びる。

 

『乗るな、乗るな!!! よしゃあああああああああ!!!!!!!』

 

 藤田さんの魂の叫びが功を奏したのか、裏ドラ表示牌は発。裏ドラは乗らない。

 子の40符3翻は1300、2600。

 

欧州選手権決勝 第4半荘

南4局 

S.Miyanaga 59700

R.Blumental 57500

N.Virsaladze 44600

C.Niemann 38200

 

 あと一局。

 日本人初の海外遠征による、三大大会制覇は目前まで迫っていた。

 しかし点差は僅か2200点、逆転されてもおかしくない。断崖絶壁にテントを張ってビバークをするような緊張感。

 寒慄を覚えるプレッシャーと、痺れるようなワクワクの舞台にいる宮永さんのことを、怜は心底羨ましく思った。

 

『勝負もついに最終盤! 自動卓から牌が上がる。あなたの、そして私の夢が目前にあります!』

 

 宮永咲の海外遠征は、発表当初はあまり好意的な目で見られることはなかったという。

 どうせ、また負ける。

 日本麻雀界が、無力感と挫折感で覆われていた。海外遠征に好意的だった小鍛治さんや藤田さんでも、宮永プロがこの経験でさらに成長してくれれば、世界と渡り合えるようになるかもしれない。だから、応援してあげて欲しいと言っていた。

 しかし、蓋を開けてみれば宮永さんは決勝卓に残り、世界の頂点に手をかけている。同行した岩館さんまでもが、ベスト16に残ったりと、日本麻雀の力強さを世界に見せつけた。

 

「やっぱり、挑戦することが大切なんやな。挑戦、試行錯誤、そしてまた挑戦かあ」

 

 怜はそうつぶやいた。

 竜華が麻雀をすることを許し早めに、解放してくれて良かった。もう少し遅かったら、この試合を見逃してしまったかもしれない。

 宮永さんとブルーメンタールの配牌は、良いとは言えない。中張牌が少なく、役牌の重なりもない。仕上げるのになかなか骨が折れそうな配牌だ。

 

「そういえば、ヴィルサラーゼは、臨海女子に1年だけだがいたことがあるな。咲ちゃんとも闘ったことがある」

 

「え!? そうなん?」

 

 加治木さんの発言に怜は驚いた。

 自分たちとは世代が違うのかもしれないが、このレベルの選手が日本のインターハイに出ていたことに衝撃を受けた。

 

「インターハイの時、ホテルで動画を一緒に見たやろ?」

 

「え? 同じ世代なん? わ、忘れてもうたわ」

 

「まあ、たしかにインターハイ団体の決勝は、副将戦でトビ決着したから大将のヴィルサラーゼさんにまで回ってへんしなあ。忘れるのも無理はないか」

 

 そのヴィルサラーゼが、点棒を供託してリーチをかけた。一筒、四筒、七筒の三面待ちで、和了すれば最低満貫の大物手だ。

 

『ヴィルサラーゼから、リーチが入りました! 宮永守りきれるか!』

 

 宮永さんとブルーメンタールの手牌は共に二向聴だ。オーラスで後のないブルーメンタールは、当然押してくる。危険牌の七萬を切り出した。

 宮永さんがツモってきたのは、六萬。完全に不要牌だが、なんのヒモもついていない。その危険牌を宮永さんは一瞥すると、特に間を置かずそのまま切った。

 

『宮永、勝負しなくて良い!!! まだ、ブルーメンタールは張ってない!!! 張ってないんだ!!! オリてヴィルサラーゼにそのまま和了させればいい!!!!!』

 

 藤田さんの絶叫がお茶の間に届く。

 ヴィルサラーゼが和了すると、そのまま試合終了となり、宮永さんのトップが確定する。ヴィルサラーゼとしても、ここで和了すればニーマンと逆転し銅メダルとなるので、是が非でも和了したい場面だ。

 ヴィルサラーゼの右手が山に伸びる。

 

『引け! 引いてしまえ! ツモれ!!! があああああああああああ』

 

 ヴィルサラーゼの捨てた三索を、ブルーメンタールがチーして手が進む。

 藤田さんの願いとは裏腹に、ヴィルサラーゼは、なかなか当たり牌をツモることができず巡目が過ぎて行った。

 

『ブルーメンタール追いつきました! ブルーメンタールが聴牌です! これが逆転手となってしまうのか!!! ブルーメンタールが聴牌しました!』

 

『頼む! たのむぅ……それはやめてくれ! やめてくれえぇ……』

 

 ブルーメンタールの聴牌から、1巡遅れて宮永さんも聴牌した。しかし待ちは、二索の単騎待ちだ。両面待ちのブルーメンタールと比べると、だいぶ分が悪い。

 欧州選手権決勝の最後は、三者のめくりあいとなった。

 リビングルームの空気が張り詰める。

 勝利の女神、麻雀の神様は誰を選ぶのか。

 瞬きもできない。日本中の麻雀ファンが固唾を呑んでその結末を見守っていた。牌をツモるたびに、悲鳴と安堵のため息が漏れる。

 

 それから2巡先ついに、宮永さんの西が4枚重なった。カンの発声が響き、宮永さんの右腕が嶺上牌に伸びる。

 

 嶺上牌は二索。その時、宮永さんは世界を手にしていた。

 

 嶺上開花自摸 1200、2300。

 

『宮永が決めた! 嶺上開花です! ドイツの異国の地に、桜が咲き誇りました! 雪の季節に桜! 桜吹雪です!!! 日本の麻雀が世界を制しました、宮永咲!!!』

 

『なんて……なんてすごいんだぁ……宮永、なんてすごいんだぁ……』

 

欧州選手権決勝 第4半荘

〜終局〜

S.Miyanaga 65400

R.Blumental 56300

N.Virsaladze 42400

C.Niemann 35900

 

 藤田さんは壊れたラジオのように、すごい、すごいと繰り返してから、感極まって泣いてしまった。

 藤田さん自身も、小鍛治健夜と共に何度も海外遠征を行なっている。そして、悔し涙を流した。欧州選手権制覇。その悲願は、ついに成就された。

 誰も行かない道を行く。荊の中に答えがあった。日本の麻雀を知らない者たちの前へと、躍り出る。

 

 高く険しい世界の頂に、桜が咲き誇った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。