欧州選手権決勝 第4半荘
南2局
S.Miyanaga 65300
R.Blumental 58300
N.Virsaladze 48900
C.Niemann 27500
「これ……本当に勝つんじゃないか?」
ソファーに腰掛けた加治木さんが、前のめりになりながら、ほとんど瞬きもせずにじっとテレビ画面を凝視している。
いや、加治木さんだけではない日本中の視線が、国営放送に集中していた。
時刻は、深夜1時を回っている。
試合会場であるドイツ、ハノーファーの日は、そろそろ落ちた頃だろうか?
トップに立つ宮永さんと、2位につけるブルーメンタール選手の得点差はわずか+8点。どう転んでもおかしくない。
呼吸ができないほどの緊張感と、期待感が日本を包み込んでいた。
「これ、宮永さんがブルーメンタールに捲られたら、負けってことでええやんな?」
「せや、欧州選手権はワンツーやから……この半荘で決まるわ」
怜が竜華に問いかけると、すぐに答えが返ってきた。こういう時に、竜華がいてくれると助かる。ワンツーのルールなら、ニーマンに捲られる可能性は少ない。宮永さんの銀メダルは、すでにほぼ確定している。
欧州選手権は、世界選手権、全米オープンと並べられる三大大会の1つである。アジア大会を含めて四大大会とみる向きもあるが、新興のアジア大会は、格に劣ると言われることが多い。
『日本の悲願が、日本麻雀の夢が今目前まで迫っています! 勝負の南2局、宮永頑張れ! 親番はブルーメンタール! リードは7000点です!』
『頼む、宮永……たのむ……勝ってくれぇ……このまま、このままいってくれ!!!』
テレビ画面から、いつになく力のこもった福与アナの実況と、解説の藤田さんの神頼みが聞こえてきた。
「なんで、この大舞台の解説が藤田さんなんやろか……」
「小鍛治さんしか解説できる解説者は、いないだろうが……世界戦だと当事者となるからな、そう考えると人気のある藤田さんで良いんじゃないか?」
「たしかに、小鍛治さんは世界戦での結果にかなり責任感じてそうやから。藤田さんでええな」
加治木さんは冷静に、藤田さんが解説者に落ち着いた理由を分析した。その分析に竜華も同調する。
日本人麻雀選手の海外からの評価は、高いとは言えない。決して弱くはないが、ドイツや中国などの麻雀先進国とは、水をあけられてしまっている。
これは実力による要因もあるが、海外遠征に消極的な選手が、多いことが原因である。
白築慕の活躍を受けて、日本人選手による海外遠征が積極的に行われた時期もあった。しかし、その結果は散々なもので選手団を組んで、意気揚々と乗り込んでは、惨敗を繰り返した。
当時の日本麻雀で最強と謳われた小鍛治健夜でさえも、度重なる海外遠征の末に掴んだ、世界選手権の東風フリースタイルでの銀メダルが最高であった。日本は、世界の頂の高さを思い知らされた。
小鍛治健夜でも勝てないならと、日本の大航海時代は終焉を迎え、ほとんど海外遠征は行われなくなった。
日本は国内のプロ麻雀制度が充実しており、わざわざ海外遠征をしなくとも、高い報酬を得ることができる。優勝賞金2億円の欧州選手権に、わざわざ参加する必要はない。国内タイトルでも、名人位や鳳凰位の優勝賞金は2億円を超えるのだから。
そんな風潮のなか、オフシーズンの海外遠征を宮永さんは敢行した。理由はわからないが、この欧州選手権が、宮永さんのはじめての海外遠征だ。
ツモ 3000、6000
『ニーマンの跳満ツモです! 筒子の染め手の多面張を引き当てました!』
『よおぉぉおおおし!!!!!! いけるぞ! 宮永あああああああ!!!!』
欧州選手権決勝 第4半荘
南3局
S.Miyanaga 62300
R.Blumental 52300
N.Virsaladze 45900
C.Niemann 39500
ニーマンの跳満ツモで、ブルーメンタールが親被りしたので、宮永さんとの点差がさらに3000点開いた。
もはや居酒屋のおばちゃんと化している藤田さんに、元プロとしての面影はない。視聴者と感情を同調させるペースメーカーとして活躍していた。
「解説しろや……」
「言っちゃ悪いけど、藤田さんに世界戦で解説できることとかないやん」
毒舌女王の名に相応しい発言を、竜華は決めた。
加治木さんは立ち上がり、ダイニングテーブルに置かれた自分のマグカップにコーヒーを注いで、それからまたソファーに戻ってきた。泉とふなQは昨日一足先に、帰宅しているので、合宿メンバーで、残っているのは加治木さんだけだ。
「ニーマンって、昔同じ名前のプロ麻雀選手おったよな?」
「ん……母親のほうか? 母親の方なら、世界王者になったこともあるぞ」
怜の問いかけに、加治木さんがすぐに答えた。
「え!? そうなん? 親子二代に渡って麻雀界のトップに、君臨し続けてるのやばいわあ……」
「愛宕さんみたいな感じやんな?」
「そいつは、トップに君臨してへんやんけ!?」
ニーマン、愛宕洋榎説という天然全開の竜華の発言に、怜はツッコミを入れた。一緒にしてもろたら困る、格が違うわ。
「ブルーメンタールの手が早いな、咲ちゃんはまだ三向聴か……高くみると満貫もあるなこれは……」
加治木さんが、そう呟いてからすぐにブルーメンタールは、千点棒を供託した。三萬と六萬の綺麗な両面待ちだ。
『ブルーメンタールから、リーチが入りました! ブルーメンタール、リーチ! 凌ぎ切れるか宮永!』
宮永さんは、特に迷うことなく自分の二索の刻子から、現物を切り出していった。宮永さんは親番だが、無理ができる手牌ではない。
『藤田さん、これはベタオリでしょうか?』
『ええ、この手牌では勝負できませんから……二索ならヴィルサラーゼのケアもできるので、良い打牌だと思います。ベタオリが丁寧で、素晴らしいですね』
珍しく解説らしいことを言った藤田さんだが、声が震えている。
3巡後、六萬をツモってきたブルーメンタールが手牌を倒した。和了後、裏ドラ表示牌に手が伸びる。
『乗るな、乗るな!!! よしゃあああああああああ!!!!!!!』
藤田さんの魂の叫びが功を奏したのか、裏ドラ表示牌は発。裏ドラは乗らない。
子の40符3翻は1300、2600。
欧州選手権決勝 第4半荘
南4局
S.Miyanaga 59700
R.Blumental 57500
N.Virsaladze 44600
C.Niemann 38200
あと一局。
日本人初の海外遠征による、三大大会制覇は目前まで迫っていた。
しかし点差は僅か2200点、逆転されてもおかしくない。断崖絶壁にテントを張ってビバークをするような緊張感。
寒慄を覚えるプレッシャーと、痺れるようなワクワクの舞台にいる宮永さんのことを、怜は心底羨ましく思った。
『勝負もついに最終盤! 自動卓から牌が上がる。あなたの、そして私の夢が目前にあります!』
宮永咲の海外遠征は、発表当初はあまり好意的な目で見られることはなかったという。
どうせ、また負ける。
日本麻雀界が、無力感と挫折感で覆われていた。海外遠征に好意的だった小鍛治さんや藤田さんでも、宮永プロがこの経験でさらに成長してくれれば、世界と渡り合えるようになるかもしれない。だから、応援してあげて欲しいと言っていた。
しかし、蓋を開けてみれば宮永さんは決勝卓に残り、世界の頂点に手をかけている。同行した岩館さんまでもが、ベスト16に残ったりと、日本麻雀の力強さを世界に見せつけた。
「やっぱり、挑戦することが大切なんやな。挑戦、試行錯誤、そしてまた挑戦かあ」
怜はそうつぶやいた。
竜華が麻雀をすることを許し早めに、解放してくれて良かった。もう少し遅かったら、この試合を見逃してしまったかもしれない。
宮永さんとブルーメンタールの配牌は、良いとは言えない。中張牌が少なく、役牌の重なりもない。仕上げるのになかなか骨が折れそうな配牌だ。
「そういえば、ヴィルサラーゼは、臨海女子に1年だけだがいたことがあるな。咲ちゃんとも闘ったことがある」
「え!? そうなん?」
加治木さんの発言に怜は驚いた。
自分たちとは世代が違うのかもしれないが、このレベルの選手が日本のインターハイに出ていたことに衝撃を受けた。
「インターハイの時、ホテルで動画を一緒に見たやろ?」
「え? 同じ世代なん? わ、忘れてもうたわ」
「まあ、たしかにインターハイ団体の決勝は、副将戦でトビ決着したから大将のヴィルサラーゼさんにまで回ってへんしなあ。忘れるのも無理はないか」
そのヴィルサラーゼが、点棒を供託してリーチをかけた。一筒、四筒、七筒の三面待ちで、和了すれば最低満貫の大物手だ。
『ヴィルサラーゼから、リーチが入りました! 宮永守りきれるか!』
宮永さんとブルーメンタールの手牌は共に二向聴だ。オーラスで後のないブルーメンタールは、当然押してくる。危険牌の七萬を切り出した。
宮永さんがツモってきたのは、六萬。完全に不要牌だが、なんのヒモもついていない。その危険牌を宮永さんは一瞥すると、特に間を置かずそのまま切った。
『宮永、勝負しなくて良い!!! まだ、ブルーメンタールは張ってない!!! 張ってないんだ!!! オリてヴィルサラーゼにそのまま和了させればいい!!!!!』
藤田さんの絶叫がお茶の間に届く。
ヴィルサラーゼが和了すると、そのまま試合終了となり、宮永さんのトップが確定する。ヴィルサラーゼとしても、ここで和了すればニーマンと逆転し銅メダルとなるので、是が非でも和了したい場面だ。
ヴィルサラーゼの右手が山に伸びる。
『引け! 引いてしまえ! ツモれ!!! があああああああああああ』
ヴィルサラーゼの捨てた三索を、ブルーメンタールがチーして手が進む。
藤田さんの願いとは裏腹に、ヴィルサラーゼは、なかなか当たり牌をツモることができず巡目が過ぎて行った。
『ブルーメンタール追いつきました! ブルーメンタールが聴牌です! これが逆転手となってしまうのか!!! ブルーメンタールが聴牌しました!』
『頼む! たのむぅ……それはやめてくれ! やめてくれえぇ……』
ブルーメンタールの聴牌から、1巡遅れて宮永さんも聴牌した。しかし待ちは、二索の単騎待ちだ。両面待ちのブルーメンタールと比べると、だいぶ分が悪い。
欧州選手権決勝の最後は、三者のめくりあいとなった。
リビングルームの空気が張り詰める。
勝利の女神、麻雀の神様は誰を選ぶのか。
瞬きもできない。日本中の麻雀ファンが固唾を呑んでその結末を見守っていた。牌をツモるたびに、悲鳴と安堵のため息が漏れる。
それから2巡先ついに、宮永さんの西が4枚重なった。カンの発声が響き、宮永さんの右腕が嶺上牌に伸びる。
嶺上牌は二索。その時、宮永さんは世界を手にしていた。
嶺上開花自摸 1200、2300。
『宮永が決めた! 嶺上開花です! ドイツの異国の地に、桜が咲き誇りました! 雪の季節に桜! 桜吹雪です!!! 日本の麻雀が世界を制しました、宮永咲!!!』
『なんて……なんてすごいんだぁ……宮永、なんてすごいんだぁ……』
欧州選手権決勝 第4半荘
〜終局〜
S.Miyanaga 65400
R.Blumental 56300
N.Virsaladze 42400
C.Niemann 35900
藤田さんは壊れたラジオのように、すごい、すごいと繰り返してから、感極まって泣いてしまった。
藤田さん自身も、小鍛治健夜と共に何度も海外遠征を行なっている。そして、悔し涙を流した。欧州選手権制覇。その悲願は、ついに成就された。
誰も行かない道を行く。荊の中に答えがあった。日本の麻雀を知らない者たちの前へと、躍り出る。
高く険しい世界の頂に、桜が咲き誇った。