専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記   作:すごいぞ!すえはら

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第81話 アラサーの姫君と兵庫県大会

 神戸の24歳児こと園城寺怜は、アマチュア麻雀選手権、兵庫県大会の表彰台の上に登らされていた。

 表彰台が思った以上に高く、足元がグラグラしているので、怜は登りたくはなかったのだが、周囲の圧力に負けてしまい今に至る。目立つことが嫌いな怜にとっては拷問に等しい。

 

——な、なんか……めっちゃ人集まってきてるし早く帰りたい

 

 金メダルを兵庫県の偉い人にかけてもらい、握手をしてから表彰台を降りると無数のフラッシュと質問が降り注いだ。

 

「園城寺選手! おめでとうございます! 毎朝スポーツです! 少しお話を!」「素晴らしい活躍でした! インターハイ以来となる公式大会ですがどういった心境でしょう?」「麻雀TODAYの西田です。今まで公式戦に出場が無かったのは、何故でしょう! 千里山高校と何か関係が?」「+1083と本県大会の最高得点を大幅に更新されましたが、何か感想は!!!」「宮永選手の欧州制覇についてなにか一言!」

 

 怒涛の勢いで浴びせられる記者の質問に、怜はアタフタしながら、一緒に大会に来ていたふなQに助けを求めたが、ふなQが見つからない。怜は焦りを覚えた。

 引っ込み思案なところがある怜だが、高校時代には記者からの質問にも、流暢に受け答えできていた。しかし、長きにわたる専業主婦生活の末に、コミュニケーション能力が著しく低下したので、舞い上がってしまいカタコトでしか話すことができない。

 

「ま、麻雀できて楽しかったです……はい」

 

 怜がそう言うと、記者から歓声が上がった。

 

——こ、これどうやったら逃げられるやろか……

 

 ネット麻雀で『にじょう いずみ』のアカウントを育成することにも飽きてきたので、麻雀大会に参加してみたらこの有様である。しかも大会の対戦相手に歯応えがなく、これなら、ふなQと泉を付き合わせて、家で麻雀をしていた方がマシだったと、怜は後悔していた。流石に今日のように、12半荘して12勝できてしまう相手では、練習相手にもならない。

 

「園城寺さん、こっちこっち!」

 

 記者たちに完全に包囲されかけていた、怜の手を、すこやん……いや、小鍛治さんが引いた。思わぬ知り合いからの助け舟に、怜は安堵した。

 小鍛治さんに手を引かれながら、怜は報道陣から逃げるように足早に会場をあとにした。立ち去る際に、背後から無数のシャッター音が聞こえてきたが、あまり気にしないことにした。

 

❇︎

 

「ふぅ……ここなら、やっと落ち着いて話ができるね」

 

 タクシーで試合会場を後にした2人は、神戸市内の喫茶店に入った。長居したくなるようなレトロな内装の店内に、コーヒーのいい香りが漂っている。

 

「それにしても、大会に園城寺さんが出てるんだもん。びっくりしたよー体は大丈夫なの?」

 

「もう完全復活や、また、麻雀できるで」

 

 怜は元気そうに見えるよう、Vサインを作った。訝しむような視線で、小鍛治さんから見られたが、嘘はついていない。

 

「何か飲むよね? どれがいいかな?」

 

 小鍛治さんはテーブルの上にメニュー表を広げて、怜に見せてくれた。

 

——あ、あかん……ふなQおらへんから、お金持ってないやん

 

 財布とバッグをふなQに預けていたことを思い出して、怜は慌ててメニュー表から目をそらす。

 

「ん? どうしたの?」

 

「お金……持ってないで」

 

「え!?」

 

「お金、持ってないで」

 

 大事なことは2回言うスタイル。園城寺怜の持ち味だ。

 怜の発言を聞いて、小鍛治さんは目を丸くしたがすぐに表情を整えた。それから、胸に手を当てて力強く言った。

 

「そ、そっか……でも、大丈夫! ここはお姉さんが奢ってあげるから、好きなものを頼みなさい!」

 

 お姉さんって年齢やないやろと、怜は思ったが、口に出すと空気が凍りそうなので、黙ってお礼を言っておくことにした。

 

「じゃ、ホットコーヒーとデラックスチョコレートパフェと、クラブハウスサンドイッチを頼むで」

 

「ずいぶん、食べるね!?」

 

「んー麻雀後やし」

 

「相手が相手だしそこまで考えて麻雀をしているようにも見えなかったけど。でも、糖分はとっておくに越したことはないか……」

 

 すこやんは、ウェイトレスさんを呼んで注文を済ませた。黒色のブラウスに白色のエプロン。洋風なのに少し古めかしい、洋館のような雰囲気の喫茶店だ。どことなく大正ロマンを感じさせる。

 

「なかなか、ええ店やんな」

 

「神戸のほうに来た時は、結構よく使うこともあるんだよね。ここはほら、落ち着いててあんまり話しかけられたりとかしないし」

 

 手早く提供された、ホットコーヒーにすこやんが口をつけた。白地に青色の花模様が描かれているティーカップもなかなか素敵だ。

 流石、小鍛治健夜さんおすすめの喫茶店である。

 

「それにしても、なんでアマチュアの大会なんかに出てるの?」

 

「ん? そら、うちアマチュアやし」

 

「…………園城寺さん。今日の試合は、楽しかった?」

 

「んー微妙やな。牌に触れたのは良かったけど、相手にならへんかったしなあ。やっぱり兵庫って田舎や。東京いかなあかんな!」

 

 怜は、コーヒーにミルクと角砂糖を3ついれてから、よくスプーンで混ぜ混ぜしてから一口飲んだ。甘くてなかなかおいしい。

 

「今日の試合見てて、思ったんだけどさ」

 

 どうやら、小鍛治さんは今日の怜の試合を見ていてくれていたらしい。嬉しい反面、このレジェンドに麻雀の内容を見られるのは、かなり緊張する。

 

「小鍛治さんに見られてるんやったら、少し丁寧にやってれば良かったわ。今日後半かなり雑やったし……最終半荘とか酷かったで」

 

「ああ、南2局の? あれは明らかに鳴くのを待った方が良かったよね。未来視の展開次第なのかなって思ってたけど…………いや、その話はどうでも良くてね!?」

 

「いや、ミスはどうでもよくないやろ?」

 

 怜はそう言ったが、小鍛治さんは首を横にブンブンと振った。麻雀の内容の話がしたいということではないらしい。

 

「今日の大会で気づいたかと思ったけど、気がついてないみたいだから、はっきり言うね」

 

「園城寺さん、貴女が麻雀で真剣勝負できる相手がいるのって、プロ麻雀だけなの。アマチュアなんて相手にしてたら、麻雀が曇っちゃうよ。はやくこっちに来なさい」

 

 優しく諭すような口調でそう言った小鍛治さんから、強いプレッシャーを感じる。怜自身も薄々感じていた事実を、真正面から突きつけられると、戸惑ってしまう。

 

「ろ、六大学リーグとか社会人麻雀とかあるやん……」

 

「むりむり、すぐに飽きるよあんなの」

 

 小鍛冶さんの話を聞きながら、怜は両手でクラブハウスサンドを掴んで食べ始める。

 たしかに、ふなQと横浜旅行に行った際に見た大学麻雀の試合は、かなり退屈そうだった。

 しかし、プロに入って真剣に本腰をいれて麻雀を再開しようと思うと、絶対に竜華が良い顔をしないだろうなと怜は思った。

 

『え? プロ麻雀? もちろん、そんなのだめやで。病気が再発してしまうかもしれへんやん? 怜は、うちやうちが連れてきてあげた人と麻雀をするのが、良いと思うんよ? 良い子にしてたら、また麻雀させてあげるからね? わかった?』

 

 怜の心の中にいるリトル竜華もそう訴えかけている。せっかく麻雀ができるようになったのに、プロ入りの話まで出すのは、時期尚早な気がしてならない。変にご機嫌を損ねて、再監禁なんてことになったら、目も当てられない。

 

「そうは言っても、ほら竜華おるからお金には困ってへんし……」

 

「お金の問題じゃないでしょ?」

 

「たしかにそうやな……」

 

 怜としては、テレビで見ていたプロ麻雀の世界に行ってみたいのだが、竜華がなんと言うかそれだけが気がかりである。

 

「そ、そもそもプロ麻雀選手とか、そう簡単になれるもんちゃうやろ」

 

「なれるよ、園城寺さんなら。不安なら、恵比寿に指名するように言っておこうか? でも、そんなことをする必要もないと思うけど」

 

 あっさりと小鍛治さんになれると肯定されてしまい、逃げ道を封じられる。竜華と話し合うしかないのだろうか。

 

「そもそも、フリーの期間が長いからドラフトを経由しないで、プロになった方が良いかもね」

 

「え……そんな方法あるんか?」

 

 外国人選手以外で、ドラフトを経由せずにプロになった人など聞いたことがない。

 

「高校や大学を卒業してから、フリーで5年以上経過した選手は、大会で優秀な成績を残せばプロ編入試験を受けられるからね」

 

「そ、そんな制度聞いたことないで!?」

 

「こんなの該当する人いないから、使われたことがほとんどないんだよ。最後に使われたのは30年前くらいだったかな?」

 

「すこやんが、インターハイ出てたころか……」

 

「私のこと、何歳だと思ってるの!?」

 

 ショックを受ける小鍛治さんのことは置いておいて、怜は考えを巡らす。

 小鍛治さんが、嘘を言っているようには思えないが、にわかには信じがたい話だ。プロ麻雀選手になれるのは、年間30人まで。そんな当たり前の常識が、崩れてしまう。

 

「ドラフト経由しなくてもプロになれるのに、なんでこの制度使う人おらんへんの?」

 

「プロアマ混合の大会で、結果を残さなくちゃいけないというのもあるけど……やっぱり一番はフリーでいる期間かな。この条件を達成できるような選手は、ドラフトに指名されてるのが当たり前なわけで」

 

「なるほどなあ……たしかに、5年もフリーでいたことあるプロとか見たことないわ」

 

 空白期間がある久も、フリーでいた期間は一年か半年くらいだった気がする。この制度を使えそうなのは、専業主婦生活も7年目に突入しつつある自分くらいなものである。

 

「興味あるみたいだし、一応知り合いの人に話しておくから、前向きに考えておいてね」

 

「わかったで。竜華に相談してみるわ」

 

 怜がそう言うと、小鍛治さんは嬉しそうにコーヒーを飲み干した。

 

 怜がクラブハウスサンドが食べ終わった頃を見計らって、デラックスチョコレートパフェがテーブルの上にサーブされた。

 

「かなり、大きいやんな……」

 

「それ少し食べてみてもいいかな?」

 

 巨大なチョコレートパフェを見て、食欲に駆られた小鍛治さんから声がかかる。

 

「そら、小鍛治さんのお金やしええけど……太るで?」

 

「そ、それは、園城寺さんも同じでしょう?」

 

「うちは麻雀してるし、食べても太らへん体質やから」

 

「それ、10年後も言ってられるといいね」

 

 小鍛治さんは恨み言を言いながら、チョコレートパフェを小皿に取り分けて、食べ始めた。フードファイターばりのとてつもない速さである。

 

「おいしい〜♡ このお店来るたびに気になってたんだけど、はじめて食べたよ。園城寺さんありがとう」

 

 怜はお礼を言われるようなことは何もしていないし、むしろ怜がお礼を言わなくてはならない立場なのだが、小鍛治さんにそう言われて特に悪い気もしなかった。

 なので、体重計の上で戦犯顔を晒す未来の小鍛治健夜さんに、心の中で小さく謝っておくことにした。

 怜は、コーヒーに口をつける。すぐに中身は空になってしまった。

 もう、一杯飲みたい。

 

 それにしても、ふなQのやつはどこで迷子になっているんやろか?

 

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