専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記   作:すごいぞ!すえはら

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第84話 園城寺怜と優しい先輩

 大阪国際麻雀ホール。雀聖戦の一次予選となる会場に兵庫県代表の怜は、北大阪代表の除ケ口先輩と一緒に参加していた。

 だだっ広いホールに、自動卓が15台ほど碁盤の目のように並べられている。その会場の隅のパイプ椅子に仲良く並んで、2人は腰掛けていた。

 除ケ口先輩とは、小学校の麻雀部時代からの付き合いだ。今は、大手出版社で働いているらしい。入院期間があったので、一緒にいれた期間は短いが、千里山高校の麻雀部でも先輩であった。

 

「園城寺さん、ほんまに麻雀に復帰したんやなあ……良かったわあ」

 

「んー生死の境を彷徨ったけど、ついに怜ちゃん大復活や!」

 

 感慨深げにつぶやく除ケ口先輩に、怜はそう軽口を叩きながら、試合会場に集まった選手たちの表情を眺めやった。

 ほとんどが自分と同じアマチュアだ。テレビ画面で見たことのある顔は少ない。プロなのかもしれないが、2軍でしか登板がない選手だとわからないものである。

 有力なプロはここを勝ち進んだ二次予選や、挑戦者決定戦からシードで参加してくる。新人選手ですらドラフト1位指名選手は、2次予選からなので、怜の知っている顔がほどんどいないのも仕方がないと言える。

 

「兵庫県大会、テレビで見させて貰ったわ、すごいなアレ」

 

「ありがとうございます。なかなか、調子良かったですわあ」

 

 怜からすると、兵庫県大会は正直に言えば退屈な内容だったのだが、褒めてくれたので、調子が良かったことにしておいた。

 

「まさか小学校時代に麻雀部に誘った女の子が、ここまで強くなるとはなあ……清水谷さんはともかくとして、園城寺さんがなあ。インターハイ勝つし、ほんま麻雀はわからんへん」

 

「園城寺さん、君には麻雀の才能がある! 即レギュラー間違いなしの逸材や! って除ケ口先輩、昔から言ってはったやないですか?」

 

「いや、あれは入って欲しいから言っただけで、全部適当なこと言うただけや」

 

「ええっ!?」

 

 15年越しに明かされる衝撃の真実に、怜は驚愕した。冗談をいっているのだろうと怜は思い、除ケ口先輩の顔を見ると、さりげなく目を逸らされた。どうやら、本当に口車に乗せられていただけらしい。

 

「で、でも竜華も当時から才能あるって言ってくれてたで!」

 

「そら清水谷さんは、園城寺さんのこと否定したりとかないし……」

 

「た、たしかにそうや……」

 

 怜自身、自分でも薄々感じていたことではあったのだが、小学校時代うちはクソザコであったらしい。

 二条泉さんとかいうクソザコに勝って、調子に乗るクソザコ。それこそが、小学校時代の園城寺怜の正体であった。

 除ケ口先輩から正論を叩きつけられ、怜は心にふかいふかい傷を負った。

 

 正論による言葉の暴力。ロジックハラスメント。略して、ロジハラである。

 

「ううっ……そんなん知りたくなかったわ」

 

「ま、まあ……ええやないか、今は兵庫県の代表選手になったんやし、胸張っていこうや」

 

「せや! ここにいる全員倒して、目指すは優勝や!」

 

 除ケ口先輩に慰められて、怜は元気よく優勝宣言をした。こうした気配りが出来る性格の良さが、除ケ口先輩の良いところである。藤白先輩のような畜生とは違うのだ。

 

「ところで、一次予選って10半荘しての得点収支を競うみたいやけど、これって高火力雀士が有利やないですか?」

 

 怜は除ケ口先輩にそう問いかけた。

 50名以上が集まった一次予選のなかで、二次予選に進出できるのはたったの4名。10半荘の合計収支上位4名のみが、2次予選に駒を進めることができる。

 

「プロ個人戦なんかも、そう言う意見も多いなあ。私としてもこのルールには、少し思うところもあるんやけど……与えられた環境でがんばるしかないやろ」

 

 決意を新たにする除ケ口先輩を見て、怜も心のうちに灯がともるのを感じた。

 除ケ口先輩は、たしかな基礎力で守備が固く、真っ直ぐな牌捌きで堅実に勝っていく、麻雀が上手なタイプの打ち手だ。プロでいうと洋榎や福路プロが近い。どちらかと言えば守備寄りで、合計収支では不利になりやすい。

 

『予選出場選手は卓についてください。繰り返します、予選出場選手は卓についてください』

 

 怜は考え事を止めて、除ケ口先輩と目配せをした。

 

「それじゃあ、行ってきます」

 

「ああ、いい試合にしよう」

 

 そう言葉を交わして、怜は椅子から立ち上がり指定された卓に向かう。

 怜が卓につき挨拶ををすると、賽は投げられ、自動卓が一斉に稼働し始めた。

 怜は心を落ち着けるように、小さく深呼吸してから目を閉じた。

 

 洗牌の音。牌と牌が擦れる音がする。

 

 得点収支の麻雀だ。多少の失点は仕方がない。出来るだけ多く稼ごう。

 怜はそう心に決めて、麻雀卓に向き直った。

 

 

❇︎

 

 

雀聖戦一次予選 第七半荘終了

園城寺 怜  +318

白水 哩   +286

愛宕 絹恵  +89

除ケ口 弥生 +61

宇野沢 栞  +57

寺崎 遊月  +50

小走 やえ  +48

百鬼 藍子  +42

 

 怜は糖分補給のための、チョコレート味のエネルギーバーを齧りながら、電光掲示板を見やった。

 七半荘を終えて、+321でトップとなかなか悪くない成績だ。しかし、すぐ後ろに白水さんがいるので安心はできない。

 白水さんはプロ団体戦の先鋒としては、パッとしない成績を残している印象がある。しかし、このメンバーに混ざると圧倒的な実力を見せつけている。本来であれば、白水さんは二次予選からの参加になる選手だと思うのだが、枠の関係で一次予選からに、なってしまったのだろうか?

 

雀聖戦一次予選 第八半荘

東 白水 哩   50000

南 宇野沢 栞  50000

西 除ケ口 弥生 50000

北 園城寺 怜  50000

 

——なんにしても、この直接対決で差をつけてものにせなあかんな。

 

「インハイ以来やね、久しぶりたい」

 

「久しぶりや、やっぱりプロは違うなあ」

 

「アマチュアにいっちゃんばっちられるわけにはいかんと、ここでまくっち沈めたる」

 

「おーん? 日本語で頼むで」

 

 白水さんが何を言ってるのかはあまりわからなかったが、好戦的なことを言われたような気がしたので、怜は不敵な笑みを作ってそう挑発しておいた。東京弁ですら使うことのできない田舎者に、負けるわけにはいかない。

 白水さんと見えない火花を散らしていると、同卓する除ケ口先輩を着席した。僅かに緊張の色が見られる。除ケ口先輩の順位は4位、二次予選に進出できる当落線上にいた。

 

「園城寺さん、よろしく。お手柔らかにな」

 

「よろしく頼みますわあ」

 

 怜は卓についた除ケ口先輩に、そう挨拶を返した。

 怜と白水さん以外は、絹恵ちゃんが少し抜けているとはいえ混戦模様だ。残りの二枠を10名程の選手が争う格好となっている。できれば、除ケ口先輩にとって欲しいなあと怜は思った。

 最後に、佐久フェレッターズの宇野沢プロが卓について、試合は開始された。

 自動卓の洗牌が始まり、思考がクリアになっていくのを怜は感じた。

 白水さんとの得点差は±32ほどある。油断は出来ないが、それなりに差はある。ここで大切なのは、大きく負けないこと。ウマもあるので、ここは確実に連対する。

 東一局、手牌は悪くない。

 鳴くよりもリーチ一発の打点向上を狙うために面前で仕上げた方が、ルール上都合が良い。そう考えながら、手を進めていくと三、六索の両面待ちの良形で聴牌した。二巡先に自分が和了する未来が視えたので、一巡待ってから怜はリーチをかけた。

 

リーチや!

 

 供託した点棒が綺麗に立って、怜は少し気分が良くなった。

 宇野沢プロが捨てた八萬を、白水さんが鳴いたことで、六索を引き当てることができるようになる。一発はつかないが、先制することが大事だ。白水さんの親かぶりになるのも良い。

 

ツモ! 1300、2600

 

雀聖戦一次予選 第八半荘

東二局

園城寺 怜  55200

宇野沢 栞  48700

除ケ口 弥生 48700

白水 哩   47400

 

 続く東二局も手牌は悪く無かった。中が2つ重なっていて、鳴けば特急券になるし引き当てられれば満貫も狙える。

 しかし、宇野沢プロの手が早く跳満和了が視えた。しかし、除ケ口先輩の捨てる中を鳴けばズレるので、ひとまずその未来は回避することができる。

 怜は鳴こうと思い、左端の中の対子を一瞬見たが鳴くのをやめた。この横移動は止める必要がないと怜は判断した。変に未来をぐしゃぐしゃにして、白水さんに和了されるくらいなら、宇野沢プロに和了させてしまった方が良い。

 

ロン! 18000です

 

 宇野沢プロがそう発声すると、除ケ口先輩の手が大きく震えた。除ケ口先輩からすれば、5位につけている一番振り込みたくない相手への、跳満放銃だ。

 宇野沢プロの顔が僅かに綻び、除ケ口先輩は表情に出さないように、目を一度閉じてから真顔で卓に向き直った。必死に表情を隠しても、牌から手に取るように動揺が伝わってきた。

 

雀聖戦一次予選 第八半荘

東二局 一本場

宇野沢 栞  66700

園城寺 怜  55200

白水 哩   47400

除ケ口 弥生 30700

 

——とりあえず、除ケ口先輩の点棒を減らしておいて、白水さんの稼げる上限を作った方がええな

 

 毟れるところから、毟れるだけ毟る。

 リーチをかけるよりも手牌の待ちを寄せていき、宇野沢プロを使う。動揺している除ケ口先輩が振り込むように、鳴きを使いながら誘導し、点棒を引き出すことに怜は成功した。

 

ロン! 8300

 

 怜がそう発声すると、除ケ口先輩の目に諦めがよぎるのが見えた。除ケ口先輩はプレッシャーに弱い。経験を積んで克服したように見えても、ここぞという場面で、その精神的骨格が顕在化する。

 

雀聖戦一次予選 第八半荘

東三局 

宇野沢 栞  66700

園城寺 怜  63500

白水 哩   47400

除ケ口 弥生 22400

 

 点数の上限をつくることができたことに、怜は満足した。あとは、沈めるだけである。

 満貫和了で良いリズムを作れたのか、続く東三局、怜は倍満を和了することが出来た。

 東四局では、ズラすことが出来ずに白水さんに満貫をツモ和了されてしまった。しかし、南入して除ケ口先輩の点数を見て、白水さんの表情が曇る。

 

 もう流れは、変わらない。

 

 白水さんは、跳ツモでも追いつくことは出来ないし、園城寺怜の麻雀に放銃はない。

 白水さんが3位にいるうちに、怜は連続和了で除ケ口先輩を飛ばして、試合を終わらせた。

 

雀聖戦一次予選 第八半荘

〜終了〜

園城寺 怜  91500

宇野沢 栞  58700

白水 哩   50400

除ケ口 弥生 −600

 

ありがとうございました。

 

 上手く噛み合った試合運びが出来た。宇野沢プロは終始協力的だったし、機知に富んだ麻雀が出来たと怜は手応えを感じた。

 宇野沢プロが満足気に頷いてから、卓を降りるのを見届けてから、怜はスポーツドリンクを口に含んだ。思った以上に、喉が渇いていたことに怜は驚いた。渇いた喉に、スポーツドリンクの甘味と塩分が染みる。

 

「園城寺、次は絶対に負けなか二次予選で戦うんば楽しみにしとる」

 

「ま、次もよろしくたのむで」

 

 席から立ち上がった白水さんに、怜はそう返答した。試合前の緊張感も決着がついてしまえば、穏やかなものである。

 +62の−10と72点程、この試合で白水さんとの差が開いた。油断は禁物だが、100点以上のリードがあるので、おそらく優勝出来るだろうと怜は思った。

 

「園城寺さん……強くなったなあ。私が高校引退してから、ほんまに強くなった。いや……もともと強かったか」

 

 放心状態で天井を見つめる除ケ口先輩が、ボソリとそうつぶやいた。

 

「まあ、色々とありましたので」

 

「私のぶんまで頑張って、二次予選は頑張ってな! 応援してるから!」

 

「はい」

 

 怜が短くそう答えると、除ケ口先輩の目から一粒の涙が頬を伝って流れ落ちた。

 仕事も忙しく、麻雀にかけられる時間もだんだん少なくなっていると言っていた。それだけに、この雀聖戦で除ケ口先輩は、自分がどこまでプロ雀士に通じるのか、試してみたかったのだろう。

 慌てて除ケ口先輩は、涙を手で拭って堪えるような笑顔を作った。

 

「弱い先輩でごめんなあ……」

 

 まだ試合は残っている。だから、あとニ半荘頑張りましょうと、慰めようとした怜だったが口にするのは止めた。それが無理であることは怜も、なにより除ケ口先輩が一番わかっている。

 だから、怜は立ち上がって除ケ口先輩の肩に手を置いた。

 それから、麻雀を終えた時と同じ挨拶を怜は、もう一度繰り返した。

 

「除ケ口先輩、ありがとうございました」

 

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