大阪国際麻雀ホール。雀聖戦の一次予選となる会場に兵庫県代表の怜は、北大阪代表の除ケ口先輩と一緒に参加していた。
だだっ広いホールに、自動卓が15台ほど碁盤の目のように並べられている。その会場の隅のパイプ椅子に仲良く並んで、2人は腰掛けていた。
除ケ口先輩とは、小学校の麻雀部時代からの付き合いだ。今は、大手出版社で働いているらしい。入院期間があったので、一緒にいれた期間は短いが、千里山高校の麻雀部でも先輩であった。
「園城寺さん、ほんまに麻雀に復帰したんやなあ……良かったわあ」
「んー生死の境を彷徨ったけど、ついに怜ちゃん大復活や!」
感慨深げにつぶやく除ケ口先輩に、怜はそう軽口を叩きながら、試合会場に集まった選手たちの表情を眺めやった。
ほとんどが自分と同じアマチュアだ。テレビ画面で見たことのある顔は少ない。プロなのかもしれないが、2軍でしか登板がない選手だとわからないものである。
有力なプロはここを勝ち進んだ二次予選や、挑戦者決定戦からシードで参加してくる。新人選手ですらドラフト1位指名選手は、2次予選からなので、怜の知っている顔がほどんどいないのも仕方がないと言える。
「兵庫県大会、テレビで見させて貰ったわ、すごいなアレ」
「ありがとうございます。なかなか、調子良かったですわあ」
怜からすると、兵庫県大会は正直に言えば退屈な内容だったのだが、褒めてくれたので、調子が良かったことにしておいた。
「まさか小学校時代に麻雀部に誘った女の子が、ここまで強くなるとはなあ……清水谷さんはともかくとして、園城寺さんがなあ。インターハイ勝つし、ほんま麻雀はわからんへん」
「園城寺さん、君には麻雀の才能がある! 即レギュラー間違いなしの逸材や! って除ケ口先輩、昔から言ってはったやないですか?」
「いや、あれは入って欲しいから言っただけで、全部適当なこと言うただけや」
「ええっ!?」
15年越しに明かされる衝撃の真実に、怜は驚愕した。冗談をいっているのだろうと怜は思い、除ケ口先輩の顔を見ると、さりげなく目を逸らされた。どうやら、本当に口車に乗せられていただけらしい。
「で、でも竜華も当時から才能あるって言ってくれてたで!」
「そら清水谷さんは、園城寺さんのこと否定したりとかないし……」
「た、たしかにそうや……」
怜自身、自分でも薄々感じていたことではあったのだが、小学校時代うちはクソザコであったらしい。
二条泉さんとかいうクソザコに勝って、調子に乗るクソザコ。それこそが、小学校時代の園城寺怜の正体であった。
除ケ口先輩から正論を叩きつけられ、怜は心にふかいふかい傷を負った。
正論による言葉の暴力。ロジックハラスメント。略して、ロジハラである。
「ううっ……そんなん知りたくなかったわ」
「ま、まあ……ええやないか、今は兵庫県の代表選手になったんやし、胸張っていこうや」
「せや! ここにいる全員倒して、目指すは優勝や!」
除ケ口先輩に慰められて、怜は元気よく優勝宣言をした。こうした気配りが出来る性格の良さが、除ケ口先輩の良いところである。藤白先輩のような畜生とは違うのだ。
「ところで、一次予選って10半荘しての得点収支を競うみたいやけど、これって高火力雀士が有利やないですか?」
怜は除ケ口先輩にそう問いかけた。
50名以上が集まった一次予選のなかで、二次予選に進出できるのはたったの4名。10半荘の合計収支上位4名のみが、2次予選に駒を進めることができる。
「プロ個人戦なんかも、そう言う意見も多いなあ。私としてもこのルールには、少し思うところもあるんやけど……与えられた環境でがんばるしかないやろ」
決意を新たにする除ケ口先輩を見て、怜も心のうちに灯がともるのを感じた。
除ケ口先輩は、たしかな基礎力で守備が固く、真っ直ぐな牌捌きで堅実に勝っていく、麻雀が上手なタイプの打ち手だ。プロでいうと洋榎や福路プロが近い。どちらかと言えば守備寄りで、合計収支では不利になりやすい。
『予選出場選手は卓についてください。繰り返します、予選出場選手は卓についてください』
怜は考え事を止めて、除ケ口先輩と目配せをした。
「それじゃあ、行ってきます」
「ああ、いい試合にしよう」
そう言葉を交わして、怜は椅子から立ち上がり指定された卓に向かう。
怜が卓につき挨拶ををすると、賽は投げられ、自動卓が一斉に稼働し始めた。
怜は心を落ち着けるように、小さく深呼吸してから目を閉じた。
洗牌の音。牌と牌が擦れる音がする。
得点収支の麻雀だ。多少の失点は仕方がない。出来るだけ多く稼ごう。
怜はそう心に決めて、麻雀卓に向き直った。
❇︎
雀聖戦一次予選 第七半荘終了
園城寺 怜 +318
白水 哩 +286
愛宕 絹恵 +89
除ケ口 弥生 +61
宇野沢 栞 +57
寺崎 遊月 +50
小走 やえ +48
百鬼 藍子 +42
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怜は糖分補給のための、チョコレート味のエネルギーバーを齧りながら、電光掲示板を見やった。
七半荘を終えて、+321でトップとなかなか悪くない成績だ。しかし、すぐ後ろに白水さんがいるので安心はできない。
白水さんはプロ団体戦の先鋒としては、パッとしない成績を残している印象がある。しかし、このメンバーに混ざると圧倒的な実力を見せつけている。本来であれば、白水さんは二次予選からの参加になる選手だと思うのだが、枠の関係で一次予選からに、なってしまったのだろうか?
雀聖戦一次予選 第八半荘
東 白水 哩 50000
南 宇野沢 栞 50000
西 除ケ口 弥生 50000
北 園城寺 怜 50000
——なんにしても、この直接対決で差をつけてものにせなあかんな。
「インハイ以来やね、久しぶりたい」
「久しぶりや、やっぱりプロは違うなあ」
「アマチュアにいっちゃんばっちられるわけにはいかんと、ここでまくっち沈めたる」
「おーん? 日本語で頼むで」
白水さんが何を言ってるのかはあまりわからなかったが、好戦的なことを言われたような気がしたので、怜は不敵な笑みを作ってそう挑発しておいた。東京弁ですら使うことのできない田舎者に、負けるわけにはいかない。
白水さんと見えない火花を散らしていると、同卓する除ケ口先輩を着席した。僅かに緊張の色が見られる。除ケ口先輩の順位は4位、二次予選に進出できる当落線上にいた。
「園城寺さん、よろしく。お手柔らかにな」
「よろしく頼みますわあ」
怜は卓についた除ケ口先輩に、そう挨拶を返した。
怜と白水さん以外は、絹恵ちゃんが少し抜けているとはいえ混戦模様だ。残りの二枠を10名程の選手が争う格好となっている。できれば、除ケ口先輩にとって欲しいなあと怜は思った。
最後に、佐久フェレッターズの宇野沢プロが卓について、試合は開始された。
自動卓の洗牌が始まり、思考がクリアになっていくのを怜は感じた。
白水さんとの得点差は±32ほどある。油断は出来ないが、それなりに差はある。ここで大切なのは、大きく負けないこと。ウマもあるので、ここは確実に連対する。
東一局、手牌は悪くない。
鳴くよりもリーチ一発の打点向上を狙うために面前で仕上げた方が、ルール上都合が良い。そう考えながら、手を進めていくと三、六索の両面待ちの良形で聴牌した。二巡先に自分が和了する未来が視えたので、一巡待ってから怜はリーチをかけた。
リーチや!
供託した点棒が綺麗に立って、怜は少し気分が良くなった。
宇野沢プロが捨てた八萬を、白水さんが鳴いたことで、六索を引き当てることができるようになる。一発はつかないが、先制することが大事だ。白水さんの親かぶりになるのも良い。
ツモ! 1300、2600
雀聖戦一次予選 第八半荘
東二局
園城寺 怜 55200
宇野沢 栞 48700
除ケ口 弥生 48700
白水 哩 47400
続く東二局も手牌は悪く無かった。中が2つ重なっていて、鳴けば特急券になるし引き当てられれば満貫も狙える。
しかし、宇野沢プロの手が早く跳満和了が視えた。しかし、除ケ口先輩の捨てる中を鳴けばズレるので、ひとまずその未来は回避することができる。
怜は鳴こうと思い、左端の中の対子を一瞬見たが鳴くのをやめた。この横移動は止める必要がないと怜は判断した。変に未来をぐしゃぐしゃにして、白水さんに和了されるくらいなら、宇野沢プロに和了させてしまった方が良い。
ロン! 18000です
宇野沢プロがそう発声すると、除ケ口先輩の手が大きく震えた。除ケ口先輩からすれば、5位につけている一番振り込みたくない相手への、跳満放銃だ。
宇野沢プロの顔が僅かに綻び、除ケ口先輩は表情に出さないように、目を一度閉じてから真顔で卓に向き直った。必死に表情を隠しても、牌から手に取るように動揺が伝わってきた。
雀聖戦一次予選 第八半荘
東二局 一本場
宇野沢 栞 66700
園城寺 怜 55200
白水 哩 47400
除ケ口 弥生 30700
——とりあえず、除ケ口先輩の点棒を減らしておいて、白水さんの稼げる上限を作った方がええな
毟れるところから、毟れるだけ毟る。
リーチをかけるよりも手牌の待ちを寄せていき、宇野沢プロを使う。動揺している除ケ口先輩が振り込むように、鳴きを使いながら誘導し、点棒を引き出すことに怜は成功した。
ロン! 8300
怜がそう発声すると、除ケ口先輩の目に諦めがよぎるのが見えた。除ケ口先輩はプレッシャーに弱い。経験を積んで克服したように見えても、ここぞという場面で、その精神的骨格が顕在化する。
雀聖戦一次予選 第八半荘
東三局
宇野沢 栞 66700
園城寺 怜 63500
白水 哩 47400
除ケ口 弥生 22400
点数の上限をつくることができたことに、怜は満足した。あとは、沈めるだけである。
満貫和了で良いリズムを作れたのか、続く東三局、怜は倍満を和了することが出来た。
東四局では、ズラすことが出来ずに白水さんに満貫をツモ和了されてしまった。しかし、南入して除ケ口先輩の点数を見て、白水さんの表情が曇る。
もう流れは、変わらない。
白水さんは、跳ツモでも追いつくことは出来ないし、園城寺怜の麻雀に放銃はない。
白水さんが3位にいるうちに、怜は連続和了で除ケ口先輩を飛ばして、試合を終わらせた。
雀聖戦一次予選 第八半荘
〜終了〜
園城寺 怜 91500
宇野沢 栞 58700
白水 哩 50400
除ケ口 弥生 −600
ありがとうございました。
上手く噛み合った試合運びが出来た。宇野沢プロは終始協力的だったし、機知に富んだ麻雀が出来たと怜は手応えを感じた。
宇野沢プロが満足気に頷いてから、卓を降りるのを見届けてから、怜はスポーツドリンクを口に含んだ。思った以上に、喉が渇いていたことに怜は驚いた。渇いた喉に、スポーツドリンクの甘味と塩分が染みる。
「園城寺、次は絶対に負けなか二次予選で戦うんば楽しみにしとる」
「ま、次もよろしくたのむで」
席から立ち上がった白水さんに、怜はそう返答した。試合前の緊張感も決着がついてしまえば、穏やかなものである。
+62の−10と72点程、この試合で白水さんとの差が開いた。油断は禁物だが、100点以上のリードがあるので、おそらく優勝出来るだろうと怜は思った。
「園城寺さん……強くなったなあ。私が高校引退してから、ほんまに強くなった。いや……もともと強かったか」
放心状態で天井を見つめる除ケ口先輩が、ボソリとそうつぶやいた。
「まあ、色々とありましたので」
「私のぶんまで頑張って、二次予選は頑張ってな! 応援してるから!」
「はい」
怜が短くそう答えると、除ケ口先輩の目から一粒の涙が頬を伝って流れ落ちた。
仕事も忙しく、麻雀にかけられる時間もだんだん少なくなっていると言っていた。それだけに、この雀聖戦で除ケ口先輩は、自分がどこまでプロ雀士に通じるのか、試してみたかったのだろう。
慌てて除ケ口先輩は、涙を手で拭って堪えるような笑顔を作った。
「弱い先輩でごめんなあ……」
まだ試合は残っている。だから、あとニ半荘頑張りましょうと、慰めようとした怜だったが口にするのは止めた。それが無理であることは怜も、なにより除ケ口先輩が一番わかっている。
だから、怜は立ち上がって除ケ口先輩の肩に手を置いた。
それから、麻雀を終えた時と同じ挨拶を怜は、もう一度繰り返した。
「除ケ口先輩、ありがとうございました」