牛脂が塗られたホットプレートに、ザラメを少々。そこに神戸牛のもも肉を、広げてさっと焼く。
お肉の桃色が変わってきたら上から、お醤油をかけて、ひっくり返す。じゅっとお醤油の香ばしい焼ける匂いがついたら完成。
焼き上がった牛肉は、菜箸でつまみ上げられ、怜のお皿の上に置かれた。
「サンキューや!」
「ふふっ、たくさん食べてね」
関西風すき焼きマイスターの竜華が、作ってくれたすき焼きに、卵黄の溶き卵を絡めて怜は舌鼓をうった。
すき焼きは、こうやって食べるのが一番おいしいと怜は思っている。関東風のすき焼きは火が通りすぎてしまって、あまり美味しくない。
「どう? おいしい?」
「おいしいで!」
「良かった。もう少しお肉食べる? それともお野菜いれる?」
「牛肉、もう少し食べたいで」
怜がそう言うと、竜華はホットプレートにザラメを敷いて、またお肉を焼く準備をしてから、再度2枚の牛肉をホットプレートの上に並べ置いた。
お肉の焼ける良い匂い。
ダイニングに幸せな時間が流れる。
「優勝おめでとう、怜」
「まだ、一次予選やからなあ……竜華も出るんか?」
「うーん……どうしようかな……」
竜華はホットプレートに、お醤油を流し入れてから、少し考えるようにゆっくりと手を動かしている。竜華なら挑戦者決定戦からの参加となるのだが、試合日程を考えながら慎重に参戦するのか熟慮しているようだ。
「怜が、挑戦者決定戦まで来るなら……参加しようかな」
竜華は、ホットプレートの牛肉を菜箸で掴むと怜のお皿と自分のお皿に一枚ずつ取り分けた。
薄い唇を小さく開けて、お肉を頬張る竜華のことを怜は見つめた。
「うちが二次予選突破できなくても、出たらええやん?」
「んー雀聖戦の挑戦者になっても、仕方あらへんしなあ……挑戦だけなら1000万とかしか、貰えへんし。怜がいないなら、手の内見せずにペナントの調整してる方が有意義や」
「また、ドライなこと言うなあ……」
久しぶりに竜華は、プロ麻雀に憧れる少女の夢を壊すような発言をした。その言葉を聞いて今日もプロ麻雀の中継があることを怜は思い出した。
「あ、プロ麻雀中継つけてええ? もう、はじまってるやろ」
「ええで。今日たしか、大宮はルーキーの……えっと、誰やっけ……ああ! 原村さん登板する予定や」
なんとか原村さんの名前を思い出した竜華の言葉を聞きながら、怜はテレビの電源をつけた。
プロ麻雀トップリーグ
先鋒戦 第二半荘 東2局
松山 友清 朱里 123600
大宮 原村 和 118700
横浜 弘世 菫 96600
佐久 辻垣内 智葉 61100
友清 朱里 昨年度成績
ドラフト3位 個人戦順位 14位
新道寺女子→松山
12勝16敗0H
昨年度は12勝をあげて飛躍の年となった。松山の未来を担う若きエース。新道寺黄金世代の1人で、宮永咲は同級生。
原村 和 ROOKIE
ドラフト1位 個人戦順位 NEW
清澄→渋共→帝都大→大宮
0勝1敗0H
帝都大学で活躍したデジタル麻雀の使い手。清澄高校時代に、宮永咲と共にインターハイ出場経験あり。
弘世 菫 昨年度成績
ドラフト2位 個人戦順位 39位
白糸台→家慶大→横浜
4勝17敗0H
アイドルばりの甘いマスクに定評のある、横浜のシャープシューター。昨年度は4勝をマークし、ローテーションを守り通した。
辻垣内 智葉 昨年度成績
ドラフト1位 個人戦順位 21位
臨海→佐久
10勝18敗0H
毎年安定した成績を残す佐久の第二先鋒。眼鏡が素敵な委員長タイプ。タイトル獲得経験あり。
「なんだか、辻垣内さん調子悪そうやな……」
「ここ最近、ずっとやない? 去年からわりとおかしかったで?」
「でも、牌王戦出たりしてたやん?」
「んーまあ、せやけど……私はもっと良い時の辻垣内さんも知ってるから」
辻垣内さんは眉間に皺を寄せて、苦しそうに闘牌を続けている。プロ入り一年目からずっと活躍してきた選手だが、二年目三年目をピークに緩やかに成績は下降傾向にある。
インターハイで戦ったことのある選手が、ダメになっていくのを見て、怜は少しだけ悲しい気持ちになった。
「こういう不調って何が原因なん?」
「彼女くらいキャリアあると研究対策どうこうではないし、一番考えられるのは怪我やな……あとは単純に衰えてきてるとか」
「え!? 辻垣内さんってうちらと同い年やろ!? 衰えるとかあるんか!」
「衰える人は25とかでガクッときたりするんよな、30までは大丈夫な人が多いけど……辻垣内さんは、高校でもたくさん卓ついて、プロ入り後もすぐ活躍しとるから、経年劣化かもしれへん」
竜華の辻垣内智葉衰えた発言に、ビビりながら、怜は部屋の隅に置いてある全身鏡で自分の顔を眺めやった。ニキビ1つないすべすべのお肌と、艶やかな髪を見て怜は安心した。
「怪我まではいかなくても精神的にダメージあるときに、無理に麻雀しとると少しずつ壊れていくから怜も気をつけてな」
「き、気をつけるわ……」
竜華にそう脅されて、怜は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。気づけばもうすぐ25歳、老いとは恐ろしいものである。
竜華はラードを溶かし込んでから、お野菜を焼きながら、ざらめとお醤油で味付けしていく。色合いがなかなかおいしそうだ。
「まだ、食べられへんの?」
「もうちょっとやな。出来上がったらよそってあげるから、少し待っててね」
どうやら、もう少し焼き上がるまでに時間がかかるらしい。はやく、しいたけと玉ねぎさんを食べたい。
リーチ!
怜がホットプレートから目を離してテレビ画面を見ると、原村さんが点棒を供託している映像が映っていた。
七萬のカンチャン待ちである。役牌もあるので、良形まで待っても良いと思ったのだが積極的にリーチを仕掛けていくようだ。
「これ和了すればトップ目やん! 原村さんいけるで!」
怜の応援が功を奏したのか、原村さんは3巡先で無事七萬を引き当て、トップに立った。
プロ麻雀トップリーグ
先鋒戦 第二半荘 東3局
大宮 原村 和 123900
松山 友清 朱里 122300
横浜 弘世 菫 94000
佐久 辻垣内 智葉 59800
「そういえば、友清さんと原村さんってどっちも宮永さんの同級生なんやな」
竜華は、怜のお皿にお野菜を盛り付けてくれるのを眺めながら、怜はそうつぶやいた。
「清澄でベスト4、新道寺で全国制覇。咲ちゃんほんますごいなあ。さすが世界を獲るだけのことはあるなあ」
「それで、同級生2人ともプロで先鋒やってるとかどれだけ主人公やねん。清澄から転校したのも、深い事情があるしなー」
「深い事情って?」
竜華にそう聞かれたので、怜はしっかり甘くなった玉ねぎを食べながら、深い事情を考えることにした。
「清澄高校は、上埜プロを宮永さんと原村さんで取り合ってもうて、ドロドロの三角関係に突入してしまったんよ」
「ええ!?」
「その結果、傷害事件にまで発展。宮永さんは泣く泣く清澄高校を後にして、新道寺にいくことになったんや!」
「そ、そんな裏事情があったんかー怜。よう知っとるなあ」
「この前、宮永さんや花田ちゃんとご飯食べた時に教えて貰ったんや!」
怜は、宮永さんの過去の境遇を勝手に創造して竜華に説明した。宮永さんが上埜プロのネクタイを整えている姿を見て、導きだした完璧な推論である。
「でも、それなら原村さんと咲ちゃんは仲悪いんか? 気をつけなあかんやん」
「んー良くはないやろなあ。過去のことを水に流してくれてればええんやけど」
甘い割下を絡めた、玉ねぎがおいしい。
やっぱり、すき焼きはお肉よりもその出汁がしっかり出たあとのお野菜とお豆腐こそが本体なのだと、怜は確信した。
プロ麻雀トップリーグ
先鋒戦 第二半荘 南1局
松山 友清 朱里 129000
大宮 原村 和 121900
横浜 弘世 菫 91300
佐久 辻垣内 智葉 57800
すき焼きを食べるのに夢中で、気が付かなかったが、テレビ画面を見直すといつの間にか、南入して友清さんが逆転していた。
「あれ? 友清さんが逆転してるやん?」
「さっき、普通に友清さん満貫和了してたで」
同級生対決は、原村さんを再度友清さんが抜き返すという熾烈なデットヒートの様相を呈しているようだった。
しかし、点差は約8000点。満貫ひとつでひっくり返る点差だ。
早い巡目に原村さんが聴牌したが、またもカンチャン待ちである。八索は山に3枚ある。リーのみなので、流石にダマで回して手替りを待つだろうと怜は思ったが、原村さんは特に迷いもなく牌を曲げた。
「え……これ、リーチするん? 六索持ってくれば断么九もつくやん」
日本一頭の良いの大学を卒業した原村さんが繰り出す、偏差値3の麻雀に怜は戦慄した。ドラフト前の前評判に違わぬ、ウホウホ立直マンぶりである。
「んーでも、これデジタル的には曲げた方がええしなあ」
「そ、そうなん!?」
「基本即リーチしたほうがええというのが、デジタルの考え方やからな」
竜華に説明されても、曲げた方が良い理由が全くわからない。未来が視えて確実に和了出来るわけでもないのに、何故この手牌で立直するのだろうか?
「もっとこう……デジタルって守備的で、それと鳴きを多用して聴牌とったりとか。ほら、瑞原監督の現役のときみたいな感じやろ?」
鳴くし守備的と完全に矛盾したことを言っているなと怜は思ったが、竜華はニュアンスを汲み取ってくれたようだ。
「あー昔はそうやったけど、今のデジタルは面前を高く評価するし、リーチに一向聴から押してくることもあるで」
「もしかして、このリーチ一般的に変なリーチではないんか?」
「確率的には曲げるのが正解なんちゃう?」
「そ、そうなんか……」
竜華の話を聞いて、怜はデジタル麻雀とはなんなのかわからなくなった。
専業主婦生活を送っている間に、デジタル麻雀も随分と変わってしまったようだ。なお、怜は時代のせいにしたが、未来視の力を使いこなせるようになってから、1度もデジタル麻雀の本を読んだことはないし、それ以前もセオリー全く重視せずにセーラと高い手を作って遊んでいた模様。
「じゃあ、この局面で竜華はリーチするんか?」
「え? せーへんけど?」
当たり前のように、竜華はそう言った。やっぱりリーチしてはダメらしい。理由はよくわからないが、結論が一緒だったので怜はあまり深く考えないことにした。自分の麻雀とは、あまり関係ないことである。
リーチだ
弘世さんが、1000点棒を供託し追っかけリーチをかけた。待ちは、1、2、4筒の三面張だ。
真剣に麻雀してる時の弘世さんの声、ほんまかっこええなと怜は思った。一流のコントラルトのような低音。自分もこんな声でリーチしてリーチ棒を立ててみたい。
そのままめくりあいにはならず、原村さんが四筒をツモってきてしまい、そのまま放銃した。一発に裏も乗って倍満である。
プロ麻雀トップリーグ
先鋒戦 第二半荘 南2局
松山 友清 朱里 129000
横浜 弘世 菫 108300
大宮 原村 和 104900
佐久 辻垣内 智葉 57800
よくプロ麻雀を見ている怜だったが、弘世さんの倍満以上の和了は久しぶりに見た。というより、はじめて見たかもしれない。
弘世さんのファンはここだけ切り取って、何度も見返すのだろうなと怜は思った。完全に偏見だが、弘世さんのファンは原村さんのことが嫌いそうである。
嬉しそうに少し頬を緩ませた弘世さんとは対照的に、原村さんは、まあそういうこともあるかといった表情で飄々としていた。
「怜、そろそろお豆腐さんも入れるけど、ええよな?」
「もちろんや! 食べるで!」
竜華が焼き豆腐をホットプレートに入れていく。
お豆腐に味が染みていく様子を眺めながら出来上がるのを待っていると、テレビ画面から、原村さんのリーチ発声が聞こえてきた。
プロ麻雀はまだ開幕したばかり。今年新たに入団したウホウホ立直マンの活躍に、怜は思いを馳せた。