「おとうふ、おとうふ〜♪」
平日の夕方、怜は陽気な声で朝に竜華が作った豆腐ハンバーグを、レンジでチンして温まるのを待っていた。
ハンバーグをメインにしたワンプレートの上に、ご飯までのっているのは怜のあたためが、一回で済むようにとの竜華側からの配慮である。ここのところ怜がよくお茶碗に盛ったご飯をあたため忘れて、そのまま手付かずという事態が頻発したためそれを回避する狙いだ。
ちなみにレンジであたためる必要のない別皿のポテトサラダは、怜が存在に気がつかなかったため、冷蔵庫に入ったまま忘れ去られる運命にあった。
「やっぱ、竜華のつくったごはんおいしいわあ」
怜は、ケチャップと中濃ソースを煮詰めた家庭的な味のハンバーグに舌鼓をうち、食べ終えると満足げな表情でソファーに横になった。
その後、怜はテレビのプロ麻雀中継をつけたがとくに見る気もなく、BGMがわりにしながらうたた寝モードに入った。
食後のお昼寝の時間を怜は、大事にしているのである。
ツモ! 800 1600!
ウトウトしていると、テレビからよく聞き慣れた声が聞こえてきた。
怜は眠い目を擦りながら、テレビを見た。
清水谷 竜華 昨年度成績
ドラフト2位 個人戦順位 14位
千里山→エミネンシア神戸
4勝3敗31H
昨年度は53試合に登板と飛躍の年となった。クールな闘牌でチームを勝利に導く。
「あー竜華、今日試合出てるんやな」
エミネンシア神戸の接戦リードの副将戦、時刻はすでに19時を回っていた。
竜華の麻雀をテレビではクールな闘牌と柔らかい表現で紹介しているが、実際にはゴミを見る目で対戦相手を冷酷無慈悲に処理していく麻雀である。
高校時代は集中力にムラがあったが、プロに入ってから、常に高い集中を維持できるようになった。
「相変わらず、ヤバイ目しとるな、こいつ」
足を組んで弥勒菩薩のポーズのまま、理牌もせずに打ち続ける姿を見て、竜華のファンは愛想がないとか怖いとか思わないんやろか?と怜は疑問に感じながらも竜華を応援する。
そんな時、竜華と同卓している中に見知った雀士がいることに気がついた。
「あー有珠山高校のひとやん」
獅子原 爽 昨年度成績
ドラフト1位 個人戦順位 41位
有珠山→立直大→佐久
3勝2敗5H4S
ルーキーながらも昨年度は起用法を固定しない変幻自在のトリックスターとして活躍。
ルーキーイヤーに、獅子原さんは先発中継ぎ抑えなど起用法を固定しない方法で活躍していた。ドラフト1位ルーキーを便利屋のように使う采配に批判が集まったが、おそらくこれが一番活躍できる起用法なんじゃないかと怜は感じていた。
獅子原さんは、能力者であることは間違いなさそうなのだが、複数所持しているようでイマイチ掴み所のない能力であり対策がしにくい。しかし短い試合間隔が苦手なのか登板間隔がかなり空いていることが欠点だ。
「獅子原さん、この河で清一色で手作りしとるとか意味不明や……未来視なかったら絶対振り込むわ」
局面がかなり複雑化しながらも、竜華は当たり牌を抑えてきっちりオリきる。
ツモ! 1300 2600
しかし、獅子原さんは他家に頼ることなくツモ和了を繰り返し、首位の竜華に肉薄してくる。
「あーあかんな……これ」
かなり悪い流れのなかで竜華に勝負手がくる。最低でも満貫は狙えそうな配牌だ。ここぞという場面で引き当てられるのは、流石だなと怜は思った。
ただ、勢いに乗る獅子原さんのほうが先に大物手を聴牌していた。綺麗に有効牌を集めていく竜華だったが、一向聴で獅子原さんの当たり牌に手が伸びる。
「竜華!それあかんわ!!!」
怜はテレビに向かって叫ぶが、選手に当然聞こえるはずもない。
ロン! 16000!!!!
少し得意げな表情を浮かべ発声する獅子原さんとは対照的に、竜華は全く表情の変えないまま牌を片付けている。逆転されたのをきっかけにタイムアウトがとられ、竜華の交代がアナウンスされる。
闘牌時の峻厳な雰囲気を保ったまま、竜華は卓を降り、ベンチへ引き上げていく。ベンチまで戻ってから集中がとけて、一瞬唇を噛むような表情をした。しかしすぐに普段通りの表情に戻り、スコアラーから資料を受け取った場面で、カメラが卓上へ切り替わった。
「あー負けにしてもうたなこれは」
麻雀は勝つこともあれば、負けることもある。負けた時は悔しい、とくに団体戦であればなおさらだ。
こういう時、慰めて欲しい時とそっとしておいて欲しい時があるなあと怜は思った。ふと怜はあることを思い出した。
「ん……今日、試合神戸やから竜華帰ってくるやん」
怜は少し憂鬱な気分になりながら、ソファーでゴロゴロしながら、竜華が帰ってきたらどう接しようか考える。竜華の性格から自身の悔しさは当然として、うちを心配させてしまったこともストレスになりそうやと怜は思った。しかし、何にも声をかけないのも違う気もした。
慰めたほうがいいのか、試合を見ていないフリをするべきか、答えは見つかりそうになかった。
夜も日付が変わろうかという時。
玄関からカードキーで扉を開ける音が聞こえた。どう竜華に声をかけるか決まっていなかったが、怜はリビングのソファーから体を起こして、玄関まで行くことに決めた。
「ただいま」
「お、おかえり」
帰ってきたグレーのスーツ姿の竜華に怜はぎこちなく返事をした。
「試合みてた?」
いきなり竜華に核心部分を問いかけられ、怜は自分の体が硬直するような感覚をおぼえた。
「ん……見てたで、どうして見てたのわかったんや?」
「いつも、リビングのソファーで寝転んでのんびりしてるのに、心配そうにわざわざ玄関までお出迎えしてくれたらなあ、そらわかるわ」
怜は玄関まで来たのは、失敗だったなあと思い頬をかいた。
「獅子原さん強かったわあ、プロになったのしっとったけど、対戦はインターハイ以来やからなー」
そう言って竜華は、着ていたジャケットにブラシをかけながら笑った。いつもの笑顔の竜華を見て怜は少し安心する。
「獅子原さん高校からでもプロいけただろうに、大学に行ったんやな」
「立直大って名門やしなあ……ミッション系やし、高学歴って感じするわ!生まれかわったら、うちはキャンパスライフを楽しむで!」
「キャンパスライフ楽しむって、どんなことするんや?」
「お洒落して、東京池袋のカフェで怜とパンケーキ食べるんや」
「え、そのときウチも進学する前提なんか?」
「当たり前やん」
「勉強できへんからなあ、無理やわ」
「うーん……推薦とかあるやろ?」
怜は、大学に入って授業を受けて勉強するのが面倒すぎて無理という意味で言ったのだが、竜華は大学に入れるかどうかの心配をしていて微妙に会話が噛み合わない。六大学リーグとかなら、のんびり麻雀を続けるのも良かったかもしれへんと怜は思ったが、口に出すと竜華に睨まれそうなので、やめておくことにした。
「あ、そうそう仕出しのお弁当もらってきたけど食べる?」
「んーさっき竜華の豆腐ハンバーグ食べたから少しだけでええわ、おいしかったで」
「それは良かったわあ」
竜華は満面の笑みを浮かべながら、キッチンでお麩のお味噌汁を作り始めた。お弁当だけだと寂しいからと言って、2人でお弁当を食べるときは、温かいものを作ってくれることが多い。
竜華が作り終わるのを待ってから、ダイニングテーブルでお弁当を食べる。短い時間でお味噌汁だけじゃなくて、ポテトサラダまで作れるなんて竜華は手早いなあと怜は思った。なお、実際には怜が食べ損ねたものを冷蔵庫から取り出しているだけである。
「なかなかおいしかったわあ」
「良かった」
そう言って食後、竜華と一緒に紅茶を飲んでから怜は眠くなったフリをして、ソファーに寝転がることにした。
「寝るなら、ベッドで寝た方がええで」
「うごくのめんどい……」
「声だせるから、大丈夫やろ? ときーファイトやー」
「ん…せやな」
「先に寝ててなー、うちは少し書斎でくつろいでから寝るから」
「わかったでー」
そう言って怜は足早に寝室に向かい、電気を消してベッドに潜り込む。
しばらくすると書斎の方から、嗚咽と麻雀牌が擦れる音が聞こえてきた。
昨日の獅子原さんとの対局を並べ、ずっと一人で卓を睨みつけながら泣いているのだろう。自分のせいでチームは逆転負け、竜華にとって相当辛かったに違いない。
「麻雀に負けて泣けるうちは、強くなれるから大丈夫や」
布団の中で怜は小さく竜華に慰めの言葉をかける。竜華の嗚咽が聞こえるたびに。
「大丈夫、大丈夫」
怜は眠くなるまで静かに竜華の牌の音を聞き続けた。