池袋マーガレットホテル2階。クリスタルホール。雀聖戦二次予選の会場である。
深紅の絨毯に大きなシャンデリアが吊られた試合会場は、普段はパーティー会場として使われているらしい。今は、20数台の自動麻雀卓が所狭しと並べられている。
その予選会場隅の椅子に、園城寺怜は怯えながら腰掛けていた。
「園城寺先輩、緊張してはります?」
黙り込んで天井を見据えたまま、座り込んでいる怜のことを、ふなQは心配そうに覗き込んで尋ねた。
「い、いや……そういうんや、ないんやけど……」
「大丈夫ですよ、平常心で力を出し切れば、勝てますよ。そんな緊張するなんて、園城寺先輩らしくないですよ」
「え……あ、いや。ほんまにそうやなくてな」
ふなQが勘違いしているようなので、怜は天井についているシャンデリアを指さした。
「ん? 先輩、シャンデリアがどうかしたんですか?」
「あ、あれ……落ちるかもしれへんやん! 落ちへんって保証あるんか!」
「は?」
ふなQはキョトンとした顔をしている。
まだ、事の重大さを理解できていないらしい。
「あんなギザギザしたシャンデリアが上から落ちてきたら、最悪死ぬで! 危ないやろ!」
「いや、落ちないと思いますけど……」
「そんな保証ないやん! ほら、なんか揺れとるで! ほら!」
「それは、園城寺先輩の方が揺れてるだけです……今日落ちるくらいなら、今までに落下してますから」
「せ、せやろか……」
ふなQに言われて少し安心したが、まだ完全に信用したわけではない。
怜は昔映画で、シャンデリアが落ちて、人が下敷きになるシーンを、、見たことがあるのだ。今まで落ちなかったからといって、今日落ちてこないという保証は何もない。
「絶対落ちへんやろな!」
「………………絶対落ちてこないから、大丈夫です。安心してください」
「ほんまやろな?」
「落ちませんよ。それに、あのシャンデリアの下の卓で、園城寺先輩が麻雀せーへんかもしれへんやないですか」
「た、たしかにそうやな……」
ふなQのいう言葉には説得力があった。
ざっと見たところ会場には、20卓以上の麻雀卓がある。今日行うのは6半荘。シャンデリアの真下の卓に、自分がつく可能性は低い。
「あ、ほらほら。あっちに、友清プロや小瀬川プロもいますよ! 向こうには野依さんもいますし! 当たるとええですね」
「ほんまか!?」
シャンデリアが気になって周囲を見渡す余裕がなかったが、よく周りを見渡してみると、テレビ画面の中で、見知った顔ぶれがたくさんいる。
一次予選では、大勢いたアマチュアはもう自分しかいない。会場には白水さん以上の強者が、ひしめいている。
怜の期待が高まっていく。
「よっしゃ! 今日も優勝したる!」
「その意気ですよ、先輩!」
『それでは、雀聖戦二次予選を開始いたします。予選出場選手は、指定された卓についてください』
試合準備のアナウンスが会場に響く。
東京までわざわざ送ってくれたふなQに、怜はお礼を言ってから、指示された会場の入り口近くの卓に向かった。
初戦の相手は、鶴田さんと渡辺プロ、それから絹恵ちゃんだった。
「園城寺さん、よろしくお願いします」
「よろしく頼むで」
和やかな挨拶を交わしたが、銀縁眼鏡にグレースーツ姿の絹恵ちゃんから、普段とはまるで違う殺気を浴びせられる。
背筋がたまらなくゾクゾクするのを、怜は感じた。
雀聖戦 二次予選 第一半荘
東 愛宕 絹恵 25,000
南 鶴田 姫子 25,000
西 園城寺 怜 25,000
北 渡辺 琉音 25,000
とくん、とくん——っと心臓の音が聞こえてくるほど高鳴っている。
でもこれは、緊張しているからじゃない。
ワクワクが抑えきれない武者震いだ。
牌と牌が擦れる音が響く。
怜は、緩む口角を無理矢理押さえつけて、精神をフラットにすることに尽力した。心に灯った焔は、内に内にと押し込めて、消えないように。そして他人からは見えないようにと制御して、心を自分の支配下におく。
東一局。
怜は軽く目を閉じてから、配牌を眺めやった。配牌は悪くない、赤もあるし三向聴で素直に伸びれば、良形待ちになりそうだ。
初戦の東一局から、この配牌がきたのは大きいなと怜は思った。
ポン!!!
気合の入った絹恵ちゃんの発声が響き、中の対子が卓上に晒される。
速度勝負になると少し分が悪いだろうか。しかし、ここで親番の絹恵ちゃんに和了されて調子づかれても面倒だ。
他家に動きはない。
それなら、自分で動いていくしかない。
怜は、二副露して強引に断么九の形を作り上げて、そのまま和了した。
ツモ 500、1000です
雀聖戦二次予選 第一半荘
東2局
園城寺 怜 27,000
鶴田 姫子 24,500
渡辺 琉音 24,500
愛宕 絹恵 24,000
まずは、先制できた。しかし、この卓の中で一番格上の鶴田さんの親番なので、安心はできない。
配牌が悪かったので、他家をアシストして和了させようと思ったが、渡辺プロがリーチをかけてくれた。
2巡先に渡辺プロの跳満和了が視える。
絹恵ちゃんが押した牌に合わせるように、鶴田さんが三萬を切った。
怜はおそらく鶴田さんがオリたのだろうとあたりをつけてから、鳴きを入れて巡目をズラし、渡辺プロの和了を潰した。絹恵ちゃんになら、和了されても構わないが、鶴田さんは困る。
怜の努力の甲斐もあってか、そのまま誰も和了することなく流局となった。
雀聖戦二次予選 第一半荘
東3局 1本場 供託2本
園城寺 怜 25,500
渡辺 琉音 25,000
愛宕 絹恵 24,500
鶴田 姫子 23,000
待ちに待った親番。
絶好の好配牌を引き当てた。
怜はさっと手組みを終え、萬子の染め手の3面待ちを聴牌した。多面張はリーチをかけられるまで、時間がかからない。
リーチ
綺麗に立ったリーチ棒に、卓の空気が張り詰める。しかし、もう誰も鳴かないことはわかっているので、怜は特に感慨もなく牌を倒した。
ツモ 8100オールです
しっかり裏ドラが乗っていることを示してから、点数申告ができたことに怜は安堵した。ルール違反にはならないが、指摘されるとなんとも見栄えが悪い。
雀聖戦二次予選 第一半荘
東3局 2本場
園城寺 怜 51,800
渡辺 琉音 16,900
愛宕 絹恵 16,400
鶴田 姫子 14,900
絹恵ちゃんが1巡目に捨てた東を拾いダブ東を晒す格好になってはじめて、怜は自分に流れがきていることを感じた。25000点の麻雀なら、このまま押し切れる。
鶴田さんが強引に鳴いてきて、競り合ってきたがこちらの方が早い。
ツモ! 2800オール
雀聖戦二次予選 第一半荘
東3局 3本場
園城寺 怜 60,200
渡辺 琉音 14,100
愛宕 絹恵 13,600
鶴田 姫子 12,100
渡辺プロと絹恵ちゃんは、配牌が悪いのか大きな動きはない。しかし、怜の連続和了を止めようと、鶴田さんが積極的に動いてきた。
役牌を鳴いて、速攻の体制を整えている。
しかし、それでも門前の自分の方が早いのだから、麻雀の牌の流れは恐ろしいなと怜は思った。
ダマでいけば満貫、リーチをかければ跳満。
5半荘の得失点で、決勝卓に残れるかが決まる今日のルール。二索と五索の両面待ちで、リーチをかけない手はない。
リーチ
1000点棒を立てると、直後に渡辺プロが鳴きを入った。そして渡辺プロは迷うでもなく、安牌を手出しした。
これで一発が消え、ツモ順がズレる。
ツモってきた九筒をそのまま河に捨てると、鶴田さんは少し目を細めた。顔に出やすいタイプなのだろうか?
絹恵ちゃんが二索を押してきたが、その牌で和了すると都合が悪いので、怜は手牌を倒さずに周囲を観察する。
鶴田さんがノータイムでスジの五索を切ったのを確認してから、怜は山に手を伸ばしツモってきた五索を、手牌の右側にそっと置いた。
ツモ 6300オールです
そう怜が点数申告をすると、鶴田さんと絹恵ちゃんの息を呑む声が聞こえた。渡辺プロも眉間に皺を寄せて河を見つめている。
もう流れは変わらないなと怜は思った。
雀聖戦二次予選 第一半荘
東3局 4本場
園城寺 怜 79,100
渡辺 琉音 7,800
愛宕 絹恵 7,300
鶴田 姫子 5,800
あとは、沈めるだけ。
跳満和了をしたので、続く4本場この牌の流れが続くと怜は予想していたのだが、牌が配り終えられてみると思いの外、配牌が悪い。4向聴のうえ端牌が多く、鳴いていっても和了がなさそうだ。
軽快に2副露した鶴田さんの和了が2巡先に視えるが、ズラせそうにない。
ツモ 1100、1700
鶴田さんの力強い発声が響く。
手が震えている絹恵ちゃんはともかくとして、鶴田さんは闘志十分で、渡辺プロの目も死んでいない。2人とも高火力が持ち味のプレイヤーだ。破壊力のある一撃を貰うと面倒なことになる。
凝ったことをして、少し紛れを作ってしまったかなと怜は思った。結果論になるが、ここで他家に和了されるようでは、3本場でツモ和了を選択するべきではなかった。
怜は南入も覚悟したのだが、続く東4局で大物手を聴牌。そのままリーチをかけて、動揺している絹恵ちゃんに跳満をぶつけて、沈め切ることに成功した。
雀聖戦二次予選 第一半荘
試合終了
園城寺 怜 89,400
鶴田 姫子 9,700
渡辺 琉音 6,700
愛宕 絹恵 −5,800
怜はスカートの裾を両手で握りしめて俯く絹恵ちゃんを眺めやってから、安堵のため息を漏らした。
少し無理をした場面もあったが、かなり得点差をつけることが出来た。これだけ毟れば、後の4試合がだいぶ有利になる。
藤白さんも参加しているというから、油断は禁物だが、1試合くらい2着に沈んでも首位で、決勝卓を迎えられるのではないだろうか?
卓から立ち上がって、怜は会場横休憩室へと向かった。
「園城寺先輩、お疲れ様です。す、すごい麻雀しはりましたね……完璧でした」
「んーそうでもないで」
怜は、ふなQから紙パックに入ったイチゴミルクを受け取って糖分補給をする。まだ、疲れてはいないが、糖分は取っておくにこしたことはない。
麻雀後の喉に、イチゴミルクの甘さがしみる。
「そういえば園城寺先輩、ほら全然大丈夫やったでしょ?」
「ん? なにがや?」
主語のないふなQの言葉を聞いて、怜は困惑した。何が大丈夫なのだろうか?
「え……あ、いやなんでもあらへん。気にせんといてください」
しまったというふなQの顔を見て、怜は全てを思いだした。
慌てて天井を見据える。
ふなQの頭上で、キラキラと輝くシャンデリアが揺れていた。
「ここにもついてるやんけ! ここは危険や! すみっこ行かなあかんで!!!」
「いや、大丈夫ですから……」
渋るふなQの手を引いて、休憩室の隅の椅子まで避難した。これで安心して、イチゴミルクを飲むことが出来る。
怜は、両手で紙パックを持ってストローをくわえながら、次の麻雀の相手はだれになるだろうかと期待に胸をふくらませた。