雀聖戦 二次予選 決勝卓進出者
恵比寿 藤白 七実 +303
大宮 大星 淡 +262
フリー 園城寺 怜 +234
横浜 薄墨 初美 +195
恵比寿 小瀬川 白望 +191
佐久 赤土 晴絵 +180
横浜 江口 セーラ +179
神戸 野依 理沙 +162
神戸 片岡 優希 +160
大宮 福路 美穂子 +155
松山 友清 朱里 +152
松山 沖土居 蘭 +149
試合会場に簡易的に備え付けられた大型モニターに、決勝卓に進出する雀士達の名前が表示される。
選手の入退場に合わせて、決勝卓の周囲で報道陣のカメラの設置が始まり、試合会場が慌ただしくなる。
「おい、怜。久しぶりやな」
「は、はい。お久しぶりです……」
雀聖戦予選の5半荘を全体3位の成績で終えた怜は、試合会場の雑踏を避けるために避難した選手休憩室で、厄介な相手に捕まっていた。
「おまえ、公式戦でるの5年ぶりか? いや、もっとか?」
「7年ぶりです」
「そうか」
藤白七実。
怜の千里山女子高校時代の先輩にして、恵比寿ウイニングラビッツの守護神である。
頭脳明晰にして容姿端麗、麻雀の能力、技量共に超一流の雀士なのだが、性格がほんまもんの畜生であらせられるので、ふなQと二人仲良く直立不動で起立している次第である。
「怜が復帰してくれて嬉しいわ、今日は会えてほんまに良かった」
「は、はい……私も嬉しいです」
「そういえば怜は、体が悪かったよな。まあ、座れよ」
「え、えーと……シャンデリアが……」
藤白先輩の頭上で、ゆらゆらとシャンデリアが揺れている。
そのまま落ちてきてくれれば話は早いのだが、藤白先輩の対面の席には、出来れば座りたくはない。
「はあ? かけてええよって言うてるやん」
「はい、座らさせてもらいます。ありがとうございます」
きちんとお礼を言ってから、怜は着席した。必要に迫られれば、怜はできる子なのである。
シャンデリアが落ちてくる『かも』という恐怖よりも、藤白先輩を怒らせるほうがよほど怖い。
藤白先輩は普段は、それなりに良識があるのだが怒らせてしまうと、闇人格である藤黒先輩が降臨してしまう。
藤黒先輩は、ロングだった泉の髪をハサミで切り落としたり、除ケ口先輩を蹴り飛ばして、足拭きマットに生まれかわらせたりと、数々の悪行をさも平然と重ねてきた。
その上、怒り出すまでの沸点が低いので始末におえない。
「うんうん、ほら。リンゴジュース飲むやろ? 糖分は、とっといたほうがええからな」
そう言ってから藤白先輩は、怜のグラスにリンゴジュースを注いでくれたので、3回ほどお礼を言っておいた。
「最近はプロも新道寺が強いからなあ、怜みたいな千里山のエースが、一人戻ってきてくれて良かった。プロ来るんか?」
「はい、採って頂ける雀団があれば、出来ればそうしたいなと」
「そうか」
藤白先輩はそう呟いてから、すらりと伸びた綺麗な指先で長い金髪を弄びながら考え込むような仕草をした。
怜は、藤白先輩から目を離して、助けを求めるように、席の横で微動だにせず起立しているふなQに目を向けた。
真っ青な顔になっている。
——こ、こいつ……全然頼りにならへんな。
「おまえ第3半荘で、シロに稼ぎ負けてたな。見てたぞ。取りこぼすとか、ナメてやっとったやろ?」
「すみません。私の落ち度です」
怜が大きく稼げたのは第1半荘のみで、その後はあまり冴えない内容で、それなりの点差しかつけることが出来なかった。
特に、第3半荘で小瀬川さんの和了を妨害することができず、2位になってしまったのが得点収支に大きく響いた。
「ん……まあ、シロも結構強いからな。でも、宮守の先鋒に千里山の先鋒がゴミをトばされて負けとったら、格好がつかへんやろ?」
「はい、次は勝ちます」
「よし、頑張れ」
そう藤白先輩は、怜のことを激励した。
高校に入学した時からそうだが、怜は藤白先輩に気に入られている。
怜からすると迷惑この上ないのだが、セーラに言わせると、とても同一人物とは思えないほど、優しくされているらしい。
怜が高校3年生の春季大会で初めて先鋒に抜擢された際には、わざわざ電話で『千里山は任せた』と藤白先輩から、激励の言葉を頂いている。
なお、セーラは『おまえがエース? 千里山の恥や。死んで詫びろ』というありがたい、お言葉を、藤黒先輩から賜った模様。
「せっかく、怜も出場してるんやし、服部も出ればええのにな」
「服部さんも調整が大変なんでしょう。藤白さんもタイトル戦にでとるのは、珍しいですね?」
「まあ、せやなあ。怜だけじゃなくて、清水谷も出る言うとるし、面白そうやからな」
藤白先輩は二冠を達成したことも、あるほどの実力者だ。しかし、近年はタイトル戦からは離れてしまっている。
「おまえ、次の決勝卓。江口やろ? ラッキーやん」
「え? セーラ……そうなんですか?」
「なんや怜。さっきモニター見とったやん、文字読めへんのか? 怜が3位で江口が7位やったやろ」
「はい」
「じゃあ、そういうことや」
どういうことなのかイマイチ良くわからなかったが、聞き返すのも怖いので怜はとりあえず頷いておくことにした。
セーラもこの大会に出場していたことを思い出して、怜は周囲を見渡したが見当たらない。会場に来てから一度も話していないが、本当にいるのだろうか?
もっともこの畜生と同席して、仲良くリンゴジュース飲んでいる状況。セーラの方から話しかけてくることは絶対にないので、試合開始まで会うことはなさそうである。
「怜、おまえ酒は飲むんか?」
「いえ、体に障るので……全く飲めないんですよ」
「それならしゃーないなあ。怜の快気祝いと挑決進出祝いしたろ思たのに」
「はい、お気持ちだけ……気を使っていただき、ありがとうございます」
当たり前のように勝つ前提でいるあたり、藤白先輩だなと怜は思った。とりあえず、ここで、地獄のイベントを回避できたことは大きい。
「決勝卓、はよ始まらんかなあ」
「ええ、藤白さんと決勝で当たると良いんですけど……」
「は?」
藤白先輩は眉間に皺を寄せてから、目を瞑って右手を額に当てて考え込んだ。
——や、やばい……少し生意気やったやろか……めっちゃ怒っとる。
「おい、メガネ」
「は、はい!!!!!!」
「このアホに、決勝卓のメンバー教えてやれ」
震える手でふなQは、持っていたタブレットを操作して決勝卓のメンバーを画面上に表示する。
第1卓
藤白七実、赤土晴絵、片岡優希、沖土居蘭
第2卓
大星淡、小瀬川白望、野依理沙、友清朱里
第3卓
園城寺怜、薄墨初美、江口セーラ、福路美穂子
「もう順位決まっとるから、対戦相手わかるんや」
「そ、そうなんですね……」
藤黒先輩を降臨させてしまったと、内心かなり焦っていた怜だったが、どうやら特に怒っているわけではないらしい。
「ほんま、なんも知らんのやな。まあそういうところも怜らしくてええか」
そう言って藤白先輩は、優しく怜の髪を撫でた。
「これ大星さんの第2卓だけ、レベル高いような気がするんですけど」
「まあ、そこは運やな。ただ大星はどう転んでも2位にはつけるから無問題やろ」
決勝卓で連対した上位6名が挑戦者決定戦へと、駒を進めることができる。そのため、5半荘の得点収支の上位者が、同卓することのないように配慮されていると、ふなQから怜は説明を受けた。
その説明を受けている際に、控室の端のほうで赤土さんと話しているセーラを見つけてしまった。
目と目があう。
怜の姿を見て、一瞬顔を綻ばしたセーラだったが、金髪の野獣の姿を確認するとスーっと目を背けられた。素早く赤土さんの後ろに隠れるあたり、手慣れたものである。
この調子でセーラは藤白さんから逃げられるかに思われたが、この畜生はそれを許しはしなかった。
「そういえば、江口は試合でてるのに私ところ全然来いへんな」
「そ、そうなんですね」
少し不快そうにしている藤白先輩に怜は慄いたが、半泣きになっているふなQの顔を見て冷静さを取り戻した。
「怜、今日来てから江口となんか話したか?」
「いえ……」
空になったグラスにリンゴジュースを注ぎながら、怜はそう答えた。
「あ、ほんま? 試合前だから同門とは話さんようにしとるんかな」
「そ、そうだと思います」
怜は、どうやらまだ挨拶をしていないらしいセーラに、一応のフォローはしておくことにした。
「たしかに試合前に、親しい人と話したりすると、リズム崩れたりするヤツもおるからなあ……あ、怜すまんな、試合前に声かけてもうて」
「いえ、私はそういうのないので……声をかけて頂いてありがたかったです」
怜は誰と話したからと言って、試合に影響することはないので、前半部分は本当のことを言った。当然、後半部分は嘘である。
「メガネ、試合終わったら江口に私が話したがってたって伝えとけや」
「はい!!! 伝えておきます!!!」
怜はセーラに憐憫の眼差しを向けたが、赤土さんの後ろに隠れているセーラは、気づいていないようだ。
試合準備のブザーが響く。
「お、やっと鳴ったか。怜、頑張れよ」
「はい」
藤白先輩は怜の肩を軽く叩いてから、決勝卓の方へと向かっていった。
キラキラと輝く金髪をはためかせる藤白先輩の後ろ姿が、だんだんと遠くなっていく。
「うちも行かなあかんな!」
そう自分を鼓舞してから、怜は席から立ち上がり、セーラの待つ決勝卓へと向かった。