専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記   作:すごいぞ!すえはら

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第97話 園城寺怜争奪戦はじまる! 後編

 

 園城寺怜が、普段ゴロゴロしているリビングルーム。

 普段は来客の少ないその部屋にスーツを着た忙しそうにしている人たちが、ひっきりなしに訪れていた。

 

「園城寺くん! プロで麻雀をやるなら、最高のチームでやるべきだ! 私は、そう思う」

 

 アレクサンドラ監督の熱っぽい声が響く。

 ローテーブルの上に無造作に置かれたアタッシュケースには、札束がギッチリと敷き詰められていた。

 

——こ、これいくらあるんやろか……

 

 松山フロティーラで話を進めるなら今すぐくれると言っているが、逆に怖すぎて尻込みしてしまう。

 

「今、1番トップリーグで強いチームが松山だ。一緒に優勝しよう」

 

「たしかに戦力は充実してはりますけど……競争がキツそうなのがうちは心配や。神戸と違って、レギュラー争いせなあかんし」

 

「もちろん競争はあるが……先鋒は空いている。うちは第2、第3先鋒でも年俸は青天井だ。それに、園城寺くんならエースになれると思っている」

 

 松山の先鋒ローテーションは、戒能さんと友清さんの2枠は確定しているが、1枠は空席である。

 そこに怜を加えることで穴のない先鋒陣にしようというのが、アレクサンドラ監督の狙いなのだろう。

 

「たしかに先鋒やるなら、後ろが強いチームの方が勝ち星は伸びますね」

 

「そうだろう。園城寺くんは千里山でも先鋒を務めていたしなあ、あの当時からずっと欲しいと思っていたんだ」

 

 アレクサンドラ監督が、臨海女子の監督をしていた時代から、期待していたという話を聞いて少し嬉しくなる。

 あの当時の臨海は終わってみれば高校麻雀史に残る最強のチーム編成で、先鋒の辻垣内智葉から大将のヴィルサラーゼまで一切隙のない完璧なチームだった。メンバー全員が、プロ注というのは強豪校でも珍しい。

 

「雀聖戦の麻雀は最高だった。姫子を完封したのもそうだが、福路プロとの対決も良かった」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「うむ、私は欲しいものは手に入れないと気が済まない性格でね。君を絶対に獲得したい」

 

 ここまで言われると契約しても良いんじゃないかと、怜は思ったがチラリと竜華のほうを見ると小さく首を横に振っていた。

 

 今は断れということらしい。

 

 アレクサンドラ監督が持ってきてくれたパンフレットを眺める。

 姉帯さんと天江さんの写真のページをめくると、練習施設や食堂の写真がでてきた。その写真を見ていたら、重要なことを聞くのを忘れていることを思い出した。

 

「あ、あの……」

 

「ん? なんだい?」

 

「私、竜華がいないと生活できへんのですけどプロで大丈夫でしょうか?」

 

 真剣な表情でそう訴えると、アレクサンドラ監督はきょとんとしたが、それから大きな声で笑った。

 

「夫婦仲がよくて結構なことだ。清水谷くん、君も松山に来るかい?」

 

 アレクサンドラ監督は、上機嫌に笑っているが、明らかに意味を勘違いしている。

 竜華と離れ離れになるのが精神的に無理なのではなく、ほんまに生活能力がないので、竜華がいないと園城寺怜の生存戦略が崩壊してしまうのである。

 

「FAして声をかけて頂けるなら、考えさせてもらいます」

 

「なるほど、宣言したら調査させてもらうよ」

 

 竜華とアレクサンドラ監督は、互いの腹を探るような話し合いを続けている。

 怜の不安はどうやらスルーされてしまったようなので、後で竜華に相談しておこうと思った。

 そんなことを考えていると、竜華が唐突に口を開いた。

 

「とき、色々なチームから話がきて良かったなあ。どのチームに行きたいとかあるんか?」

 

「え……まだ、よくわからへんけど……どこがええチームなんやろか……」

 

 人生の大きな決断だ。

 そう簡単には決められない。というより、目の前の札束に気圧されてあまり正常な判断ができないので、とりあえず保留の回し打ちをした方が良いと怜は思った。

 

 怜の答えを聞いて、竜華は満足そうな笑顔を浮かべた。

 

 どうやら、まだ悩んでいても大丈夫らしい。

 アレクサンドラ監督がローテーブルに置かれたティーカップを手に取って、口を潤わせてから言った。

 

「一度で全て決まるとは思っていないさ、練習を見学したければ、いつでも連絡してくれたまえ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 アレクサンドラ監督は、万年筆で簡単に雀団事務所の電話番号をメモ用紙に筆記して、怜に手渡した。

 姉帯さんも練習してたりするかもしれへんし、行ってみたいなと怜は思った。

 

「ところで、大宮と恵比寿は何束置いていったんだ?」

 

「大宮は2束ほど」

 

 アレクサンドラ監督の問いかけに、竜華は正直に答えた。

 裏金を貰ったことを言ってええんやろかと怜は不安になったが、竜華もアレクサンドラ監督も全く動じていなかったので、大丈夫なのだろう。たぶん。

 アレクサンドラ監督はアタッシュケースから、四束ほど札束を摘んでローテーブルの上に置いた。

 

「とりあえず、どのチームに行くにしてもプロ入りでもの入りだろう。スーツを買うなり、食事なり自由に使ってくれ。栄養をしっかりとって備えてくれれば幸いだ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 もはや、お金を渡すことを隠そうともしないアレクサンドラ監督の態度にビビりながら怜は、なんとかお礼を返した。

 

「それからこれは、奥さんに」

 

 そう言って一束を竜華の目の前に置いて、アレクサンドラ監督は席を立った。この後は、コーチとの打ち合わせがあるとのことで、あまり長居はできないらしい。

 

「それじゃあ、また。同じチームで麻雀が出来ることを楽しみにしているよ」

 

 アレクサンドラ監督が去って、ローテーブルの上に置かれた札束が残る。

 

——これほんまに大丈夫なんか……プロ入りするだけで、これだけお金が動くのヤバすぎやろ……

 

 大宮、恵比寿、松山と勧誘が続き、園城寺怜の栄養費は、品評会の神戸の牛さんが丸ごと数頭買えるくらいまで膨らんでいた。

 各雀団とも怜のことを、まるまるデブらせてから食べるつもりである。

 怜は不安になったので、テーブルの上のお金を数えている竜華に声をかけた。

 

「ほんまに大丈夫なんかこれ……」

 

「んー少し多い気もするけど、ドラフト上位指名の選手になると、挨拶でこれくらいは置いてくものや」

 

「そ、そうなんか……」

 

「ちゃんと怜のぶんの確定申告はうちがしとくから、安心してや」

 

 裏金なのに確定申告。

 もはや、意味不明である。

 

「確定申告したら、裏金貰ったのバレてまうやん!?」

 

 怜が驚いて声を上げると竜華は不思議そうな顔をした。それから優しい笑顔を作って諭すように言った。

 

「確定申告せんかったら、脱税になるやろ? 犯罪は駄目やで」

 

「せ、せやけど……」

 

「このお金は、各雀団が元気に怪我なく怜にプロ入りして貰うために支出してるんや。いわば、善意のお金なんよ。だから、裏金とか言ったら失礼やで^^」

 

「そ、そか……」

 

「例えば、うちが講演会を開いたりファンの人とゴルフをすると、お金が貰えるやろ?」

 

「うん」

 

「そういう仕事の収入っていうのは、ちゃんと税務署に報告して、税金納めなきゃ駄目なんや」

 

「う、うん……」

 

「それと同じやで」

 

「な、なるほど……」

 

「仕事で得たお金は税金をきちっと納めること。それが社会で困っている人の助けになるんやから、脱税とかしたらあかんよ」

 

「わかったで」

 

 自分は正しいことを言っているはずなのに、だんだんと竜華の話を聞いているうちに、竜華の言うことの方が正しいように感じてきてしまい、怜は考えるのをやめた。

 

 お金のことは、全部竜華に任せよう。

 

 あっさりと思考を放棄して、ソファーの上で寝返りをうつ。切り替えが早いところが、園城寺怜の良いところなのである。

 色々な人と話をして、少し疲れたなと思った怜が、目を閉じようとすると部屋にインターホンの音が響いた。

 

「また、来客か……今日はほんま多いな」

 

「とき、今ちょっとお金数えてるから出てきてや」

 

「わかったで」

 

 怜はカメのようにノロノロとした動きで、ソファーから立ち上がり、モニターへと向かった。

 

 スーツ姿の赤土さんの姿が映っている。

 

「はい、園城寺です」

 

「あ! 園城寺さん、久しぶり。赤土です、プロ麻雀のことでお話しがあってきました」

 

❇︎

 

 赤土さんが買ってきてくれたフルーツタルトがダイニングテーブルに並ぶ。カラフルな果物にナパージュが塗られて、キラキラと輝いている。

 

「松実館で会った時以来かな? 雀聖戦の二次予選突破おめでとう。挑戦者決定戦は、お互いに頑張ろうね」

 

「もちろんや! でも、勝つのはうちやで!」

 

「あはは……せっかく久しぶりに挑決まで来れたんだし私も負けれないよ」

 

 そう言って、赤土さんは竜華の淹れた紅茶に口をつけた。

 赤土さんは雀聖戦の二次予選で、僅差で藤白さんに敗れはしたものの2位をキープし、見事挑戦者決定戦へ進出を果たしている。

 

「温泉の時から知っていたことだけど、園城寺さんはやっぱり強かったし……プロ入りとかって考えてたりするのかな?」

 

「もちろんや、プロ試験受けようと思ってるんや」

 

「それなら話が早いや、プロ麻雀チームに入るなら是非、佐久フェレッターズにと思ってね」

 

 佐久フェレッターズは、面識のある赤土さんを勧誘要員にすることにしたらしい。

 たしかに顔も知らないスカウトが接触するよりも、赤土さんが来てくれた方が、ずっと話しやすい。

 

「でも、いいんですか?」

 

「ん? なにが?」

 

「うちが佐久に入ると、先鋒で赤土さんとポジション争いすることになりますよ? 血で血を洗う戦いの幕開けや」

 

 怜がそう言うと、赤土さんは笑ってその可能性を否定した。

 

「ありえない話ではないけど、先鋒は三枠あるしね。それに、園城寺さんが佐久に入ったらやるのは大将だと思ってるから、私と競争することはないかな」

 

 佐久のエースは自分のポジションが奪われるとは欠片も思っていないようだ。おそらく、それは事実なのだろう。

 その事実は、チームにとって欠かせない存在であることを証明すると同時に、赤土さんの自信の現れでもある。

 

「たしかに佐久のチーム事情なら、先鋒よりも後ろの選手のが欲しいですね」

 

 竜華が、話に入ってきた。

 

「そうそう、むしろ良い守護神が来るなら、私としては勝ちやすくなって楽だし」

 

 佐久は赤土さんだけでなく、洋榎や久、獅子原さんなど同年代でも怜の知り合いが、多いチームである。

 

——佐久も結構悪くないかもしれへんなあ……

 

 佐久の人は良識的な人が多く、なかなか過ごしやすそうである。

 千里山のOGだと服部先輩がいるが、温厚な人で、そこまで気を使う必要はない。

 というより、あの畜生がいるチームでなければ特段そうした上下関係で、問題になるチームはなさそうである。

 

「せっかくドラフトじゃなくて、選べるんだから、園城寺さんの気に入ったところにすれば良いと思うんだけど……練習とか見学したかったらいつでも言ってね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 阿知賀の監督をしていたという経験もあるのか、このレジェンドさんはほんまもんの聖人かもしれない。

 むしろどうして、この良識の塊のような人の指導を受けて、夜の三冠王こと松実玄ちゃんのような雀士が、出来上がるのだろうか?

 

「そ、それとなんだけどね……」

 

 今まで爽やかな口調で話していた赤土さんが急に口籠った。

 どうしたのだろう?

 

「こういうの……私はあんまり良くないと思うんだけど、雀団の人に渡してきてって言われたからさ……」

 

 そう言って、赤土さんは自分のビジネスバッグの中から薄っぺらい封筒を取り出すと、両手で怜に手渡した。

 

「練習見にきたりする時とかに使ってよ、少し良いご飯2人でたべても良いと思うし……」

 

 ドギマギしながら、色々と言っている赤土さんを尻目に、怜がそーっと中身を覗いてみると1万円札が2枚ほど入っていた。

 

「赤土さん……これ……」

 

「いやいやいや、ほんとに他意はないから! 受け取ってよ」

 

——これ出さないほうが、良かったんやないやろか……

 

 瑞原さんが置いていったパンパンに膨れ上がった封筒とこれを、どうしても比較してしまう。

 

 誠意とは、言葉ではなく金額。

 

 竜華が昔言っていたことを、心で理解できた瞬間である。

 

「ありがとうございます、貰っておきますね^^」

 

 また一つ、神戸の24歳児こと園城寺怜は大人の階段を登った。

 

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