だが、救国軍事会議を率いたシャルロット・フォン・ブリュッヒャー上級大将の先見の明が、彼等を生き永らえさせたのである。
彼女がジェダイ特有の未来予知でこの現状を悟ったのかどうかは分からないことだが、少なくとも彼女は、クローン戦争の開戦前からリシ・メイズに秘密の拠点を築き上げていた。
その秘密基地に亡命した共和国軍が今や広く知られているリパブリック・レムナントの原型となったことは、最早語るべくもないことだろう」
───ヴォレン・ナルの歴史書より
───第二次アナクセスの戦いは、救国軍事会議の勝利に終わった。
辛うじて帝国軍を退けることに成功し、侵攻した敵艦隊を撃滅するという戦果だけに目を向ければ、という注釈を付ければだが。
彼等の拠り所であった惑星アナクセスは今や帝国軍の超兵器によって砕かれ灼熱の小惑星帯と化し、故郷を喪った何百万という難民は確実に彼等の懐を圧迫していた。
故に、救国軍事会議の指導者シャルロット・フォン・ブリュッヒャー上級大将は、アクサム星系の放棄とコルサント攻撃の中止を決断せざるを得なかった。
幾ばくかの難民は自らの伝を頼りに銀河各地の惑星へと散らばっていったが、先の惑星攻撃で帝国に対する不信感を抱いた多くの一般民衆は、救国軍事会議を最後の拠り所として選んだのである。彼等の多くを隷下のアサルトシップの腹に溜め込んだ状態では、まともに戦うなど夢のまた夢。難民の保護を最優先とする以上、戦線の放棄と縮小は仕方のないことであった。
「全艦、ハイパージャンプの用意だ。我が軍は現時刻を以てここアクサム星系を放棄し、カリダ方面へ転進する」
「イエッサー。ハイパードライブ起動。ジャンプの準備に取りかかります」
重苦しい空気が沈む旗艦リットリオのブリッジ内で、命令と復唱の無機質な声だけが木霊する。
数刻もしないうちに、数千ものスターシップの集団は蒼白いハイパースペースの亜空間へと身を投げる。
グリズマルト星系方面から転進したキリアン提督の第11艦隊と合流した救国軍事会議艦隊の艨艟の雄姿は錚々たるものであったが、星の亡骸を背に沈黙のままFTLに移るその様は、正に敗軍の逃避行そのものであった。
「───私の、失敗だ。護国護民を使命にしておきながら、みすみす取り零してしまうとは、な…………」
沈痛な空気が支配する中へて、上級大将の小さな自責の言葉が消える。
彼女は誰にも聞こえないほどか細い呟きを漏らしながら、旗艦リットリオの指揮台から次第に引き延ばされる宇宙空間の先に浮かぶ崩壊した惑星を忌々しげに睨みながらアクサム星系を後にした。
~コロニーズ カリダ星系 アクラメーターⅡ級艦 ”イストリア ”~
惑星カリダ
豊かな自然と温暖な気候に包まれたこの緑色に輝く惑星の軌道上には、大小2000隻近いスターシップの大艦隊が停泊していた。
そのどれもが煤だらけで傷付いた艦体を晒し、健在なものはごく僅かな数でしかない。
救国軍事会議艦隊の主力である銀河共和国宇宙軍第3、第5、第11艦隊。その残余だ。
それら三個艦隊の生き残りと"動くシャーウッドの森"艦隊の残存艦を糾合したこのボロボロの大艦隊こそが、救国軍事会議に残された最後の機動部隊である。
宇宙ステーション〈ヴァロア〉の周囲に浮かぶ彼女達はその傷だらけな我が身を労るように鎮座しながら、工作艦から修理と補給を受けている。
その中には、崩壊する惑星アナクセスの大気圏内にギリギリまで踏み留まり、艦底部の過半を溶岩の荒波に焼かれたアルト・エーベルヴァイン代将の旗艦〈イストリア〉の姿もあった。
「───では、艦の完全修理は難しいと」
難しい表情をそのあどけない顔貌に浮かべながら、エーベルヴァイン代将が聞き返す。
「はい。艦の底部装甲は全損、エンジンも過負荷がかかり運用に支障が出ている状況です」
「むぅぅ…………仕方ありませんね。まぁ、航行できるだけ良しとしましょう」
艦の損傷状態は深刻であり、修理は厳しいというアグラヴェイン艦長の報告を耳にして、エーベルヴァイン代将は小柄な身体に似つかわしくなく唸る。
苦楽を共にした旗艦の惨状は目を覆いたくなるばかりであったが、最低限の機能だけは残されているのは彼女にとってせめてもの救いであった。
「代将閣下」
「? どうしました、ポーチュン参謀長」
「ハッ! わが分艦隊の再編が完了しました。アナクセスでの喪失艦は"動くシャーウッドの森"艦隊の一部を編入して補充致します。これで、閣下の指揮下には新たにバトルシップ1、重クルーザー12、フリゲート、コルベット30が加わります」
エーベルヴァイン代将の元に駆け寄った分艦隊参謀長のポーチュン中佐が、淡々と艦隊の現状を報告する。
数字上では既に補充されているように見えるその戦力を耳にして、代将はタブレット端末を操作しながら怪訝な表情を浮かべた。
「ご苦労でした。して、修理と補給の状況はどうなっていますか?」
「はい。大型艦の修理については、ほぼ目処がついた形です。廃艦から部品を入手出来次第取り掛かる予定ですが、工作艦の数に限りがありますので時間を要することになるでしょう」
参謀長の報告を聞く限り、損傷艦の修理についてはそれほど問題があるようには見られない。だが、代将が最も気に掛けていたのは兵站面の心配だ。
その報告は彼女自身が促さずとも、程無くして参謀長の口から直接語られた。
「補給物資についてですが、糧食は避難民の分も含め、配給により統制が取れています。何とか一月分、といった塩梅です。消耗品は…………プロトン魚雷と震盪ミサイルが著しく不足しております。現状、実弾兵器については補給の目処がついておらず、厳しい状況が続きそうです」
「やはりそうでしたか。当面の心配は、やはり物資の欠乏ですね。参謀長、出来る限りで構いません。不足する物資の要目を詳しく纏めておいて下さい」
「御意に。すぐに取り掛かります」
軍需品のみならず、基本的な日用品や食糧物資の不足。こればかりは楽観的に捉えることができない問題だ。
如何に優秀な兵器を多数揃えていようとも、肝心の動かす人間に満足な食事がなけれはただの宝の持ち腐れである。
これは分艦隊のみならず現在の救国軍事会議を蝕んでいる深刻な問題であり、避難民の存在も相まって彼等の懐事情を著しく悪化させている元凶でもあった。ブリュッヒャー上級大将は付近宙域で活動する海賊、密輸業者、人攫い等から片っ端に"徴発"するよう命じているものの、それによって補充される量は雀の涙ほどでしかない。
エーベルヴァイン代将は後々必要になるだろうからと参謀長に補給物資リストの作成を命じる傍らで、彼女は自らの食事量も半減させねばらならないと心の内で密かに考えていた。
~宇宙ステーション ”ヴァロア ”~
同時刻、惑星カリダの軌道上に浮かぶ宇宙ステーション〈ヴァロア〉の戦略会議室内では、救国軍事会議の指導者層による会議が執り行われていた。
クローン戦争の期間中はかの高名なグランドマスター・ヨーダや歴戦のジェダイ将軍アナキン・スカイウォーカーも利用したことで知られるこの会議室内では、共和国軍の未来を左右する激論が交わされていた。
「ところでブリームー議員。ハンバリンからの支援は期待できないのですか?」
「申し訳ありません。既に私は議員資格を故郷からも剥奪されていまして…………お力添えできず、情けない限りです」
悪化する軍の状況、不足する補給物資の配分を巡り言葉の応酬が交わされる中、ゴルドロフ・ムジーク宇宙軍准将は、救国軍事会議に保護されたハンバリン・セクター出身の元老院議員であるバーナ・ブリームー議員に自軍への支援を陳情する。
高度に工業化されたエキュメノポリスであるハンバリンを含むハンバリン・セクターの支援は、擁する惑星が荒涼とした山岳と原野しかないカリダしかない救国軍事会議にとって喉から手が出るほど欲しいものだ。
その工業力に活路を見出だした彼なりの策であったのだが、彼女の返答はその期待に背くものだった。
パルパティーン議長への非常大権返納を求めた二千人の嘆願署名の発起人に名を連ねていた彼女は帝国元老院から名を除かれ、今や何ら権力のない一般人であった。
それ故に、彼女は救国軍事会議に対して何ら助力できなかったのである。
加えて、クローン戦争中にセクター首都ハンバリンはグリーヴァス将軍が行った残虐な軌道爆撃により大きく荒廃しており、仮に支援を取り付けられたとしても実情として二千隻の大艦隊を養うのは物理的に難しい面もあった。
「チッ、役立たずか」
自らの無力に恥じ入るブリームー議員に小さくそう吐き捨てたのは、唯一、第二次アナクセスの戦いに参加していなかった高官である第11艦隊司令官のショーン・キリアン宇宙軍中将だ。
「中将、議員への侮蔑は民主主義に反するぞ」
「ふん、今の彼女は"議員"ではないではないか。他ならぬ、彼女自身がそう公言したぞ───して、上級大将は今回の"敗北"についてどうお考えで」
議長を務めるブリュッヒャー上級大将からの注意を無視して、キリアン中将からは逆に彼女の采配を咎める発言が繰り出された。
彼女から苦言を呈されたのが癪に障ったのか、元々深い顔の皺をさらに刻みながら彼は上級大将の忠言に反論する。
その言葉に応えたのは、皮肉にも第二次アナクセスの戦いで最も隷下の部隊に損害を出したコバーン宇宙軍准将だった。
「キリアン閣下、お言葉ですが、我が軍が"勝利"を掴むためには上級大将の采配は的確でした。非難すべきは、帝国による惑星破壊という暴挙そのものでしょう。上級大将は少ない戦力で、可能な限り最善を尽くされたと小官は考えます」
「しかし、それが原因でコルサント攻撃の機会を失ったのも事実だ。お陰で我々は、勝利の展望を喪った」
「言葉が過ぎるのではありませんかな、中将閣下。我々の使命は何よりも護国護民。民が眼前で大量虐殺されても尚、敵国首都の攻撃を優先すると言うのですかな」
「ガスコン准将、貴官こそ言葉が過ぎるというのではないかね」
「あー、取り敢えず、落ち着かんか。話が前に進まないではないか」
繰り返される、高官による言葉の応酬。
コバーン准将やガスコン准将が指摘するようにあの時取れた最善手は他にないと言えるほどの采配であったのだが、キリアン中将の批判もまた正鵠を射たものであった。それが故に議論は一向に前に進まず、ムジーク准将はそうした彼等に自制を促すのだが彼の言葉が届いているような気配は微塵も感じられなかった。
「───よい。もう止してください」
「───閣下?」
そうした議会の惨状に耐えかねてか、中央に腰掛けたブリュッヒャー上級大将が沈黙を破る。
まるで少女とも見紛うほどに年若い顔貌には不釣り合いな皺を額に浮かべるその様はまるでお飾りに担ぎ上げられた不幸な幼子を思わせたが、彼女こそ正真正銘救国軍事会議を率いる総大将なのだ。
その一言で、激論を交わしていた軍高官は軒並み乾ききらぬその舌を即座に納めた。
「中将の指摘する通り、コルサント攻撃の機会を逸した責任は私にある。その咎については甘んじて受け入れよう。だが、我々は未だ健在だ。先ずは艦隊の状況を改善し、帝国への攻撃の機会を窺うべきだろう。───例え、何年かかろうとも、ね」
「上級大将閣下?」
「…………諸君。ファイル1542を開封してくれ。既にアクセス権限は付与してある」
なにやら含みを持たせたブリュッヒャー上級大将の言い分に怪訝な表情を浮かべながらも、集められた軍高官達は指示された通りにファイルを開く。
「な…………!?」
「こ、これは───?」
彼等が軒並み驚愕の表情を浮かべながら、ただ一人ブリュッヒャー上級大将だけが不敵に微笑んでいる。
そのファイルには、こう記されていた。
"長征十万光年計画"
銀河系の表舞台を去り、ブリュッヒャー上級大将が密かに築いた伴銀河リシ・メイズの拠点にて臥薪嘗胆を図る計画。
それは、今や救国軍事会議に残された最後の希望とも言えるものであった…………