その中にあって"鉄壁"の異名を取るメリュジーヌ上級大将と、彼女の旗艦、純白の戦艦〈パーツィバル〉の存在は、凄まじいほどの堅牢さを誇る難攻不落の要塞として帝国軍に恐れられていた。」
───銀河連合自由同盟軍 戦史初級教本より抜擢
~コア・ワールド ボーメア宙域 リンガリ星雲 銀河共和国軍第3艦隊 ドレットノート級重巡航艦 “ブラクサント・ブレイヴ ”~
ドレットノート級重クルーザーは、共和国時代にレンディリ・スタードライブ社が製造した中型の宇宙戦闘艦だ。
このクラスの艦は既にクローン戦争の時期には旧式化著しい艦級ではあったものの、手頃な価格とサイズから惑星防衛軍等で長らく使用されてきたベストセラー艦でもある。
翡翠色のイオン乱流が吹き荒れるこのリンガリ星雲を航行する巡航艦〈ブラクサント・ブレイヴ〉も、そんなありふれたドレットノート級艦の一隻であった。
銀河系の未知領域を物言わぬ屍と化して漂っていたところを"動くシャーウッドの森"に鹵獲された本艦には徹底的な改造が施され、艦のシステムは大部分が最新のソフトウェアにアップデートされた上で装備されていた従属回路は撤去され分散型自律回路に換装された。艦体の上下には新たに開発されたターボレーザー砲塔であるDBY-899連装重ターボレーザーが装備されていた。
余談ではあるが、艦内に残されていた本来のクルーと思しき遺体からはカースナム・スパイスが原因と思われる未知の発疹ウイルスが検出されており、艦は徹底的に消毒された上でウイルスの検体は設立間もない共和国宇宙軍疾病予防センター*1に送られ、研究が進められている。
そんな経緯からこの〈ブラクサント・ブレイヴ〉に態々乗りたがる兵は居らず、乗員は全て再プログラミングされたバトル・ドロイドで賄われていた。
「グリット4-Γ、異常ナシ」
「セクター11-B、グリット7-И、共ニ敵影ヲ認メズ」
乱流に舵を取られぬよう、慎重に慎重を重ねて星雲内を航行し、哨戒任務に就くこの艦は、星雲のガスに艦体を揺られながらまるで水上を往く大昔の戦艦のように航跡を曳く。
「アー、暇ダナァ」
唐突に、当直に就いていた一体のB1バトル・ドロイドはその硬く華奢な身体を仰け反らせ、隣で真面目に任務をこなす同僚ドロイドの方向へと椅子を回した。
「オイ、シッカリ仕事シロ。報酬ノ高純度オイルガ減ル」
「ソウハ言ッテモ、ズット敵ハ出テキヤシナイ。暇モイイトコロダゼ」
「貴様ガレーダー手ナンダ。哨戒任務デ一番重要ナポジションダゾ。自覚シロ」
「ナラ代ワロウカ? 退屈デイイ席ダゼ」
「オ前ナァ…………」
嘗ての独立星系連合時代と変わらず、何処か人間的で愛嬌のある会話に興じる2機のドロイド。
このまま平穏が続いたのであれば何とも微笑ましい光景だが、悲しいかな、彼等の余興は突如艦を襲った衝撃により強制的に中断された。
「ウワッ!?」
「ナ、ナンダ~!?」
絶え間無い振動に翻弄され、右往左往するB1ドロイド。
漸く自らの使命を思い出したレーダー担当はまじまじとスコープを覗き見て、そこに映し出された事実に絶句した。
「…………」
「オイ、ドウシタ、何トカ言エ!」
硬直する同僚を不審だと判断し、咄嗟に呼び掛けるOOMコマンド・バトル・ドロイド。
その一声で我を取り戻した彼は自らの失態を恥じ、震える声でありのままの事実を告げた。
「テ、帝国軍ダ!」
「何ダト!?」
ある意味では、予想された結末。
しかし、AIプログラムが簡素なB1シリーズはその事実を前に混乱を来たし、ブリッジは瞬く間に喧騒に包まれた。
艦の周囲には既に帝国軍の試作型TIEファイターが乱舞し、彼等は虎視眈々と獲物に対して次なる矢を放たんと狙う。
狼狽えるドロイド達の叫び声が響き渡る中ただ一機、艦長を預かるタクティカル・ドロイドは冷静沈着にレーダー担当のドロイドに対して次なる報告を求めた。
「敵艦隊ノ規模ヲ報告シロ」
「アー、インペリアル級ガ2隻、周辺ニ護衛ノコルベット多数デス」
レーダー担当からの報告を耳にして、タクティカル・ドロイドは即座に交戦は無謀だと判断した。
自軍の戦力がドレッドノート級1隻しかないことに対して、敵は最新のインペリアル───インペレーター級スター・デストロイヤー2隻を有する有力な艦隊。戦力差は明らかだった。
故にタクティカル・ドロイドが決断したのは、応戦ではなく戦域からの離脱。
彼は即座に操舵手を努めるB1バトル・ドロイドに転進を命じつつ、せめてものの足止めとして艦内の格納庫に残されていた可変翼自動推進式バトル・ドロイドMk.1───ヴァルチャー級スターファイターの全機発進を指示した。
「反転180度! 急ゲ! イオン乱流ニ身ヲ隠シナガラ航行シロ」
「ラジャラジャ」
「ファイター隊モ全機発進ダ。敵艦隊ノ艦載機隊ヲ迎撃シロ」
「ラジャラジャ!」
〈ブラクサント・ブレイヴ〉の腸から続々と吐き出されるヴァルチャー級は、自らが捨て石と自覚した上で帝国軍のTIEファイターに対して果敢に格闘戦を挑む。
それに背を向けて潰走する一隻のドレッドノート級艦の後ろ姿を、
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「うっ、ん…………」
ふと、目が覚めた。
真っ白で無機質な天井は不必要なほどに清潔で、あまりに白すぎて目に毒だ。
部屋に響き渡るのは、どれもドロイドや装置が醸し出す小刻みで耳障りな駆動音だけ。
気付けば自らの身体にも用途の分からない管が何本も取り付けられ、得体の知れない機械に繋がれていた。
不意に、シュー、と空気の抜けるような音が響く。
カツ、カツ、とリズム良く床を踏む乾いた音は、覚醒してから初めて聴いた生の音色。
徐々に近付いていたその音は自分の傍らでぴたりと止んで、代わりに凛と澄んだ穏やかな音色が聞こえた。
~アクラメーターⅡ級艦 ”イストリア ”艦内医務室~
「目が覚めましたか。身体の調子はどうですか」
「お気遣い、どうも。お陰様で多少は気が楽だよ」
その音色の出所を探ってみると、しなやかに揺れる稲穂のような金色の髪が片隅に映り込む。
恐らくは、自分と同年代であろうか。
未だあどけなさを残した少女が一人、私の傍らに佇んでいる。
「よかったぁ。貴女、酷い怪我だったからずっと心配だったんですよ。元気そうで何よりです」
彼女の台詞が切欠になったのだろうか、その宝石のように深い碧色の瞳が、遠い記憶の奥底にしまい込まれた光景に重なる。
───もしかして、あの時の…………
一面の焼け野原の中、ただ一つ輝いて見えた彼女。
私が意識を失う直前。アナクセスの崩壊に巻き込まれかけたその時に、手を差し伸べてくれたあの人。
眼前の少女に対する疑念が確信に変わったとき、思わず私は身を起こして飛び起きていた。
「あ、あのっ…………ッ!?」
「ああー、ほら、まだ寝てないと駄目ですよ。傷口が開きます」
「っ、てて───それよりも、ッ…………!」
傷口が開いたのだろう。
血が滲む白いシャツがしわくちゃになるまで握り締めながら縋るような瞳を向けられて、思わずアルトはたじろぐ。
───が、そのまま彼女を放置していれば状況が更に悪化するのも確実。
故にアルトは慎重に彼女を諭しながら、真剣に彼女の言葉に耳を傾けた。
「落ち着いて下さい。ほら、わたしは逃げたりしませんから」
「は、っ───はぁ。申し訳ない。見苦しいところを見せてしまって」
「いえ。気にすることはありません。それよりも───」
「待って。君が───私を助けてくれたあの時の子で、間違いないんだよね」
ベッドに横たわりながら、彼女はその小さな胸を苦しげに上下させながら問う。
「? はい。そうと言えばそうなりますが…………」
「良かった。うん。なら先ずは、礼を言わせて欲しい。───本当にありがとう」
「いえ! わたしはただ…………出来ることをしただけですから…………」
改まった態度で真摯に礼を告げる彼女に対して、アルトは上手い言葉を返せずにいた。
今まで面と向かって感謝されるという経験が少なかっただけに、彼女の頬も仄かに紅潮して見えた。
「そういえば、助けて貰ったというのにまだ名乗ってもいなかったね。どうか非礼を許して欲しい。───私はメリュジーヌ。これでも、軍大学じゃ向かうとこ敵無しの成績だったんだ」
と、メリュジーヌと名乗ったこのうら若い軍大学の士官候補生は長い銀色の髪を揺らしながら平坦な胸を張った。
「ほわー、主席ですか。凄ーい! わたし、勉強とかそういうのサボってばかりだったからなぁ…………」
メリュジーヌの語る軍大学での成績を耳にして、思わず感嘆の声を漏らすアルト。面倒臭がりな彼女からしてみればまるで縁がないその言葉に心底感動していただけなのだが、次に語ったその内容はメリュジーヌの肝を一瞬にして冷え上がらせた。
「わたしも
────ほえ?
この、女の子が…………!?
何気なくアルトの口から飛び出したその五文字は、軍大学において上下関係を叩き込まれていたメリュジーヌの思考を一瞬にして凍結せしめ、再起動した彼女はひしひしと止まることを知らない冷や汗を流している。
「し、失礼ですが…………」
「?」
一転して、がちごちに凝り固まった様相でぎこちなく口を開くメリュジーヌ。
アルトはそんな彼女の内心を知ってか知らぬか、可愛らしく微かにその首を傾げた。
「その…………貴女のお名前と…………階級を伺っても…………」
「ああそうでした! 此方も自己紹介がまだでしたね。わたしはアルト・エーベルヴァインと申します! 階級は…………そうですね。第3艦隊で
代将。即ち、少将や准将クラスに準ずる権限を認められ、艦隊指揮官の任を与えられた
溌剌としたアルトの声と共に繰り出されたその単語を耳にしたメリュジーヌは、───卒倒した。
「ほ、本当に失礼致しました───!!」
「い、いいですからそんなの。実際、ほとんど同年代なんだしん」
一転して、ひたすら非礼を詫び頭を下げ続けるメリュジーヌと、それをなんとか諭そうと試みるアルト。
一見すれば微笑ましい光景なのだが、その実メリュジーヌにとっては大いに死活問題であった。
何せ上官、それも天と地ほどの差がある高級将校を相手に礼を失する行為を働いてしまったのだ。幾ら見た目が同年代の少女が相手とはいえ、軍人として弁えるべき一線を越えていたことは事実である。
故に、彼女はアルトに対してひたすら謝り倒していたのである。
「そもそもわたし、元々ジェダイだったから階級なんて棚ぼた的に付いてきたものだし。その分、貴女の方が一からちゃんと勉強してその成績を修めてるじゃないですか。そっちの方が凄いですよ! ええ、誇って良いことだと」
「───ほんと? 怒ってないんですか?」
「怒るも何も、わたしにはそんな資格もないので…………」
落ち込むメリュジーヌを励まそうと、努めて穏やかな口調で語り掛けるアルト。そもそも、彼女にとってみれば階級の上下などさほど気にする要素でもなかったし、むしろ同年代の人間と話せる機会の方が嬉しいのだ。
そんなつまらないことで、折角友人になれそうな相手が見つかったというのにその関係を崩したくなかったのだ。
「それよりも、これから貴女はどうします? 何なら、わたしのところで面倒を見ても───」
何とか話題を逸らそうと今後の処遇について問うてみたアルトであったが、どうやらそれは逆効果だったようだ。
彼女としては、単にメリュジーヌの気を紛らわしたかっただけなのだが、逆にその意図とは裏腹に、アルト言葉はこのいたいけな銀色の少女の内心深くにしまい込まれた炎の記憶を呼び起こしてしまう。
「───ください」
「はい?」
微かに響いた、縋るような音色。
掠れたその声を確実に聞き取るべく、アルトは集中してその口元に耳を傾けた。
「私を───どうか、貴女の部下にして下さい!」
「は───え? い、いいんですか? そもそも、貴女は──」
確かな決意とともに向けられたその明白な忠誠は、逆にアルトの感情を混乱させる。
果たして自分如きが、同年代の少女に忠誠を向けられるほどの価値ある存在なものか。
腹心のアグラヴェイン艦長やコマンダー・グラント、ポーチュン参謀長も確かに忠誠を誓ってくれた部下ではある。だが、彼等はどちらかというと、年長としての立場で未だ至らない自分を助けてくれるような存在だった。
卑屈になる彼女を余所に、メリュジーヌの告白は続く。
「私は…………あの場所から真っ先に逃げ出した。背を向けたんだ。助けを求める同期や市民、その何もかもから!」
「…………っ」
「これで軍大学の主席なんて…………ハッ、笑える冗談もいいとこさ。私は、あの赤い地獄から逃れたくて使命も何もかも捨て去ってしまった」
振り返るのは、崩壊する惑星に取り残された忌々しい記憶の数々。
あの地獄の中で、自分だけが生き残ってしまった。
その事実は彼女の心を瞬く間に蝕んで、贖罪の誓いへと変貌する。
故に彼女は───その地獄から自分を掬い上げてくれた眼前の年若き少女に絶対の忠誠を誓ったのだ。
「だから、だから───! その罪を雪ぐまで、いや、永劫にだ! どうか、貴女の下でこの無念を晴らさせて欲しい…………!!」
あの時見た彼女の在り方。自慢であろう金砂の髪を煤だらけにしながらも必死に自分を助けんと尽力していたその姿を、美しいと感じたのだ。
その在り方と心に恥じない自分でいることは最早叶わないことかもしれないけど、それでも、私はその輝きに魅せられた。
魅せられてしまったからこそ、せめて、全霊の忠誠を捧げその剣となりたい。
「あ……貴女……!?」
軋む身体を押して、アルトの前に跪くメリュジーヌ。
全身を駆ける痛みに悶えながらも歯を食い縛りながら懇願する少女の姿を前にして、どうしてそれを断れようか。
生憎アルト・エーベルヴァインという人間は、そんな冷酷さも無関心さも持ち合わせていない、その実何処にでもいるような少女だった。
「…………分かりました。そこまで堅く誓うというのであれば、無下にすることは出来ませんね。───いいでしょう。貴女を、我が分艦隊に迎えます」
しかして彼女は、この少女の懇願を受け容れた。
つとめて慣れない堅気な口調を心掛けて、臣下の礼を取る少女を労う。
その様はまるでぎこちない遊戯のようであったが、二人の間に流れる荘厳な空気がそれを本物の気品にまで押し上げていた。
「メリュジーヌ候補生」
「───はい」
凛と佇む声色に惹かれて、頭を垂れるメリュジーヌが俯いたまま静かに返答する。
「わたしの権限を以て、貴女を共和国宇宙軍大尉に任じます。以後、精進を重ねるように」
「ハッ! ───謹んで、拝命致します」