共和国軍時代にハットとの間で結ばれた航行協定*1を楯にナル・ハッタ、トイダリアといったハット・スペースの惑星群を抜けてアウター・リムの南東象限を目指していた艦隊は、遂に未知の銀河間空間、ワイルド・スペースの入口との境界宙域へと至った。
その道中、銀河系最外縁部に位置するヘリオス宙域のさらに果て、星間ガスに照らされ幻想的なコントラストを彩るムーンフラワー星雲を航行していた艦隊は、ある不審な小惑星を発見する。
~ワイルド・スペース ヘリオス宙域 平面座標U-16 ムーンフラワー星雲 ~
「閣下、先行偵察艦より暗号通信です」
「なんだ?」
旗艦〈リットリオ〉のブリッジに詰める通信士官が、ブリュッヒャー上級大将に報告するべく席を立った。
本来ならば何ら障害物など存在しないであろう銀河間空間において、先遣隊から態々報告が上がるのは不自然なことだ。
確かに現在艦隊が位置しているのは星雲内であるから何らかの天体が存在する可能性は他の銀河間空間に比べて高いとはいえ、旗艦に連絡を入れるほどの障害となる物体があるとは考えにくい。
通信士官はこの若き上級大将が内心に抱いた懸念を慮ってか、簡潔明瞭な報告に努める。
「ハッ! 熱源反応のある孤立した小惑星1個を発見した、とのことです」
「熱源反応だと…………? 詳細な情報は入っているか」
「いえ。観測地点は当該小惑星から凡そ10光秒の遠距離とのことで、光学映像はまだありません。なお、周囲に他の如何なる天体も認められない、と電文にはあります」
「孤立した小惑星が一つだけ。しかも熱源反応、ときたか…………。参謀長、どう思いますか」
通信士官からの報告を吟味した上級大将は、その天体が無視し得ない
彼女は傍らに控えていたミーバー・ガスコン参謀長にも意見を求めるとともに、ホログラムのレーダー画面を一瞥して自らの艦隊の陣形を確認した。
「う~む。やはり、熱源反応があるというのが引っ掛かりますな。遺棄された資源小惑星という可能性は? それならば、内部動力が幾らか生きていれば説明がつくかと」
「成程、その線もありますね。しかし、遠距離からの熱探知に反応するとなると相当大きなエネルギー量の筈。単なる鉱山跡というには、些か懸念が残ります。先行偵察艦には、引き続き当該小惑星の情報収集を続けるよう命じなさい」
「了解です」
ガスコン参謀長の言にも一理あるが、それにしては熱量が不自然だ。
仮に鉱山小惑星の跡だというなら、そもそもコルベットクラスの偵察艦に搭載されているセンサーの熱探知に引っかかること自体がおかしい。
観測地点が10光秒ということは、肉眼ではその小惑星豆粒にすら見えない距離の筈だ。にも関わらず熱量を探知しているということは、その小惑星自体が
上級大将は一息に弾性のあるキャプテン・シートに腰を下ろし、先行偵察艦に追加の情報収集を命じて更なる報告を待ち望んだ。
不気味なほどに静まり返ったブリッジに、機器の稼働音だけが木霊する。
窓の外を流れていく星雲のガス帯は、翠緑の幻想的な煌めきを放ちながらまるで深い重力井戸の底へと艦隊を誘っているようだ。
「閣下。報告です」
その静寂を破ったのは、先刻と同じ通信士官だ。
「先行偵察艦からの光学映像が届きました。メインパネルに投影します」
彼の一言と時を同じくして、艦橋中央のホログラム投影装置には件の“小惑星”が映し出される。
確かにそれは、小惑星であった。
ただ一点、表面に攻撃的な無数の人工施設が建設されているという点を除いて。
程なくして映像は、散漫な対空砲火の命中とともに雑音と化して打ち切られた。
どうやら偵察艦の艦長は慎重派だったようで、艦を接近させる前にプローブ・ドロイドを括り付けた無人のファイターを飛ばしたらしい。
果たしてその懸念は見事に的中し、偵察機は明白な敵意の歓迎を受けた。
「映像はここで途切れています」
淡々と説明する通信士官の声をよそに、救国軍事会議の将校陣はその映像を食い入るように眺め続ける。
「偵察機による詳細なスキャンは途中で中断されましたが、小惑星の地表には多数のターボレーザー砲塔と震盪ミサイル発射管を確認しています。更に、施設内に殆ど生命反応は感知されませんでした」
「生命反応が無いだと。つまり、無人ということかね」
「恐らく。現段階の情報を総合すると、そう思慮されます」
ガスコン参謀長の疑問を、通信士官が肯定する。
撃墜された偵察機からの情報が真実ならば、あれは小惑星を改造した
全長にして凡そ20km、全高、幅ともに6、7km程はある楕円型の体躯は正に要塞と表現するべき規模だ。その表面に据え付けられた砲台の数を考えるだけでも頭痛がする。
にしても、何故斯様な辺境もいいところの銀河間空間にそれほどの規模を持った要塞が鎮座しているのか。謎は更に深まるばかりだ。
「問題なのは、あれが
「仰る通りですな。帝国軍の要塞だとしたら、アレは無視し得ない脅威です」
「そうですねぇ。ただ、無人というのを考えると独立星系連合の残党軍という可能性もあるのではないでしょうか」
深刻な面持ちで"小惑星"の映像を眺める上級大将ら救国軍事会議の将校団が懸念するのは、それが帝国軍の新兵器である可能性だ。
現状、有力な宇宙要塞を満足に運用できる組織はそう多くない。
それこそアンバー大佐が指摘するように分離主義勢力の残存ドロイド軍という可能性も無いわけではないが、救国軍事会議にとって最悪のパターンはそれが帝国軍の宇宙要塞だった場合だ。
仮にあれが帝国軍のものである場合、救国軍事会議艦隊は予想外の伏撃を受けるも同然の事態であった。今回は入念な偵察により事前にその懸念を排除することに成功したが、それでも尚要塞が航路上の障害であることに変わりはない。
「いや…………どうやら答えは直ぐに出そうだ」
ホログラムをじっと見つめていたブリュッヒャー上級大将が、ぼそりと呟く。
彼女は更新されたメインパネル上の映像を眺めながら、件の要塞の正体に関する考察を打ち切った。
「見ろ。あの要塞周辺には数機の護衛戦闘機が舞っているが───そのどれもがTIEだ。あれが分離主義者であるならば、TIEなんて飛ばしている訳がないだろう」
上級大将は分析された詳細な映像データの一角を拡大表示し、要塞の正体を言い当てる。
TIEファイター、正式名称TIE/ln制宙スターファイターは、サイナー・フリート・システムズ社がクローン戦争末期に共和国軍へ納入するべく開発していた次世代型制宙戦闘機だ。
共和国軍──―正確には将来の銀河帝国建国を見据えていた一部のパルパティーン派将校は、コストが嵩む従来型のスナブ・ファイター*1を嫌い、量産性に優れた新型戦闘機を模索していた。
その試みの一つが目前に飛び交うTIEの編隊であることを鑑みると、自ずと宇宙要塞の所有者は限定された。
「やはり帝国軍の要塞だったか…………しかし、それにしては妙ですな。艦隊も連れず、要塞だけがこんな辺境で孤独に鎮座しているとは」
要塞の正体は判明したものの、依然として謎は残る。
ガスコン参謀長が指摘するように、この宙域に帝国軍の無人宇宙要塞だけが存在しているというのは奇妙な話だ。
彼等のドクトリンを考えるのならば、有力な艦隊と行動を共にして作戦行動に従事するのがセオリーである。
「無人、というのが手掛かりになりそうですね〜。ひょっとして、あれは正規軍のものではなく
参謀長に続いて発言したのは上級大将の副官を務めるアンバー大佐だ。
彼女は殊更に、"個人的"という一節を強調する。
その意味するところは、誰の目にも明らかであろう。
「成る程。その線がありましたね。アレがパルパティーン派の政治家か誰かの個人資産だというのなら、態々無人にするというのも意味がある。アレの建造を主導した者にとって恐らく、元老院や軍内部のライバルにその存在を知られるのは相当不味い事態なのでしょう。だとすれば──」
自らの副官の推論に得心した上級大将は、一目で眼前の帝国軍要塞の致命的欠点を言外に指摘する。
含蓄に富んだその末尾の台詞の意味を、正しく理解できない将校はこの場には居なかった。
彼女の言葉が意味するところを的確に汲んだ幕僚団は、早速その意に応えるべく行動を始める。
「
ブリュッヒャー上級大将の指摘を代弁したのは、彼女の赤髪の副官だ。
例の宇宙要塞が個人資産と仮定した場合、その存在を各所に露呈させる訳にはいかない。それこそ、多数の衆目の目に留まる正規艦隊に援軍を求めるなど論外だろう。
仮に援軍としてこの救国軍事会議主力艦隊に匹敵する規模の艦隊を用意するとなれば、必ずその過程で他の野心的な士官なり元老院の政敵なり、所有者にとって好ましからざるライバルに要塞の存在が露呈することになる。
しかも恐らく
故に、要塞の所有者は殊更にこの先起こるであろう襲撃の事実を外部に伝えることはできない。
そこに、救国軍事会議側の勝機がある。
「閣下。各分艦隊司令官を招集し緊急の作戦会議を行いますか?」
「いや、その必要はない」
上級大将の攻撃的な意図を汲み取ったガスコン参謀長が作戦会議の開催を進言したが、彼女はそれを制して指示を続けた。
「全艦隊は直ちに戦闘準備を整えた後、敵宇宙要塞の
中央メインパネルのホログラムが切り替わり、上級大将の指示を具現化するように各艦隊の陣形が立体映像で表示される。
その画面には、敵宇宙要塞の
「閣下、要塞の進行方向とは?」
ホログラムの攻撃作戦画面を眺めていたガスコン参謀長が、その指示で勘付いたある疑問点を訊ねた。
「言葉の通りだ。あの要塞の熱源反応は後部───即ち艦尾側に集中している。加えて映像では推進ノズルのような物体も見て取れた。つまるところアレは、
「故に、頭を抑えてハイパージャンプによる戦域からの離脱を妨害すると」
「その通りだ、参謀長」
上級大将は限られた情報と不完全な映像から、敵宇宙要塞が移動機能を備えた一種の
そもそも、斯様な銀河系の辺境に態々大金を掛けて宇宙要塞を築くこと自体が本来有り得ないことだ。
それを隠れ家的に運用するのであればまだしも、帝国軍の将校が建設する以上そこにあるのは野心であり、攻撃的な意図であって、単なる避難先、隠居先というような専ら防御的な用に供する可能性は薄いだろう。
であるからして、その要塞は
「敵宇宙要塞を無力化した後、各艦隊から重火器を装備した陸戦部隊を揚陸する」
戦況の推移を示すホログラムの画面が切り替わり、師団規模のクローン・トルーパーを積載したシャトル群のアイコンが一斉に宇宙要塞へと向かう軌跡が描き出された。
「当然、敵要塞には防衛システムやブービートラップの類が無数に装備されているだろう。それを瞬時に無力化するために──」
上級大将の言葉が続くのに合わせて、ホログラム上の揚陸部隊を示すアイコンのうち幾つかが明瞭に点滅する。
「私を含めた
「ハッ!! 了解です」
彼女は孤立した敵宇宙要塞という特大の獲物を前に、隠そうともしない野心を醸し出す。
態々陸戦部隊を派遣し、尚且つ自分を含めたジェダイ将軍を投入するという力の入れようは正に、露骨な
そうでもなければ、艦隊による包囲殲滅だけで済むような小規模要塞を前にしてここまで大々的な戦力投射を行う必要など無い筈だ。
「ああそれと、作戦開始後は出来る限り強力なあらゆる電波妨害を忘れないように。───アレの所有者に勘付かれる前に全てを決めるぞ」
「御意に」
加えて上級大将は、要塞を包み囲むようなジャミング帯の形成を指示する。
かの要塞に込められた野心的な意図を鑑みれば、建設を主導した将校又は政治家と要塞本体の間には物理的に膨大な距離がある。
そう踏んだ彼女は敵援軍の到着や要塞の遠隔操作を妨害するべく手段を講じることも忘れぬ抜け目のなさを見せた。
「───では、我々銀河共和国軍の力を不埒な帝国の野心家に見せつけてやるとしよう。全艦、戦闘配備だ」
ブリュッヒャー上級大将の命を受けた救国軍事会議の艨艟は、ただ逃れるだけの敗残兵から一転して獲物を狙う狩人の如き本部を取り戻したかのように急速前進する。
勇壮な轟音を虚空に響き渡らせる蒼白のイオン・エンジンの輝きは久方振りに誇らしく輝きを放ち、膨大な質量の塊を推し進める役割を果たす。
それらが幻想的なハイパースペースの輝きに次々と飲み込まれた直後、数光年の先で眩い流星の如き光線が迸る。
こうして銀河共和国軍残存兵力───救国軍事会議艦隊と帝国の孤独な宇宙要塞、〈アイ・オブ・パルパティーン〉との戦いの火蓋が切って落とされようとしていた…………