共和国の旗の下に   作:旭日提督

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反転衝動(Ⅴ)

~コア・ワールド コルスカ宙域 惑星コルサント ギャラクティック・シティ~

 

 遍く銀河系の既知領域を支配するべく誕生した銀河帝国の首都コルサントは、帝国の中枢を意味する"インペリアル・センター" と改称された今でもコアの宝石とも揶揄される眩い人工的な街の輝き変わらずに灯している。

 

 その中にあって一際荘厳で威圧的な空気を醸し出すのは、偉大な銀河帝国初代皇帝パルパティーンを戴くインペリアル・パレスだ。本来平和と自由、正義の守護者を自認していたジェダイ達が集う聖堂だった筈の神殿は、今やその正反対とも言うべき邪悪の権化たるシス卿の根城としてその野望を周囲に誇示するように不気味にライトアップされている。

 

 そんな悪趣味極まりない改築を重ねたパレスに備えられた真紅の玉座に鎮座する皇帝は今、不機嫌の絶頂にあった。

 

「余の兵器が、よもやあやつに破壊されることになろうとはな」

 

 皺だらけの不気味な素肌をローブで覆い隠した黒い老人───銀河帝国皇帝シーヴ・パルパティーンはデスクに備えられたホログラム投影装置に映し出される映像を眺めて、心底不愉快そうに呟く。

 

「付近の機動艦隊を呼び寄せますか」

 

 彼に向けて恐る恐る進言するのは、銀河帝国の政界No.2の座を手にしている青肌のエイリアン種、マス・アミダ大宰相だ。

 実質的にはパルパティーンの単なる補佐官でしかない彼は、この気難しい老人の機嫌を損ねた日にはどんな仕打ちが待ち受けているものかと戦々恐々としながらも、その義務感からか事態の打開に向けて必要な策を提案する。

 

 だが、彼の提案は眼前の老人にとってむしろ逆効果だったようだ。

 老人はあからさまに眉を顰めると語気を強くしながらその意見具申を否定した。

 

「ならん。アレは議会に黙って極秘裏に建造していたものだ。正規軍の機動艦隊なんぞ差し向けてみろ。態々その存在をおおっぴらにひけらかすようなものだ」

 

 就任間もないパルパティーンにとって目立つ政敵は建国翌日の元老院議員一斉逮捕によって排除されてはいたものの、未だにベイル・オーガナやモン・モスマなど二千人の哀願署名に名を連ねている有力な議員は複数議会に残っているのだ。

 未だに権力掌握の途上にあるパルパティーンは、自身が手塩にかけた超兵器の喪失よりもこれらの政敵に政争の具となるスキャンダルを提供してしまうことをひどく嫌っていた。

 

 仮に銀河帝国軍の正規艦隊を差し向け要塞の救援が成し遂げられたとしてもその存在が露呈することになり、当然建設費用を含めた権限の私的流用は議会で大きな問題になることは目に見えている以上、正規軍に頼る訳にはいかないのが実情だった。

 

「元老院の連中が知った日には、嬉々としてこれを権力闘争の道具として使うだろう」

 

 パルパティーンの未だ実権を握る(自身から見て)無能の集団にしか過ぎない銀河元老院に対する呪詛を吐きつつ、幾度も自身の野望に立ちはだかり悉く差し向けた超兵器を破壊するある女軍人へも怨念を向けた。

 

「…………あの女め。女狐に囚われてからというもの、悉く余の邪魔ばかりしてくれるな」

 

"選ばれた子" アナキン・スカイウォーカーを手駒として暗黒面に引き込み、周到に準備を重ねて実行されたオーダー66によって自身の野望の最大の障壁ともいえるジェダイ・オーダーの物理的解体は一夜のうちに成し遂げられ、元老院における政治工作も銀行グループへの浸透工作も済ませたパルパティーンにとって、残す仕事は完全かつ絶対的な権力の掌握に向けた消化試合のようなもの───の筈だった。

 

 彼女、銀河共和国軍統合作戦本部長シャルロット・フォン・ブリュッヒャー上級大将は何処から漏れたか分からないオーダー66の実態を掴むと即座に共和国軍の一部を私兵化し、共和国グランド・アーミー有事対応命令第65号を根拠に反旗を翻したのだ。

 彼女の側についた戦力は宇宙軍全体の凡そ2割、地上軍の約1割と全体で見れば決して多くはないものの、多数の主力艦や精鋭部隊を擁する強力な艦隊の脱退は銀河帝国の戦略に翳りを生み出し、()()()()()()()()()にも悪影響を与えている。

 

 その権力が誰に御膳立てされたものかすらも忘れて、彼女はパルパティーンに受けた恩義を敢えて仇で返してきたのだ。

 私欲と力を奉る暗黒面の信徒パルパティーンにとって、それは筆舌に尽くしがたい裏切りだ。

 

 彼女は今やオーダー66による粛清を逃れたジェダイ・マスター達よりも遥かに優先して殺害されるべき帝国の宿敵であり、その脅威度は早速隠遁に徹して自身の影響力を駆使しようともしないグランドマスター・ヨーダをも上回る。

 軍事力による恐怖の支配を金科玉条に掲げていた帝国にとって、力の喪失は直接その支配を揺るがしかねない一大事なのだ。

 

「仰る通りで。不愉快なことですが、奴の艦隊に対して各地で帝国軍は敗退を喫しております。ハット・スペースを堂々と横断した後の足取りは掴めていませんでしたが、まさかあのような辺境もいいところに現れるとは」

 

「だからこそだ。人目につかない銀河間空間を抜けて我が軍の追跡を躱そうという魂胆だろう。"アイ"とはその途上に遭遇したのだろうな。我ながら、つくづく運がない」

 

 パルパティーンは、運命の女神の悪戯で無為に自身の名を冠した超兵器が喪失の憂き目に遭う不運に落胆した。

 思えば、この地位に就くためには政治的リソースだけでなくそれなりの強運を必要とする場面も幾度となくあったのだ。

 悉くその盤面に勝ってみせた自分は、もしかしたらそこで幸運を使い果たしてしまったのかもしれない。

 

 戦略的には未だ大軍とそれを養える兵站を堅持している帝国の優勢は揺るぎないものの、アナクセスに続きカリダやリンガリ星雲で戦術的勝利を重ね先日はブラッカにおける大規模な略奪を完遂した彼女の軍勢、救国軍事会議は生半可な戦力では打ち倒すのが困難な無敵艦隊(アルマダ)と化している。

 これを打倒するのはかのグランド・マスターの首級を獲ること以上に難しい難題だ。

 

「…………ところで、大宰相。アレの動力炉は確か、カイバークリスタルを組み込んだダークサイドエネルギーで出力を増幅される仕組みであったな」

 

「はい。仰る通りで」

 

 この嗄れた老人は、唐突に何かを思い立ったようだ。

 傍らに控える腹心の大宰相に尋ねる彼の仕草は、分不相応なまでに活発な嗜虐心を醸し出している。

 

「我が軍の超兵器は何れも、動力炉にカイバークリスタルを使用しています。来たるべき機動バトルステーションに採用するための実験としてそれを推進したのは、他ならぬ閣下の筈では」

 

「うむ。その通りだ。()()()()()()()()()()()したクリスタルを、な」

 

「…………」

 

 パルパティーンはマス・アミダ大宰相が披露した認識を耳にして満足気に頷くとともに、注釈のように付け加えた自身の言葉を強調する。

 その意味するところは誰の目にも明らかであり、彼の意図するところを汲んだ青肌のエイリアンは、この老人が企てんとする策を前に戦慄した。

 

「大宰相。余は暫し瞑想室に籠る。その間、委細は全て任せたぞ。何人たりともここを通してはならぬとガードにも伝えておけ」

 

「はっ、仰せのままに」

 

 老人はそう言い残すと徐に玉座から立ち上がり、上階の私室へ赴くために緩慢な動作で後背のターボリフトへと乗り込んだ。

 高度を上げるにつれて徐々に小さくなる黒い老人の背中を見守る大宰相は、一先ずその機嫌を損ねることなくこの場を切り抜けられた幸運に感謝しながら命じられた業務の遂行へと思考のリソースを切り替えた。

 

 

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~ワイルド・スペース ヘリオス宙域 平面座標U-16 ムーンフラワー星雲 帝国軍ドレッドノート “アイ・オブ・パルパティーン ”機関室

 

「此処ですか」

 

「はい。敵要塞の動力炉中枢、そのものです」

 

 要塞の中を進むこと数刻。

 アンバー先生のスキャン結果に従って辿り着いた目的地は、あからさまに動力炉が剥き出しとなって置かれている一室。

 

 見るからに、要塞の機関室と判断していいだろう。

 

「ヴェネター級のエンジンルームに似ていますね」

 

「大方、資材や設計図を流用したんでしょう。秘密基地らしい間に合わせの造りだ」

 

 傍らのクローン・コマンダーが暢気に放った感想のとおり、何処か自軍の主力艦の機関室にも似た中にあって、あからさまに違う点が一つだけ。

 

 主反応炉に据え付けられた、赤黒く輝く装置。

 

 テクノロジーの産物の中でただ一点だけ他とは明らかに異なる重厚な空気を醸し出すそれの正体に、元ジェダイの感性故か難なく辿り着いたのは果たして吉か。

 アレの正体が分かるからこそ、つい頭を抱えたくもなるというもの。

 

「…………またか。性懲りもない連中だ」

 

「はい?」

 

「あー、ったく。呆れますね」

 

 知識に乏しい故か言葉の意味を図りかねているアンバー先生やトルーパー達とは違って、アルトは私の言わんとしていることを察したらしい。

 

「見ろ。あれはカイバークリスタルだ。こいつが()()()()()()()()()()と聞いてからは何となく予感してたが、どうやら当たりだったようだな」

 

 私が指し示した先にある不気味な装置は今も脈打つようにグワングワンと動いていて、不愉快な暗黒面のオーラを垂れ流し続けている。

 

 洗脳された兵士の様子や艦橋を制圧した部隊からの報告から察するにこの要塞はパルパティーン本人が命じて作らせたものに違いない。

 であるからして、目の前のカイバークリスタルもパルパティーンにブリーディングされた特注品と見るべきだろう。

 しかも、通常ライトセーバーに用いるものとは桁違いの大きさのクリスタルだ。

 あれほどのサイズを完全に染め上げるには、果たしてどれほどの技量とミディ=クロリアンが必要なことか。

 

 おお、怖い怖い。

 

「アンバー先生。制御AIと一緒にアレも壊しましょう」

 

「いいんですかシャルさん。クリスタルなら幾らか利用価値があると思いますが」

 

「いや。破壊してください」

 

 クリスタルを指して、その破壊をアンバー先生に命令する。

 うん、アレはよくないものだ。

 唯でさえ指揮官としての責務に加えて呪いのような身体の不調と吸血衝動で精神的に参ってるんだ。その上パルパ謹製の暗黒特大クリスタルを側に置くなんて正気の沙汰ではない。

 まるで水晶玉を通してこちらを覗かれているようで、不愉快不機嫌極まりない。

 

 よし。さっさと壊そう。

 

「破壊した後はジャンクのシャトルにでも詰め込んで適当にそこら辺の恒星に向けて射出しましょう。うん、それがいい」

 

「…………マスター。アレに対する殺意高すぎません?」

 

「いいかいアルト。あの暗黒狸爺の代物なんて特級呪物もいいところだ。粉々に切り刻んでも足りないぐらいだよ」

 

「は、はぁ…………」

 

「コマンダー、中枢AIを破壊したら回航用の簡易制御デバイスの取付作業に入れ。くれぐれも艦隊とネットワークを繋げるんじゃないぞ」

 

「はい閣下」

 

 何処か呆れた視線を送るアルトをよそに、必要な作業を隷下の部隊に命令する。

 兵は拙速を尊ぶというように、何事も迅速的確に物事を進めるのが重要だ。

 さて。あと必要なのは…………

 

 

 ───どくん。

 

 

 一際大きく、心臓が飛び跳ねるように鼓動する。

 

「っ…………!?」

 

「…………マスター?」

 

 なん、だ…………これ…………

 

「ごふ、っ」

 

 こんな刻に、何時もの発作か。

 作戦行動中ぐらいマトモに動いて欲しいものだが。

 

「マスター!? ッ…………誰か、衛生兵を!!」

 

 私を案じているのだろうか。

 アルトの声が、もう遠い。

 

───ほう。未だ動くか。やはり其方は興味深いな

 

 いや、違う。

 何時ものじゃない。

 

 少なくとも、調子を崩したぐらいで()()()()()なんぞ聞こえてたまるものか。

 

───何とまぁ、哀れなものよ此方に来れば直ぐに楽になるというのに

 

 ぐ、っ…………何を…………

 

 誘うかのように蠱惑的な闇の帷が、もう見えない眼前に広がる。

 不愉快極まりないそれを振り払おうにも、今回は一手私が遅かったらしい。

 底無し沼な黒い奈落の底から這い出すように、無数の手に掴まれる錯覚を幻視する。

 

 チッ、迂闊…………

 

 ───意識が/反転/する。

 

 

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「此処、は…………」

 

 何処までも続く、赤黒い闇の世界。

 

 絨毯のように敷かれたナニカがリボンのように曲線を描きながら四方八方に延びていて、底は血の池地獄とでも形容すべきか、湛えられた赤黒い液体の水面が鏡のように私を映す。

 

「───随分と、悪趣味なものですね」

 

()の狙いは明白だ。

 

 私の意識を此処に沈めて、暗黒面に身体を乗っ取らせる算段でも立てたのだろう。

 即ち、吸血鬼(死徒)化。

 あのカイバークリスタルは、比喩でもなんでもなく本当に水晶玉だったという訳だ。

 

 ───嵌められたな。

 

 自らの失策と不甲斐なさを顧みる暇はなさそうだ。

 とにかく此処をどう出るか考えるべきだろう。

 

 ───相変わらずだな、其方は

 

「何奴」

 

 何処からともなく聞こえてくる、覚えのある不愉快な声。

 瞬時に戦闘態勢へと移行し、深紅の光刃を起動する。

 

 ───何度も言っておるだろう。其方の働きは混沌と破壊をもたらすだけだ。その行く先は自滅しかあるまい。

 

「………………」

 

 ───此方に来ればその()()()()()術も、其方を()()術も教えようぞ。

 

 不愉快な声は、未だに四方八方から響き渡る。

 肝心の姿はまだ、晒さない魂胆らしい。

 

 しかしまぁ、何とも余裕たっぷりなことで。

 

 奴の術中であるというのも理由だろうが、やはり気に食わないな。

 

「ああ成る程。納得しました」

 

 奴の言葉で、全てがパズルのピースのようにぴたりと嵌った。

 

「出てこい、妖怪。全部理解った」

 

 投げやりに言い放ったその言葉を、まさか同意と汲む馬鹿ではあるまい。パルパティーンは見るからに不機嫌な皺だらけの顔貌を晒しながら、遂に眼前に姿を顕す。

 

「───ほう。何が、()()()()というのかね」

 

 自らの誘いを再び反故にされたからか、目の前の爺が放つ殺気が広がる。

 

「道理で、幾ら血を飲んでも癒されない訳だ。私を弄くり回したの、貴方でしょう」

 

 言葉尻を取られたことに漸く気がついたのか、見る見るうちに元々歪んでいた表情が更に歪む。

 

「浮かれすぎなんじゃないですか? ()()()()()()()。"癒す"も"治す"も、全部貴方が仕掛けてなければ出て来ない言葉の筈だ。そっちから横槍入れといた癖に恩着せがましいったらありゃしない」

 

 積年の野望を達成した高揚感からか、将又アナキンを手に入れた満足感からか。この眼前の老人は以前に比べて些か精彩さを欠いているように見える。

 でなければ、あんな簡単に「お前の不調は俺が仕掛けた」なんて白状する訳が無い。

 

「…………左様。其方の身体の不調は余の魔術に因るものだ。丁度良くあの女狐めが其方の調子を狂わせてくれたからな。上書きするのは簡単だったぞ」

 

「で、治すから傘下に来い、と。礼儀ってもん知ってますか貴方」

 

「其方に拒否権があるとでも? ───確か、"死徒"といったかな。放っておけば不味いのだろう?」

 

「!? ───っ、…………何処で、聞いた……!」

 

 奴の口から、予想外の言葉が飛び出る。

 

 私の身体を犯した大凡のカラクリは想像通りの顛末───即ち、アンバー先生の投与した死徒化薬に乗じて何かしらのシス魔術でその変異を恒久的なものに差し替えたのだろう。大方、私を暗黒面に誘惑する材料の一つぐらいの感覚でカジュアルにやったに違いない。

 

 …………ったく、やられる側の肉体的苦痛なんて考えなしか。

 

 奴と接触する機会なんてそれこそ戦時中は枚挙に暇がないのだから、得体の知れないシス魔術を知らずに仕掛けられている可能性に至らなかったのは私の落ち度だな。

 

 だが、その後口にした言葉は別だ。

 

 何故ならそもそも、奴が口にした"死徒"という語。其れはこの銀河には本来存在しない筈のもので…………

 

()()()()()()()とは、此れまた大層な仕掛けもあったものだ。流石に常世の外など余の知らぬものでな。面白いモノを見させて貰ったわ」

 

 私の思考など知ってか知らずか、奴は自慢気に事の顛末の一部始終を意味深に語る。

 

 爺の紡ぐその言葉の中身と、合致する存在が一つだけ。

 

 他人の空似と納得していたが、どうも引っ掛かると思っていたそのまさかだ。

 心当たりはそれ以外にない以上、間違いない。

 

 彼女(アンバー)は、第二魔法の産物(カレイドステッキ)だ。

 

「───貴様。アンバーを()()したな?」

 

「相変わらず、回転の速い奴よ。然り。アレの齎した知識は大いに余の扶けとなってくれたわ。"はじめの一つは全てを変え、()()()()()は多くを認めた"、か。…………実に、興味深い」

 

 奴の言葉で、疑念が確信に変わる。

 即ち、アンバー先生は他ならぬ()()()だ。

 …………道理で。あの狸爺を出し抜くことに精を出す訳だ。

 唯の他人の空似では、関わる理由すらないのだからな。

 

「認めましたね。つまり、あの"ダークセーバー"も"ツイン・スター・デストロイヤー"も、その産物という訳か」

 

「おや、聞いていなかったのかね。其方も哀れなものよな。そうであれば、女狐に飼い殺しにされたようなものではないか」

 

 言外に、私の問いを真だと認めるパルパティーン。

 その皺だらけの顔は更に歪み、醜悪で邪悪な笑みを湛えている。

 

「どれ、もう一度言うぞブリュッヒャー。()()()()()()。さすれば、全てを手に入れると約束しよう」

 

 奴はどうやら「お前は体よく利用されていたのだぞ」と言いたいらしい。だから、自分が今よりも好条件を呈示してやる、と。───詭弁もいいところだな。

 此方の看板を逆手に取って逆に動揺を誘うのはまぁ、策としては上出来だろう。

 ただ一点、仕掛けたのが其方(そちら)というのを勘案に入れなければ、だが。

 故に奴の言葉は何処までも詭弁でしかなく、僅かばかりの誠意すら感じられない。

 

 そもそも、私がスローライフな酒池肉林を送るには奴の干渉を跳ね除けるのが絶対条件。その点、相容れることはない。奴の軍門に降ったところで、素敵な今週の怪人Aポジションとして使い潰される未来しかないのは目に見えている。

 

「…………ふっ」

 

 奴の見え透いた詭弁があまりにも荒唐無稽で、思わず嘲笑すら漏れるというもの。

 大層な仕掛けを施しておいてまさか出てきたモノがそんな()()()()()ものでしかなかったとは、喜劇にも程があろう! 

 

「何が面白い……?」

 

「いやはや───あぁ、滑稽ですね。勘違いも甚だしい」

 

 ああ、可笑しすぎて腸が捩じ切れそうだ。

 くくっ。この老人は人を誑かすのは得意でも、人に寄り添うことはてんで駄目な御仁と見た。ま、奴の生涯を鑑みればそれも仕方のないことか。

 

「私が貴様の軍門に降るだと? ───ハッ、先ずは自らの行いを顧みてから考えてみては如何ですか? ()()

 

「なに? …………何故だ。貴様はとうに死徒(化物)の身。今更そちらに残ったところで行く先は自爆しかありますまいに」

 

()()ですよ、それ。───自分で人を化物にしといて、都合が良すぎるんですよ貴方は。…………化物が、真っ当に在ろうとして何が悪い」

 

 奴は化物は化物らしく───即ち暗黒面の怪人にでも堕ちろとでも言いたいのだろう。それは極めて()()()()な思考だ。シスに憑かれた専制君主の化物らしい、押し付けがましい物言いだな。

 私は()()()()()()()だ。現状共和国軍に残る最高階級の者は私以外にはおらず、であるからして兵の誇りと行く末に責任を持たねばならない。それが決起した者の宿命であり、他ならぬ私自身が選んだ道だ。

 

「…………なんだと」

 

「だから…………」

 

 一歩、音越え。

 

 無我のままに踏み出した跳躍は、寸分違わず目標を捕捉して。

 

「消えろ、妖怪。浮世は終わりだ」

 

 深紅の一閃が、黒く醜い首を刎ねた。

 

 

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「ハッ…………!?」

 

 急速浮上。

 

 そんな言葉が似合うぐらいに、現世へ引き戻された感覚は唐突だ。

 

 恐らくあの赤いカイバークリスタルを介して、私の精神に介入してきたパルパティーンらしき存在を撃退した……のだろうか。

 

 確かに地に足を付けた感覚は、現世のそれで間違いない…………筈だ。

 

 未だに霞む視界を目一杯凝視した先には、私を案じているであろうアルト達の不安げな姿と…………

 

「はい?」

 

 眼前に広がる、容姿だけは端正な銀髪の酒乱な同僚。

 

「おや。漸く目覚めましたか()()()()()()。私は別に構いませんが、時と場所は弁えた方がよろしいかと」

 

 知らず知らずに、ドラッヘ将軍を押し倒していた。

 

 ───いや、待て。何だ、この状況は。

 

 まるで()()()()()()()()する直前で制止した私の身体は───呆気なくひっくり返されて逆に私が壁際の一角に押し付けられる。

 ドラッヘは更にお構いなくと言わんばかりに私の身体の上に腰を下ろして、襟首を持ち上げながら挑発的な微笑を浮かべた。

 

「───さて、上級大将閣下。覚悟はできていらっしゃいますか」

 

 ───は? 

 

「私を手籠めにしようとしたのですから、最早同意の上と取っても構いませんね。あれだけ情熱的な眼差しを贈られては、此方も昂ってしまうというもの。では…………」

 

「待て待て! …………手籠めだと? 私が、貴官を!?」

 

「おや。覚えていらっしゃらないのですか? 他ならぬ私を押し倒したのは貴女だというのに」

 

 彼女はそれがさも当然だと言わんばかりに、私の身体にその引き締まった躯体を押し付けながら耳元で囁く。

 何が起こっているのかだけはさっぱりだが、少なくとも訳も分からぬうちになにやら事に及ぼうとするこの虎を全力で止めなければならないことだけは確かだ。

 彼女は私がそれを拒むのがさも意外とばかりにあっけらかんとした表情を浮かべながら私の瞳を凝視するが、唐突に嗜虐的で蠱惑的な微笑を浮かべながら囁いた。

 

「…………よく見れば、良い顔をしている」

 

 壁際に押し付けられたまま、彼女の細い指先が顎を撫でる。

 

 繊細でいて扇情的なその仕草には、吸血衝動云々の以前に純粋に魅了されて見惚れるほどだ。

 

 ───いや。何をしているんだ、私は…………! 

 

 理性が最大限の警告を上げているというのに動かぬ身体は忽ち彼女の術中に嵌ったようで、その吐息と一挙一動に心を揺り動かされる。

 

「私は美しければ男でも女でも気にしない質ですから、その気になればどうぞよしなに。夜伽ぐらいは付き合ってあげましょう」

 

「な、な、な…………」

 

 夜伽

 

 考えもしなかったその言葉を聞いて、全身が熱を帯びていく感覚が迸る。

 ちッ、いい加減にしろシャルロット!! 私は共和国の軍人だ! 

 私は共和国の軍人私は共和国の軍人私は共和国の軍人私は共和国の軍人私は…………

 

「あっはは! 冗談。流石に私といえども此処で始めようとは思いません。そもそも、貴女が懇ろにしている相手はそこの女狐ではありませんか。私が魅力に溢れているのは当然ですが、手当たり次第に味見するのは控えた方がよろしいかと」

 

「───ハァ。質の悪い冗談は止してくれ将軍。ほら見ろ、私の可愛いポメラニアンはたいそうお怒りのご様子だ」

 

「魔猪か闘牛の間違いでは? ほら、今にも突進してきそうですし」

 

「 マ ス タ ァ ?」

 

「ひっ…………あ、アルト。これは私の本意ではないぞ?」

 

 端から見れば抱き合っているかのように見えなくもない私とドラッヘの体勢を見るや否や、破廉恥警察と化したアルトが呪いじみた呪詛を吐き出す。

 私が弁解しても当のドラッヘはというとこの状況を面白がっているとばかりに外聞だけは耳障りのよい口説き文句を吐き出して、更にその怒りに火を注いだ。

 

「私は貪る方が趣味なのですが、喰われるというのもまた一興ですね。どれ、試したいならさっさと抱けばいいでしょう。それとも、乱れに乱れる方が好みですか? 希望とあらば、ネモ艦長を攫ってくるのも吝かではありませんが」

 

「バカっ! なにを言ってるんだ君は。───とにかく離れてくれ! …………気が狂いそうになる」

 

「覚悟はできてますねマスター?」

 

 予測通りに、アルトの放つオーラは暗黒卿と同レベルの圧を纏う。

 ドラッヘは何が楽しいのかしきりに胸元を押し付けながら挑発するようにアルトへとその光景を誇示するが、それによって稼がれるヘイトは全て私へと向かうようでアルトの背後にはどこぞのソロモンの悪魔じみたダークサイドのオーラがじんわりと浮かび上がった。

 

「ま、待てアルト! これは決して本意では…………」

 

「心配して損したぞマスター! この色情魔! 人誑し! シャルロット!!」

 

「や、止め…………ギャーっ!! 

 

 

 …………………………………………………………

 

 

「あー、つまり、アレは私のような元ジェダイに代表されるフォース・センシティブを肉欲など暗黒面の誘惑により撹乱し、同士討ちを誘うという恐るべき兵器だ。故に、あのカイバークリスタルは即刻破棄せねばならない」

 

 ひりひりと痛む右の頬を労りながら、私は努めて誠実にあのカイバークリスタルの危険性を説く。

 〈アイ・オブ・パルパティーン〉に設置されたクリスタルはその実動力炉の主要部品としての役割しか持たないのだが、私自身の身に起こったことを例に廃棄の方針を全力で打ち出した。

 仮にアレが動力炉の部品としての役割しか期待されていなかったとしても、パルパティーンの物見の水晶玉として働く以上脅威なことに変わりはない。

 故に、さっさと破壊するに限る。

 

「それにしては、影響を受けたのがマスターだけというのは気になりますが。…………もしかしてマスター。それを言い訳に好みの身体の女を手籠めにして…………」

 

「オホン、っ!! ───えー、エーベルヴァイン代将の風紀を欠いた発言はこの際不問とするが、言葉には気をつけるように」

 

「でもマスター。嬉しそうだったじゃ…………」

 

「あれは暗黒面の仕業。いいね?」

 

「アッハイ」

 

 うん、暗黒面。実に都合のいい言葉だ。

 

 不都合な奇行は全て奴のせいにできる。

 実際その通りなのだから、何も問題ない筈だ。

 

 私の方針に疑問を呈するアルトをそんな魔法の言葉で黙らせながら、作業状況の監督へと意識を向ける。

 

 敵要塞中枢に備え付けられた特大サイズの赤黒いカイバークリスタルはクローン・オードナンス・スペシャリスト達の活躍によって安全に機器類から取り外され、採掘時同然の無防備な体勢を晒している。

 

「とにかく、あの暗黒面に汚染されたカイバークリスタルは即刻破棄せねばならない。作業の進捗状況はどうだ、コマンダー」

 

「ハッ! 間もなく取り外し作業が終わります。搬送用のG9リガー級軽貨物船も今しがたハンガーベイに到着したと報せを受けました。程なくして搬出作業に取り掛かる見込みです」

 

「よくやったコマンダー。焦らず急いで正確に、作業の完遂まで監督せよ」

 

「はい閣下。仰せのままに」

 

 私を茶化すドラッヘや般若と化したアルトと違って、実直に任務へ取り組むクローン・コマンダーのクレーンウォッチは一服の清涼剤だ。

 なにやらご禁制なブロマイドを片手に握りしめているような素振りが見えたがこの際不問としておこう。うん。

 

 さて、この厄介極まりない呪いのカイバークリスタル。

 

 人を呪わば穴二つというように、そのまま恒星に向けて射出するだけでは物足りない。

 せめてものの復讐とばかりに精一杯の()()を込めて我が軍が掴んだパルパティーンの不透明な資産の流れを同梱のコンピューターに記録したそれは、目標地点であるコルサントに到着するや否や超指向性の強力な通信波を四方八方にばら撒きながら自壊するようにセットした。

 

 そのエネルギー源として件のカイバークリスタルをセットしたのだ。偽造や隠蔽などできまい。

 

 せめて有名無実と化した元老院の追及に溺れるがいいわ、()()()()()()ッ! は、ハハハッ!! は………………

 

 

 

 ……………………程なくして、一隻の不審な軽貨物船が銀河帝国の首都、コルサント(インペリアル・センター)を含むコルスカ宙域にジャンプアウトする。

 

 その貨物船は真か否か初代銀河皇帝パルパティーンに関するあらゆるスキャンダルを超指向性の強力な通信波で発信するや否や、恒星コルサント・プライムのフレアへと身を投げ永遠に喪われた。

 

 その情報は瞬く間に規制の未だ行き届かぬホロネットを駆け巡って銀河市民の関心を惹き、連日のニュースはその話題で持ちきりだ。

 幾らCOMPNOR(ニュー・オーダー保護委員会)ISB(帝国保安局)といった帝国の協賛機関や秘密警察が火消しに走ろうとも火のないところに煙は立たず。陰謀論やオカルトじみたパルパティーン批判論は民衆に一定の不信感と説得力を与えてしまったのだ。

 

 しばらくの間、就任間もないパルパティーンはその説明と火消しに追われたという───

 

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