共和国の旗の下に   作:旭日提督

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考察

 

 ハイパースペースが織りなす無数の青白い光点が、流星のように流れていく。

 白い光の筋が無数に折り重なって蒼穹の超空間を彩る様は、まるで光のトンネルとでも形容すべきか。

 これを長時間眺めていると精神異常を来たすハイパーラプチャーなる症状を発症するというが、果たして画面越しに見つめるそれには同じだけの効力があるものだろうか。

 

 …………と、意味もなく空想に耽りながら、スクリーンに映る外部映像をただぼんやりと眺めている。

 あたかも小綺麗な貨客船の窓のように装飾されたそれは、私のような高級士官向けに誂えられたささやかな娯楽のための調度品なのだろう。ただ、実用的な機能に乏しいが故に些か扱いに困る代物だ。

 こうして使ってみたはいいものの、これでは監視カメラのモニター画面と大差ない。

 故に僅かな空き時間の退屈しのぎぐらいにしか使えない無駄な装飾といえなくもないが、少なくとも無機質な軍艦の艦内においては、司令官の執務室に僅かばかりの居住空間らしさを演出することには役立っていた。

 

 無心に外の景色を眺めて既に十数分は経過した頃だと思うが、どうやらカメラのレンズを介した超常の空間はその魔力を殆ど奪い去られているに等しいらしい。

 

 ともかく、これで発狂することはなさそうだ。

 

 などと無意味に考えていたが、それと並行するようにとある思考が頭の中を駆け巡る。

 

 ───さて、どうしたものか。

 不確定要素は潰しておくに越したことはないが、果たして鬼が出るか蛇が出るか。

 

 少なくとも寝返るようなことはないと思うが…………分からないな。ああ、なにせこういった仕事は全部任せっきりだ。それと比べて、力任せに斬ればいいだけの戦闘の何と楽なことか。

 

 あの幻覚の中でパルパティーンが呟いた語の数々が、繰り返し浮上する。

 奴曰く彼女も"向こう側"の存在なのだという。

 思えば、確かに"こちら側"の存在であるならば不自然な点は幾つか思い浮かぶこともないのだが…………

 

 いつも私の傍らに侍る赤髪の彼女の背姿が、あの妖怪に被って見えた。

 

 そんな幻覚を垣間見ながら、難解な思考を振り払うように私は気怠さに沈む身体を起こして、意味のないモニターの電源をぷつりと落とした。

 

 ……………………………………………………………

 

~インペレーター級スター・デストロイヤー“リットリオ ” 司令官執務室~

 

 

 ガスコン参謀長に要塞改装作業の監督を任せ、シャルロットは執務室で一人瞑想に耽る。

 彼女の脳裏に浮かぶのは、パルパティーンの幻影が放つ言霊。敵の策略と一蹴するには容易いが、にしては見過ごしたことによるリスクが大きい。

 

其方の身体の不調は余の魔術に因るものだ。丁度良くあの女狐めが其方の調子を狂わせてくれたからな。上書きするのは簡単だったぞ

 

()()()()()()()とは、此れまた大層な仕掛けもあったものだ。流石に常世の外など余の知らぬものでな。面白いモノを見させて貰ったわ

 

 ………………………………

 

 妖怪の戯言が、思考の海で反芻する。

 しかし、戯言と切り捨てるには無視し得ない要素だ。

 

 これは先刻彼女がフォースを通じてパルパティーンと対峙した際の彼の言だが、そのどれもある赤髪の少女のようなナニカを指して評した言葉だ。

 その可能性についてはブリュッヒャーの魂魄の片隅に刻まれていた記憶から朧気ながら察することが出来ていたが、もし彼の言葉が真であるならば今後の大戦略(グランドデザイン)に関わる問題だ。

 

 無論、彼女の忠誠を疑うものではないが、それとは別に、確かめておく必要がある。

 

 意を決したようにシャルロットは机の端にあるコールボタンを押下する。

 程なくして、赤髪の少女のような一人の士官がリノリウムの甲板をカツカツと鳴らしながら無機質なエアロックの封印を解いて彼女の前にその姿を晒した。

 

「どういったご要件ですか? シャルさん。なにか問題でもありましたか?」

 

 シャルロットの呼出を受けたアンバーは、さも何事もないと言わんばかりに普段通りの物腰なまま彼女の眼前に姿を晒した。

 

「アンバー先生、ご足労どうも。…………少し、確認したいことがありまして」

 

「はい? なんでしょう」

 

 きょとん、という擬音がそのまま形を成すようにあまりにも自然体な仕草で首を傾けたアンバーの機械的な琥珀色の瞳を、抜き身の刀身のような鋼色の視線が貫く。

 デスクの目前で対面する自らの副官に対して、シャルロットは無機質な視線とともに抑揚のない低音で告げた。

 

「───先刻の件ですが、奴…………パルパティーンは貴女を指して()()()()()()()と評した」

 

 シャルロットの口から出たその語を耳にしたアンバーが、能面のような微笑をその貌に貼り付けたまま石化の魔眼に睨まれた如く硬直する。

 

「何分敵の首魁の言葉だ。戯言と切り捨てるのは簡単だ。普通なら、情報撹乱を疑って一蹴するのが筋でしょう。だが、事と次第によっては我が軍の大戦略に関わる問題だということを認識していただきたい。───懸念は、潰しておくに越したことはありませんからね」

 

 …………パルパティーンがフォースを介して接触を図ってきたのは、既にシャルロットとアンバーの間では既知の事実だ。

 この点の情報共有は既に彼女を含めた救国軍事会議艦隊の上級士官全体が共有するところであり、上級大将本人の()()についてもそういう事情ということになっている。

 

 パルパティーンによってブリーディングされたカイバークリスタルは物見の水晶玉のようにリアルタイムで何万光年と離れた物理的距離を超越し、一瞬の超空間追跡装置として稼働していたのはシャルロットにとって衝撃的な事実だった。しかし、彼女を暗黒面に誘惑するためか早々に馬脚を顕したのは、救国軍事会議にとっては僥倖といえた。

 お陰で貴重な資源であるカイバークリスタルを、彼等は何ら未練なく投棄することができたのだから。

 

 しかし、彼女にとって気掛かりなのは、フォースが見せたビジョンの中でパルパティーンが語ったとある言葉だ。

 

「"死徒"、"並行世界の運営"…………あのビジョンの中で、奴の口から出た言葉はどれも()()()()()()()ものばかりだった。───知っていますね、アンバー先生」

 

 それは、本来であればこの宇宙とは全く無関係の場所にしかない筈の存在や技術を示す語だ。

 銀河には存在し得ないある単語が彼の口から語られたという事実は、シャルロットに底のない猜疑心を抱かせるには充分過ぎる要素だった。

 

 

「───はい。仰る通りです」

 

 シャルロットが問い糾すまでに至らずとも、アンバーもまた普段の陽気な態度とは懸け離れた無機質な低音でそれを静かに肯定する。

 

「…………簡単に認めるんですね」

 

「ええ。隠したところで意味のないことですし」

 

 あっけらかんと普段以上に平静な様で答えられて困惑するかと思いきや、シャルロットはそれがあたかも予定調和だといわんばかりに態とらしく納得する仕草を見せた。

 

「第二魔法は確か、"並行世界の運営"に関わる概念でしたね。奴がそれを知っているということは、貴女の中身は奴に抜き取られたと解釈するべきでしょうか。…………違いますか」

 

「…………まさか。貴女も知っていたのですか」

 

「驚きましたか? こう見えても、元々私も流れ者のようなものでね。要は、貴女と同じです」

 

 何ら躊躇うことなく、シャルロットは自身の出自に関わる秘密を暴露した。今まで誰にも伝えたこともない核心をあっさりと公開してしまったことに、意外と感傷も何も無い。その事実すらいまや手札の一つ程度の認識しか有していなかったことに、シャルロット自身も自らの変わりように改めて感嘆する。

 今度は逆に驚いて目を見開くアンバーの表情を目にしてか、白髪の少女じみたこの上級大将は僅かに頬を綻ばせて口角を上げた。

 

「カードというのはやはり切り時に気をつけておくものですね。偶々私は知っていましたから大凡の事情には既に察しがついています。普通なら尋問ドロイドを出しておくべき局面だと思いますが、貴女にそれはいらないでしょう? 私も、手荒な真似はしたくありませんからね」

 

 態とらしく嫌らしい微笑を浮かべながら、誘うような僅かな動揺を湛えたアンバーの琥珀色の瞳を直視する。

 

「シャルさん…………貴女はどこまで知っているんですか? 少なくとも、()()()の知識については微塵も教えたつもりはありませんが」

 

「さぁ? そもそも、私と貴女でどこまで把握している知識が違うかなんて知りようがありませんからね。まぁでも、貴女が懸念するような事態にはなりませんよ。そもそも貴女、パルパティーンに弄くり回された側でしょう? でなければ、貴女の行動には説明がつかない」

 

 一転して彼女を安堵させるような言葉を吐いた上級大将は、大袈裟な身振りを交えて推論を続けた。

 

「奴が投入した超兵器の数々は、少なくとも本来の歴史に於いてはこの時点で存在し得ないものばかりだ。だが、貴女から第二魔法の要素を抜き取って奴がそれを運用していると考えれば辻褄が合う。貴女のことだ。あんな妖怪爺に解体されて好き放題機能の中枢を使われているというのはさぞプライドを刺激されたことでしょう。───違いますか? 魔術礼装(カレイドステッキ)

 

 上級大将は意図して敢えて、ここでの彼女の名を呼ばずに礼装としてのその銘で告げた。

 

「言ったでしょう? 偶々知っていただけだと。ただ単純にパズルのピースを埋め合わせたようなものです。たまたま、今回は私がぴったり嵌るピースを持ち合わせていたに過ぎないだけだ。貴女がそれを知らなくとも無理のないことです」

 

 ようは、単なるカンニングですからね。と、内心で彼女は呟く。

 眼前の赤髪の女の正体を言い当てることができたのも、たまたまシャルロット自身の記憶の中にその"答え"があったからに過ぎない。それを手繰り寄せることができたのは、ひとえに彼女の魂魄にある記憶というデータベースを参照することができたからだ。

 この世界でしか生きていない生粋の住人では、絶対に辿り着けない反則技。故に彼女の正体へ辿り着くには、シャルロットのように部外者(イレギュラー)でなければ成し得ないのだ。

 目の前のカレイドステッキが形を成した存在にそこまでの事情を察する洞察力があるのかは定かではないが、シャルロットにはもう一つ、確信している事実があった。

 

「ああそうだ。この身体、どうせ貴女のモノなんでしょう? どんな絡繰なのかは知りませんがね。少なくともこの身体、英霊(サーヴァント)を捏ねくり回して作ってるでしょう? とすれば、()()()()も関わってくるのか…………」

 

「───まさか。本当に全てお見通しだとは思いませんでしたよ、シャルさん」

 

「なに、貴女が気づけなくとも無理はないことです。これも偶々、とある英霊の姿を私が覚えていただけに過ぎません。いやー、些か不自然だとは思っていましたよ。ただ、確証を得たのは奴の言葉が直接の理由ですが。───腹立たしい限りですがね」

 

 時折、自身の意識が不安定になるような錯覚を感じる。

 

 無意識に、彼女をここに居ない筈の原点の名で呼ぶ。

 

 この姿以外にも、シャルロットには思い付く節が幾つかあった。

 

 即ち、自身の身体は眼前の少女の(サーヴァント)なのだと。

 

 身体の不調や年月を経た自然な肉体的成長などまだ説明しきれないような要素は幾らか残されているものの、核心を突いた指摘だとシャルロットは自らの考察に合点していた。

 

「貴女の言うとおりですよシャルさん。使ったカードは暗殺者(アサシン)魔術師(キャスター)の二つ。正真正銘の複合英霊(ハイ・サーヴァント)です」

 

 尤も、(管制人格)は別のところから持ってこさせていただきましたが。今回はそれが()になってしまったようですね。

 

 そう応えながらアンバーが懐から取り出したのは、古めかしい鎧姿の剣士が描かれた1枚のカード。

 その絵柄を凝視したシャルロットは、ひどく感嘆した様子で呟いた。

 

「ああ───そういうことですか。成程、クラスカードか。随分と回りくどい方法を取ったものですね」

 

「そこまで全部、分かってしまうんですね。貴女は」

 

 それを差し引いても、どうやって貴女の存在を()()()()()のかは、流石に考察が及ばないでしょうけど。

 アンバーは内心で自身の策略の大半が見破られていた事実に一定の驚愕を覚えつつも、未だに眼前の少女を手中に収めている故か余裕のある物腰を崩さない。

 

「なら、さしずめあの超兵器群は()()()()()()()を垣間見た奴が先取りして作らせた───といったとこですか」

 

「はい。概ねその通りかと」

 

「…………ああ、これは厄介なことになったな」

 

 ある種の確認を兼ねて尋ねた事実を、琥珀色の瞳は肯定する。

 是と答えた彼女の能面じみた無表情の貌を視界に収めたシャルロットは大袈裟に天井を見上げながら、顔面を掌で覆った。

 

「───わかりました。ああ、それともう一つ。こうした情報は早めに共有していただきたい。我が軍の戦略に影響を及ぼしかねませんからね」

 

 彼女は天井から視線を逸らせて、改めて端正に軍服を整えたアンバーへと向き直る。

 態とらしく普段以上の平静を装いながら、僅かな不安と不信感を滲ませた眼前の琥珀色の瞳に視線を向けた。

 柔らかな微笑を浮かべながらもどこまでも機械的なそれは、図らずもまるで自身の原点(モデル)のように歪で不気味な存在だ。

 想定していた言葉とは予想外の反応が飛び出したことに演算機能がフリーズを起こしたのだろうか。琥珀色の瞳が無機質なまま硬直する。

 蛇に睨まれた蛙のように、アンバーはらしくなく全身が凍りつくような寒気を感じた。

 

 …………………………………………………………

 

「もしかしなくても…………怒ってます?」

 

「いえ? まさか。私が始めから貴女の駒だったとしてもそれは我が軍にとって()()()()()()ことです。貴女と私の利害が概ね一致している以上、そこは何も問題はありません」

 

「…………はい?」

 

 てっきり何を言われるかと身構えていたのだろうか。彼女はきょとんと目を丸くして覗き込むように私へと視線を合わせる。

 私の身体が彼女の(サーヴァント)だとしても、我々は打倒パルパティーンという目標が共通しており、彼女は私の艦隊戦力無しにはその目標を達成し得ない。幾らこの身体が霊的に彼女に縛られているとはいえ、私の意向を無碍に出来ない理由がそこにある。

 共和国軍と敢えて敵対する、という選択を取るのであれば考えがない訳では無いが、その可能性は無視してもいいだろう。…………聡い彼女のことだ。それがもたらす結果は重々承知している筈だ。

 

「それはそれとして、報連相と情報の共有は図っていただかないと困りますよ。私が貴女のモノだということ別に構いませんが、立場上貴女は私の専属秘書官───即ち部下です。敵について把握している事項は委細を漏れなく伝えていただかなければ、我が軍の大戦略に影響が出る。ひとたび敵情を誤ったまま戦略を策定してしまえば、最悪致命的な結果を生むことになる。…………流石に今回の件は物的証拠も何も無い傍から見れば御伽噺です。故にその過失については不問と致しますが、今後は気をつけて下さいね」

 

 敵情の意図的な隠蔽と報告の遅延。本来ならば相応の処分が然るべきところであるが、些か事情が事情である。仮に軍法会議としても何ら証拠があるわけではない。加えて、彼女は彼女で私の生命線のようなものだ。対応としては、こうする他ないだろうな。

 

「は、はぁ…………シャルさんはそれでいいんですか?」

 

「? 他になにかありますか?」

 

 ───あまりにも組織の論理に囚われすぎて自身を蔑ろにしたその答え。まさか、貴女がここまで重傷だとは…………

 

「むう。で・す・か・ら! わたしは貴女を騙していたような形になるんですよ!? …………わたしからこれを言うのも変な話ですけど」

 

「ああ、そのことですか。別に何も。先程も言った通りですが。…………まあ強いて私情を言うのであれば───懇ろにしている女に生殺与奪を握られているという感覚も、まぁ悪くありませんね」

 

「きゃ……っ!?」

 

 珍しく真剣な眼差しで訴えるように言葉を絞り出すその様を見て───俄に嗜虐的な欲望が鎌首を擡げた。

 

 らしくなく真剣に訴えるようなその視線が、かえって悪戯心を刺激する。

 

 傍らに控える彼女の腰に手を伸ばし、その身体を強く此方へと抱き寄せる。

 不意に腰を掴まれたせいか、バランスを崩した彼女の身体はもたれかかるように私の胸へと倒れ込み、眼前には彼女の赤髪のうなじから覗く白い首筋の素肌が顕になる。

 

 些か配慮を欠いた行動だと理解はしているのだが、どうしたものか。歯止めが効かなくなる感覚だ。まだあの暗黒卿の水晶玉が掘り起こした暗黒面の残り香にでも狂わされているのか、それとも元々そっちの素質があるのか。…………まぁいい。どうせこっちは"被害者"だ。優越権は元々此方にあるのだから、多少揶揄ったとこでどうこう言われる筋はない。

 

「貴女は私を好きなように駒として扱う。そして私は貴女を死なない程度に好き放題犯す。これでお互い利用し合ってるのですからトントンです。…………もしや、それでは不満でしたか? 私を()()()対価をより支払いたいというのであれば、その身体を以て充ててもらうことになりますが」

 

 ───我ながら、いつになく色欲に従順だ。

 

 つい数刻前にあの狸爺の殺生石擬き(カイバークリスタル)に当てられたせいか、沸々と湧き上がる欲望が止まらなく饒舌に吐き出されていく。

 倒れ込む彼女の腰に当てた手に込める力が本能に従って強まって、制服越しでも伝わる柔らかな身体の感触が情欲を加速させた。

 仄かに香る彼女の香水の匂いがが鼻腔を淡く刺激し、理性と口元の乖離が進む。

 

「むぅ。それはそうなんですけど、わたしの負担大きすぎません?」

 

「元々貴女が始めた物語でしょう。責任取ってください。あ〜しかし、この身体は不便ですねぇ。先生の血を封入した経口輸血パックとか作れませんか? どうにも、戦闘前に体調を万全にできないのが煩わしくてですね」

 

 起き上がり頭を擡げた彼女の首筋にそっと舌を這わせながら、耳元で囁いた。

 

「───もしかしなくてもシャルさん。わたしをエナジードリンクかなにかだと思ってません?」

 

「ええ、その通りですが?」

 

「ご無体な!?」

 

 アンバーはばっと私の胸を押して立ち上がり、態とらしい大袈裟なリアクションで抗議する。

 欲情を加速させるその身体が離れたためか、色情に支配されていた本能が萎んでいって蕩けていた理性が急速に覚醒した。

 

 しかし、私の身体がこうなった元を辿れば彼女の不手際もその要因なのだから、もう少し身体を張ってくれたっていいじゃないか。…………まぁ、これに関しては私の詰めの甘さも原因ではあるから、大々的に責任を追及する資格なんて無いのだけれど。

 まぁ少なくとも体調不良の原因の一端ではあるのだから、多少の責任は取ってもらおう。

 彼女、仮にも医官なんだし。

 

「まさか、戦闘中に衆目の前で体を重ねる訳にはいかないでしょう。そう考えるならやはりパック状に封入した方が便利なのでは」

 

「それは…………まぁそうですけれど」

 

 渋々といった風体で、そっぽを向きながら彼女は不本意そうに同意する。

 

「それでは先生。量産は任せましたよ。本当に私を慮っているというならこんなの造作もありませんよね」

 

「うぅ、シャルさんの鬼! 悪魔! 色情魔!!」

 

「…………何か言いましたが?」

 

「いえいえ! なんでもありませんよ。なーんでも。…………まぁ、やれと言われたらやりますけど。ただし! これでも可憐な乙女の身です。一度に作れる量には限りがあるとどうかご承知下さいまし。ジュース感覚でゴクゴク飲まれては堪ったものではありません!」

 

「それは承知していますよ先生。あくまで戦闘中の体調急変に備えて、です。流石に枯れるまで搾れなんて非人道的なことは言いませんとも」

 

「む…………なんかいつものシャルさんらしくありませんね。そもそも、本題はいいんですか? わたしが心配するのも可笑しいかもしれませんけど」

 

「いえ? これといって特には。我々の方向性が一致していることを改めて確認できれば私としては何も問題ありませんので。言うなれば、我が軍の懸念とならないのなら()()()()()()ですからね」

 

「は、はぁ…………。あっちゃ〜、何となく察してはいましたが、まさかここまで重症だとは───」

 

「? なにか? 既存の病状を除けば特段新しい問題はないと自認していましたが」

 

「いやいや! そういう話じゃなくてですね…………ああもう!! いいですよ」

 

「珍しい。今宵はいつになくしおらしいじゃないですか。これでは犯し甲斐がない」

 

「ちょ……今ここでですか!? さっきまでそういうムードじゃなかったじゃないですか!?」

 

 上目遣いな彼女の視線が、理性の底に沈んでいた嗜虐的な欲情を浮上させる。

 普段の物腰柔らかで落ち着いた策士の姿は何処へやら。抗議の言葉を甲高く喚いて珍しく取り乱す彼女の様は、黒く渦巻いた優越感を知覚させる。だが、それを満足させるには些かまだ足りないようだ。

 身を委ねて貪ってしまえと囁く声が、赤い生命の証への欲望を加速させる。

 

「ではどうかお覚悟を。───今は些か、我を止められる自信がありませんので」

 

 離れていた彼女の身体を再び抱き寄せ、その熱と吐息を直に肌で知覚する。

 めくり上げた襟元に覗く白い素肌に、そっと舌を緩慢に這わせた。

 

 では、その血を頂くとしよう。

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