~ヴェネター級艦〈ヴィンディケーター〉~
ブルー・シャドウ・ウイルスの一件を片付け、わが旗艦に戻った私。そこで待ち受けていたのは歓待でも労いでもなく、見たくないほどの書類の山……
「おかえり、将軍。僕が片付けられる書類はやっといた
けど、後はご覧の有り様だよ」
との弁は、愛くるしいネモ艦長から。
元々一介の佐官と将官・ジェダイとでは権限が違いすぎるのだから"いない間やっといてね"なんてのは通じないと分かっていても―――無情だ。
とはいえ、目の前の仕事を片付けないことには始まらない。
いつも通り栄養材を流し込み、睡眠を求める身体に少しだけ鞭打って決済業務に移行す――――あ、れ?
―――なんか、動悸が…………ッ
「こふっ!?」
あ、やばっ。
視界が、くらくら…………
「ま……マスターっ!!」
こえが、きこえる。
もう、なにもみえないや――――
……………………………………………………
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……………………………………
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――――知ってる天井だ。
使い古されたフレーズと共に浮かんだのは、僅かな疑問。
「あれ? 私、執務室に…………」
いつもの執務室に居た筈が、なんでか知らないけど医務室に放り込まれていた私。
確か、仕事しようとしたら急にコフッて…………
「あ」
そっか、流石に無理しすぎたかなぁ。沖田さんの病弱がないからコフらないなんて、油断だったか。この身体だもん、無理しすぎたらやっぱり不味いよね。
脳裏に浮かぶは、泣きそうな顔で駆け寄ってきた愛しの弟子。ああ、ちょっと悪いことしちゃったなぁ。
治ったら謝らないと、と思っていると、ドアの開閉音が部屋に響く。
白衣を纏った、赤髪セミロングの女性――ドクターアンバーだ。
「あら、気付きました? ブリッヒャーさん」
「…………ドクターアンバー。ご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」
「いえいえ! お気になさらず~。患者さんを治すのが私の役割ですから」
表情を大袈裟に変化させながら、ドクターアンバーが話を続ける。
「いいですか? ブリッヒャーさん。貴女は艦隊で一番偉い人なんですから、健康管理もしっかりしないと駄目なんですよ?」
「めっ!ですよ?」と注意するドクターアンバー。その仕草は姿のことも相俟って、原典の彼女にそっくりだ。
「うっ、面目ないです…………」
「これに懲りたら、次から気を付けて下さいね? 全くもう。とりあえず、これから精密検査をしますから、もう少しだけ休んで下さいまし」
「わかりました、頼みます」
確かに、ドクターの言うとおりだ。身体を酷使し過ぎて本来の目的を果たせず御臨終なんて、出来の悪い冗談だ。
―――せめて、オーダー66だけは、何とかしないと。
「ちょっとお注射しますね。痛くはないと思いますけど、少しだけチクっとしますよ」
ドクターは注射器から採血するが、驚くほど痛みはない。流石はSF世界の面目躍如と言ったところか。これで食い物の質が地球並だったら、何も文句は無いんだけどなぁ。
「…………どうでした? ドクター」
簡素な医療用ベッドに伏せながら、忙しなく動き回るドクターアンバーに尋ねる。
採血のあとも呼吸器とか代謝とか、色々検査されたんだし、そろそろ何かしらの結果が出ても良いんじゃないかなぁと。
「うーん、一種の過労みたいなものです。栄養材の連続摂取で心臓にだいぶ負担がかかってますねぇ。しばらく控えた方がいいですよ?」
「やっぱりそうでしたか」
想像通りの答えが来て、ああやっぱり、と反省する。心当たりが多過ぎて何も言えない。
「それと―――貴女、喘息とかありました?」
「え?」
いやなに? 喘息? 初耳なんですけど。
「あちゃー。その反応だと、今まで奇跡的に症状が浅かったやつですかー。全く、ジェダイオーダーはどうなってるんですか。病気持ちでもフォースがあれば何とかなるとでも思っていたんですかねー」
「あの…………ドクター?」
湧水の如く愚痴を吐き出すドクターアンバーに若干の困惑を覚えつつ、恐る恐る彼女に尋ねる。
「いいですか! ブリッヒャーさんっ!」
「はひっ!?」
ぐいっ。と前屈みに身を乗り出すドクターアンバー。
その剣幕に、思わずたじろいでしまう。
「貴女はご自分のお身体を省みなさすぎです! 生活態度も、趣味のことも、アルトさんから聞いてるんですよ? とにかく、今は野菜を多めに摂ること、粉塵の吸引を防ぐことを第一に考えてください」
「はい…………分かりました、アンバー先生」
怒涛の叱責ラッシュを前に、無意識のうちに先生呼びしてしまう私。事実、先生なのだから仕方ない。
「今回はたまたま別の症状があったから見つけることができましたが……只でさえ貴女はストレスを多く抱える立場にあるんです。発見が遅れていたら大事ですよ?」
「……面目ないです」
―――ここまで怒られたのは初めてだ。
自惚れではないが、今まで大抵のことはそつなくこなしてきただけに、先生の叱責が新鮮に移る。…………もしかしなくても、ここ10年で初めてじゃないだろうか。
「過労については、とりあえず大人しくして下さい。喘息の方もお薬は出しておきますから、決まった用法通りに服用して下さいね」
「はーい」
ここは大人しく、先生の言うとおりにしよう。
彼女の言う通り、今は大事な時期なんだ。こんなところで倒れる訳には…………
そう思った矢先―――
「あ……」
やばっ。
また、身体の力が抜ける。
支えになっていた腕に力が入らなくなり、瓦礫のように崩れ落ちる私の身体。
その倒れる先には―――
「え? ちょっ……きゃあっ!?」
ボスッ。
「ンーっ、だ――大丈夫ですか、ブリッヒャーさん!?」
「え、ええ―――ちょっと、力が抜けて…………」
柔らかい。
支えを失った私の頭は、ちょうどアンバー先生の胸に収まる位置で受け止められて―――端的に言うと、胸に顔を埋めて抱き締められている形だ。
なんだか、ふわふわして、安心する。
けど、相手も女性だ。この体勢は流石に失礼だし――同性ならまだしも、異性なら私だったらぶっとばしている頃だ。
「すいません先生、今離れますから――っきゃッ!?」
「………………良いですよ、もう少しだけ」
「え――?」
離れようと腕に力を込めた瞬間、逆に谷間へと押し込まれた。後頭部に当てられた先生の手が、彼女の胸へ閉じ込めるように私を誘う。
「今まで大変だったでしょう? 誰にも支えて貰うことはなく、ひたすら責任だけを負って。いいんですよ、今だけは、ちょっとだけ癒してあげます」
空いた手で優しく頭を撫でられて、……まるで心が解されていくよう。
この瞬間だけは、ジェダイとしての責務も、共和国軍人としての使命も、何もかも忘れ去ってしまいたい。―――そう、思えてしまった。
「先生…………」
こんなに、甘やかされたのは初めてだ。
癖になりそうな、やわらかい安心感。
いっそのこともう、このまま蕩けてしまいたい。
――――――――――――
唐突に、至福の時は終わりを告げた。
業務復帰を告げる鐘の音の如く、医務室の扉が開かれる。
「マスターっ! お目覚めと聞きました! お身体の調子は…………」
「あ」
「あ」
慌てて医務室へ飛び込んできたアルト。
心配性な可愛らしい顔を浮かべた彼女は、みるみるうちに頬を上気させ、そのアホ毛は天を貫かんばかりにそそり立つ。
「おのれアンバー! マスターを誑かしたな!?」
「ち、違うんです違うんです! これは、その……」
「ええい、問答無用! この女狐め、覚悟――!?」
ピリッ、ピピッ。
私のコムリンクが、けたたましい呼び出し音と共に鳴り響く。
《やぁナイトブリッヒャー。そちらは壮健にしてるかな? 早速で済まないが、評議会から新しい任務だ。直ぐに惑星ハイポリに向かってほしい。援軍にあの特殊部隊"ムーニリンスト10"も手配したぞ! それで内容だが…………》
オビ=ワンだ。
私も、先生も、アルトも、石像のように固まった。
《――済まない。取り込み中だったかな……?》
「こ―――こんの、っ……」
オビ=ワンに、この恥態を見られた。
みるみるうちに、体温が上昇していく。
彼が咄嗟に発した冗談も、この場では何の慰めにもならない。寧ろマイナス。
その事実と恥ずかしさの限界を超えて、つい……
「変態ッ!?」
思いっきり、コムリンクをぶっ叩く。
《なんでさっ!?》
某正義の味方みたいな断末魔を残しながら、邪悪なホログラムは滅び去った。
…………はぁ。
なんか、疲れた。
もういい、寝る。
「あの、ブリッヒャーさん――?」
「ま、マスターっ!?」
おねがい、しばらく寝かせて―――
パッと出の女狐にマスターをNTRれたアルトの明日は如何に―――!?
此方の方が原典のコンビとして歴史が深いですからね、仕方ないです。なんたってビジュアルは沖田さんと琥珀さんですからね。
シャルちゃん、今まで甘えられる人が居なかったのでちょっと優しくされただけで意外とコロッといっちゃいます。あぶないですね(棒)