~惑星コルサント・ジェダイ聖堂~
久し振りに見上げる、ジェダイ聖堂。
城壁のように構えるそれはまるで脱出不可能な監獄のようで、見るだけでひどく目眩がする。
「マスター? もう少しでお時間です。そろそろ評議会に向かわれては?」
「…………そうだな、アルト。すまないが、手を貸してくれるか」
「わかりました。ささ、マスター。此方にどうぞ」
差し出されたアルトの手に、自らの体重を預けて立ち上がる。
アンバー先生のお陰で身体の方は落ち着いたものの、未だに胸のあたりに違和感が残って気持ち悪い。部隊指揮ならともかくとして、直接セーバーを握って戦うことは暫くできそうにない。
「すまないな、アルト。これはしばらく、迷惑を掛けることになりそうだ」
「いえ、マスターを支えるのも私の役割です。マスターが困っているときに、何もしない訳にはいきませんから」
全くもって、健気な弟子だ。師匠冥利に尽きるというもの。
だから、しばらく彼女の訓練に付き合ってやれそうにないのは、ちょっと残念でもある。
「さぁ、行きましょうマスター。評議会までお連れしますよ」
そう言って、ぐいぐいと手を引くアルト。介抱ならアンバー先生の方が一枚以上も上手だが、いまはその献身さが眩しい。
「ああ、頼む。あと…………」
評議会までの道中は、アルトの介抱もあるし何も心配はないのだが、それ以降、彼女が私の傍からいなくなるのは不安で不安で仕方ない。
評議会それ自体は、大した問題ではない。適当に言葉を並べて報告すれば良いだけだ。
私が評議会に出頭している間、唯一の心残り。それは…………
「私が居ないからって、頼むからアンバー先生と喧嘩なんてしないでくれよ?」
「むーっ? マスター、まだあの女の肩を持つんですか?」
こんなに可愛い弟子がいるにも関わらず、と、ぷいっと顔を膨らませるアルト。それはそれで大変可愛いらしいのだが、やはり私が離れた後が不安だ。
「いや、そういう訳じゃないんだが…………ともかく、暴れるのだけは止してくれ」
むしろ、先生とは語り合って親睦を深めてほしいところなのだが…………これは先生に期待するしかない。どうもアルトは、頑固なきらいがある。
「―――仕方ないですね。マスターの頼みです、部屋では大人しくしてます」
「頼んだよ、アルト。時間になったら、また来てくれ」
「はい、マスター」
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「ではナイトシャルロット。ソーラ・バルクは正気を保ったまま暗黒面に転向した、と」
「転向、というのは表現がやや違うかと。彼の場合は鞍替えでしょう。故に、暗黒面の力を使いながらも自らを保っている」
評議会に呼び出された私は、マスター達…………主にウィンドゥからの質問責め、という名の尋問にあった。
曰く、暗黒面に転向した彼の性格は。ジェダイ時代とどこが変貌したか。
曰く、彼の実力は? その力は増しているのか、と。
分離主義に寝返っても、ソーラ・バルクがジェダイ・オーダーの中で強い影響力を持つ人物であることに代わりはない。事実、何人ものジェダイが彼の出奔以降、姿を消した。だから、評議会が彼に拘る理由も分かる。
だが―――それは未だに本調子じゃない病人を呼び出してやることなのだろうか。
無論、マスター達のことだから、何か考えがあるのだろうが…………。
ああ、疲れた。
早く帰って、アンバー先生の手料理が食べたい。
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「あら、お帰りですか? アルトさん」
マスターの部屋の、ロックを開ける。
そこには、さもそれが当然と言わんばかりに居座っている割烹着の悪魔。
白い割烹着の下に纏う赤い花を象った紫の着物は、ひどく
「ええ。一時間後に評議会が終わったら、またマスターを迎えに行きます」
極めて事務的に、彼女に対して言い放つ。
別に貴女と相容れるつもりはない、と言外に告げるように。
「あらあら、つれないですねぇアルトさん。少しお茶でもしていけばいいのに」
茶葉なら自前のがありますよー? と、これ見よがしにひらひらとパックを見せびらかすアンバー。よくよくパッケージを見てみたら、どれもこれも健康を謳い文句にしたものばかり。その辺りは、腐っても医者という訳か。
「そんなものはどうでもいい、アンバー」
―――頼むから、アンバー先生と喧嘩なんてしないでくれよ。
頭の中で、マスターの声が反芻する。
申し訳ありません、マスター。
私は、貴女の言葉を守れません。
…………必ずや、この女の正体を白日の下に晒さなければならない。
本能が、理性が、強く警告し続ける。
何てことはない、相手は只の人間だ。マインド・トリックでちょっと吐かせてやるだけだ。喧嘩にはならない…………筈です。
「"マスターに何をした"、アンバー」
フォースを通じて、この女の意識に働きかける。ジェダイ相手には未熟な私では通じないが、単なる一般的の彼女相手なら、喋らせることは造作もない。
「何を、って。ただの治療ですよ?」
…………筈だった。
―――マインドトリックが…………通じてない!?
その事実に、頭を打たれる。
いや、それよりも――!
「そんな訳ない!! ならば、どうしてマスターから…………」
彼女の言う通りなら、マスターからあんなに暗黒面を感じる筈がない。マスターは…………いつものマスターと変わらないが、纏う雰囲気が"治療"の前後で完全に別人だ。
「暗黒面の匂いがするのか、ですか? アルトさん」
「なっ…………!?」
その先に続く言葉を、アンバーに言い当てられる。
「大丈夫ですよアルトさん。別に貴女のマスターをどうこうしようというつもりはありません。ですが、いけませんよアルトさん」
彼女の纏う空気が、変わる。
朗らかな日向の花から、張りつめた氷のように。
「―――シャルさんの言いつけ、守らなかったんですね」
どくり。
何も知らない筈の彼女に言い当てられて、背筋に寒気が走る。
「貴様…………っ、やはり只者ではないな! 答えろアンバー! マスターに何をした!!」
たまらずセーバーを起動し、青色の光刃をアンバーに突きつける。彼女は丸腰だから掟に反する? そんなのは知ったことか。アレは丸腰と見せかけて、とんでもない鬼札を隠し持っている質だ。下手に刃を見せびらかす輩よりも質が悪い。
「何、って、さっきから言ってるじゃないですか。治療だって。まあ、ちょーっと特別な治療でしたが」
「やはり…………謀ったな、アンバー!」
「おお、こわいこわい。でもアルトさん。―――貴女、剣を抜きましたね?」
セーバーの鋒を向けても尚、悠然とした態度を崩さないアンバー。彼女は袖から、一本の木片を取り出す。
「七夜」と、知らない文字が刻印されたその木片が蒼く染まったかと思うと、突如変形してファンシーなステッキの形へと変貌した。
「さて、いっきますよーサファイアちゃん!」
《はい……姉さん!》
混沌と歓喜に満ちた、アンバーの宣言。
突然、あのステッキから声が響く。―――AIドロイドか。
見た目こそふざけているが、アレの中身は危険だ。
本能が、回避しろと警告する
「《コンパクトフルオープン、境界回廊最大展開!!》さぁアルトさん、覚悟して下さいまし? タダではかえしてあげませんよー?」
アンバーが、光に包まれる。
黄色い花をつけた箒にまたがり、茶色の着物と黒いマントを纏ったその姿は、さながらお伽噺の魔女のよう。
そして彼女の身体には、人ならざる獣の耳と、尻尾が生えていた―――
「笑顔は向日葵、心は策士。素敵な薬で明日を操る! 魔法のお手伝いさん、マジカルアンバー。ここに推参です!!」
「…………なんでさ」
評議会の終了予定時刻。
その時間になっても現れないアルトに、心の内でどんどん不安が沸き上がる。
―――あれだけ言いつけたんだから、まさかなんてことは無いと思っていたが…………どうも、その"まさか"みたいだな。
内心呆れ半分、やっぱりかという諦め半分。未だに本調子でない身体を引き摺りながら、聖堂の階段を降りていく。
―――あ、れ…………意外と、辛いな。
一歩一歩が、鉛のように重い。
足を踏み出す度に爆発しそうな心臓を騙しながら、のそりのそりと壁を支えにして動く。
バリアフリーのバの字もない聖堂が、こんなに辛いとは思わなかった。
先生曰くあと数週間の辛抱らしいが、やはり以前の身体が恋しい。
やっと…………着いた…………。
ようやく、部屋の前まで辿り着いた。
―――やけに静かなのが、余計に私の不安を煽る。
キーを操作し、ロックを解除。
―――頼むから、阿鼻叫喚の地獄だけは止めてくださいよ…………。
そう願いながら部屋に入るも、一秒後にその祈りは無惨にも切り裂かれた。
部屋中に充満する梅の香り、赤いナニカを口に含んで、白目を剥いて泡を吹きながら倒れているアルト。
一方のアンバー先生はというと、妙に見慣れたステッキが頭に刺さり、こちらも白目を剥いて気絶していた。
な…………な…………
「なんでさーッ!?」
■兵器解説
●サファイア
ドクターアンバーが所有する魔術礼装。本来の姿はファンシーな青色のステッキだが、普段は折り畳みナイフに擬態している。なおナイフ形態ではライトセーバーとしても機能するらしい。
僕はね、ヒスコハがやりたかったんだ………
琥珀さ………アンバー先生はお洒落さんなので、けっこう頻繁に着替えます。
以下アンバーの衣装一覧
・共和国宇宙軍制服&白衣
・月姫琥珀さん衣装
・沖田さん一臨のハイカラ衣装
・「遠い葦切」秋葉様衣装
・魔法のお手伝いさんマジカルアンバー