不信と不満は露にする彼に対し、シャルロットは落ち着いて諭すのだった。
オーダーから除名を言い渡された私。与えられていた部屋から引き上げるべく荷物の片付けに邁進するが、思いの外早く終わりそうだ。これを予見して徐々に旗艦への引っ越しを進めていたのが功を為したか。
シュー、と、ドアのロックが開く音。
カツカツと靴を鳴らす来訪者は、どうやら私の背後で立ち止まったらしい。
「やぁ、アナキン。こんな夜分に何の用かな?」
いつも通りの、平静な言葉遣いで背後の来訪者に呼び掛ける。
彼から溢れ出る気配には、困惑と失意―――あとは仄かな怒りが含まれていた。
「何の用だ、はないだろう。折角見送りに来てやったんだ。感謝して欲しいものだね」
「それは悪かった。何分急なことでね。片付けで忙しかったんだ」
「そうか…………」
――暫くの、沈黙。
かける言葉が見当たらないのだろうか。来たのはいいが、口を動かせないでいるアナキン。
「貴女は…………これでいいんですか?」
珍しく、敬語で畏まって話すアナキン。
その声は、普段に比べたら掠れているようにも聞こえた。
「評議会は…………貴女を正しく評価しているとは思えない。この戦争が始まって以来、貴女ほど勝利に貢献したジェダイはいない! それなのに―――」
「それは買い被り過ぎだよ、アナキン。―――私は一軍人に過ぎない。権限内で最善を尽くしたまでさ。それに、あまり評議会の連中を恨まんでやってくれ。アレにはアレの正義があるのさ」
「だけど…………!」
―――なかなか頑固だな。
心配されるのは嬉しいが、あんまり"上"にあらぬ疑いを持たれても困る。こっちのスケジュールまで狂ってしまう。
「いいかいアナキン。今回はたまたま、オーダーと私のそりが合わなかっただけさ。別に敵になる訳じゃないんだ。ちょっと軍に足を運んでもらえば今まで通り普通に会える。そこまで悪い話でもないだろう?」
「―――確かにそうですが、それでも評議会はやりすぎです。確かにアレは僕も驚いた。だけど命令なら仕方ないじゃないか」
「まぁそうカッカなさんな。君の師匠のオビ=ワンは理解してくれたぞ。マスター達とてそう捨てたもんじゃない。―――確かに評議会の石頭っぷりにはうんざりだが、良い風は吹いてきてると思うけどね。何事も性急に過ぎれば事を仕損じる。それをよく覚えておくんだ、アナキン」
あまり評議会に敵愾心を持たれても困る。
さり気なく彼等をフォローしておいて、少しでも不信感を取り除いてやるように慎重に言葉を選ぶ。ここでオビ=ワンの株を彼の中で上げておけば、あわよくば裏切りを防げるやもしれない。
「そういうことだ。なぁに、相談があるなら向こうに行っても引き受けるよ。所属が変わったぐらいで会えなくなる訳じゃないだろう?」
「―――確かにな。申し訳ない、少し熱くなっていたみたいで」
「あははっ、それは良いことだ。熱くなれるのは若いうちだぞアナキン。オビ=ワンを見てみろ。背負いすぎるとあんな風に老け込むぞ! 気楽に行きましょう、気楽に」
「――――確かに、考えすぎたらあっという間にヒゲダルマになってしまう。ありがとう、貴女のお陰で気が晴れた」
「それは良かった。そんじゃ、私はそろそろ寝るぞ。何せ夜も遅い。明日は明日で向こうに荷物を入れなきゃならんからね」
「ええ。では、フォースが共にあらんことを」
来たときとは打って変わり、憑き物が少し剥がれたような表情のアナキン。彼は気難しそうに微笑むと、私の部屋を後にした。
…………フォースが共に、かぁ。―――もう何年も使っていないフレーズだ。済まないな、アナキン。私はどうやら、君が望むようなジェダイには成れないらしい。
心の中で友人への非礼を詫び、明日に備えて布団を被る。
片付けられた伽藍堂の私の部屋には、慣れ親しんだ雰囲気など最早ない。そこには、何処か冷たい風だけが吹いていた。
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「マスター!! 迎えに来ましたよー!!」
「えっ!? …………あ、アルトか! どうしたんだいその格好は」
聖堂の門をくぐり、陽光の下に身を晒す。
久方ぶりに浴びる直射日光の味を噛み締めていると、なんと聖堂の外へ続く階段から聞き慣れた快活な川◯ヴォイスが響いてくるではないか。
―――アルトだ。
健気なことに、愛しのわが弟子はわざわざここまで迎えに来てくれたらしい。
だが、彼女の後任の師匠はどうしたものか。いっそオビ=ワンにでも頼もうか、なんて考えていたら、彼女の姿に面食らう。
なんと、アルトは私よりも一足早く宇宙軍士官の制服を身に纏っているではないか。
「えへへ…………追いかけてきちゃいました、マスター」
くるり、と一回転して真新しい制服を見せびらかすアルト。堅いスカートがふわりと僅かに宙を舞い、金のおさげが可愛らしくひらひら浮かぶ。稲穂のような彼女の髪は、灰色の地味な制服もあっていっそう目立って綺麗に見えた。
「大丈夫ですよ。辞表もぜんぶ出しました。石頭のえらい人達を言い負かすのは大変でしたが、そこは強引にちょちょいーっと。これで一緒に居られますね、マスター!」
と、可愛らしく満面の花を浮かべるアルト。
いやぁ、まさかここまで早いとは思わなかった。
「それは嬉しいんだが―――もう籍は軍にあるんだろう? なら、もうマスターとは呼ばなくていいんだよ、アルト」
「いえ、マスターはマスターです。そこは譲れません!」
むすっ、と頬をやや膨らませながら主張する彼女。どうしてなかなか、頑固な性格に育ったらしい。いや、ここは生来の気質とでも言うべきか。
ともかく、頑固なわが弟子も可愛いものだ。いや、もはや部下と言い換えた方が適切か。
「それに―――もう私はマスターと一蓮托生の身と決めました。我が剣は、貴女と共にある。貴女の行く末ならば、どこまでもお供しましょう」
「…………アルト?」
彼女が急に喋り方を変えたかと思うと、その口から語られるのはいつぞやに見た朧気な記憶の再演。凛々しく私を見上げるその翠緑の瞳には、一点の曇りすら存在しない。
「ふふっ、らしくないですね、私。ちょっと格好つけちゃいました。でも、私の決心は変わりません! これからもよろしくお願いします、マスター!」
なんて彼女は、臆面もなく晴れやかに告げるのだった。
***
「お帰りなさいませ~シャルさん! 新しいお部屋も準備してありますよー!」
「お帰り、ブリュッヒャー提督。今後ともよろしく」
「無事で何よりです、シャルロット様」
共和国軍事作戦センターに着くや否や、喧しく出迎えるのは安定のアンバー先生。それに続いて、ぶっきらぼうなネモ艦長とサファイアの二人に迎えられる。
「一時はどうなるかと思いましたが、なんとか上手く鞘に収まったみたいですね」
「ああ、全くだ。―――真っ先に抗議してくれたのは君達だろう? ありがとう」
「いえ、当然のことをしたまでです。貴女が思っている以上に、艦隊の皆さんからは慕われているんですよ?」
と、はばかりなくそんな恥ずかしい台詞を口にするのは、旗艦ユリシーズのエレイシア艦長だ。
「いやぁ、恥ずかしいですよエレイシア艦長。これでもそういう言葉には慣れてないんです」
「ふふっ、ともあれ、貴女が無事に帰って来てよかったです」
「思った以上に、提督の存在は艦隊の中で大きいんだ。これで兵達にも活気が戻る」
口々に、再会への感謝を述べる第三艦隊の面々。これでは此方まで気恥ずかしくなってしまうではないか。
しかし、悪い気はしない。だが驕るなよシャルロット。私は名実共にこれで立派な職業軍人。彼等の命を預かっていることを忘れるな。
「いやいや、元気そうで何よりだ、ブリュッヒャー提督。いや、今は大将か。私も随分と引き離されたものだ」
「コバーン提督? 貴方までいらしてたんですか?」
この場において珍しく低い男の声が響く。見れば、なんとコバーン提督までいるではないか。彼とは最近よく任務を共にしていたが、まさかこの場にいるとは思わなかっただけに、衝撃も大きい。
「准将だけではありませんよ? お久しぶりです、シャルロット将軍」
「オリヴァー中佐まで? いやぁ、思った以上に心配掛けていたみたいで…………ほんとすいません」
「中佐じゃなくて大佐ですよ、もう…………」
そしてコバーン提督の背後から顔を出したのは、旧知の宇宙軍士官だったオリヴァー中佐だ。アナキンが〈レゾリュート〉を喪って以来彼の部隊からは離れていたらしい彼女は、今は新造戦艦の艤装員長をしているらしい。
彼女に言われて階級章を見ると、確かに線が増えている。これは済まないことをした。
「ここは復帰祝いといきたいところだが、残念なお知らせだ。早速君の第3艦隊には出撃命令が下っているようだぞ」
「ふぇっ!? 全く、人遣いが荒いですね~宇宙軍は。それで、作戦司令部は何と?」
コバーン提督から告げられた、早速の出撃命令。
意識を切り替え、内容を尋ねる。わざわざ足止めを食らっていた第3艦隊を出すだけに、他の艦隊には余裕がない、かつそれなりに重要な案件と見た。新しい船出には悪くない。
「曰く、"分離主義者の重要船団を攻撃しろ"らしい。情報部が何か掴んだようだ」
「情報部が?」
「ああ。詳細は分からないがな。君には新兵器も与えられるらしいぞ。まあせいぜい頑張ることだ」
先輩らしい余裕を崩さず、後ろ手を組んで立ち去るコバーン提督。さて、どうやら仕事の時間のようだシャルロット。任務ならば必ず果たせ。
「―――聞いたな。詳細は追って知らせる。各員出港準備にかかれ!!」
次回予告
船団襲撃任務を与えられたシャルロットの第3艦隊。
彼女達には、新たな軍艦が与えられた。
新兵器―――ステルスコルベット3隻を受領したシャルロットは、この艦隊の特色を生かした戦術行動を企図する。
次回、第53話「群狼戦術」
銀河の歴史が、また1ページ……